憧れの世界でもう一度

五味

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19章 久しぶりの日々

案外と

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「セシリアさんも、悪くはなさそうですが。」

オユキが頼んだものを触ってから、元々長柄が性に合っていたこともあるのだろうが、長刀を使う少女の方も意外と根深いものがある。距離を取り、オユキとトモエがいる間は前に出がちな三人の補助に良く動く目のいい子であった。狩りの前の準備運動の場でも、他と比べてしまえば生来の体の柔らかさが良く働き、そこまで問題がないように見えた。しかし、そうした立ち位置だからこそ意外と根深いものがこの少女にもある。

「次が来ますよ。」
「分かってます。」
「見えているなら構いません。」

補助に回ることが多く、それが悪い形で習慣となっている。一人で戦う為に必要なのは仕留められる状況を作り、確実に数を減らす事。今セシリアが行うように、アナやシグルドが止めを刺すために、他の処理をする時間を稼ぐ動きを行うのは状況にあっていない。

「急かすつもりではありません。見えているなら問題ありませんよ。」
「え。」

そして、トモエの視線を受けてオユキがセシリアの前に出る。
それに対して、これまでの三人を相手に行っていなかっただろうと。先の三人に比べて己はそこまで頼りないのかと、そうした音が零れているが。

「見たいのは、これまでの事ですから。いつものように、皆さんで。そうであったのでしょう。」
「えっと、はい。」
「それにアナさんもそうですが、シグルド君とパウ君ほど時間は取れなかったでしょうから。」

パウとシグルドは、狩猟者だ。代官の御用聞きとして、細かい仕事なども頼まれているだろうが、持祭の少女達とは鍛錬に割ける時間が違う。それは過去オユキとトモエがそうであったように。

「一人で戦う機会が少なかった、ならば離れている間の成長として見たいものは、やはり違いますから。」

状況への理解はある。出来たであろうこと、その理解もある。
ならば見たいと望むのは、彼女たちがオユキとトモエの居らぬ間に行っていた事、その結果だ。やっていなかった事、それが出来ぬからと責める意図など無論ない。

「怪我がないように、そう心掛けていたのでしょう。ならば、ここまでの動きも納得のいくものです。」

そして、オユキが前に立ち、止めだけを刺すように動けば、セシリアが動きを止め、数を調整しようと動くのに合わせれば狩猟の成果はやはり二人掛。しかし、それ以上の成果が得られるというものだ。

「ジークとパウよりも、やっぱりやりやすいかも。」
「まだ背後を気にして振舞うには、早いですよ。」
「声、かけているんですけど。」
「聞こえるかどうか、聞こえたとて咄嗟に動けるか。それはまた違う問題です。」

その辺りは、アベルやファルコに習ってくれとオユキからは言うしかないが。型を教えたのはトモエだが、オユキも習っているものだ。何となれば、見取りは背格好が近い事もあり、オユキから。だからこそ、己の脇を抜ける長刀がそのごどの様な軌跡を描くのかなどあまりにわかりやすい。獲物の優先順位はオユキが設定している。背中を追いかける事に、慣れ始めている。そこには確かな研鑽が、鍛錬の成果が、ありありと。体勢を崩し、脇に流せば遅滞なくという評価は難しいが確実に処理を行う。オユキがわざと特定の方向にだけ対処を行えば、空いた場所を埋めるように。自分の前に立つ相手、それをよく見て隙間を埋めるためにと実に良く動いている。そして、無理をさせないために、無理をさせてしまったときの為にと余裕を残しているのも評価が高い。ただ、それでも。

「そろそろ意気が上がっていますし、下がりましょうか。」
「はい。」

何処までできるのか、それを試すためにと速度を上げ、わざと結界から離れるようにオユキが動き魔物の強さを上げていけば、それも破綻を見せる。このあたりは、まだまだと言わざるを得ない。オユキよりも体力は間違いなくあるのだろうが、過剰に周囲に気を張っているからこそ、本来であれば前に立つものに任せるべきことも補助しようと気を張っていることもあり、疲労が早い。これについてはシグルドとアナに苦言を呈さねばならないだろう。

「オユキちゃんは、どう思った。」
「師であるトモエさんを超えて、技術面で私がどうこうというのは出来ませんが。」

一帯の魔物を一先ず薙ぎ払って空白地帯を作り、そそくさと結界の内側で待つ相手の元へと戻る。そこまでの距離を見るだけで、実に結果として分かりやすい。
如何にオユキが前に立ったとはいえ、やはり基本はセシリアの手によるものとなる。トモエが見ている子供たちの中で、最も差異があると評するだけの結果がここにある。

「一人で戦う練習が不足するのは、現状やむを得ないでしょう。ですが、成果としては十分以上でしょう。これだけの事が出来たわけですから。」

シグルドとパウ、それからアナ。この三人はトロフィーを得られていない。前者二人は、やはり技量が足りておらず、短期間で身についたものが寧ろ技術の妨げをしている最中。アナについては、こちらはいよいよ別の力が働いた結果とわかる。しかし、あまり背が伸びず、筋力も種族の特性なのかそこまでつかなかったこの少女は、それなりの量を周囲に転がしている。長足の、そう枕をつけても良いだけの確かが認められている。

