憧れの世界でもう一度

五味

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16章 隣国への道行き

まずは領都へ

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「皆、静粛に。しかし楽にするが良い。語るべきことはあまりに多く、我もその間民に平伏させることを望みはせぬ。」

マリーア公爵が迎えに、初期はそのような話ではあった。しかし、オユキの負担を除くためにと、先代アルゼオ公爵と時間を持ちたいと、そう言った要望が出たこともある。勿論、他にも多くの事が有っての上だが、マリーア公爵は己の領都を離れる事が出来るような状況ではなくなった。今も王都に移動を始める前にと、それはそれは愉快な量の書類に追い回されている事だろう。

「先立っては、我らも急ぐ理由があったため、こうして布告の時間をとる事が叶わなかった。その由は、こうして我らが始まりの町より運んできた新たな神の奇跡、それを見ればというものではあろう。」

そうして朗々と語るマリーア伯爵の声を、オユキはのんびりと馬車の中で聞いている。
道中、オユキが広く姿を出すには色々と足りぬものもある。本人もそれを望んでいないことに加えて、結局直前の無茶でまた体調を崩してもいる。どのみち当初の予定通りでもある。王都につくまでには、オユキのマナというのも万全にしようと、そう言った話でもあったのだから。
そう話す者達の考えというのは、一様に。どうせまた何かあるのだろうと。オユキにしても、一切否定のできない思考が根底にあるわけではあるのだが。

「オユキ、こちらの確認もお願いしますわ。」
「あの、先ほどから少々私が見るべきか考えるものも混じっていますが。」
「事前に許可は得ています。どのみち時間が足りないのなら、出来る物は巻き込まねばなりませんもの。」
「それは、まぁ、そうでしょう。」

オユキの代わりは事前の予定通り。それこそアイリスと並んで立っても遜色のないシェリアに。しかし、オユキが直接神から頂いた装束については、当然丈が合う訳もなく。アイリスと揃って、教会で巫女用として用意していた物を着込んでとなっている。そしてオユキにしても休むと言いながらも、こうして馬車が止まっている間は、しっかりと書類仕事要因とされている。確認事項が多く、話し合う事が少ない為、こうして馬車の外で行われていることに、どうした所で意識を取られながらとなっているのだが。
他に連れ立っている者達にしても、いつもの顔ぶれは、どうした所で運んでいる大荷物、そちらの警備であったり手入れであったりに割かれている。領都からの子供たちは、始まりの町からの教育だけではと領都から借りていたリオールが今もあれこれと別の馬車の中で言い聞かせているらしい。
そして、王都までへの同行を望んだ異邦人二人もそれぞれに。ヴィルヘルミナは、町に近づいた時から厳かな歌を謳いあげ、特別な事の訪れを報せ、否応なしに住民の注意を惹きつける。アルノーは、それこそ埒外であろうに、この道行に同行する者達の体を支えるための食事を、あれこれと。どちらも、始まりの町で雇用した教会からの子供たちも連れ出して、ヴィルヘルミナの方では、同行するそれこそ熟練の側仕えにあれこれと習い、アルノーの方は馬車の中、散々揺れるであろうにその中で出来る仕込みであったりを行っている。

「えっと、その、オユキさん。」

そして、追加の一人。オユキとアイリスの利用する馬車、カナリアの手によって用意された新たな奇跡、馬車の内部の空間を拡張することができる新しい魔術。それが用いられているため、内部を簡単に仕切り個室らしき場所までが用意されている馬車。だからこそ、こうしてのんびりと書類を広げる空間もあるわけだが。その中には、始まりの町で縁を得た少女も乗っている。

「はい、どうかされましたか。」
「気になっていたんですけど、機会を逃していたので。あの、これって何処に行くんですか。」
「おや、アベルさんが説明したものとばかり。」
「その、首都にって言うのは分かったんですけど。」

神々に招かれていない、そんな来歴を持つ少女。既に、汚染については問題が無いとはされている。しかし、言語に難を抱える為、どうした所でこうして側に人が必要になる。最初はトラノスケを同行させてはと、アベルからそんな話も出たのだが。先に起こった事件で相応の数、鍛えなおすべき相手を捉えたため、彼は残らざるを得なかった。
そして、王都はまだ自分には早いとしたカリンと共に、それはもう存分に叩き直している事だろう。アベルから、無理やりギルドの長としての席を譲られたルイスにとっても、実にいい気分転換になっているらしい。生憎とオユキはトモエたちを待つ間に騎士達が追い回しているのを遠くに聞いていただけではあった。しかし、トモエの方では出立までの間に一日はあったため、そこでしっかりと。
この少女についても、そちらに混ぜてしまえばとそうは出来なかった理由が、この言語によるものだ。

「成程。少し待って頂けますか。メイ様、数点気になる部分、主に今回の一連についてですね。私からの所感も欠きだしておきましたので、ご確認を。」

丁度切りよく終わりそうなところが近いからと、オユキはまずメイから頼まれた物を、一先ずメイに。そして、改めて少女、サキと、そう名乗った少女に向かう。

「では、改めて。今、私たちは一先ず領都へと向かっています。領としてはマリーア公爵領。そしてそこでしばらく過ごしたのちには、改めてこの神国カディス、その王都に向かいます。」

