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姦邪Ⅰ -ルィリア編-
第15話 運命の邂逅
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今にして思えば、俺の人生は碌な事が無かった。
前世では彼女も友達も、楽しい思い出もない。憶えている事と言えば、久遠を庇って事故に巻き込まれて、生き残った事くらいだ。
そんで転生して、都合の良いチート能力で無双すると思いきや、与えられた能力は治癒能力。お陰で虐待の証拠が自分の意思とは無関係に隠滅されてしまう。
良いことがあったとすれば、この異世界での妹が久遠の転生体だったという事くらいか。本当に奇跡的な確率だろう。まぁ、そんな奇跡も……たった今無碍になった訳だが。
俺の事はいい。俺の事はいいから……頼むから久遠だけは幸せにしてやってくれよ。
◇
「…………」
俺は目を覚ました。覚ましてしまった。
辺りを見渡すと、そこは知らない建物の中だった。内装を見る感じ、誰かが住んでいそうな家っぽいが。
「久遠……? 久遠ッッ!!!」
俺はベッドを投げ飛ばして、久遠を探すべく部屋を飛び出した。また俺だけ助かったなんて嫌だった。もう“妹は死んだ”なんて言葉は聞きたくない。
「なっ、うわーっ!!」
「おぶっ!!」
無我夢中でこの建物の中を走り回っていると、曲がり角で何かにぶつかった。柔らかい感触とぶつかった際に声がした事から、恐らくこの家の主だと思う。
「いてて……数時間前まで森の中で死にかけてたとは思えないくらい元気になりましたね……」
ぶつかってきた人物は呆れているかのようにそう言いながら、尻餅をついたままの俺の前に姿を見せて手を差し伸べた。
長髪の銀髪に碧い瞳、黒ぶちのメガネを掛け、片手には分厚い本……知的なイメージを感じさせる女だった。
「あ……アンタは……」
「君達の命の恩人ですよ~」
眼鏡の女はニンマリと笑いながら言った。
華奢な見た目をしていて、どうやって運んできたのかが些か疑問だが……どうやらこの女が俺を助けてくれたらしい。
……ん、待て。君達って言ったか?
「君達……って事は、久遠も居るのか!?」
「クオン……あの明るい髪色をした盲目の女の子の事ですか?」
「そうだ! 生きてるんだよな……?!」
「当たり前じゃないですか、天才であるこのワタクシを舐めないでください!」
「……お、おう」
俺は、気まずそうに頷いた。
自分で天才とか言っちゃうタイプなのか、この女は。こういう自己肯定感高そうな奴はちょっと苦手かもしれない。
「その様子、信じていないみたいですね? では一緒に行きましょう、ちょうど向かうところでしたし」
「……ああ」
俺は眼鏡の女の手を掴んで立ち上がると、一緒に久遠が居るらしい部屋へ向かっていった。
部屋も廊下も、今にも崩れてしまいそうとまではいかないがかなり年季が入っていて、窓の外の景色は殆ど森だった。どうやら俺達が気を失った場所からはそこまで離れていないようだ。
「あっ、そういえば」
不意に、眼鏡の女は何かを思い出したかのように立ち止まった。
「何だ?」
「名乗ってませんでした。ワタクシとした事がついうっかり……まぁギャップ萌えという事でお許しください」
「……おう」
「改めて、ワタクシの名前はルィリア・シェミディア、天才の中の天才に贈られるグリモワール・レヴォル賞を受賞した、紛う事なき天才なのです!」
謎の天才女……ルィリアはドヤ顔で純金製のネックレスを見せつけながら堂々と言った。多分このネックレスがなんとか賞を受賞した証なのだろうが……そもそもその賞を一切知らないので反応に困る。
「……そうか」
「ちょっとちょっと! リアクション薄過ぎませんか!? あのグリモワール・レヴォル賞ですよ!?」
「いや……そのグリモワールなんとか賞を知らないし……」
「グリモワール・レヴォル賞ですっ!! かなりメジャーで誰もが知る名誉の筈なんですけどぉ……えっ、わたしって実は凡人だったのかなぁ……?!」
俺の薄過ぎる反応を見て、ルィリアは文字通り頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。
どうやらかなりショックを受けているようで、一人称が偉そうな“ワタクシ”だったのが普通な“わたし”になっている。ルィリアは絶対俺より年上だろうが、なんだか見ていて可哀想になってきた。
「……まぁ、俺田舎モンだから。アンタ、どんな事してグリモワール……えーっと……イボイボ賞?」
