憧れの世界でもう一度

五味

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二章 新しくも懐かしい日々

オユキの技

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トモエが切り落とした角は、これまた理由はよくわからないが、他の部位、それこそまだつながっていた角とは違い、ただ斬られたままに、草原に転がっている。
その様子を、改めて確認したうえで、トモエは深く息を吐くと、オユキに話しかける。

「ありがとうございます。」

その言葉は、誉め言葉に対するものか、それともトモエが事を全うできるようにと補助をした、それに対するものか。まぁ、どちらもだろうと、オユキはそう考えて、改めて周囲を警戒しながらトモエと話す。

「何という事もありませんよ。トモエさんは、大丈夫ですか。」

無理をした、オユキから見てもそう取れることを行ったトモエに、そう声をかけると、トモエからはあっさりとした答えが返ってくる。

「少々手首を痛めたかと。後は、この子も駄目になってしまいました。」

そういって、トモエはサーベルの刀身を軽く撫でる。
オユキの目にはわからないが、鉄を貫く、そんなものを安物で切ったのだ、曲がるか欠けるか、何かしらの不都合は起きているのだろう。

「まぁ、どうしても数打ちですから。では、先に戻って必要なことを。それで構いませんか。」

オユキが、未だに狐につままれたような顔をしている先輩狩猟者に声をかければ、何処か気の抜けたような声が返ってくる。

「あ、ああ。いや待ってくれ。トロフィーは持って帰っていけ。」

男は、軽く頭を振ると、そう付け足す。
トロフィーと、トモエは首をひねるが、オユキは思い当たることがあり、言葉を付け加える。

「ハンティング・トロフィーですか。魔物も残すのですね。」

先輩の狩猟者も、ハンティングとは何か引っかかりはしたのだろうが、それを口にすることなく、オユキの疑問に答える。

「ああ。とはいっても、どんな魔物でも、どんな倒し方でもというわけではないさ。
 未だ魔物そのものについては解っちゃいないが、神々が、魔物を倒す、そこに認められた業を称えて残してくださることがある。
 シエルヴォは角を残す魔物じゃないからな、その残った角は間違いなく、トロフィーだろうさ。
 あんたの技を神が称えた、その証拠さ。きちんと持って帰りな。
 ここに置いてれば、そのうち他の物に埋まって、汚れちまうしな。」

男は、そういうと、やはりあたりを警戒しながらも、感嘆するようにこぼす。

「それにしても、見事なもんだ。よもや安物で、こうも綺麗に切れるとは。」
「いえ。武器と手首を痛めてしまいましたから。」

男の誉め言葉に、トモエはそう恥ずかし気に語る。

「そのあたりは、これからも磨き続けるしかないでしょうね。
 それでは、トモエさんは一度下がってくださいね。」

オユキがそう声をかければ、トモエは苦笑いをしながら角を取り上げようとして、その手を止める。
どうしたのかと、オユキが首をかしげると、掴むのではなく、つまむ様にトモエが角を手にする。

「斬るときには気にしませんでしたが、かなり鋭利ですね。
 ところどころ、刃物のようになっています。」
「それを振り回して、人の鎧を裂くわけですから、そういう部分もあるのでしょうね。」

持ち上げた後、簡単に確認をして、改めて、安全なのだろう根元を掴んでオユキの側に歩いてきたトモエに声をかけながら、オユキ自身も、その角を興味深く観察する。
ゲームの時は、それこそ初期地点の周囲にいる魔物など、無造作に蹴散らすだけであったし、当時は道場に通いだしてもいなかったため、こうして戦利品としての角を見るのは初めてであった。
思えば、魔物を素材とした武具などというものは、それこそ後半、人々の幻想の中にしか現れないような魔物を討伐し始めてから現れだしたが、こうして、序盤から利用できる、そんなものも設定されていたのかもしれない。
思えば、開発者の一人が時折公開していたメタ情報に、ゲームのコンテンツ解放度なるものがあり、それがついぞサービス終了まで6割を超えることはなかったが、このあたりもその原因だったのだろう。
ただ、そんなことをオユキは考えるが、同時にそんな技を持った人間が、いきなり始まりの町で試すわけもないでしょうと、そう思わずにはいられない。

