憧れの世界でもう一度

五味

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17章 次なる旅は

室内は安息が

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危険域を移動する事もあり、夜はどうした所で野営という形式をとることになる。それこそ夜通し移動を、そのような事も検討された物だが、護衛ではなく乗っている者達が耐えられまいという話に落ち着いた。

「私たちは、確かに大丈夫でしょうが。」

周囲は篝火が集れ、魔道具の明りも置かれている場所。加えて周囲には、この機会に試しをとカナリアとメリルの手によって、新しい魔術が施されている。安全という意味では、その内部にとうとうに魔物が出現することが無いという結果は得られており、安全であるというのは間違いない。だが、それで安穏と出来る人間というのはやはり少ない。

「えっと、でもあの人たちは。」
「馬車の用意が間に合わなかった、それが悔やまれますね。」

先代アルゼオ公爵は、年齢もあり、本人の懸念通りに疲労がやはり隠せていない。オユキ達の物に比べて急ごしらえであるため、よりひどい揺れに苛まれた空だろう。他にも多くの非戦闘員たちは、新しい魔術の恩恵を得る事が出来ていないため、誰も彼も立ち上がる事すら難しいと、そのような状態だ。

「皆さん、揺れ、苦手なんですね。」
「得意な人の方が少ないと思いますよ。」
「私は平気なので、よくわからなくって。」

以前の事で、サキが乗り物の揺れに対して非常に強いというのは理解できている。今回の行程にしても、他の者が意識を失うような馬車に乗っていたにもかかわらず、大変だったことは体がぶつかって痣になったこと以外には無いというような相手だ。

「限度はあるはずなのですが。」
「えっと。その、やめて欲しいかなって。」
「失礼。」

そんな相手に対して、当身がどの程度から効果があるのかと、そのような好奇の視線をトモエが向ければすぐに半歩さがる。生憎とオユキは軽度な揺れでも多少の気持ち悪さを覚えたようで、用意された今夜の休憩場所、その一角の机について舐めるようにお茶を飲んでいる。そして、他方では、こうしてサキとアルノーを含めて、簡単な料理を用意している。アルノーの手伝いを日々している子供たちは、いよいよ許容値を超えたようで、今は揃って意識を失っている。他の者達も、離れた場所に用意されたアナと仲良くしている者が多い。だからこそ、これから数日の料理はいよいよ簡単な物でしかない。

「えっと、こうして細かくするくらいなら、お粥とか、重湯とか。」
「材料があれば、それも良かったのですが。」
「持ってこなかったんですか。」
「袋の耐久度がという話でしたね。おがくずの中に放り込んでしまっても、中身がその中に出てしまえば。」
「こう、木箱に詰めてとか。」
「粉にしてしまえば、やはり隙間から。そして、馬車の中がより一層大変な事になるでしょう。」

購入するときに使う袋そのままでは、耐えられないという話になった。そしてサキの思い付きである、現状破損が無いように見えている木箱にという事も理解ができる。しかし、その容器には隙間がある。ワイン樽のように、隙間なくというものもあるにはあるが、あれはいよいよ水分を吸って膨張が等、細かい要素が絡んでいる。それに、過剰な振動が無い事を前提としているため、衝撃でたわめばその隙間から。

「そう考えると、やっぱり便利だったんですね。料理も、色々大変ですし。」
「ええ。簡便にしようと、何処までも努力した人々、その苦労が偲ばれますね。」
「あ、アルノーさん、お野菜切れました。」
「有難う御座います。」

サキが切った野菜を簡単にスキレットに取り分けては、アルノーが一度炒めてからオーブンにそれぞれ放り込んでいく。

「前から気になっていましたけど、一度焼いてそれからオーブンなんですか。」
「確かに、一般家庭では馴染みがありませんか。色々理由はありますが、今回については大量に作る、それを考えたときにですね。」
「あ。確かにコンロってお鍋で埋まりますもんね。」
「他には熱の通り方の違いというものもありますが、それは実例があるほうが分かりやすいので、今後興味がおありでしたら。」

過去についても、少しづつ話は聞いている。ただ、サキについては直近の事があってだろう。食べ物に対する執着というのが、かなり大きな割合を彼女の中で占めている。

「オーブンって、こう焼目を付けたりって言うのが大きいのかなって。」
「勿論どれもあります。こうしてコンロに置くものは底からですが、やはりオーブンは表面に対してが大きいですから。」
「そう言えば、そうですね。」

そうして元気に料理をしている姿を、実に頼もしげに見る者もいれば、比較して不甲斐無いとそういった事を考えている者達もいる。

「トモエ卿。」
「おや、ありがとうございます。」
「わ、美味しそう。あの、有難う御座います。この鍋は、えっと、アルノーさん。」
「最後に胡椒を足してあげてください。」
「分かりました。えっと、出来上がったので皆さんで。」

味見をすることもなく、完全にサキに任せていた料理ではあるが、助言を求められればそれだけでアルノーから回答がある。彼自身、持ち込まれてくる肉を捌き、オーブンだけでなくグリルも活用しながら大量の料理を作っているというのに、トモエの調理場まで全て彼が最終的に完成の判断を下している。