「レ! ヴォ! ル! です!」
「はいはいグリモワール・レブォル賞。で、どんな事して受賞したんだ?」
「ふっふん、よくぞ聞いてくれました! ワタクシはですね……なんと! どんな傷も病も完全治療出来る究極の治癒魔術を発明したんですっ! その名も、完全治療っ! 今や王都でワタクシを知らない者は居ません! なにせグリモワール・レヴォル賞は人の身では10年、女性の身では実に16年ぶりの受賞なのですからっ!」
ルィリアは気分良くなったのか、勢いよく立ち上がってムカつくくらいのドヤ顔で長文垂れながら、指をピンと天に立てて非常口みたいなダッサいポーズをとりながら高々と告げた。
“であれば教えておこう……この世界は医療技術が発展していない”
ふと、あの長髪の男の言葉を思い出す。
どれだけ医療技術が発展していないのかは不明だが、ある程度医療技術が発展している現代ですら、やはり治せない病気は存在した。
そんな中、こんな異世界でどんな傷も病も治せる魔術を発明して凄い賞を受賞するなんて……ルィリアは確かに、本物の天才なのかもしれない。
どんな病も傷も治せるのなら、もしかしたら。
「……なぁ、本当にどんなものも治せるのか?」
「ええ勿論ですとも! 疑ってるんですか?」
「じゃあ……生まれつき盲目の人とかを、見えるようにする事も出来るのか?」
「前例はありませんが……理論上は可能ですね」
ルィリアは少し悩むような仕草をした後、満更でもない感じでそう言った。
「じゃあ、一つお願いがあるんだ」
「何でしょう?」
「俺の妹……久遠は生まれつき目が見えないんだ。だから……見えるようにしてあげてほしい」
「……」
俺の頼みに、ルィリアは顎に手を当てて深刻そうな表情を浮かべた。
確かに俺はお金を持っていない。だから久遠の目を見えるようにしたとしても、ルィリアには何の見返りも無い。ましてや既に俺達は助けてもらった立場だ、烏滸がましいにも程がある。
「アンタに何の得もないのは百も承知だ! だけど……久遠には不自由も束縛も無い、自由で幸せな日々を送ってほしいんだ……!」
「見返りなんて求めてないですよ。ただ……ワタクシはもし万が一の失敗を危惧してるんです」
「アンタ天才なんだろ!?」
「いや、猿も木から落ちるって言いますし……」
「頼むって……お願いだから……!」
俺はルィリアに縋るように言う。すると自然と、目から涙が溢れてきた。
「っ……あぁもうっ! そんな頼まれ方されちゃったら断れないじゃないですか! ……どうなっても知りませんからねっ!!」
ルィリアはヤケクソになってそう言うと、何処かへ歩いていってしまった。俺はそんなルィリアの背中に、期待と不安を胸に抱きながら着いていった。
前世では彼女も友達も、楽しい思い出もない。憶えている事と言えば、久遠を庇って事故に巻き込まれて、生き残った事くらいだ。
そんで転生して、都合の良いチート能力で無双すると思いきや、与えられた能力は治癒能力。お陰で虐待の証拠が自分の意思とは無関係に隠滅されてしまう。
良いことがあったとすれば、この異世界での妹が久遠の転生体だったという事くらいか。本当に奇跡的な確率だろう。まぁ、そんな奇跡も……たった今無碍になった訳だが。
俺の事はいい。俺の事はいいから……頼むから久遠だけは幸せにしてやってくれよ。
◇
「…………」
俺は目を覚ました。覚ましてしまった。
辺りを見渡すと、そこは知らない建物の中だった。内装を見る感じ、誰かが住んでいそうな家っぽいが。
「久遠……? 久遠ッッ!!!」
俺はベッドを投げ飛ばして、久遠を探すべく部屋を飛び出した。また俺だけ助かったなんて嫌だった。もう“妹は死んだ”なんて言葉は聞きたくない。
「なっ、うわーっ!!」
「おぶっ!!」
無我夢中でこの建物の中を走り回っていると、曲がり角で何かにぶつかった。柔らかい感触とぶつかった際に声がした事から、恐らくこの家の主だと思う。
「いてて……数時間前まで森の中で死にかけてたとは思えないくらい元気になりましたね……」
ぶつかってきた人物は呆れているかのようにそう言いながら、尻餅をついたままの俺の前に姿を見せて手を差し伸べた。
長髪の銀髪に碧い瞳、黒ぶちのメガネを掛け、片手には分厚い本……知的なイメージを感じさせる女だった。
「あ……アンタは……」
「君達の命の恩人ですよ~」
眼鏡の女はニンマリと笑いながら言った。
華奢な見た目をしていて、どうやって運んできたのかが些か疑問だが……どうやらこの女が俺を助けてくれたらしい。
……ん、待て。君達って言ったか?
