慟哭のシヴリングス

ろんれん

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姦邪Ⅰ -家出編-

第14話 自責の念

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 エアトベル王国とやらに繋がるらしい洞窟の奥は、当たり前だが暗い。だから落ちていた枝の先端に火を灯して松明のようにして進んでいった。

 洞窟は無音だった。聞こえてくる音は俺と久遠の呼吸音と足音だけで、今のところ魔物に遭遇して襲われるという事態は起こっていない。あの長髪の男は、本当にこの洞窟内の魔物達を一掃したらしい。
 だが、ずっと同じような光景が続く為、本当に進んでいるのか、同じところをずっとぐるぐる回っているだけなのではないかという気になってくる。

「れ、零にぃちゃん……いつ着くの……?」

 ふと、久遠が息を少し荒くしながら言った。
 目が見える俺ですらゲシュタルト崩壊しそうになっているのだ、どんな場所をどのように進んでいるのかわからない久遠は恐怖でしかないだろう。

「わからない。でも歩いてれば着くって」
「アイツの言葉……本気で信じてるの?」
「……」

 久遠の言葉に、俺は思わず立ち止まった。
 考えてみれば、どうして俺はあの長髪の男の言葉を信じて洞窟の中へ進んでしまっているんだろうか。“対面の奴の言葉を今のたった数秒で信じる事は出来ない”なんて言って用心深くしてたくせに。
 だが、かなりの距離を歩いてきてしまったのだ。今更戻ったところで結局俺達に帰る場所なんてない。信じて進むしかないのだ。

「でも零にぃちゃんが信じるなら……私も信じる。ごめんね……変な事言って」
「いや、久遠の言ってる事は間違ってないよ。だけど、もう少し俺の我儘に付き合ってくれるか」
「うん……いいよ」

 久遠からの承諾を得ると俺は久遠の手を握り直して、再び先の見えない洞窟の奥へ向かって進んでいった。





 適度に休憩し、疲れて眠って、疲れが抜けきっていない状態で目を覚まし、俺達は洞窟を進んでいった。正確に時間を測っていないが……多分数日は経っていると思う。太陽も月も空も無く、気温が上がることも下がることも無く、景色が変わる事もないので、実はこの洞窟の中だけ時が止まっているんじゃないか、なんて自分でも意味不明なことを考えた。
 学校も仕事もない。自由な時間は無限にある。だからどれだけのんびりしようが俺達の勝手なのだ。しかしどんなに体を休めたって、腹は満たされない。この洞窟内には食料となりそうな魔物どころか食用の草すら生えておらず、足場の悪い地面を歩くだけでなく空腹による疲労が襲ってくる。
 俺達はここで誰の目に留まる事なく餓死するのか……と、死を悟ったその時だった。

「……光だ」

 俺は視界に映ったものを声に出した。
 そう、光だ。光なのだ。
 その差し込む光からは微かな暖かみを感じた。それが日光である事は、すぐにわかった。

「……やっと……出口……?」
「ああそうだ出口だ! ようやくエアトベル王国に着いたんだ!」

 俺は久遠にそう言うと、腹が満たされた訳でも足の疲れが無くなった訳でもないのに不思議と元気が出てきて、光に向かって走り出した。
 段々、光と暖かいのが強くなっていき、エアトベル王国がどんな光景が広がっているのか……エアトベル王国で何をしようか、足を踏み出す度に期待と妄想が膨らむ。

 もうこんな湿っぽいような乾いたような場所とはおさらばだ。
 結局左手の刀はお荷物だった。あまり重くないのが幸いだった。
 俺は光に向かって手を伸ばした。光は俺達を温かく迎えてくれた。

「…………」
「風……ここが……エアトベル、王国……?」
「いや……違う。王国じゃない、森の中だ」

 光に包まれた後、俺達の目に広がった光景は……洞窟へ入る前と同じような森の中だった。何もない訳ではなく、確かに向こうには国らしき建造物が建っていた。
 ただの観光客であれば、エアトベル王国を一望できるスポットだ、なんてポジティブに捉えられたのかもしれないが……今の俺は、またある程度距離を歩かなければいけないという絶望的事実に、ため息を吐きながらその場に座り込んでしまった。
 “やっぱり長髪の男の言葉は嘘だった”と怒りが湧き上がりそうだったが、よく考えてみると奴は決して“エアトベル王国に着く”なんて一言も言っておらず、あくまで“エアトベル王国の近くまで行ける”と言っていた。
 果たしてあの長髪の男はわざとそういう言い回しをしたのか、それとも単に言葉足らずなだけだったのかはわからない。だがどちらにせよ、子供が歩くには大変な距離だという事は知っていた筈だ。

 ——いや……わかっている。これは俺の勘違いだ。

「まだ……歩くの?」
「ああそうみたいだ……ごめんな」
「ううん……謝らないで零にぃちゃん……私はまだ元気、だから……もうちょっと頑張ろ……ね?」
「そうだな。妹に励まされるなんて、兄として情けないな俺は」
「……生きてくれてありがと、零にぃちゃん」
「なんだよ、それ」

 久遠の突拍子も無い発言に、俺は思わず笑みを溢す。だがお陰で、少しだけ元気が出た。
 “生きてくれてありがとう”なんて、こっちの台詞だ。

「……零にぃちゃん」
「ん、どうした?」
「……ごめん……ね……嘘、ついた」

 途端、久遠はまるで死ぬように倒れた。

「久遠ッッ!!」

 俺は倒れた久遠に駆け寄る。額に手を当てると、物凄く熱かった。よく見ると、久遠の顔色は医療の知識がゼロに等しい俺でもわかるほど悪かった。息が荒いのは、単にずっと歩いていたからだった訳ではなくずっと体調が悪かったからだったのだ。

 ——何で気付けなかったんだ、俺は……!

 暗かったからわかりづらかった、なんてそんなもんは言い訳だ。もっと過保護なくらいに気遣っていればよかった。
 俺は自分の事で精一杯になってしまっていたんだ。にも関わらず久遠は俺に迷惑掛けないようにとずっと耐えていたんだ。こんな事態を招いてしまったのは……他の誰でもなく俺だ。
 洞窟の中を長い期間歩いていなければ。長髪の男の言葉を俺が信じなければ。そもそも家出なんてしなければ……そんな後悔と罪悪感に苛まれる。

「……ごめん……なさい……零、にぃちゃん……」
「謝るな……! ああ……くそっ……どうすればいいんだよ……!!」

 俺は何か出来ないかと辺りをキョロキョロと見渡す。RPGではそこら辺に薬草が落ちているのでそれを……いや、どうやって摂取させる? そもそもどの草が薬草なんだ?
 シェリルの家では色んなものを読んできたつもりだったが、今思い返してみれば魔導書と物語しか読んでこなかった。
 自責の念と罪悪感、後悔で何だか俺まで頭が痛くなってきた。視界もクラクラとボヤけてきて、眠くもないのに瞼が重い。

「ぅ……」

 俺も、久遠の隣に倒れ込んでしまった。息を荒くして倒れる久遠の顔を見て最後、俺は気を失ってしまった。

 ——結局、また俺は久遠を守れないのか。
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