憧れの世界でもう一度

五味

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17章 次なる旅は

安全の値打ち

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「あの、そう言えば。」
「おや、どうかしましたか。」

菓子に話が流れたから、というだけでもない。少々の振動はあるものの、席としてはいよいよお茶会といった風情。それも、過去に、脛に傷があるというのもまた違うが、異邦人たちが主体となって座る席。サキが食欲だけではなく郷愁だけでもなく。色々な感情から、口にしたいものの話を振れば、すっかりと話題がそちらに傾くというものだ。食べる事にそこまで頓着しないのは、この場ではオユキだけという事もある。

「あら、言われてみれば公演で行ったときに、食べたかもしれないわ。」
「えっと、アルノーさんの料理がという訳じゃなくって。」
「勿論ですとも。ただ、和菓子というのはどうしても時間がかかると言いましょうか。」
「そう、なんですか。」

話題の切欠としては、食事の量がという話が上がったが。今はいよいよ席に合わせて、ぽつりとサキが零した懐かしい味、友達と話すときに良くつまんだお菓子に話が流れ、今はそこから食べてみたいものに。

「何だったかしら、日本のゼリービーンズにしても、乾燥に数日かけたりするのだったかしら。」
「そうですね、一般的には一週間ほど。」
「え。そんなに時間をかけているんですか。」
「季節にも寄りますが、湿度が高い国でもありましたし。」

片や方が出来た後に糖蜜を振って、焼いて固める物。他方は自然乾燥で表面に糖分が。オユキとしても、話の種として調べていた知識の範囲で十分に話についていける。何となれば、出先で手土産を買い求めたりするときには、土産話として来歴を尋ねたりもしたため、オユキも十分話についていける。知識はあるのに、何故拘らぬのか、そのように聞かれれば、面倒だからとオユキの口をついて出るだろうが。

「あ、そっちはそっちで興味があるんですけど。」

そして、サキとヴィルヘルミナからそれぞれに。あれやこれやと、久しぶりに口にしたいと考えている物が並べられる。

「ドーナツ、ですか。思えば、こちらではあまり揚げ物の類を見ていませんね。」
「揚げ焼は行っていますが、全てを付けこんでとするには、やはり油が。」
「動物性の物が多いでしょうし、くどくなりすぎますか。」
「王都ではオリーブオイルなどもありましたが、気軽に使える物ではありませんでしたね。香り高い油でもあるので、使いどころが。」
「そうなんですね。そう言えば、バターとかもあんまり。」

馬車の内部は、何処までも穏やかだ。
薄い、勿論強度を上げるために、相応の厚みを持った木ではあるが、トモエは言うまでもなく、おゆきでも易々と切り捨てる事が出来る程度の厚みしかない。そんな心許ない内外を隔てる壁。都市を守るそれとは、やはり比べるべくもない。しかし、そうして嗜好品に思いを馳せる事が出来るほどに、安全が確保されている。
木よりも薄い布一枚、その先に有る扉を開ければ、そこから先ではそれこそ目を見張るような光景が繰り広げられている事だろう。だが、加護の内側は何処までも平穏だ。揺れはある、これまでよりも確かに気になる程に。しかし、カップに満たされた液体が、何もしなければ零れるというような物でもない。加護の無い状況では、対人戦の頂点に一応はたったトモエすら当然の如く足手まとい。そのような環境で木板の内側に、ここまでの安全を提供する者達がこれまでどれほどを為してきたというのか。

「オユキちゃん、詳しいね。」
「ええ。仕事柄、あちらこちらに行くことがありましたし、旅行はトモエさんも好きでしたから。」
「え、そうなんですか。」

世界に名を馳せた歌姫は知られてい無くとも、ミズキリの興した会社の名前についてはこの少女も知っていた。領都に向かう馬車のの中、メイとリース伯のいる場で改めてそれを告げた時には、この少女も随分と賑やかな反応があったことだ。そして、見るからに子供、それも外向きの事は十分ではないと分かる少女が派手に驚いたことで、新たに警戒心などを買う事にもなった。どちらかと言えば、かつての地で生まれた企業と、やはり異なる国を主体に活動した相手の差としか言いようもない。

「その、こう、一つの事に打ち込んでる人って。」
「シグルド君達にも話しましたが、休みも鍛錬の内ですし、あちらであれば移動は半日程度でしたから。」
「えっと、それでも、今みたいに。」
「流石に生まれてから付き合い続けた体でしたし、移動の合間に出来る事も多かったので。」

筋力という意味では、長々と椅子に座っていれば体がこわばりを覚えたりと不都合も多い。しかし、制御という概念にともかく重きを置いた流派でもある。オユキの好みの問題で、相応の金額を旅行に費やすことを当然としたこともある。少し広い空間があれば、出来る事などいくらでもあったというものだ。

「流石にこういった席では、実践に相応しくはありませんので避けますが。」

そして、トモエからは限られた空間で行える柔軟であったり、体の細かな制動であったりが。実践が出来ないのは、あくまでサキに教えるという行為であり、それらはオユキもトモエも常の事としているようなものだ。歩くときに、腕を動かすときに。話をする、そのために呼吸を。体を軽く揺らしては。

