憧れの世界でもう一度

五味

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二章 新しくも懐かしい日々

再び休憩

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息を大きく吐いて、集中を緩めると、オユキは改めて手の中にある武器を見る。
刃は血と脂で曇り、分かり難いが変形してしまっているし、柄も無理をさせたためだろう、ひびが入っているのが分かる。
数打ちでも、卓越した技があれば痛めることなどない。
そんなことを賢しらに言うものもいたが、それなら誰が数打ちを練習に使うものかと、そんな愚痴のようなことを考えてしまい、首を横に振って、邪念を払う。
良い武器を、少なくともこれからの技に耐えるようなものを、そう望まずにはいられないなと、オユキがため息をこぼすと、隣にいた先達の狩猟者から声がかかる。

「まったく。とんだ新人がいたもんだ。だが、その様子じゃ、武器をやったみたいだな。」

言われた言葉に、オユキは苦笑いをこぼすしかない。
自分の欲のために、戦い続けることができなくなってしまったのだから。

「未熟でした。」

万感の、というほどでもないが、複雑な感情を乗せてそう呟けば、男は肩をすくめて、顎で後方を指す。

「ま、休憩してきな。武器の替えが無ければ、一度町の中に戻ってもいい。後続も来たみたいだし、他のも今のを見て奮起してるからな。
 まったく、怪我しなきゃいいんだがな。」

男の言葉に、少し前線に近いほうを見れば、見覚えのある背中、イリアだろう。
それが雄たけびと共に熊へと飛び掛かり、唐竹割にするところが目に入る。
また、少し離れたところでは、地面からちぎれた草が吹き上がり、その中に何体もの魔物の影が見える。
新人が無謀をして、先達の士気が上がったとなれば、さて評価は、若干のマイナス迄相殺だろうか。
オユキはそんなことを考えて、男に頭を下げる。

「申し訳ありません。少し休んで、戻ってきますね。」
「ああ、そうしな。」

そう言うと男は近くに魔物が寄ってこなくなったからか、手には大ぶりな弓を持ち、矢継ぎ早に魔物にいかける。
無造作に放たれたそれは、離れた場所で、こちらに向かっている鹿の両目をあっさりと射貫く。

「お見事です。」
「こっちが本業だからな。前線は持ちそうだから、援護でいいだろ。」

そういう男と別れて、荷物の集まる一角へと戻ろうとすると、男からすぐに声がかかる。

「待ちな、嬢ちゃん。トロフィーだ、拾っていきな。いや、難しいか。」

男が示す先には、肘から先、オユキの胴体を超えるほどの太さを持つ熊の腕、それからその獰猛な頭が転がっている。
オユキは残ったのか、そう考えながら、腕をどうにか持ち上げようとするが、武器を手にしたままでなくともどうにもなりそうもない重量がある。
腕だけでもそれだ。オユキの上半身程あるその頭部など、いよいよどうにもならないだろう。

「申し訳ありません。無理そうです。」
「まぁ、そうだよな。見た目より力はありそうだが、こればっかりはなぁ。」

男がさてどうしたものか、そう呟くと、後続として来ていた、一段の中から覚えのある声が聞こえてくる。

「俺たちが運ぶ。」

シグルドたちが、傭兵ギルドで見た覚えのある数人に連れられて、そばまで来ていた。
誰かが近寄ってきているのは解っていたが、彼らはてっきり町中で手伝いかと思っていたオユキは、少し驚きながらも彼らに頼むこととする。

「ありがとうございます。お願いしますね。」

そういって、頭を下げると、昨日槍を交えた傭兵の一人が、少し先に転がる、熊の残し物を見て、しみじみと呟く。

「いや。かなりのもんだとは思っていたが、まさかこれほどとはな。」
「オユキちゃん、かっこよかった。
 こう、すごかった。それが当たり前みたいに、スパッと切って。トモエさんも、あの大きな角を。」

そう、アナが興奮した様子で語り掛けて来るのに、オユキは気恥ずかしさを覚えてしまう。
武器を痛めたのも、欲を出したのも。
少なくとも、何かを教えている相手の前では、やはり見せるべきものではない未熟なのだから。

