憧れの世界でもう一度

五味

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18章 魔国の下見

一仕事

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場が整ったのであれば、次はいよいよ仕事の時間とばかりにオユキとしても身構えるのだが、どうにもその前にという事であるようだと、内心はおくびにも出さずにナザレアの案内で馬車から降りる。
歓談の時間として、神殿でまずはなどという話もあったのだが、王族、共通する装飾、残る面影。要は王妃らしき人物が迎えに来ているため、神殿から担当者を連れ出して揃ってというのをお望みであるらしい。
オユキとしても散々にこちらの国が抱える窮状というのはここまでの道中見てきた。今後長期的に見て、神国に比べて問題しかない。マナと呼ばれる資源。神国では活動する者達が基本的に魔術を乱用しない。だからこそ、日々の余剰が資源そのものの回復に利用される。結果として町の周囲、そこで得られる糧で十分とそう呼んでもいい状況が完成する。
かつてのブルーノの嘆きを考えるのであれば、拠点が完成し、安定を手に入れれば周囲もそれに合わせて人が暮らすにふさわしく整えられていく。そしてそれを為し得るのは神々の加護であり、それを願う人の心。つまるところ、此処にもやはり過去に備えられた不備が影を落としている。
トモエが殊更楽し気にとしているのは、オユキの沈みがちな気分が少しでも浮くように、それに尽きる。

「急ぐ理由は分かりました。アイリスさんへは、そうですね。アベル。」
「は。」
「また、補填の形は考えましょう。少なくとも、裔が力をつける事は喜ばれる様子。」

オユキから。アベルに明確に行うべきこととして告げるのは、さて初めてだろうか。既に正確に背景を把握している相手だから、それも多い在る。

「という事は、貴女はこの土地に祖霊様の力が必要と考えるのね。」
「加えて、相応の量を魔国に提供する形をとるでしょう。」

隣人に分けたところで問題が無い、その程度は生まれる。しかし、十分とは言えない。それを補うために、始まりの町に戻れば、また騒動が待っている事だろう。

「その負荷に相応しい、そう思えるだけのものは確かに。アベルも、隣国との関係、恐らく今後も近しい状況は生まれるでしょう。それをくれぐれも忘れぬよう。」
「違いない。我が国が主体とする駆け引き、それに相応しい手札ではない。」
「勿論、互いの関係性の中で便宜を図ることもあるでしょう。だからこそ。」
「手をとり合う事を忘れぬよう。要は、この世界で最も重要とされていることを忘れることなきように。」

さて、それはそれとして、今行わねばならぬ事、確約を避けなければならない事がある。
神職を、それも高位の者が同席しての会話、駆け引き、そこでは虚言では無くとも隠そうとして建前を押し出しただけでも判定を潜り抜けられない。それは既に神国の王太子を相手に試すことができている。そう言った経験がすでにできていたことは、喜ぶべきことではあるのだが考えるべき事が増えるという不利もある。知らなければ考えられぬ、そう言った意味では実にらしい手組と言える。

「国同士の連絡手段、それを考えずにはいられませんね。」
「王妃様がここにいる事か。」
「そこまで警戒する事かしら。ここに来る前にまたやらかしたんだもの、その話からの流れだと思うけれど。」
「過大評価もいけませんが、過小評価もいけませんよ。」

確かにアイリスの言、それが最も単純な帰結ではある。

「無いと考える理由もありません。制限はあるでしょうが。」
「王太子妃様から、色々言付かっているでしょう。」
「私程度に預けられる物だけです。」

王都に滞在している中での忙しなさ、その一端には当然以前訪れた折に起こしたあれこれも含まれている。気軽に贈り物とした短剣にしても、それを渡した人間が位を持っているのだから、改めて戦と武技の教会から人を借り手続きを。トモエから言われたこともあり、少しは社交なども行い、先の時には機会にあぶれた相手に改めて祝祷を。実にあれこれと立て込んでいたものだ。特に先だっては加護のない中で、その結果が先だっていた事もあり加護を得るためにはと疑念を持つ者達も多かった。しかし、今度ばかりはそれぞれが相応に派手な振る舞いをしたために、希望者がさらに増えていたこともある。そして、そんな中。社交の一環として持った王妃や王太子妃としての席で、個人的に預けられている手紙もある。しかし、それは何処までも個人的な物。国同士、公的な物はやはりきちんと使者が立てられている。最も、その文官たちはこの旅路で随分とひどい目にあっていたようではあるのだが。

「貴女程度、というのも流石に難しいと思うわよ。」
「それは、そうだな。神々の使命を果たすための道行きであり、それを与えられた者に対して、あまりにも雑事というのは流石に難しい。」
「その、アベルさんも居られた席だったとは思いますが。」
「トモエの予想か。間違ってもいないが、それだけでもない。そう言う事だな。」

確かに、安全度で言えば。そのように考えたりもするが、生憎と案内されながら進んでいれば、話を続けることもできない距離になる。既にトモエは少しずれオユキの隣にナザレアと入れ替わるように。そしてアイリスの隣に立つアベルの脇に控えるようにニーナが。

「高貴な御方とお見受けいたしますが、何分異邦からの流れ人。物を知らぬ身でありながら、有難くも知識と魔の神殿へ神々の奇跡を運ばせて頂いた、戦と武技の神より巫女と呼ばわれしオユキ・ファンタズマ。こうしてあまりに不作法に振舞う、それほどには此度の事を重く考えてはいる、どうぞそうお見知りおきを。」

