憧れの世界でもう一度

五味

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15章 這いよるもの

トモエを待ちながら

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結局のところ、この戦で。一応は神々からそれがあると言われていた事件に於いて。オユキが鞘から得物を抜き放つことは無かった。言葉をかけるからと、戦端を開くときには最前に立ってはいたのだが。眼前の相手、それから周囲一帯に霜を下ろしてからは、シェリアにそのまま後ろに下げられた。
捕らえるべき相手だけという訳でも無く、魔物を含めた相手にもしっかりとオユキの初めて使った魔術というのはしっかりと効果を示したようであった。弱いものは、属性に現れた色が示すとおりにそのまま眠り。そうでない相手にしても、眠気を堪えるように、熱を奪う環境に抗する為に、実にしっかりと動きが鈍った。
そこにファルコの発破で、騎士に対する憧れが、先を行くものが持つと言われる輝きが嘘ではないのだと示してほしいという少年の願いが。それはもう、暴走一歩手前という状態で効いたのだ。トモエが先の大会でそうしたように、演習だと言われれば納得してしまうような、そんな有様を呈したものだ。

「成程。巫女様からは、そのような。」
「どうしても、目指して居る先、剣の道というところではトモエに聞かねばなりませんが。」

そして、早々に片が付けば他の事はどうした所で他に任せ、オユキはこうしてマリーア伯爵に招かれてのんびりとお茶会などをしている。今は町人も総出で始まりの町でもそうであったように、魔物が残したものを拾い集めている。得られた物は、如何に汚染の元凶により作用を受けたとはいえ、魔物。木々と狩猟の神が与えたとされる試練であり。だからこそ打倒すれば人に利する存在だ。当然の如くあれこれと町の外には残っているというものだ。特に今回はファルコの方でもしっかりと得られたトロフィーもあれば、この短い期間でも色々学んだようで、他に高位貴族のいない町で、位も持たぬ末席として色々と差配を振るっている。流石に、オユキからローレンツとカレンは貸し出しているが。

「私の領地にいた頃は、どうしてもこういった事に身が入らぬ様子でしたが。」
「己がその場にいる。それを思い描くことが難しかったのでしょう。今ご覧いただけているように、実際の場であれば、あのように。」

オユキからの二人だけでなく、連れている少女二人にもしっかりと支えられてではあるが。

「ただ、そうできるのも勿論伯爵家の施した教育、その下地があればこそかと。」
「そう言って頂けると。」

今回の騒動から、既に一日が立っている。シェリアがオユキを下げた理由でもあるのだが、そもそもマナが足りていないが故の状況をそれなりの期間抱えていたオユキだ。それが実にわかりやすく魔術を行使したとなれば。そこまで体調を崩すことは無いが、それでも休暇明け程度のところまでは怠さに支配されると、しっかりと疲弊していた。そして、当然の如く今も回復していない。しっかりとカナリアに叱られもした。

「リヒャルトばかりに目が行った、その反動とも考えていたのです。」
「さて、そればかりは本人尋ねてみなければ分かりませんが。」

始まりの町でも、それこそ過剰と呼んでも構わないあの町でも早々に片が付き、他の場所は杞憂に終わった。そして後始末をゲラルドとブルーノに押し付けて、主要な者達、王都に向けて移動する者達は、早々にこちらに向かうと昨夜のうちに連絡が入った。それこそ今日の夕方前には、到着するのだろう。昨日の今日であろうと、所詮有象無象。準備運動にもならない有様だったと、そのような報告も聞いているし、こちらでそれを目撃した、どちらかと言えば経験の少ない者達で固めたこの町ですらその有様だった以上は、実に想像しやすい話であった。

「マリーア伯爵は、この後。」
「高位貴族の務めです。新年祭の折には必ず。」
「参勤交代というにも、期間が詰まり過ぎと思いますが。いえ、私の知る制度では、伝わりませんか。」

毎年一回。この冗談じみた広さを持つ世界で年に一回王都に集まれ。勿論、国境にほど近いところはそれができる相手にこそ任せるのだろう。それを鑑みた上で、国の領土の拡張を行っているのだろう。手に入れた地図では、他と比べて中ほど。その程度の距離にあるはじまりの町からでも、一月かかるような世界だ。

「では、そこでご子息が行われることは。」
「勿論聞いております。本当に今からどうにも気が逸ってしまい。巫女様には、改めて得難い機会を与えて下さったことに、感謝を。」

始まりの町で、ファルコとあまり時間を持つことが出来なかった最たる理由。その一つが王都で既に決まったことだ。新年祭。王都で暮らす人々に向けた物ではない、政治向きの場。そこでファルコと彼と仲の良かった友人二人。その三人で王の前で、彼らの望む新しい在り方、それを奏上するという非常に大きな仕事が待っている。
勿論ファルコにしても、以前同じトモエに習う子供に言われた言葉が頭に残っているのだろう。それに向かって、それこそアベルを始めとした相手にあれこれと聞きながら、文面を考え作法を習いと。それはそれは忙しい時間を得ている。加えて始まりの町では、今後のダンジョンの運営、その仕組みを考えるためにと。そちらについては、オユキとミズキリも存分に手を貸しているのだが。