「ありがとうございます。結果として武器を痛めて、戦いを続けられなくなってしまいました。
 良くない事ですから、あまり真似はしないでくださいね。」
「まぁ、その得物じゃ、荷が勝ちすぎるよな。今度商人ギルドに相談してみちゃどうだ。
 そんだけできるなら、もう少しいいもの使ったほうがいいだろ。」
「そうですね。考えてみます。」

そう答えている間に、少年たちがそれぞれ二人と三人で、熊の魔物の腕と頭を抱え上げている。

「おい、餓鬼ども。爪と牙には気をつけろよ。怪我すっからな。」
「分かった。おい、アナそっち持ってくれ。持ち上げられそうか。」
「うわ、重い。それに爪だけでも私の顔位ありそう。」

そう賑やかに運ぶ少年たちに混ざり、オユキもトロフィーの運搬を手伝い、トモエの休んでいる場所に戻る。
やはり、それらは重く、6人で運んだというのに、少しの距離を移動する間に、少年たちは疲れを見せていた。

「オユキさんも。お見事でした。それとお手伝いありがとうございます。」
「見られていましたか、お恥ずかしい。」
「それにしても、刃渡りより長いものを斬るとは。聞いてはいましたが、目にすると驚いてしまいますね。」
「尋常の技ではありませんから。私だって、負けられない、そう思う部分もあるんですよ。」

そんな話をしながら、トモエが差し出した布でオユキは武器の手入れをするが、刃もこぼれているところがあるし、ケラ首も痛んでいるのか、ぐらついている。

「可哀そうなことを、してしまいました。」

オユキはそういって、刃先を撫でると、そのまま武器をそっと荷物にまとめる。

「私も同じことですよ。さて、少し休んで、また戻りましょうか。
 もう替えはありませんから、次はお互い丁寧にやりましょう。」
「そうですね。私が言った事でもありますし。」

そう言いあっていると、運んできたトロフィーを見ながら、シグルドが尋ねて来る。

「俺たちも、出来るようになるか。」
「なりますよ。すぐにとはいきませんが。」

それにトモエが、即座に応える。
その様子にオユキも微笑ましさを覚えながら、言葉を続ける。

「私とトモエさんでは、理合いが違います。どちらを目指すのか、そういう事もあるでしょうね。
 ただ、時間はかかりますが、どちらもと、そう望んでほしいとは思いますが。」

オユキの言葉に少年たちは首をかしげている。
恐らく、オユキの言っていることが分からないのだろう。
そう感じて、休憩中だという事もあり、もう少し言葉を足す。
そもそもは物では、その刃渡りを超える物は切れないのだと。
トモエのは純粋な自身の技量。オユキの物は、武技の神、その力を借りた技であると。

「んん、それは、どう違うんだ。」

伝えた言葉に、少年たちはさらに困惑を深めたようだ。
それに今度はトモエが言葉をかける。

「結果が大きく変わる物では無いかもしれませんが、武器でできることは、どうしてもその武器でできる事まで。そういう事です。
 例えば槍では、突く、叩くはできても、切れはしません。
 刀では、槍程離れた位置を斬ることはできません。
 ただ、その枠を超えて、行うこともできる。そういう事です。」
「なら、初めから、そっちを練習したほうがいいんじゃないか。」

トモエの言葉にシグルドがそう返すと、アナがその頭を勢いよく叩く。

「ロザリア様にも言われたでしょ。何でもかんでも神様に頼っちゃいけませんって。」
「いや、技を身に着けるためには、鍛えるんだし。」
「そうかもしれないけど。」

そうして、シグルドの素朴な疑問に押されるアナの様子に、二人の頭に軽く手を置いて、告げる。

「そうですね。鍛錬の結果、授かった物であれば良いかもしれません。
 ですが、それをはじめから神に願う、それは違うと、そういう事でしょう。
 神の御業は、結果でしかないと。
 そう己を戒め、己でできることを行いなさいと、そういう事なのでしょうね。」

私は神職ではありませんので、実際のところはロザリア様に聞いてくださいね、そんなことを付け足せば、やはりわかったような、分からないような、そんな顔でただ頷いた。
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