憧れの世界でもう一度

五味

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16章 隣国への道行き

領都の側で

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「えっと、私も混ざっても。」

領都までの道のりは、初めて向かった時と同じ程度の時間をかけてとなった。それこそ毎日必ず道中の町に寄り、そこで布告をしなければならないのだ。通り道だけでなく、当然近隣にも数は少ないが拠点があり、そちらへの伝達の手配を任せたりと、細々とした仕事とて存在している。要は、合間合間で、最初に領都に向かった時と同じことができるというものだ。

「魔物とは、戦いたくないのかと考えていましたが。」
「あの、もともと部活でやってて。」
「となると、流派の物とはかなり毛色が違うのですが。」

では休憩の間に。領都ではなく、王都での事にはなるが、トモエから少年たちに渡すものもある。そのためには簡単な試しも行う為、その時間が取れるのは何処かとなったときに、予定よりもかなり早く到着する王都でしかないだろうという話になった。領都でも時間が取れない事は無いだろうと、そう言った見込みであったのだが。少年たちにしても教会から色々と用事を言われているようで、領都での手配をあれこれとメイと話している姿を個の道行きでも良く目にしたものだ。

「気分転換には良いでしょうから、トモエさんに聞いてみましょうか。」
「でも、アドリアーナちゃんとか、見たことある動きで。」
「その辺りは、混ざってみればすぐに違いも分かりますよ。」

流石に、学業の一環として行うもので、金属製の道具などは使わないだろう。木刀くらいは可能性としてオユキも考えはするが、それにしても基本は竹刀を使う物であろうと。ただ、気分転換にはなるものであろうし、そもそも言葉が碌に通じないはずではあるのに、何やら少年達とは仲良くしている。物怖じしないアナがあれこれと身振り手振りを行いながら構っていれば、他の子たちもなにかと気にかけはじめ。気が付けば簡単なあいさつ程度は伝わるようになり始めている。汚染が無くなれば、こうして改めて加護が与えられていく、そうなってはいくのだろう。面倒を見ている者達が、教会の子供でもあるため、折に触れてお祈りの仕草なども真似していることも影響し、また、大きい事として彼女は安息の守りの外にいる。神に守られぬ場での行い、それはやはり評価が高くなるという事であるらしい。始まりの町、王都。それぞれで様子を見た結果として、さらに広範に数字を拾う必要がある事で間違いはないのだが。最も厄介な事として、数値化できるものでもないため、統計としてどうしても頭を抱えなければいけないのだから。
そういった背景というもの、今後の報告、ファルコがこういった情報を元に国王に己の考えを離さねばならないのだ。公爵麾下であるオユキとしても、手を抜けない仕事に思いを馳せつつも、サキも連れて周囲を厳重に騎士達が囲む中体を伸ばしている見慣れた顔に交じる。領都までは既にほど近く、今は改めて行進を行う者達が徹底的に身だしなみを整えている。まずはどうした所で時間のかかる騎士達、馬の装備も変えなければならない彼らから。そちらが終われば今は馬車から降りて、青い顔のままのマリーア伯爵を始めそれぞれに着せ替えられてとなっていく手順となっている。今はちょうどその空き時間。忙しなく動き回っている中ではと、そう思う者達もいたのだが少年たちの緊張もあるだろうからと、トモエとオユキが話せばファルコですらも身を固くしている姿が目に入ったため、苦笑いと共に許可が下りた。

「構いませんよ。ですが、どうしましょうか。部活で行っていた物の延長としたいですか。」
「オユキさんも言ってましたけど、よくわからなくって。」
「剣道となると、多いのは無念や一刀、心影あたりの流れを汲んだものとなるでしょう。」
「えっと、特にそう言うのがあるとは聞いてなくて。」
「まぁ、そのような物でしょう。練習用に気で出来た物もありますから、サキさんはそちらを使いましょうか。」

これまでの事、彼女の書き記した色々。それを読むにつけても、こうして人を恐れる事がない、その範囲でとどまってよかったと改めてオユキは思わずにいられない。最も、アベルを始めとした、所謂そういった見た目の手合いの側では露骨に身を固めたり、言葉も上手く出ない様子を見せるあたり、加護が無い分より一層肉体の基本能力がものをいう環境であったのだろう。礼節を持つには、不足の多すぎる環境ではあったのだから。

「おー、なんか、また違うな。」
「流派としては、別ですからね。どうしましょうか、そちらに合わせて直しましょうか。」
「皆と同じ方が。」
「それでしたら、持つものも変えますが、大丈夫ですか。」

練習用の木造りの模造刀を渡してみれば、きちんと活動に打ち込んでいたのだろう。初期の少年達とは比べるべくもないほどには、きちんと構えを取れている。
トモエの教える物とも、アイリスが基礎としている者ともまたはっきりと違いはするが、それでも少年達から見ても高評価となる程度には十分な物だ。

「大丈夫って、どういう。」
「金属で出来ていますから、当然の事として木よりも重いのですよね。竹刀は中が空洞なので、それに慣れているとかなり負荷を感じますよ。」
「あ、そうですよね。」
「とりあえず、やってみてから考えりゃいいんじゃね。」