「君達……って事は、久遠も居るのか!?」
「クオン……あの明るい髪色をした盲目の女の子の事ですか?」
「そうだ! 生きてるんだよな……?!」
「当たり前じゃないですか、天才であるこのワタクシを舐めないでください!」
「……お、おう」
俺は、気まずそうに頷いた。
自分で天才とか言っちゃうタイプなのか、この女は。こういう自己肯定感高そうな奴はちょっと苦手かもしれない。
「その様子、信じていないみたいですね? では一緒に行きましょう、ちょうど向かうところでしたし」
「……ああ」
俺は眼鏡の女の手を掴んで立ち上がると、一緒に久遠が居るらしい部屋へ向かっていった。
部屋も廊下も、今にも崩れてしまいそうとまではいかないがかなり年季が入っていて、窓の外の景色は殆ど森だった。どうやら俺達が気を失った場所からはそこまで離れていないようだ。
「あっ、そういえば」
不意に、眼鏡の女は何かを思い出したかのように立ち止まった。
「何だ?」
「名乗ってませんでした。ワタクシとした事がついうっかり……まぁギャップ萌えという事でお許しください」
「……おう」
「改めて、ワタクシの名前はルィリア・シェミディア、天才の中の天才に贈られるグリモワール・レヴォル賞を受賞した、紛う事なき天才なのです!」
謎の天才女……ルィリアはドヤ顔で純金製のネックレスを見せつけながら堂々と言った。多分このネックレスがなんとか賞を受賞した証なのだろうが……そもそもその賞を一切知らないので反応に困る。
「……そうか」
「ちょっとちょっと! リアクション薄過ぎませんか!? あのグリモワール・レヴォル賞ですよ!?」
「いや……そのグリモワールなんとか賞を知らないし……」
「グリモワール・レヴォル賞ですっ!! かなりメジャーで誰もが知る名誉の筈なんですけどぉ……えっ、わたしって実は凡人だったのかなぁ……?!」
俺の薄過ぎる反応を見て、ルィリアは文字通り頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。
どうやらかなりショックを受けているようで、一人称が偉そうな“ワタクシ”だったのが普通な“わたし”になっている。ルィリアは絶対俺より年上だろうが、なんだか見ていて可哀想になってきた。
「……まぁ、俺田舎モンだから。アンタ、どんな事してグリモワール……えーっと……イボイボ賞?」
「レ! ヴォ! ル! です!」
「はいはいグリモワール・レブォル賞。で、どんな事して受賞したんだ?」
「ふっふん、よくぞ聞いてくれました! ワタクシはですね……なんと! どんな傷も病も完全治療出来る究極の治癒魔術を発明したんですっ! その名も、完全治療っ! 今や王都でワタクシを知らない者は居ません! なにせグリモワール・レヴォル賞は人の身では10年、女性の身では実に16年ぶりの受賞なのですからっ!」
ルィリアは気分良くなったのか、勢いよく立ち上がってムカつくくらいのドヤ顔で長文垂れながら、指をピンと天に立てて非常口みたいなダッサいポーズをとりながら高々と告げた。
“であれば教えておこう……この世界は医療技術が発展していない”
ふと、あの長髪の男の言葉を思い出す。
どれだけ医療技術が発展していないのかは不明だが、ある程度医療技術が発展している現代ですら、やはり治せない病気は存在した。
そんな中、こんな異世界でどんな傷も病も治せる魔術を発明して凄い賞を受賞するなんて……ルィリアは確かに、本物の天才なのかもしれない。
どんな病も傷も治せるのなら、もしかしたら。
「……なぁ、本当にどんなものも治せるのか?」
「ええ勿論ですとも! 疑ってるんですか?」
「じゃあ……生まれつき盲目の人とかを、見えるようにする事も出来るのか?」
「前例はありませんが……理論上は可能ですね」
ルィリアは少し悩むような仕草をした後、満更でもない感じでそう言った。
「じゃあ、一つお願いがあるんだ」
「何でしょう?」
「俺の妹……久遠は生まれつき目が見えないんだ。だから……見えるようにしてあげてほしい」
「……」
俺の頼みに、ルィリアは顎に手を当てて深刻そうな表情を浮かべた。
確かに俺はお金を持っていない。だから久遠の目を見えるようにしたとしても、ルィリアには何の見返りも無い。ましてや既に俺達は助けてもらった立場だ、烏滸がましいにも程がある。
「アンタに何の得もないのは百も承知だ! だけど……久遠には不自由も束縛も無い、自由で幸せな日々を送ってほしいんだ……!」
「見返りなんて求めてないですよ。ただ……ワタクシはもし万が一の失敗を危惧してるんです」
「アンタ天才なんだろ!?」
「いや、猿も木から落ちるって言いますし……」
「頼むって……お願いだから……!」
俺はルィリアに縋るように言う。すると自然と、目から涙が溢れてきた。
「っ……あぁもうっ! そんな頼まれ方されちゃったら断れないじゃないですか! ……どうなっても知りませんからねっ!!」
ルィリアはヤケクソになってそう言うと、何処かへ歩いていってしまった。俺はそんなルィリアの背中に、期待と不安を胸に抱きながら着いていった。
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