「マリーア伯爵のお手も煩わせるかと。」
「いえ、これぞ本望というものでしょう。忙しなさの否定はしませんが、晴れ舞台を整える、その時間の南東れれしい事か。」

オユキとマリーア伯爵は、こうして実悠長にお茶会などに興じているのだが、屋敷の外からは実に愉快な悲鳴が聞こえている。それもあって、夫人はどうにもそちらに気が取られている。どの世界でも新人の訓練。それが戦いに関わるのであれば、最低限など変わらぬだろうに。そう考え、ファルコのこれまでの振る舞いを鑑みた上で、オユキのマリーア伯爵夫人への評価は順調に下がってゆく。リヒャルトとファルコの振る舞いの差。それを見たときにマリーア公爵夫人が、険しい目をしたことを考えれば。つまり、伯爵その人が血縁で、この婦人は迎えたという事なのだろう。

「王都までの間に、改めてトモエを交えてということもあるでしょう。」
「どうでしょうか。流石に急ぐからと聞いていますので。」
「一応、領都でも時間が取れればとは考えているのですが。」

では、そちらで多少なりとも時間を取れるのかと言えば、オユキ達としてはまずは本教会。教会を出ると決めた子供たち。その去就の何処までを知っていたか分からないレーナ司祭、そちらと色々と予定を確認しなければならない。勿論、その席には公爵も同行してとなるが。
新しく作られる水と癒しの教会。そちらに供出する人員であったり、如何に新規に作られた物を整えるか。それを手伝う子供たちに対して教えるべきことであったりと。それはも愉快な予定が詰まっている。他にも、今回相応に増えたたびに連れ回す者達の存在もある。
失ってよい存在ばかりではない。まだ間に合う相手が、神に敵と定められるほどではない相手がいる。その者達を存分に連れ回し、いったいどれほどの差があるのかを改めて知らしめる。そう言った時間を持つことが決まって言る。これについては、勿論オユキが原因でもあるのだが。
始まりの町でもそれなりの量を確保したと聞いてる。オユキの方でも、早々に眠りこけた相手が、今は伯爵が利用している屋敷。前回公爵が一時の宿とした場所で、散々に騎士に追い回されている。これまで侮っていた相手がどれほどの物であるのかを思い知らせるとして。
訓練計画というほどでもないが、オユキの方でも以前の彼らについて所感を述べ、思い知らせるのが良いのではと。そう言った端的な感想を加えたのだ、それはもう、まさに阿鼻叫喚と、そう言った声が響いている。仮の宿とはいえ公爵の使う場だ。もう少し、色々な配慮があるものかと思えば、やはりそういった物については魔術が必要という事でもあるのだろう。

「どうにか、という訳でもありませんがマリーア公爵とは領都で食事を共にすることとなりますので。」
「ええ、私は、その時に。」

そうして、マリーア伯爵がこの場に至っても、ただ目を白黒させる相手に視線を移す。

「では、そこでまた。生憎と日中となれば、私も色々と用意のいる事が多いですから。」

そもそもオユキにしても、得た物を神殿に運び、そこで受け渡しを行わなければならないのだ。勿論学ばなければならない事も多いし、国王陛下その人から直々に、ある程度の式次第の案と共に、祭祀にあたっての振る舞いを習うようにと、繰り返し書かれた書簡が届いている。流石に勅使を立てるほどの時間は無かったのだろう。メイ経由の物でしかない。そちらは、途中による街で、現在の予定では、7カ所ほど聞いているが、その何処かで改めてという話を聞いている。そちらに向けた所作にしても習わなければならないのだ。
新規の教会に向けた人員は、改めて神殿で任を得る必要があるということもあり、旅の道連れに急に増える神職からあれこれと習いながらの道行きになるのだろう。当然、オユキにしてもそちらを優先する必要があり、馬車についてもそちらには公開できない為、野営であったり、休憩であったり。そう言った時間を使うとも聞いている。要は、しっかりと次の旅路も、オユキにとって楽になる分、その時間を他に使うようにとそう言った言葉が。
水と癒しの教会、そちらに努める者達にしてみれば、マナさえ十分であれば、奇跡を神々に願えばどうとでもなる。勿論そこに対する甘えは咎められるのだろうが、今回に至っては神々からの奇跡をという建前もあるため、それこそ教会の人々にとっても問答無用。

「道中は、どうしても私としても忙しいですし。」

そして、そこで時間を持とうにもそれこそ伯爵その人も色々と用意がいる。それ以上を行う体力が残っているのかという疑問がある。目線だけでオユキが尋ねてみれば、実に味わい深い表情が返ってくるものだ。なんだかんだと毎年の事ではあるのだろうが、長旅に対する慣れというのは、そこまでという事らしい。
オユキの方では今回極短い距離ではあるが、改めて自身に与えられた奇跡というのを試したものだ。そして、どう言えばいいのだろうか。拡張された空間、それがあまりに独立していると、そう言った感想を得た。
拡張部分、つなぎ目などは見えないのだが、不思議な事に本来の空間と連動しないのだ。直ぐとなり、開けた空間、そちらの内側が揺れているのに、オユキが休むとされた場所は全くと、そう言った状況が発生する。視覚的にあまりに奇妙で、寧ろ疲労を濃く感じる有様に、オユキからは珍しく区切るために布をと、そう言った話をシェリアにしたものだ。
ただ、そうして、完全に別。隣り合う固定された空間。その安定は言うまでもない。これまで以上に、確かに楽な移動が叶うというものだろう。
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