憧れの世界でもう一度

五味

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序章

お誘い

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月代は眠りにつくときのように、暗くなっていく意識を自覚し。
自身の最期をやけにはっきりと悟った。

そのはずだったのだが、彼は突然目を覚ました。朝目を覚ます前、どちらともつかない浮ついた感覚は無く、まさに気が付けば、そのような様子で。
目を覚ました彼は、気が付けば椅子に座っており、直前まで感じていたどうにもならないほどの死の予感もない。
さてここはどこだろうと、死後の世界というのは、さて、河を渡るものではなかったのか。
そんなことを考える。そもそもそんな物の存在など、信じてもいなかったが。

あたりは、絵に描いたように美しい風景。
高原だろう、なだらかな起伏を緑の芝生が埋め、遠くを望めば、雪を頂にかぶった山々が。
自分が座る椅子の前には、白い机があり、傍らには大きな、これも精巧な細工が施された柱時計が置かれている。その針は彼の知る物とは全く違う造りであり、文字盤も同様。それを見ても形から柱時計としているだけで、まったく違うものと言われれば納得もするしかない物だが。
さて、ここはどこだろう。そんな事を彼は考える。信じていなかったものが、こうして目の前にある。ならば受け入れるしかない、彼はそう考えはするが。ここでしばらく暮らせと言われても、それはそれで困るという物だ。

月代の向かいには美しい女性が座り、作り物めいたその顔に、何の表情も浮かべす、ただ手に持ったカップを傾けている。
さて、何か説明があるのだろうか。
そもそも屋外、上下の判断も難しいが、彼よりは何かを知っているだろうと。何かあるのかと、声をかける。

「もし、少し宜しいでしょうか。」

かけられた声に、ただ退屈そうに女性は答える。視線は相変わらず、何処かぼんやりと月代に向けられている。漠然と、視線の先にある物、それを視界に納めるように彼を。

「はい。どうかされましたか。」
「ここは、一体何処なのでしょうか。」
「あなた方が現世でその命が尽きたときに来る場所です。」

質問に答えはあるが、それ以上の何もない。
ただ、聞かれれば答える。ただ、直接的な解答だけを。それだけを目の前の女性は繰り返す。

「現世で死んだと、そういう事でしたら、この後は何があるのでしょうか。」
「あなたには、選択肢が二つあります。」

女性はそう告げると、手にしたカップをようやく机に戻す。

「二つ、ですか。それはどの様な。」
「このまま、この世界の輪廻に身をゆだねるか。
 この世界から新たに生まれた、別の世界に行くか。
 好きなほうを選びなさい。」

いわれて、月代は困る。あまりに情報が無い。判断の基準とするべきそれが。

「さて。他の世界というのは、いったいどのような。
 この世界から生まれたと、そう仰られても、とんと心当たりがありません。」
「あなたも実によく知っている場所です。
 多くの人間がその世界を称え、信仰を捧げ。それが故、新たに生まれました。
 ただ、枠だけが生まれ、魂の数が全く足りていません。
 それで、他から集めています。」

月代はやはり、今一つわからなかった。
多くの人間が称え信仰した世界など、それこそ無数にあるだろう。
彼は思い当たるそのどれも、特別信仰していたわけではない。
そこに誘われる理由が思い当たらなかった。

「それは、どういった世界なのでしょうか。
 思い当たるものはいくつかありますが、私はその熱心な信仰者というわけではないのです。」
「それはおかしいですね。あなたは実に長い時間、あの世界の元になった物に傾倒していたでしょう。」

そういわれた月代は、いよいよ首をかしげる。
彼は多くの日本人がそうであったように、どの宗教に対しても寛容で、実に適当に、自分が楽しめる物だけを取り入れる。そういった人間であったのだから。

「Viva la Fantasia でしたか。呼称は。」

その聞き覚えのあるゲームの名前を聞き、月代はようやく思い至る。
確かに彼は大いにあの世界を称える者の一人であった。
しかし、あのゲームは登場して40年。それに存在したのも、今となっては過去。
目の前の女性が語るほど、新しい世界になるほどの物であったのだろうか。
そんなことを考える反面、そうであればと、月代は思わずにいられなかった。

「その、別の世界に行くことを望めば、私はあそこに行けるのでしょうか。」

月代は、まったく、昔に戻ったようだとそんなことを思いながら、尋ねる。
これほどまでに緊張したのは、いつ以来の事であろうか。

「はい。では、選択を。」

目の前の女性の答えは、ひどく端的なもので、そうして話している間にも、表情が変わることは一度もない。目を合わせて会話をしている、物理的にはそうだ。しかし彼女の瞳は月代を捉えているようには見えない。印象は、どこまでも無機質な物だ。
恐らく、一個人、それに対して何かを向ける様な相手では無いのであろうと、会話を諦める。
そして、言われた言葉を考える。あの世界で、もう一度時間を過ごせるならばと。
彼はそれを選びたい、まだ遊びつくしていない、当時も、今、その思いはある。
しかし、一つ大きな気がかりがあった。即答を避けさせるほどの。

「その、妻は。どちらを?」
「他の者の選択を答える事はありません。選択を。」

回答は、あまりににべもないものであった。印象に相応しく。
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