さて、オユキとしてはここはいよいよ庇護者のいない場となっている。場を任せようにも、こうなってしまっては先代アルゼオ公爵もなかなか頼ることができない。先代であって、現公爵ではない。こちらの国の公爵と良い関係は間違いなく気付いているというのは、ここまで見てきたこともありそれこそ場が落ち着けば、選ぶことが出来ればというものだが。

「遠い場所から危難を踏破し、神々に認められている相手。ここは王城ではなく神域。知識と魔の神が咎めぬ事を、私がどうして咎める事が出来ましょう。さて、気が付いているようですので、改めて。」

直答を本来であれば許されぬほどの差はある。それについて、思うところがあるのだとそのようなそぶりを見せる者達は、手に持った扇を軽く動かすだけで王妃が控えさせる。

「私はカーティア・ラブロック・コノシェンツァ。想像が及んでいるように、この魔国コノシェンツァにて陛下の伴侶として身を成すものです。」

さて、予想は当たっている物であるらしい。

「本来であれば。斯様な話が意味を持たぬ状況です。この場の事はこの場の事。先にも告げましたが、神々がその振る舞いを認めるのであれば、勿論依存などありませんとも。」
「ご厚情に感謝を。」
「しかしながら、少々思うところのある神々も居られる様子。」
「位を頂いておりますれば、我が身を保証する戦と武技たる方が得心をされている、それ以上はありませんとも。」

オユキとしても、少々嬉しくない類の視線は感じている。かつて揃って言外に改善を求められた二柱から、特に。
目に見える武器はもっていない。一応急遽詰め込まれた戦と武技の巫女としての振る舞い、その辺りから大きく外れてはいないはずだと、オユキとしてはそのように考えているのだが。しかし、移動に相応の時間がかかり、やはり何やら抜けていることもあるのだろう、つまり、そう言った細部が気になるのだろうなと、そのように反省も併せてしたりしているのだが。

「時間が無い、急ぎでの事。加えて、やはり私たちの国と、神国は遠い。理由は確かに理解が出来る物です。特にこちらに来て間もない異邦からの訪ね人であれば猶の事。側仕えも不足しているようですから。」
「生憎漂泊の身の上であった期間も相応にありますれば。」
「ええ。此度の大業、それに報いる用意は勿論陛下も私も考えています。」
「では、その恩義に報いるためにもまずは。」

王太子妃を評して、国柄として互いの知を試すことを好むなどと言われている。どうにも、そういった部分はここではさして前面に出さずに済ませてくれるものであるらしい。特に私的な場ではなく、公の場で神々すら同席しているのだ。うっかり、という訳でもなく過大評価を元に試しに応えられぬところを露呈させれば、相手の持つ文化を知らずにと王妃の知というのにも陰りを与える事になる。試すためにも、相応の物を選ばなければならない。過剰であれば、無理筋であればというものだ。それを考えれば、親しい、そうありたい相手に向けてあれこれと仕込みを行う王太子妃というのも、こういった国風あればこそというものなのだろう。しかし、公爵夫人と揃って手紙に頭を悩まされたオユキとしては、納得は生まれてもといった物ではある。

「ええ。神国と手を携えて、その分かりやすい象徴たる新たな奇跡を。」

こうしてまとめて神々をこの地に降ろす、その負荷はやはり相応に存在する。どうした所で、前提としてこちらで暮らす者達との差があるため、周囲が思うよりも軽く、何となれば十分に日々の活動を行っていればオユキは余剰で賄い切れるものでもあるのだが、無為に削る意味もない。
オユキにとっても非常に意外な事ではあったが、王妃がその場をオユキに譲る。そこまで譲歩を引き出したのであれば、オユキがなにを成すかなど既に決まっている。退いた王妃の先、視線を向ければそちらも準備万端という事であるらしい。こちらにも間違いなくそういった存在がいると踏んでいた相手。実にわかりやすく肖像として知識と魔を題材にと言われればこうあれかしと、そのような見た目の相手が。知識と魔、その存在が順当に齢を重ね、時の流れと共に知を蓄えたのだと言われれば正しく納得のいく姿をした相手が。

「自己紹介は、後程としようか。生憎と私はこの場の事が、先の事があるため後日となるのだが。」
「ええ。トモエもこちらの景観を随分と気に入った様子。確かに、こうして魔術文字の踊る建造物というのは、実にらしいものでしょう。」

そして、トモエの視線の動き、勿論背後から眺めただけであるため詳細は分からないが、オユキの目には何もないと、そう見える空間を目で追っていたこともある。神殿の表面に薄く輝く魔術文字、そして、ここを通れと言うかのように未知の脇に魔術によるものだろう光の柱が立っているというのに、そちらに目を向ける事もなかった。過去と変わらず。知識と魔を象徴する神殿の上空に浮かび、複雑な幾何学模様を織りなす書籍にも。

「我らは早々訪れる物を拒まぬとも。書を焼く腹積もりなどがあれば、そのような手合いでなければな。」
「では、使命を果たしましょう。」

そう、門をこちらに作り、費用ばかりはどうにもならぬが、この世界で、この広すぎる世界で人同士が手をとり合うために必要な物を。
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