憧れの世界でもう一度

五味

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18章 魔国の下見

二度目は劇的に

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以前は文字通り死力を賭した結果として、斬れたのは薄皮一枚。しかし、今度ばかりは一筋のどころでは無く、明確に傷を与えた。アベルがここに来て初めて、一先ず結果を出したから終わりとした相手の油断に漬け込む形で振るった刃が、確かな傷を与える。どの程度の深手かと言われれば、そう呼ぶほどでないのは確かだ。ただ、問題としては、斬りどころがまずかった。

「アベル。」
「流石に不可抗力だ。」

三狐神、それとしての想念を強く受けているからだろう。戦と武技を父と呼ぶからだろう。ともすれば、全く頓着しない柱に変わって、まだ飾り気のある巫女に与える装束などを考えた相手なのだろう。要は、相手も和装。そして、下から追いかける形でアベルが斬りに行った事もあり、裾を少々派手に斬る事になった。当然アベル本人としては届く足を狙った、それだけだとは分かるのだが。

「当然の結果ではありますが。」

ただ、アイリスに何やらもの言いたげにされているアベルに対しては、トモエからもそれとなく加勢に回る事しかできない。そもそも、肉を切ろうというのだから、防具とてまとめて切らねばならないのだから。

「私の衣装を斬れるほどとは、正直考えていなかったのだけれど。まぁ、いいでしょう。」

トモエはトモエで、すっかり疲れ果ててニーナに抱えられているオユキの方が気になるのだが、後の事はとばかりに視線を投げられたためにそちらに向かうことなくこうして話に加わっている。

「てっきり簡単に直せるものかと考えていましたが。」
「ものによるわね。核として纏っている物であれば、問題ないけれどこうして供物をとなると、また話が違う物。」

さて、祖霊の言葉にさらにアイリスの視線が気日くなりもするが。

「私は気にしないからいいわよ。そもそも刀を交えた以上、トモエも言っていたけれど当然の結果よ。」

それでも、斬られるなどと考えていなかったと、そう付け足すことは忘れないあたり、何やら思うところがあるのは隠そうともしていないが。

「さて、そちらの子もだけれど。」

そして、今となっては疲労から地に倒れ伏しているセラフィーナに向けて。

「色はあくまで属性を示す物よ。勿論、私の核に合わせて最も馴染んでいる色はあるけれど、他も当然あるわよ。祖となる相手が違えば、また話は変わるけれど私の裔は全て等しく私の力を受けられるもの。」

さて、そう声をかけられる相手は、聞いているのかいないのか。色は属性を示す。今回、アイリスにしても本来はと言われている属性を主体としての試しであったのだが、勿論、より分かりやすく備えている者達から場を維持するための物はきっちりと徴収された事だろう。何となれば魔国にも雪は降らないようで、場の内側にだけ発揮されていたものが、祭りの終わりを告げるためにか周囲に漏れ出している。その結果として慣れない気温に身を震わせているものが実に多い。

「アイリス、貴女もよ。」
「私、ですか。」
「ええ。私に寄せる等と考えているけれど、私の持つ属性は多いわよ。前にも言ったけれど。」

ただ、色々と話があるのは分かるのだが、既に限定された場ではない。つまり、負荷が増える。話しかけられているアイリスにしても、緊張の糸が切れたという以上に負担があるのか、鞘に納めた野太刀を支えにし始めている。

「全く。この国と交流をして、貴女達はもう少しマナの何たるかを学びなさいな。オユキにしても、太刀さばきと違って乱雑にすぎるわよ。」
「流石に、あれはどうかと私も考えてはいますが。」
「貴女では教えられない物ね。祖に連なる形しか持たないもの。あちらは、今は冬と眠りから与えられている力。私の加護とは根が違うわ。」

そうして話している間にも、この度得た結果、それが周囲を明らかに変えていく。
王都を囲う壁の中、緑を誇るものは、あくまで定められた場所にだけ。勿論飾りとしての、景観を整える為にとされている物もあるのだが、あまりに数が少ない。飾り立てる為と、要所に置いているからこそ目を惹くものとして。農地や、果樹なども間違いなくあるのだろうが、市場に品がある以上存在すると分かるのだがそちらを見る暇など無かった。ただ、石畳が敷き詰められた、灰色と白の町。それがこの王都に対しての最たる印象ではあったのだが、石と石の隙間から覗く緑もある。少し離れた場所に飾られていた花壇、何処か弱弱し気な、不思議な儚さを持っていた植物が、何やら溌溂としたようにも。恐らく、壁を超えた先には、更なる変化が起こっている事だろう。

「ただ、こちらの物たちは、私の在り方とは異なるから、糧を望むのなら難度が上がるわ。」
「それは、そうでしょうとも。」

魔術も使う。しかし、それが本性という訳でもない。あくまで日精と月華を蓄えて進んだ先、その先で得た物がこの神性にとっての魔術だ。海千山千、それと同じく長い歳月の鍛錬の果てに届いたもの、核として遜色が無いのは間違いない。しかし、本来は牙と爪を誇る獣だ。

