憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
1 / 1,235
序章

月代典仁の生涯

しおりを挟む
その日、月代典仁はやけに、随分ぶりにはっきりとした意識で、終に己の迎えが来るのだと理解した。
ここ数日、彼の子供や孫がベッドの脇に座り、涙ながらに語り掛けてくれるのを、泣くことなどないと。これが当たり前のことなのだと、そう何度も話した。

彼はもう2年もすれば90を迎える。
十分平均とされる年齢を超えて、今日まで生きてきた。
7歳上の妻にはすでに先立たれ、それでも余生を楽しく過ごしていた。
そして、ここまで彼を惜しんでくれる相手が側にいるのだ。そのことに勿体ないと、そう思う反面、不思議な充足も得てしまう。彼らは本当に悲しんでくれている、彼を惜しんでくれているというのに。

彼は己の人生をぼんやりと振り返る。
噂に聞く走馬灯と呼べるような鮮烈さはなく、それはどちらかといえば、ぼんやりと、温かなものであった。擦り切れたアルバムをゆっくりとめくるような。そんなのんびりとした、けれど温かな物。
中でも特に思い出すのは、生れて初めて触れたゲーム。
題名ももう思い出せないし、振り返ってみれば、それは実に安っぽく、内容も単純なものであった。
だが、当時の彼にとっては衝撃的なものであったし、それからの人生、彼は多くの作品を遊んできた。時にはつまらない、自分に合わなかったとそう評するものもあった。それとて、今となっては振り返るにはいい思い出だ。

その中でも彼が特に時間を捧げたのは「Viva la Fantasia」と呼ばれる、未だに後追いすら存在しないゲームであった。
そのゲームは遊ぶのに専用の筐体を必要とし、ロッキングチェアのようなそれに座り、体の数か所を固定。
頭から冗談じみたヘルメットをかぶる。
たかがゲームに、何故そんな大掛かりな装置を使うのだと、多くの者が最初は馬鹿にした。
しかし、そのゲームにはまさしくそれが必要であった。
そのゲームは、プレイヤーに、現実と区別がつかないほど、それでも一部はゲームらしさを感じさせる、素晴らしい五感を提供したのだ。

それはゲーマーに限らず、世界中の多くの人を魅了した。
VRMMOと呼ばれるそれは同時接続数が億を切ることはほぼない、そんなゲーム、もう一つの世界となった。
そこで気の合う仲間を作り、会社を興すものもいた。
仮想の世界で、そこの酒場で歌を歌っていただけの娘は、気が付けば世界で名前を知らぬ人のほうが少ない歌姫と呼ばれるようになった。
現実では得られぬ食材に魅了され、料理の腕をひたすらに磨き、二年は予約が空かぬと、そう呼ばれるほど名を挙げた料理人もいた。
またあるものは、年配の者から多くを学び、気に入られ、そのまま彼の会社へ入社を決める。
そこには多くの、語りつくせないほどのドラマも存在し、だれもが魅了された。
まさに、もう一つの世界であり、現実と共に、そこに確かにあった。
仮想世界は、現実にも影響を与えるのだと、そこももう一つの世界なのだと、そう受け入れられるだけのものが出来上がっていた。

一度そのゲームは続編とし、単純に2と数字を付けただけではあるが、大幅な改修、改善、製作者が己の限界と、それに挑戦し続けた結果、だれもがより素晴らしいと。
そう認めるものが発売され、またさらに多くの人を魅了した。

しかし、後続のゲームはついぞ現れることはなった。
7人の開発者は惜しみなく彼らの技術を教え、助言をし、時にはすべての設計図を公開もした。
しかし、彼ら以外によって作られたものは、だれもがいうのだ。
ただの劣化品であると。
多くの企業が複製だけでもと挑戦し、そこに確かにある壁に敗れていった。
だからであろうか。
7人の開発者がその歳月に耐えられず、一人、二人と、安らかな眠りを得ていき、遂にそのゲームは、40年の歳月に幕を下ろした。

それから30年以上たった今でも、劣化と、そう呼ばれるものしか世に現れていない。

月代はそのゲームの最初から最後までを見てきたひとりであった。
彼は思い出す。
最初に触れたものは確かに素晴らしかった。
アレが無ければ、自分はあのゲームに出会うのも遅れていただろうと。
しかし、最期の時に彼が長く思い返すゲームは「Viva la Fantasia」それであった。

彼はそこで出会った仲間たち、彼らを気に入った気のいい年かさの男。
そういった者たちと、会社を興し、世界各地に支社を持つ、そんな企業に成長させた。

そういったことを、ただぼんやりとし始めた意識で月代は思い返す。
さて、いよいよお別れかと、そんなことを霞む視界で彼が考えていると。
ひ孫が彼に問いかけた。

「なぁ、爺さん。楽しかったかい。」

応えた彼は笑っていただろう。

「ああ。楽しかったとも。楽しんだとも。」

それが彼の最期の言葉になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~

荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
 ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。  それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。 「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」 『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。  しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。  家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。  メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。  努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。 『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』 ※別サイトにも掲載しています。

処理中です...