憧れの世界でもう一度

五味

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15章 這いよるもの

ようやくの日常

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公爵によって用意された屋敷、実際の手配はリース伯爵になるが。トモエとオユキの与えられた屋敷の庭で、少し間は空いたが面倒を見ている相手が一堂に会して剣を振っている。
休日の間は、流石に鍛錬の監督は行っていなかったため、比較すれば長い期間手を入れている少年たちにしても、それよりも時間の短い相手にしても、とにもかくにも素振りをさせる。妙な癖がついている、こちらならではの加護による能力の突然の強化、成長による変化、そう言った物を細かく指導者が確認し、それに合わせて最も合う形というのをきちんと提示しなければならない。雑になっても構わない、今も教えられる側に並んで野太刀を振るうアイリスのように頭抜けた者があり、それを基盤とするならある程度目をつぶってもいいのだが。

「いつも通りのつもりなんだけどな。」
「筋肉がついて、体重が増えて来てるのでしょうね。立ち木を用意して振ってみればわかりやすいのですが。」

そして、筋力が付き、加護も増えた少年が剣を振れば勢いがつくのだろう、体重の配分、踏み込む位置、やはりそういった細かい事がずれている。それらをオユキが手本として正面に立ち太刀を振るいながら、それに合わせる教え子たちをトモエが細かく直していく。

「つもりでしかない、という事か。」
「ただ、これまでに比べればやはり皆さんで修正も出来ていますからね。きちんと進歩もありますよ。ファルコ君は、武器を変えますしたか。」
「こちらに持ち込んだものに合わせて、数が多いものにしたほうがと考えての事ですが。」
「それも現状では正しい判断だと思いますよ。しかし。」

ただ、これまでの騎士が使うような幅の広い両手剣、その見た目に相応しい重量があるそれに比べれば、細身で長さが少し増したものを使うとなると、やはり色々と直さなければいけない事が出て来る。今はこれまでの訓練で培った基本的な身体能力と、ここまでで得ていた加護によるもので振り回しているのだがトモエの流派、己の制御に重きを置くその理念からはやはりずれている。
構えと持ち手を直し、数度振らせながらも、その合間に足を置く位置の目安であったりを細かく伝え、改めて数度振らせる。

「一先ずは、良しとしましょう。」
「有難い。かなり楽になった。」
「重さが軽くなった分速度が出ますが、反面長さがあるので振り回されていたのが原因です。持ち手に力が過剰に入れば結局振るのが遅くなります。それでは、せっかく武器を軽くした利点も失われますからね。」
「成程。以前は、体重は後ろに残すようにと聞いていましたが。」
「重さが失われた分ですね。十分な習熟があれば、今オユキさんが行っているように不利に合わせて体重を移し、直ぐに戻すといった事も出来ますが。一先ずの段階として、残す場合と移す場合、それを覚える事が目的です。」

ファルコにしても、トモエに習うという意識があるからだろう。加えて以前オユキとアベルで色々と上に立つものとしての話を折をしてみたこともあり、分からないといい、それを尋ねる事を当たり前としている。
側にいる少年たちが、当たり前にそれをして理解を深めるさまを見ていたこともあるのだろうが。

「それには、どのような利点が。」
「重心の移動、体重の分配、それが叶えば見た目以上の速度が相手に体感として与えられますし、単純に威力が増します。虚としての動きは流石に早いのですが、オユキさん。」

トモエに呼ばれたため、オユキがその意図に合わせて動きを作る。
体重を移すと見せて、直ぐに戻して切り返す。手打ちとしての一太刀が突然に角度を変えて動くように。

「馴染めば、ああいった動きも叶うようになります。今はそれを行うための準備運動ですから。」
「準備運動、ですか。」
「はい。最低限、構え一つが完全に身につくまでは。」

その準備運動と呼ばれている鍛錬で、疲れ果てる事になる者達としては、そう言った表情になるだろうと揃ってそのような顔を浮かべている。

「えっと、オユキちゃん、ちょっといいかな。」
「はい、何でしょう。」
「その、丸太があればいいんだけど。」
「では、代わりに私が受けましょうか。トモエさん。」
「セシリアさんは、手首の固定をした上で練習用の物に変えてください。オユキさんは、そうですね。両方の場合を。」

トモエからの許可が出たため、既に十分な数の素振りは終わっているからと、まだトモエが手を入れる必要のある相手と、それが終わった者達で分かれる。
セシリア、トモエが今見ている相手の中で最も才があるとしている少女。他の少年たちと比べて、少し間が空いたところで動きにずれもなく、実に綺麗に長刀を振る。これまでは、座学、理屈といった部分を後回しにしていたトモエがあれこれと話し出したからだろう。今ファルコに向けて発した言葉を聞いて思い当たるところが、試したい事が有るといった風情ではあるが。
トモエが手首の固定、事前に怪我を緩和するための処置をしろといったのであれば、それが未熟であれば何が起ころうかを思い知らせろとそう言う事であるとオユキは理解している。過去自身が幾度もそれをされたように。