今回のように急ぐ必要が生まれなければ、もう少し始まりの町で時間を使えたものだが。それこそ、祈願祭、そこまでは始まりの町にいる予定ではあったのだ。少年たちにしても、それについて残念そうではあったのだが、そもそも神々からの預かり物、それにまつわる仕事があるのだから、こればかりはどうにもならぬと早々に気持ちを入れ替えていた。以前の約束、それについてはリオールの手を借りた上で、領都の本教会を借りて行うと、そう言う話に収まっている。個人としての望みや拘りよりも、神々を。幼いながらも、そう言った選択を行うだけの芯というのは頼もしくは感じる。しかし原因を作っているオユキとしては、どうした所で申し訳なさが募るというものだ。

「領都に、王都、ですか。」
「都市の行政区分がかなり違いますので、今一つ要領を得ないものでしょうが。」
「あの、何となく、漫画とかで。」
「そうですか。ならば、よほどのことがない限り、それらから大きく外れた物では無いと思います。」

そして、オユキから改めて現在の予定。何処まで行っても予定でしかないが、それを伝える。
幸いと言えばいいのだろうか。サキという少女は、これまで乗り物に酔ったことが無いと、そう豪語するだけはあり苛酷な馬車の移動も一切苦にしない。何となれば、散々揺れる馬車の中、文字を呼んでもけろっとしている。そして、旅の道中、町に寄ってではあるものの、基本はそこで野宿する側に混ぜられている。そちらについても、これまでと比べてしまえば、幸せだとそう言い切る。

「えっと、そんなにかかるんですか。やっぱり馬車って遅いんですね。」
「いえ、何となれば新幹線などと比べても、こちらの馬車の方が早いですよ。飛行機であれば、流石にそちらの方がとも思いますが。」
「そうなんですか。」
「どうした所で、私の馬車からは外の景色を見る事が出来ませんからね。」

内部の空間を広げる魔術、その一番大きな弊害は開口部を一か所にしか作れない事であろうか。それもあって内部は確かに広くなり、国王へとするものはまた別だが、それより一回り小さい、その程度の大きさは持っている。それこそ、下手な一軒家くらいの内部空間を持った馬車だ。そこまで閉塞感を感じる事も無ければ、嬉しい誤算として拡張された空間は、基点とされる馬車からの振動を伝えてこない。何とも過ごしやすい移動手段に変わっている。

「外は、見えなくてもいいです。」

相応に暗い表情で、随分ときっぱりとしたその返答。

「まぁ、そうでしょうね。壁の外には、魔物がいる訳ですから。」
「魔物だけじゃ、無いですけど。」
「一応、もう疑いは晴れているので、先のような事はしませんよ。」

オユキとしても、自覚の上で伝える。また汚染される事が有れば、同じことをすると。

「それは、えっと、良くないですけど、良いです。」

怪我人に対しても容赦なく、つい先日の事だがそれに対しては、そこまで怯えが無い。要は、慣れてしまう、それだけの経験が有ったのだと、それだけで分かるというものだ。
そして、こうしてオユキとメイが書類仕事をする傍ら、そこで彼女がなにをしているのかと言えば、これまでの事、それを思いつく限り書き出してもらっているわけだ。それを逐一確認し、翻訳するオユキとしても非常に気分の悪くなる仕事をこうして少女に頼んでいる。

「あの、アベルさんが話してる言葉と、そっちのメイさんが話している言葉、違うみたいですけど。」
「私としても奇妙は感じますが、こちらでは公用語、書類などで使う言葉ですね、それが英語。こうして日常会話などはスペイン語で行う方が多いはずです。勿論、他の種族の方や、他の国の方はまた別でしょうが。」
「オユキさんも、えっと、言葉分かるんでしたっけ。」
「流石に、スペイン語は日常会話もままならない範囲ですよ。」

ただ、アベルの母国語という面で考えれば、アルノーが直ぐに思い当たったこと。彼が得意とする料理を特にアベルが喜んだことを考えれば、武国は恐らくフランスがモデルとなっていると、そう辺りはつけている。次に訪れる予定の魔国こちらはイタリアであるらしい。そのどちらの国にせよ、独自の言語、語族としては共通するのだが、を持っている。

「でも、えっと、英語は問題ないんですよね。」
「はい。仕事で使う事も多かったですから。」
「えっと、仕事、ですか。」
「ああ、その辺りもお話ししていませんでしたか。」

そして、今更ではある、オユキとしてもそう感じるものであるし、メイとしてはオユキの口にする言葉しか理解できないこともあり、どんな会話がされているのか気にしているようではあるのだが、今は存分に目の前に積まれた書類に向かて欲しいと、オユキからはそのような事を告げるしかない。
さて、こうした役割分担。オユキの代理が立つ理由というのは、果たしてオユキにかかる負担を軽減するための物か、それとも別のもっと向いた仕事に向かわせるためか。
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