憧れの世界でもう一度

五味

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14章 穏やかな日々

乗馬教室

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想像通りの結果と言えばいいのか、オユキから直接礼品をという話を持ち出した結果と言えばいいのか。第二騎士団の面々が実に賑やかな話し合いを終え、更には近衛との役割分担を決めるにらみ合いが終われば、始まりの町の西に位置する広々とした放牧地、そこをすっかりと貸切ってと相成った。
誘いを出した相手にしても、気分転換にちょうどいいといそいそと合流したため、なかなかの大所帯だ。
今後も、立場がついて回るため、何をするところで大所帯になることに違いは無いのだが。

「陛下から頂いた子ですから、名前も共にと考えていましたが。」
「はい。それでも構いません。ルレランパゴ、そうなを与えられていたようです。」

トモエは、一頭づつと目を合わせ確認したうえで自身の馬とする相手を選んだが、オユキの方は馬の方から進み出てきた。他の馬を見ようとすれば、今はシェリアに手綱を預けて紳士然と振舞う尾花栗毛の美しい馬、この馬が人睨みと共に軽く嘶き下がらせた。
それを見た馬と親しんでいる者達は、誰がこの場の主人かよくわかっている利発な馬だと褒めていたが、オユキとしては乗馬など経験もない。今後も乗る機会が多いかと言われれば、当然少ない。だというのに、随分と勿体ないと、そのように感じてしまうものだ。

「稲妻の閃光、ですか。慣れぬ発音ですし、貴方が良ければ。」

輝く金の鬣と尾、それをなびかせて草原を走り抜ければ、まさにその名にふさわしい姿を見せてくれるのだろう。ただ、やはりスペイン語圏の発音はオユキの口にはなじまない。
申し訳なさを感じながらも、そう告げてオユキの上半身程ある大きな顔、それに反して確かな知性を感じさせる深い黒の瞳と目を合わせれば、言葉が分かるとでも言うようにすでに名を持つ馬が頷く。

「貴方が誇りを持つその名を受けて、カミトキと。」

多少の捻りは加えているが、オユキがその名を告げれば気に入ったのだろう。オユキに顔を寄せて来る。

「本当に利発な子ですね。」

そのまま体を押し付けられてしまえば、オユキはどうした所でそのまま振り回されてしまうが、それをしない。彼我の能力差を理解して、それでも愛情を示し、またそれを返せと。内面の荒々しさ、猛々しさは他の馬を抑えた事ですでに見てはいる。それこそ、オユキが目立つ振る舞いを望んだ時には、存分にそれを示すだけの能力を持ちながら平時はただそこにある。実にらしい名前が付けられていたものだと、改めてオユキはそんな感想を持つ。
何とはなしに、寄せられた顔を撫でながらも、実に慣れた様子で手綱を操るシェリアに目を向ける。

「カミトキ、ですか。」
「はい。この子は気に入ってくれたようですから。」
「異邦の方の一部、オユキ様もそうですが、そちらに近い音ですね。」
「皆様には馴染みが無いでしょうが。」

そうして少し触れ合っていれば、カミトキにしても、オユキが今直ぐに乗るつもりが無いと分かったのだろう。忠犬もかくやとでも言うように、その場にひざを折り下草を食みながらも休む構えを取る。
他に視線を向ければ、メイにしても自分の馬がいるようで、今はそちらに乗った上で第二騎士団の一人を隣に並走している。書類仕事の鬱憤を晴らそうとでもいうかのように、それなりの速度を出している。技術としてはやはり本職から見れば拙いのだろう、その合間にもあれこれと声を掛けられている。
そこから少し外れれば、ラスト子爵家主催の乗馬教室も開催され、これまでその辺りをいよいよ後回しにしたのか、姉の振る舞いを見て、逆としたのか、全く経験が無いとオユキから見ても直ぐに分かるリュディヴィエーヌがクララの補佐を受けながら、四苦八苦しつつも手綱を手に持っている。もう一人のアルマは行商の出だと言っていたこともあり、馬には馴染んでいるのだろう。それこそ比べる相手が悪いが、問題なく一人で馬を操縦して見せている。

「そういえば、以前の行進の時ともまた違う装備なのですね。」

そして、トモエの方でもセンヨウと改めて名前を付けた馬を前に、ローレンスにあれこれと話を聞いている。生憎と名前のよく似た老齢の騎士は先の狩猟祭であまりに明確な成果を残したため、若者たちからの突き上げに折れた。今はイマノルと共に、教会の護衛の指揮を執っているはずだ。こちらの騎士は、王都からの追加の人員、その先陣を切った人物で、早々にトモエが面識を得た相手ということもあり、今回トモエの世話役となった人物でもある。その他の騎士達にしても、それこそなんだかんだと乗馬教室に参加を望んだこの町の貴族の子女や、滞在していた者達。領都からついてきた騎士志望の子供たちの世話であったりと忙しくしている。

「乗り手の慣れも、必要になってきますので。」
「確かに、それぞれがどうのような役割かと知らなければ、そういう物ですか。」
「オユキ様もそうですが、トモエ様も姿勢がいいですし、馬に任せる事を自然とされていますので、基本はすぐに覚えていただけそうですね。」
「この子に任せれば問題ないですから、センヨウ、オユキさんの方へ。」