「何時でも構いませんよ。」
「えっと、オユキちゃん、体調は。」
「この程度の軽い訓練でしたら問題ありません。この後魔物を狩りに行くことには同行できませんが。」
「えっと、大丈夫だって言うなら。」

オユキとしては、セシリアと向き合って立つというのは随分と珍しいものだ。立ち合いを望まれるのは、どうした所で負けん気の強いシグルドが多いし、今練習している動き、それに感化されているアナの相手がどうしても多くなる。セシリアは長刀、今もオユキは使うのは使うが頻度が落ちているそれを持つセシリアはやはりトモエに習う事が多い。そもそも長刀術、オユキが修めているそれにしても皆伝の人物がいるのだから、そちらに習うのが筋という物でもある。

「では、いつでもどうぞ。」

オユキも素振り以外ではあまり使わない晴眼に構えて、セシリアの動きを待つ。そして、それに対して中段に構えた長刀を軽く振り上げて、踏み込んだ足に振出しから少し遅らせて体重を乗せたセシリアの一刀が。
先ほどの話、どう武器に威力を乗せるのか。これまでのように足を置いて体勢を作り、そこからではない斬撃。確かに威力は乗っている。ただ、思い付きでやるには。

「いたっ。」
「加減を誤りましたか。セシリアさん、大丈夫ですか。」

オユキがその一撃に対して真っ向から力技で受け止めれば、セシリアから声が上がる。要は、力が、速度が乗り切れれば、相手が柔らかければそれでもいのだが、そうでない場合。斬れなければ己の力が己の体を。加えて今回は受け止めるのに合わせてオユキも地面に踵を付けた上で、軽く力を返している。その結果がセシリアの手首を痛めるのだ。返し技として、もっと苛烈な物もあるのだがそこまでは当然オユキも行わない。

「あ、大丈夫です。思った以上の衝撃があって、驚いただけですから。でも、そっか。」
「はい。相手がどう動く、それを考えないとこのように己の動きの結果で自身を傷つけます。」

本人は大丈夫と入っているが、武器を落としたこともあり、オユキはそのまま近寄ってセシリアの手を取った上で簡単に確認だけをしておく。オユキ自身、加護は持てあましており、やはり所々で制御が甘くなる。
その結果教える相手に過剰に負担を与えたのではないかと、やはり不安に成る物だ。

「セリーの武器は壊さなかったんだな。」
「やっても構いませんが、練習用の武器にしても今は容易に時間がかかりますし、砕いてしまったほうが、意外と帰返し技としての威力は落ちますから。」
「へー。」
「武器を狙うか、それを使う手を狙うのか。そう言った然も有ります。そちらは流石にあなた達には早いですね。」

トモエもセシリアの側に寄ってきて、心配げにオユキが確認している手首を少し不安げに見る。

「大丈夫そうですね。もう一つの返しはどうしましょうか。」
「無理を感じる前に武器を反射的に手放したのでしょうが、無理をすることも無いでしょう。見本として行うよりは実感を望んだ結果でしょうから、また明日以降としましょうか。」

残った一つ、受け流し、巻き込み地面をたたかせる。そちらは次回以降とトモエが決める。今度は人が相手では無く、容赦のない自然の硬さが返ってくるため怪我の不安がある状況で行うような物でもない。それを避けようと無理に力を入れる事が有れば、結局その負荷はセシリアに返ってくるのだ。

「分かりました。オユキちゃんもありがと。」
「いえ、色々試すのはやはり大事ですから。」
「そうですね。それが怪我に繋がりそうなら止めますので、思いつく事が有ればやってみたい事が有れば、他の方も言ってくださいね。」

それができるだけの制御を身に着けているのが己だと、それを誇示するでもなくただ当然とトモエが話す。

「なら、俺もいいか。」
「はい、構いませんよ。」

そして、久しぶりにこうして揃って武器を振ったからだろう。早速とばかりにシグルドが望んだこともあり、そこからは順に教え子たちの前にトモエとオユキが立ち、思い思いの工夫を受け止める事になる。
色々と考えて、それはわかるのだがやはり教え始めての期間も短い。どれも拙いというしかない工夫、教えた事の延長線上にある物でしかないが。教える側としてそれを見るのはやはり楽しい物でもある。

「え。」
「はい、相手がいつも立ち止まっているばかりとは、かぎりませんよ。」
「いや、それは流石に。」
「その、あまりにも隙がですね。」

どうした所で、想定が魔物に依っている。それもこれまで身近であった小型の中でも特に小さい相手に向けた物では無く、今では主たる目標になっている鹿を始めとした、人とほとんど変わらない大きさの魔物。そちらに意識が向きすぎている。結果として、大味な工夫が多い為、トモエとオユキがそれぞれそういった部分に付けこんで、矯正していく。素振りを含めて数時間。昼食の時間が差し迫るころには、やはり見た目通りの体力となっているオユキが疲れ、そのまま食事をとった後はそれぞれの仕事へと向かっていくことになる。
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