「日々の糧を得やすい魔物も、まぁ増えるでしょう。木々と狩猟の仕組みは、その土地に満ちる物を使わなければならないもの。」

つまりは、淀みが魔物の発生要因となるのであれば、この王都の周囲には魔物が突然増える事になるという意味でもある。もしくは、数ばかりではと考えたのであれば、強度を上げる事で対応がなされるだろう。

「まぁ、私の加護にしても限度はあるわ。こちらでは、いよいよ遠い。それを無理に叶えただけ。これから先、加護の釣り合いは目に見えて分かる物になるでしょう。」

だからこそ、知識を積み上げるのも構わないが、爪を、牙を研げと。

「まぁ、今度ばかりはここまでね。ああ、それと、アベル。」
「は。」
「武国も、私の加護は求めるでしょう。」
「それは。」
「ええ。楽しみにしているわよ。」

貴様の事は覚えたぞと。その折には、確かに金に輝く獣として、その威を示すのだと。

「後の事は、まぁ、直ぐに次の機会もあるわ。そちらでとしましょうか。アイリス、あの子の面倒を見なさいな。後進を育てる、群れを強くする。本来であれば、それも原初の定めよ。」
「畏まりました。」
「まぁ、貴女で向かない所は、頼ればいいわよ。」
「流派が違うので、アイリスさん同様体の動かし方に限っては。」

どうにも、このセラフィーナという白毛の狐はあまり体を動かすことを好んでいないのだ。暇さえあれば刀を振るアイリスとはまた異なり、こちらは暇さえあれば毛皮や布の加工を行う事を好んでいる。勿論、種族としての特徴を備えているため、日々の糧を得るための狩り、それを難なく行うことは出来るが、身体能力、戦闘における能力という意味では非常に低い。いよいよファルコよりはと、比較対象をそこに置かなければならない程度に。

「本人のやる気を考えると、あまり気も進まないというのが正直な所ですが。」
「ああ、それなら心配ないわよ。」

トモエの懸念に対して、祖たる獣は実に単純だ。

「次の機会もあるのよ。そこでも今回と同じ無様を晒すなら、ええ、私を祀るにふさわしくないというのに、私の力に連なると嘯くならば、それが出来ぬようにするだけよ。」
「それは、いえ、可能だというのなら。」
「他は他よ。私は祟る事も出来るわよ。」

爪と牙を奪う。言外にそう言われた相手は、地面に倒れたまま何やら体を震わせていたりするが。

「この地には、確かに私の力が、神国よりも多くの力が流れたけれど、それはこれまでの負荷を癒すためにほとんどが支払われたわ。」

そろそろ戻るからその前にと、祖霊が参加者ではなく、周囲にいる者達に向けて。

「ただ、見つめなおし、何があったのか。それを考えるには十分な時間は得られるでしょう。隣もあるもの。」

それは、かつての世界にもあった問題として。
オユキが語るように、こちらの世界はただ便利なだけではない。そこまで都合の良い優しさなど用意されていない。利便性の高いもの、それには一切の容赦がない対価が用意されている。マナという資源で代替が出来る。そのように考えるものたちには、公害と呼んでも差し支えの無い淀みという現象が待っている。人の力で、それが形を成したものを切り捨てて払えるというのは、十分な優しさと言えるかどうか。魔物との戦いは、当然命を対価に行われる。それをものともしない者達が、どれほど乱獲をしたことで、そこで発生した費用を賄うために与えられる何かとは釣り合わないように、あまりにも分かりやすい設計が存在している。
こちらの世界に生きる人々は、かつての世界に比べれば健啖な物が多い。汗を欠けば水がいる。雨が降らぬ世界の水源とは何かといわれれば、限られる。そして、地下水を掘り当てられない、川も流れていない場所では水を創る魔術となる。
そして、オユキの考え、そこに含まれるものとして、花精という存在があるのかもしれないと。木精は世界樹によって支えられる宇宙観である以上、特別な存在として。文字通り世界を支える一助として、役割があるのだろう。では、木にも花が咲くとして、そこから生れ落ちた者達は。根を下ろし、遠くに動かぬ、ただそこにある巨木の願いを受けて生まれ、そうして発生した種もいるのだとしたら、そこから派生した何かを受けていないとも言い切れないのではないかと。

「いよいよ、隠す気は無かったという事なのでしょうか。」
「オユキ様、どうかされましたか。」
「いえ、色々と、過去の己の、私たちの行状に思うところがありまして。」

以前にも考えた事ではある。
別世界、それを謳った作品ではあった。しかし、幻想を名に持つ作品でそれが実在するなどと、果たして本当に信じた物がどれだけいたのか。そして、それが出来なければ、進めるべきものが進まない。根底にある造りはそれだ。そして、オユキが入れ子構造を疑う最も大きな箇所がそこだ。

「私としては、今の振る舞いも反省していただきたくありますが。」
「いえ、挑むならば、当然の事では。」
「中空を動く以上は、裾の動きにも気を払って頂かなければ。」
「袴なので、仲が除けたりという事は無いかと。」
「見えなければよいなどというものではありません。」

それにしても今思いついた言い訳だろうと、そうしてニーナに抱えられたまま少々話を聞き流しながらも、オユキはオユキであれこれと考える事がある。もはや隠す気が無い事、どうやらそれもあるらしいと。
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