憧れの世界でもう一度

五味

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14章 穏やかな日々

六日目

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その日は朝から少々騒がしい事になった。
特別何かがあったという訳でも無い。それこそ寝ている間に、起きてからという事でもない。今回に関しても、少々どころでは無い不満を貯めていそうな相手からも、特に何もない。そちらについては、人の世、その自由だけは阻害しないという明確な宣言もあるので、次に出会う事が有れば何か言われはするだろうがという物だ。
実際の所、公爵としても己の領を優先せず国の事をと見せる事も出来るため、都合のいい話ではある。
では、朝から何がと言えば。

「足も一先ず治りましたから、乗馬を習いたく。」

以前領都でメイに頼んだ衣服の中には、乗馬用の物もある。荷物の整理の中、やはり一度も袖を通したことがないそれが目に入る物でもあるし、トモエは元々興味を持っていた事柄でもあるのだ。
せっかくの休日、そう言った習い事に使うというのも楽しいだろう。そう思ってトモエが朝食の席で口にしたとたん、愉快な緊張がその場を支配した。

「トモエ様は、乗馬にご興味が。」
「ええ、はい。」

急に変わった周囲の気配はトモエにしても理解しているが、原因がわからずただ聞かれたことに応える。
オユキとしては原因は分かっているが、その辺りはどうにもならぬと考えているため、特に口を挟まない構えを取っている。ただ、トモエに対して、それは良いのではと話を進めるだけだ。

「そうですね。陛下から頂いた馬もいます。練習に付き合って頂いても良い物かは分かりませんが、一度も乗らないというのも障りがあるでしょう。」
「はい。メイ様から頂いた服もありますから。」
「そう言えば、ご用意いただいていましたね。」

そして衣類に頓着の無いオユキとしては、すでにそのような物は記憶に残っていない。

「では、私どもでご用意させて頂きましょう。」

そして、この場で発言が行える侍女が、早々に口にする。
それに対しての周囲の反応で、ようやくトモエもこの微妙な緊張感の正体に気が付く。
侍女として振舞っているが、彼女たちの本分はあくまで近衛だ。そして、この場に護衛としている騎士は第二、騎乗を常とする者達。トモエに誰が教えるのか、それが緊張感の正体だ。オユキの方にも視線が向けられているのだが、トモエと違ってまだ療養中の身だ。体格の問題もあり、どうした所で、それこそ加護を頼んで無理に行えばどうにかなるかもしれないが、それが出来ないのであれば許可は下りない。
門に関わる魔術を得た事で、魔術ギルドを連れて、護衛の騎士達に囲まれながら門に描かれている魔術文字であったりを昨日は検分していたカナリアからは、しっかりと参加を禁止するようにオユキの視線にただ首を左右に振って返される。

「馬との相性もあるでしょうし、用意もあります。先にトモエさんがこの子はと思う子を選ばれるのがいいかと。」
「そうですね。そう言えば、騎士様方に纏めてお預けしていますから、名前もまだですし。」
「練習となると、馬具の用意もいるかと思いますが。」

オユキはそこで言葉を切って、ようやく忙しさから抜け、休日を彼女もとったカレンへと話を振る。カリンと音が近いこともあり、休日はヴィルヘルミナも混ざって布選びを随分と楽しんでいたとは聞いているのだが。

「はい、既にこちらに。」
「では、厩舎を任せている方、いえ、役割としては従騎士の方にとなるのでしょうか。」
「そちらは、私から担当の者に。」
「有難う御座います。では、食事が終わり、少し休んでから。」

そう話しが決まれば、早速とばかりに動きが出る。そこで差が出るのは、近衛に飲んでもらうしかない。その職務として、こうして集まっている場からは離れる事が出来ない。
こうして話していれば、異邦人たちも本来であれば乗って来そうなものだが、休日と決め込んでいる二人の朝が遅いこともあり、各々既に動き出しているためこの場にいない。あくまでその辺りは軒を貸しているだけでしかない。ヴィルヘルミナの方では、先の祭りが続いた日々、そこで得た物を形にするためにと今日は朝から教会に向かい、カリンは狩猟で見た多くの振る舞い、己の過去とのあまりの差、それを少しでも埋めるためにと狩猟者ギルドに。アルノーはそれこそ大量に得られた食肉と向かい合っている。
そして、昨日の話で色々と目論見があると言い出したアイリスは、その辺りを各責任者に報告する必要があるからとオユキがアベルに押し付けた。今頃はメイも巻き込んで、揃って頭を抱えているだろう。

「草原を馬に乗って駆け抜ける、気分の良さそうな物ですね。」

己の体調を鑑みて、オユキは勿論自嘲するがトモエの興味とはまた違う方向で、オユキもとは思うのだ。
地平線は存在せず、視力というよりも焦点の問題になるのか、それとも別の何かなのか、視界のは手まで続く緑の絨毯、進んでもその先にただそれが広がり、周囲だけが変わるその大地を馬に乗って駆け抜けるというのは実に爽快な気分になるだろうと、それくらいにはオユキも思うのだ。

「宜しければ、私が。」
「体格を考えれば問題はなさそうですが、流石に遠乗りと望むのは仰々しくなりすぎるでしょうから。」
「以前の牧場の周囲であれば、問題はないかと。この屋敷の庭にしても、練習に十分な広さではありませんから。」