「わ。すごい。」
「今持ち帰った肉と比べても、こちらの方が軽いですから。」

そして、次々と作る料理は、こうして追加の食材を護衛が持ち帰るたびに素材と交換等いう形で持ち出されていく。

「サキさんとトモエさんは、同郷と分かりやすいので見ておくのが楽ですね。」
「あの、トモエさん程毎日ではないんですけど。」
「いえ、基本については私も人から習っているわけですから。特に学校で習った物が基本になっているところは大きいですよ。」

トモエにしても、最初は見様見真似どころでは無いものであったし、何となれば道場に通っている相手が厚意でしてくれたものを見て学んでとなっている。最低限はいよいよサキと同じような流れで身に着けた物だ。

「以前テキストには目を通したことがありますが、優秀な物でしたよ。」
「その、洋食とは結構差があると思いますけど。」
「ええ、それは事実です。東洋の食事で重要視されている物が、こちらに無い言語であり外来語としてそのまま使われるようになった。その辺りが如実にそれを示しているでしょう。」

外来語というのは、あちらこちらの国であるものだ。既存の物と違う概念を輸入した際に、それを象徴する言葉を新たに作ってしまうより、そのままというのが実に簡単なのだ。

「そんな事って、あるんですか。」
「ええ。野菜の種類にしても、シイタケ、シシトウ。レディーフィンガーと呼ばない場所もままありました。素材というものから離れても、ノリ、テリヤキ、ウマミといった言葉は、そのまま私たちも使いましたね。」
「実際にはストック、ブイヨンというのは洋食にもあるので、だしを取るのが和食だけというのは誤解なのですが。」
「あ、そう言えば、コンソメとかデミグラスとか。」

サキとしては気軽に口にしたのだろう。知っている物の実例として。

「サキさんも興味があれば、あの子たちにも教えていますし、一緒に学ばれますか。」
「丸二日かかるようなものですから、よく考えてから決めてくださいね。」
「え。」
「二日で出来るのは最低限ですね。弱火で数時間は置けますし、火から外して余熱調理といった期間もありますので、実際の調理時間はそこまででもありませんよ。」
「私が言うような事でもありませんが、お手伝いの子たちから簡単に話を聞いて、それからとしてください。ただ、剣術の鍛錬は諦める事になるでしょう。」

オユキですら苦笑いをして評価したこととして。
アルノーの組む日程というのはめちゃくちゃだ。確かに休憩時間はある。実際の労働時間は少ない。何となれば、二時間作業すれば、一時間から三時間の休憩時間がある。問題はそれが一週間続く事だ。一日の労働時間として、10時間自覚なっている事については、議論の余地もある。しかし許容範囲だ。しかしそれが一日の全ての時間帯に配置されているのが問題なのだ。

「えっと、どういう事なんですか。」
「一週間、水を足しながらに出し続ける、そのような料理もありますので。」
「え。」
「料理と言いますか、下準備ですが。大丈夫ですよ。二次がんごとに起きて、数十分作業すればまた眠れますから。」

そして、起き上がれば、また仕事が待っているのだ。
職人気質、そのような相手だ。寝ても覚めても料理の事ばかりを考える、そう言った相手。趣味を仕事にすると、休みとの区別がなくなるとオユキとトモエが実感したことを当然としている相手。その相手が実にしれっと話をするものだ。そして、何やらしっかりと不穏を感じたらしいサキが、そっとアルノーから距離を取っている。

「そう言えば、パンやさんのバイトって朝が早いって。」
「ベーカリーですか。パティスリーの資格まで取っていれば、私たちよりもさらに多忙ですからね。」

サキから、軽く息が詰まるような音が漏れる。

「えっと、ベーカリーがパン屋さんで、パティスリーはお菓子やさんじゃないんですか。」
「いえ、国によって制度も違いますが、パティスリーはベーカリーの資格を持った方がパティシエの資格を持ったときに初めて出せる店舗です。」
「私のレストランでもパティシエは別で雇用していましたが、やはり定番であったり数がというものは近隣のパティスリーと協力していましたからね。」

それ以外にも、日々料理を少しとはいえしていたトモエでも驚くことをアルノーは当然のように行うのだ。
お湯の温度を確かめるために、平然と鍋に指を入れる。焼き加減、弾力を確かめるために火にかけたフライパンで油の跳ねる音を響かせる食材をつまむ。高温のオーブンに平然と素手を突っ込んで温度を確かめる。そう言った慣れが無ければただ怪我をすることを、当然としているのだ。

「人の感覚器官というのは、侮れませんよ。そもそも人が食べる物ですから、それに合わせてというのが最善と私はそう信じていますし。」
「えーと、食育でしたっけ。」
「そちらはより広範な概念ですね。」

ただ、少々仕事の場に慣れていない少女が極限環境で働くことを当然とする人の在り方に後ずさったりしている物だが、それでも和気あいあいと話をしながらも作業は続く。
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