本来で有れば、それこそ手綱の操り方で伝えなければいけないだろうに、そうトモエが声をかけて軽く首筋を叩けば、それが当然と今はすっかりと寛いで梨を分け合って食べているオユキ達の方へとゆっくりと歩き出す。
トモエの方では、動くときに邪魔にならぬようにと馬の重心、バランスのとりやすい位置、そこに自身の重さが来るようにとするだけで、後は本当に楽な物だ。四本足の生き物であるため、慣れぬ振動もあり、鐙で多少は制御しなければトモエの負担も大きくなりはするが、それこそ得意分野という物だ。

「先の狩猟祭の折のような真似をと言われれば、まずできませんが。」
「馬上突撃は、それこそ年月をかけて身につける物ですから。トモエ様、手綱を緩めすぎです。」
「そうですね。確かに見え方とというのにも意識を割かねばなりませんね。」

姿勢を誉められているが、当然トモエにしても乗馬など初めての事ではある。常に方々から視線を向けられてもいるし、もの言いたげなものが含まれているのも感じる。当たり前の事として、拙い所がそれだけあるのだろう。
それこそ今後を考えればオユキを乗せて、そうでなくとも先導をしたりと、そういった役どころが回ってくると考えている者も多い。

「それと、こちらでは馬用の鎧などは。」
「勿論ありますが、平時には。整備の手も細かくいりますし、距離を移動することが多いので。」
「確かに、理由もなく疲れさせるわけにもいきませんね。」

そのような話をすれば、青鹿毛の乗馬からその程度何ほどでもないと、不満げに返ってくる。

「貴方を侮っての事ではありませんよ。流石に用意も無いでしょうし、私も慣れていませんから。乗馬が鎧を着こんで私が着ないというのも、まぁ、見た目の問題が。」
「式典によっては、盛装で装甲馬に騎乗することもありますが、なんにせよ装備がありません。」
「だそうです。」

一先ず馬にそう声を掛けながら、首筋を一度叩いておく。ゆっくりとしたリズムで進んでいるが、大きさに見合った速度で移動をしている馬だ。随分と高い視点、そこから見る先には敷かれた布の上に腰を下ろしているオユキがいる。

「馬上槍試合等、こういった文化圏であればありそうなものですが。」
「異邦の方から紹介されたこともありますが。」

何処から聞こえていたのか。ここまでのトモエの話の流れを想定したように、オユキが話題をさらに発展させれば、シェリアから彼女にしては珍しい苦々しい顔が返ってくる。

「我らも興味はあるのですが、何分加熱した時に。」
「加護もあれば、怪我の度合いも過剰になりすぎますか。」

互いに馬に乗って突撃して、槍を。そのような物だ。見ごたえはあるし、それこそ行われれば示される勇猛に喜ぶものも多いだろう。ただ、こちらの馬の能力を考えればという物だ。
いよいよ軍馬なのだ。以前は傭兵の方がなどということもあったが、そう言った存在として重宝されている以上、やはり人よりも走行能力は比べる事も出来ないほどの物があるはずだ。そのような速度で走る、重量物同士の激突の結果は、良くて事故としか言えはしまい。

「トモエさんも、こちらで休みますか。」
「そうですね。」

オユキに声をかけられるトモエにしても、随分と涼しい風が吹くというのに汗ばむ程度には疲れている。

「梨ですか。このあたりにもあるのですね。」
「各ギルド合同で採取をしたそうで、先ほどメイ様から分けていただきました。」
「成程。それでは、有難く。センヨウ、貴方もいりますか。」

馬上から降りて、トモエもオユキに並んで腰を下ろして先ほどまで乗っていた馬に声をかける。少し離れた場所には馬用の水桶も用意されていたりと、まさに至れる尽くせりといった様子。それに、トモエの乗り方にはやはり注意された以上に細かい問題があったのだろう、ずれた馬具をローレンスが手早く直す。

「メイ様は、思った以上に慣れておられますね。」
「言われてみれば、そうですね。ファルコ君の誘った二人に比べて、体力もありますし。」

今はファルコがアルマの世話をして、クララが彼女の妹の面倒を見るという形に落ち着いている。少々長閑とは言えない声が響いたりもするが。クララが自身の前に妹を乗せて、それなりの速度を出したり、馬を軽く飛ばせたりと。実に楽し気にしている。

「クララさんも、流石騎士というところでしょうか。」

乗せられて運ばれるだけのトモエとオユキ、それに比べてしまえばあまりにもはっきりとした差がそこにはある。手綱を器用に操りながら、足や座り方を変え、声を掛けながら。それでも抱えたリュディヴィエーヌは落とさないようにと何とも見事な物だ。

「さて、ローレンス様。馬術についてご教示を頂いても。確か馬の速度で色々と呼び方があったかと。」

座学の一切を行わず、まずは馬に乗ってみてとなったがその辺りは聞いていて損もない。

「畏まりました。実演は難しい物もありますので、出来る物だけ。まずは常歩から。」

そして、トモエと並んで座って馬の歩かせ方。基本的な訓練として、どう指示をすればそれを行うのか、そう言った事をあれこれと説明を受ける。事前にそれを習っていた子供たちが、トモエとオユキのスペースと空いていた場所で、今度は順にそれらを行っていく。楽しげな悲鳴と呼べる範囲を超える事もままあるが、実に休日らしい光景ではある。
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