言われてみれば、確かに姿勢を習う、乗って、手綱を引かれながらくらいであればどうにかなるが、少し駆けさせようと思えばそれが叶わない広さの庭だ。異邦での一般家庭を思えば、広すぎるといっても問題ない土地ではあるのだが。

「それも楽しそうではありますが、ご迷惑では。」
「空いている場所もありましたので。」

恐らく、問い合わせてしまえば、空いてる場所が間違いなくできる。
それを迷惑と考えるのか、ここで暮らす人からの感謝の形と取るのか。それをオユキは少し考えて、シェリアの提案に乗る事に決める。勿論、迷惑に対しての事は考えねばならないため、カレンにも。

「そうですね。では、以前見学をさせて頂いた牧場の方に、話を。カレン、何か礼品を見繕い、用意を。向かったときに私からとしましょう。」
「その、オユキさん。」
「後は、そうですね。いつもの顔ぶれも手が空いているようでしたら、お誘いしましょうか。」

なんだかんだと、休むと決めた事もあり色々と押し付けていることもある。
書類仕事に忙殺されている者達にとっては、良い気分転換になるだろうと、オユキからは追加としてそう付け加える。メイにしても、壁の外を少し馬に乗って等とも言っていたのだから、嫌いという事も無いだろう。
なんだかんだと、快活な少女であることには変わりない。機会があれば、それこそちょうどいい気分転換にもなる。口実としても、未だ壁に覆われていない区画、そこを視察するといった言い分も出来るにはできる。得られた資材のほとんど、間違いなく全てをオユキ達が持ち込んだ都合で用途を変えさせているのは事実だが。

「畏まりました、それでは。」

オユキの決定を受けて早速とばかりにカレンが動き出す。一度頭を下げて部屋から出ていくカレンに、この部屋で護衛として立っていた騎士から一人がついて出て言ったのは、既定路線としてそのまま見送って置く。
どうにもシェリアとタルヤから、恨みがましい視線が向いてはいるが。
ただ、そちらはそちらで頼まなければならないこともあるのだ。

「タルヤ様は、そうですね。職務外の事になるかとは思いますが、牧草地に対して見解を頂く事になるでしょう。」
「この場からでも、分かりますが。」
「おや、そうなのですか。」
「あくまで五穀豊穣との話では。」

確かに、以前はそのような話になっていたがそもそもそれにしても首をかしげるものだ。こちらの世界で絶大な力を振るい、自身をさして加減が利かぬという存在だ。

「以前、力の使い方が雑になると、そう言う話もありました。加えてでは家畜のえさはと言えば。」
「確かに、雑穀ではありますか。」

十分五穀の範囲に含まれる物ではある。狩猟祭の時に町の外に向かい、そこでこれまでとそう変わらないように見えはしたが、加護が馴染んで、そこから成長してと考えれば影響が直ぐに目に見えるとも思えない。

「地にはすでに力が満ちています。それを吸い上げる形で、今後は成長がかなり早くなるでしょう。」
「成程。それは、生育期間に対しても、そうなりそうですか。」
「はい。私を含め、大地からマナを得る種族にとっては、非常に心地よい環境です。同族に話も広まるでしょうし、此処に根を下ろすことを求める物も増えていくかと。」
「それにしても、話して回るのであれば、時間はかかりそうなものですが。」

基本として働く方向は決まっているらしいが、それ以外にも当然使えるという事らしい。
ただ、そうなるとアイリスの部族が暮らしていた場所が森から遠いと、そう言っていたことに疑問も浮かびそうになるがそれこそ土地柄。森が無く、それでも肉を十分に食べられるという事を考えれば、寧ろそちらに向かって力が大いに発揮されていたのだろう。家畜を扱うとなれば、寧ろそういった環境の方が都合が良いともいえる。
ただ、問題としては、ここでも人による労働力という物が存在する。
成長が早い、それを手放しに喜ぶことなどできない。食用が可能な段階まで、それ以前の作業にしても、用は手がいるのだとそう言う事でもある。そればかりはいよいよ放置せざるを得ない事柄ではある。オユキがそちらに思いを馳せている間に、トモエはトモエで気になったことを尋ねる。

「その、他の町からにしても、移動には時間がかかりますし、うわさが広がるにしても。」
「大地には草原が満ちていますし、森の木々も話を伝えますから。」
「つまり、直ぐに話が。」
「いえ、あまり離れた場所であったり、伝える物のいない土地を挟んでいれば、難しいですね。ただ、それなりに近いところにいくつか。私の出てきた部族も。」

シェリアの三倍などと嘯きながらも、実態はゲームとして存在していたその歴史に千年を足したような国家。その第2代国王の時代からこの国に使えているというタルヤだ。黎明期のこの土地に来る、存在に気が付く程度には近い距離で暮らしていたのだろう。

「そうなると、花精の方の集落も近くにあるのですか。余裕があれば、伺ってみたいのですが。」
「トモエ様もオユキ様も、もう少しマナの扱いに慣れないと中毒を起こしますよ。精霊に近い種族の集落は、マナが濃いですから。」

ただ、トモエの興味はカナリアから止められる。
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