「ただ、まぁ、やはりよくない癖になりそうなものは。」
「はい。トモエさんに。でも、私は素手とか短剣って、どうなんでしょう。」
「寧ろ間合いの内に切り込まれた時の対処法は、積極的に習うのが良いでしょう。以前トモエさんが使った渡り技にしても、膝蹴りなどが最も手ごろな対応ですからね。」

その辺りは、今後の鍛錬の中で見せていけばよいだろう。これまでは手札の少ない相手へ向けた訓練、やはりトモエがオユキに対してそうしていたように見せていない物があまりに多すぎる。

「それに、元々トモエさんは予定していましたから。」
「そうなんですか。」
「はい。柔軟をするようにというのも、その一環です。やはり体の動きを細かく覚えるには、体術への理解を深めるには重要ですからね。」

そうして話していれば、結界の中へと足を踏み入れるだけの時間が経つ。何やら口を滑らした子が一人いるようで、真新しい包帯を手に巻かれたアナとアドリアーナの正面で頭を下げて座らされている。

「さて、次はアドリアーナさんですね。ですが、どうしましょうか。」

問題として、アドリアーナはトモエではどうにもならぬ武器である弓、それを好んでいる。本人にもその理解があるため、今日は持ち込んでいないが素振りからある程度分かる事もある。持祭としての位を得たのも遅れており、それも水と癒しから。今は何かと忙しいと、ありありと分かる中で、更に普段使いの武器が違う以上は、推して知れるというものだ。

「自分でも分かってます。それでも、私だってやってきたことがありますから。」
「ええ、では喜んで見させて頂きましょう。」

それでもアドリアーナからは、見せるべき、そう信じるだけのものがあると返ってくる。ならばトモエもオユキも喜んでそうするだけ。素振りからでも、そこからこそ分かるだけの確かな成長もあるのだから。

「では、どうしましょうか。セシリアさんと同じようにとしてもかまいませんが。」
「弓を使わない時は、私も前に出ていましたから。」
「ええ、ではそれを。」
「驚かないんですね。」
「ええ、見れば分かりますから。」

そして、また仲良く連れ立って魔物の領域へと向かう。今後、町が広がっていけば、こうして今ほど気軽に出かけられなくなっていくのだろう。それこそ、門の前は施設として設計された訓練所が用意されるに違いあるまい。そこを超えて、更に追い込みが出来るだけの距離を離して狩りをしなければとなると、歩いて移動するだけでもやはりそれなりに時間がかかっていくことだろう。

「では。」
「はい。」

そして、弓以外に今のところアドリアーナが気に入っている武器は太刀。トモエの流派に置いて至上と掲げる得物。それを使うからこそ、他の子供たちよりも細かい所にまでやはり目が行く。手本として振舞っていたトモエ、太刀だけでなく両手剣もしばしば使ってはいたが、やはり練度が違う。良い手本に恵まれた結果として、アドリアーナも勿論進歩がある。側にいないからこそ、何度もトモエの動きを脳裏に描き、それを頼りに振るってきたのだろう。他の子供たちに比べれば、実に教えた事が正しく行えているというものだ。
だとするならば、それがずれていたセシリアとアナ、その二人が見ただろうオユキの動きというのが反省すべきことが多いと、それだけの差があるとまざまざと見せつけられるものだ。背負う子供に教えられる事の、さてどれだけ多い事か。

「トモエさんも、弟子を取り教えを授け、そこで我が身を省みる機会が幾度となくあったのでしょうね。」
「えっと、オユキちゃん、どうかしたの。」
「いえ、少し郷愁のような物を感じてしまいまして。」

戦闘中に気もそぞろと、さてまたトモエにお叱りを頂きそうなものではあるが、やむを得ない。こうして後進の面倒を見ていれば、会社でそれを散々に行ってきたオユキこそ、心当たりなどいくらでもあるのだから。だからこそ、今はと気を引き締める。助けを求めている相手がいる。進むべき道を示してほしいと願う相手がいる。技術として、動きとして。それはどうした所でトモエの領分だが、そうでないところはオユキでも。

「周囲をよく見ています。最も楽な、良い位置をきちんと探せていますね。」
「弓を使うなら必須の技能だって、ルーカスさんが。」
「ええ、それを今も良く使えています。ただ、やはりセシリアさんと似た傾向ですね。」
「それって、その前に誰かがいてって。」
「いいえ。各自に止めをさせる、その状況を逃すことが多いですよ。」

そして、本来減らせる数を減らさなければ、過剰な数に囲まれていずれはという事になる。勿論、その兆候を見つけ出せばアドリアーナは早々に下がるだろうが、性格的な物としても消極的すぎる。それは、こうなる原因にかかる物でもあるのだ。

「攻める時には、やはり攻めねばなりませんからね。」

確かな成長、良いと思う方向への変化、それは嬉しいものだ。
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