「えっと、ごめんなさい、よくわかんないです。」
「座学ですべて理解できるなら、そもそも武の道に実践的な鍛錬は無くなっているでしょうから。」
「ええと、サキさんだったかしら。私から見ても、こちらで生活の為にとしている人たちに比べても、遜色がないように見えるけれど。」
「比べてしまえば、差は歴然としてあります。」

ヴィルヘルミナの言葉には、ただトモエが簡潔に応える。

「前提の差があまりにも大きいですし、では、互いにとなればサキさんでは現状勝てませんね。」
「それは、はい。私も分かってます。」
「あら、そうなのかしら。」
「そうね。私から見ても、ハヤト様に近い動きでよく纏まっているように見えたけれど。」
「前提となる武器の差が大きすぎます。」

アイリスの言葉が正しければ、ハヤトにしても根底にあったのは竹刀を使っての鍛錬であったらしい。

「サキさんの動きはどうしても互いにしなりのある武器を使う、それが前提にあります。」

勿論、トモエの手の内にある術理、それをより上手く使える武器でもある。非致死性の動き、競技として進化していった物だけあり、寧ろ巻き落とし、しなりを活かしたうえで武器を奪う、そう言った技術で言えばその中で生きてきた者達はトモエですら瞠目に値する技を修めている。勿論、そこらの生き物を殺そうと考えたときに中が空洞である丈で出来た武器。これは十分以上でもある。中が空洞でもあるため、衝撃が良く伝わる。頭を打てば、その衝撃は何処までも有効に働く。ただ、そこまででしかない。

「えっと、所謂お座敷とか。」
「いえ、それとは根本的に異なります。勘違いされる方が多いのですが、それは技ではなく心構えですから。」

殺すための技を、それとして修めるのか。そう言った部分は既に過去として存在しないとするのか。

「竹刀でも、人を殺すには十分です。技を知らぬ相手に、それこそ一握りの木の枝を持って対峙すれば、容易く命を奪えます。あの子たちにも話しましたが、人を殺すのに本来武器など要りません。今ここにあるスプーン一つ、それがあるだけで十分以上です。」
「スプーン、ですか。」
「金属ですし、目に突き込めば。こちらの柄を使って喉をつく、それこそ眼窩の奥を狙う。色々やりようはありますよ。」

オユキが実際にどう使えるかを簡単に話せば、サキの顔色が覿面に変わる。アルノーからは、是非そのように使う真似はしてくれるなと視線が厳しくなりもするが。

「道具を持つなら、相手も自分と同じ装備であるなら。その中で発展した技術の素晴らしさというのは、やはり疑うべくもありません。相手がいる、その認識も正しく存在しています。」

トモエがこれまでの相手、その振る舞いに対して苦言を呈した大きな部分はそこだ。
戦う相手、有象無象と切り捨てる魔物だけであるならまだ良い。ただ、人と戦うのであれば、それに相応しい振る舞いがいる。空いても同じだけ、下手をすればそれ以上を考える頭を持っているのだという。それをしないという事は、ただ相手を軽んじているのだと。戦い、競う相手は案山子ではない。それを忘れ、思いを馳せぬというのであれば。

「ただ、応用までするにはサキさんは現状不足が多すぎます。」
「あ、分かるような気がします。今も鍔迫り合いになったら、どうにもできないですし。」
「馬庭の手管になりますが、居付けというものもあります。時間があれば、そちらもお伝えしますが。ことこれについては、ファルコさんが自分の強みを押し付けていて、それに付き合ってしまった結果というのもありますから。」
「サキさんの修めた物が、互いに正面に立つという前提があるのもありますからね。」

何となれば、ファルコの方が基礎の身体能力という意味では圧倒的に勝っている。過酷な環境で、食事もまともにとれぬ期間があったものと、十分以上の環境があり、鍛える事が生活でもあった者。そこで比べるのはおかしな話だが、現実としてその差が存在している。互いに正面にとらえて、競技としての振る舞いを取ればその差異は壁として高くそびえる事になる。
オユキはそれを回り込み、飛び越える事を己に課した結果としてそれらの一切に取り合わないという選択をした。そちらが己の有利を押し付けるというのであれば、こちらもそれを当然とするのだと。過去にしても、それを行った。

「苦手を無くす、得意を伸ばす。どちらも正解なので、後はもう個人の好みですね。」
「なんだか、まったく違うようにも聞こえますけど。」
「そうでもありませんとも。料理も同じですから。」
「歌もそうよ。」

そして、サキがトモエの言葉に首を傾げれば、異なる分野からもそれが正しいとされる。

「競技としての料理は、やはり自分の得意を存分に生かせるかもわかりません。それに対応するために苦手を無くすのも一つ。どこでも通用するほどに、得意を突き詰めるのも一つ。どちらも正解です。」
「お客様の要望に応えられない。酒場で歌うならそれはとてもではないけど、みっともないもの。けれど私の歌を聞きたい人たちは私の歌を求めるわ。」

そして、そう言った話を己の得意を、一なる太刀を追い求めるその心意気をついた物はただ頷いて。
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