シグルドから、実に暢気な提案があるが、それにはトモエが直ぐに首を振る。

「前にも言いましたが、教える側が怪我の危険があることを勧められません。この木刀でも、恐らく途中で掌に水膨れ程度は出来るでしょう。」
「え。」
「籠手を着けずに、素手で持つのです。勿論利点もあっての事ですが、そう言った守りもないわけですからね。」

あっさりと怪我をするぞと、そう言われたサキが身を固める。

「俺ら、大丈夫だけど。」
「その辺りが、加護の有無ですね。オユキさんが先ごろ派手に掌をやりましたから。」
「あー、そう言えばオユキちゃん、暫く手に包帯巻いてましたよね。」
「加護って、その、どういうものなんですか。」
「説明が難しいですね。そちらは後でオユキさんに聞くといいでしょう。では、そうですね、サキさんは体を鍛える。それを主眼としたものにしましょうか。」

そうして話している間にも、トモエの中で指導方針が決まる。一人、数度頷いたうえでオユキに視線を向ければ、いつもの如く数を数えながら、それぞれが手に持つものを振り始める。最も、一日の大半を馬車で過ごすこともあり、固まった体をどうにかするのが目的でもある。流石に常と比べれば、新人もいる為少しペースは落としながら。

「すまない、遅れたな。」
「仕方の無い事ですからね。」

そうしていればファルコも諸々の確認が終わったのだろう、そこに合流してくる。この少年はいよいよ公爵の身内であるため、先触れの手配やこうして移動している最中も早馬を出して、色々とやり取りも行わなければならない。それこそマリーア伯爵の仕事と言えばそうでもあるのだが、マリーア伯爵は長旅にはそもそも不慣れ。完全に文官らしく、基礎体力の差もある。そう言った事を口実に、経験を積ませている。実際のところは、始まりの町に残したリヒャルトや、新年祭で新しく教会を建てるための、河沿いの町へ向けての差配。そう言った物に、ただひたすら追われているだけだ。

「お二人は、やはりまだ。」
「ああ。今はカナリア殿の世話になっている。」

ファルコだけでなく、彼の補佐を大いにしている少女二人もいるのだが、そちらはいよいよ長旅には不足が多すぎるために、体調を崩してしまっているらしい。以前の様に急ぎという訳でなく、振動から来るものは流石に減ってはいる。だからと言って、長期になれば、また別の問題があるという事だ。
最も、彼女たちを始め、旅慣れないものたちが疲れるのは、護衛達が放つ気配によるものではある。
今回ばかりは運んでいるものがそもそも仰々しい。そして、それに万が一があれば担当者の首が物理的に飛ぶだけで済めばまだいい。そのような代物だ。嫌でも、抑えようとしたところで、そちらにしても気が入っている。そして、慣れぬ圧にあてられて、しっかりと体力が削られてといった流れだ。
そこまでを上手くできる物もいるにはいるのだが、それこそ練達の者達だけであり、注意をして回ってはいるのだがそれが逆効果と現状なっている。直さねばと、より一層気を張るという悪循環に、夕食の席でアベルとローレンツが揃って頭を下げる程度には。

「サキさんは、そこまで。一度休憩しましょう。そうですね、包帯の予備もあります。先に手に巻いておくほうがよさそうですね。」
「えっと、確かに疲れてきましたけど。」
「数度前から、滑らないようにと、力を入れて握り始めているでしょう。そこから先は怪我をします。」

まだ百に届かない、そんな回数ではあるがトモエがサキを止める。それこそ常と変わらず、並んで剣を振る者達の姿勢や持ち方を細かく直しながら、その最中の事。止められた本人が不思議そうな顔だ。

「それに、そうですね。」

それが当たり前とばかりに、サキが手に握っている木刀をトモエがするりと抜き取り軽く手首に触る。

「いた。」
「このように、支障はない程度ですが、こうして手首にも負担がかかっていますから。」

そして、トモエからの合図でオユキはまた回数を数える。
サキの処置はトモエが行うだろう。こうして体が固まっているときには、やはり細かく言わなければならないこともあるが、一度動き出してしまえばそれも減るのだ。つまり、それだけしっかりと見についてきたという事でもある。どうした所で年齢、そこで生まれる体格差、そう言った物で個々に差はあるが。それでも、最低限。そう思えるだけの物は、最初にトモエが面倒を見だした5人は十分と言っても問題がないほどに。やはり初期はいよいよ5人だけでもあり、トモエとオユキも自由になる時間が多かったため、そう言った差があることも否めないのだが。

「俺らの時は止めなかったけど、サキは止めるんだな。」
「皆さんは疲れてるだけで、怪我はしていなかったでしょう。」

最初の頃は、それこそこの程度の回数を超えれば、剣先がふらつき始めたというのに、今となってはシグルドにしても素振りをしながら会話をする。それくらいの余裕がある。

「言われてみれば、そうだな。」
「私たちも、怪我したことなかったですね。」

そして、後続の子供たちにしても、少し話に交じる位は問題がない。それが他で基礎訓練をしていたファルコであれば、猶の事。

「訓練に怪我は付き物だと、そう考えていたのだが。」
「トモエさんが言っていたでしょう。それができるからこそ、指導ができるのだと。」

どうした所で、不足の事態というのは存在するものだが。
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