「これはこれで、上手く加工すれば、良い武器になりそうですし。
 記念品として、トロフィーと扱ってもいいように思いますが。」

白く、つややかに輝く大きな角。それを見ながらオユキが告げると、トモエは難しそうな顔を浮かべる。

「飾るべき場所がありませんからね。」

戦場のただなか、周囲への警戒は続けているが、それでもどこか穏やかにそんな話をしていると、先輩狩猟者が話に入ってくる。

「加工すればいい武器になる、だが、どうだろうな。この町にそれができる職人がいるかどうか。
 ま、何にせよ、後で決めればいい。そっちも警戒は緩めちゃいないみたいだが、まだ戦闘中だ。」

男がそう言えば、申し訳なさそうにトモエが謝り、荷物をまとめた場所へと戻っていく。
手首の応急処置、それから予備の武器との交換を行ってくるのだろう。
いくらか時間のかかるその作業を考え、オユキは改めて先ほどのトモエの技を思い返す。
さて、自分には同じようなことができるのだろうかと。
無理をする気はない、技もトモエより数段落ちることは重々承知。
だが、オユキにはトモエの持たないゲームとして、半生をかけたこのゲームの知識が存在する。
同じようには、叶わないだろうが、それでも並びかけられるだけの、そんなものは自分にもあるはずだと。
どうしてもそう考えずにはいられない。
手にしている得物は、ゲーム時代に好んで使っていた物とは、まったく違う。
体躯も、経験も、場所も、何もかもが違いはするが、それでも、遊び倒した、そう表現するしかないが、時間を使い試行錯誤を繰り返した、そんな場所ではあるのだ。
意識を研ぎ澄ませ、ただ手に持つ武器、その切っ先迄が自分の延長であるように。
通った道場で、毎日のように聞いた言葉を己に言い聞かせ、静かに構えて待つ。
そうすれば、次の得物はすぐにやってきた。
熊の魔物、ソポルト。
始まりの町、その森に多く存在する、序盤、ゲームを始めたばかりのプレイヤー、その中でも先頭に重きを置きたがるものに立ちはだかる壁の一つ。
魔物を倒せば、確かに、目には見えない何かが能力を強化したとはいえ、それもどこかで、個人差はあったが頭打ちになる。
技術を磨かねば、打倒はできない、そんな魔物であった。
それこそ、戦わず先に進み、これよりも弱い魔物を安全に倒し続ける、そうしてまた己を高めていけば、いつかは布でできた服を着ただけでも、その詰めをはじき返し、相手の噛みついた牙を、逆におることもできた。
結局はその程度、そういうものもいたが、ただ己の技で、それを願い挑んだものも多くいたのだ。
周りの喧騒も遠く、自分も、魔物も周囲も、全てが水の中でもいるかのように、ゆっくりと動く世界の中で、オユキも動く。
先輩狩猟者が、先に動き、ソポルトの爪を打ち払う。
それに応じるように緩やかに上がるもう片方の腕、それを追いかけるように、胴体から離れる方向へ。
手荷物武器を拾って、肘を少し上った場所から切り落とす。
そして、返す刃で、その首を、一刀のもとに、胴体から切り離す。
オユキの持つその刃の刀身、相手との距離、それを考えれば、とてもではないが足りないだろう、そんな相手の太い首を過たず切り離し、そのまま首が地面に転がり落ちて、それまでと同じように、そこには魔物などいなかったと、そういわんばかりに5メートルを超える体躯が、霞のごとく消えていく。
ただ、尋常な疲労を感じて、オユキが息を吐くと、汗が吹き出し、額を流れるのを感じる。
結果は申し分がないのかもしれないが、それでも己の技量だけで、鉄をも超えると、そういわれた相手の角を切り落としたトモエ。
まだまだ、技という面では遠く及ばないのだと、ただ、それでも自分には並び立つだけのものが、この手にあるのだと、そんな満足感を覚えながら、大きく息を吐く。

「私も、まだまだ精進が足りませんね。」

無念無想。その境地には、1世紀近く生きても、及ばないなと、そんなことを考えながら、そう呟く。
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