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魔女に呪いをかけられた話
3、心を許せる人と出逢えた
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「まったく、失礼しちゃうと思わない?! 呼び出しておいて、中に入れないって!」
ルナさんの怒鳴り声が響く。誰かと話しているようだ。
内容を聞くに、さっきの長瀬さんとのやり取りのことを言っているらしい。
僕を連れ帰る道中はニコニコとしていたけれど、内心は怒っていたようだ。
「あの子に対してはもっと酷いのよ! 立場上、様付けしていたみたいだけど敬う気なし! 穢れ扱い! 穢れを祓った後のこと考えないのかしら!」
「うーん、そうは言うけど、あそこは元々女人禁制だったろう? それに、呼び出したのだってその子をルナに託すつもりだったんじゃないか?」
プリプリと怒るルナさんを宥めるように、男の人の声が言う。
用意してもらった服に着替えた僕は、恐る恐るルナさんのいるリビングへと出ていく。
ルナさんと話していた男性が僕に気付き、「お」と声を上げた。
「香月の昔の服がサイズピッタリだな。お下がりで悪いが、しばらくは我慢してくれ。必要な物はおいおい揃えていこう」
「あら本当。似合うわよ。可愛い」
「可愛い、ってルナ、男の子が言われて嬉しい言葉じゃないぞ?」
柔らかそうな栗毛をきのこのような髪型にしている男性は、ルナさんを窘める。
ルナさんは先ほどまでの怒りを引っ込めて、「ごめんなさい」と言った。
僕は気にしていないと伝えたくて首を横に振る。
「あぁ、香月ってのは俺の甥でな。父子家庭だったから小さい頃よく預かってたんだ。捨てずに取っておいて正解だったな。
いやぁ、しかし、買い物に行っている間に家族が増えるなんて思わなかった! 連絡くれれば必要なもの買ってこれたのにな」
「あら、だって楓の趣味変だもの。一緒に行って選んだ方がこの子にとってもいいじゃない?」
ルナさんが結構辛辣なことを言ったような気がするのだけど、男性は気にしていないのかニコニコと笑っている。
突然僕を預かることになったのに、「家族が増えた」ととても嬉しそうに必要なものをあれこれと口に出しながら紙に書き連ねていた。
僕が戸惑っていると、気づいたのか手を止め僕に笑顔を向けた。
「俺は木下楓。パパって呼んで良いぞ! うちの子になったと思って甘えてくれ!」
「楓、この子、見た目通りの年齢じゃないわよ?」
「えっ!?」
楓さんは、子供が好きなのだろう。
デレデレした笑顔で僕をハグしようとして、ルナさんの言葉に固まった。
僕は頷いて、辺りを見回す。
ルナさんは僕の探しているものにすぐ気づき、紙とペンを渡してくれた。
『25です。大学も出てます』
短く書いた文に、楓さんが「マジで?!」と大仰に驚く。
その反応に、僕はまたかと思った。
僕の実年齢を知った人は、みんな驚いて、子供の姿のままの僕を気味悪がって去っていく。
しかし、楓さんの態度はこれまでの人たちと違っていた。
「あ~、それじゃ、これまで苦労しただろう? 子供扱いしてしまってすまん。困っていることがあれば何でも言ってくれ。できる範囲で力になる。この家も、自分の家だと思って遠慮なく過ごしてくれ」
僕のこれまでの苦労を慮る、温かい言葉。
それが上辺だけではない本心だというのは、まっすぐに見つめてくる視線でわかった。
僕の実年齢を知っても変わらずに優しさをもらったのは生まれて初めてだった。
僕の実年齢を知っている人は、誰も僕に寄り添ってはくれなかった。
村木さんはどこか腫れものに触れるような接し方で、距離を感じていた。育て親であるおじいちゃんや長瀬さんは僕を出来損ないだと言い、嫌われていた。
寄り添ってくれたのは、動物たちだけ。言葉の通じない彼らだけがいつだって温かく、変わらない愛情を寄せてくれた。
親に捨てられ、おじいちゃんにも疎まれ、僕が家族と思えるのは動物たちだけだった。
「……っ!」
不意に涙が滂沱となって頬を伝う。
僕は自分で思っている以上に辛かったようだ。
学校では体が成長しないのは「そういう障害」で通じたけれど、やはり気味悪がる人は少なからずいた。
卒業後は幼児にしか見えない外見のせいでどこにも就職できなかった。
外見通りの子供のフリをして過ごすことの方が傷つくことが少ないから、ずっとそうしてきたんだ。
「うんうん、頑張ってきたんだな。よしよし、いいこいいこ」
「楓、言ったそばから子供扱いしているわよ」
「あっ! す、すまん。つい……」
泣く僕を抱きしめて頭を撫でていた楓さんは、ルナさんに窘められて慌てて離れた。
楓さんは謝ってくれたけど、撫でてくれる手はとても優しくて、全然嫌じゃなかった。
そして、ルナさんと楓さんが顔を見合わせて笑うのにつられて、僕も笑った。
「魔女の呪い、かぁ。それは厄介だな。そこまで残虐な性格じゃ、見つけたところで約束通り解除してくれるとも限らんしなぁ」
『信じてくれるの?』
「あぁ。俺も別の奴からだが呪いをかけられたことがあったからな。異世界だって行ったこともある。第一、俺の妻は女神だぜ? 神秘を信じないってほうが無理さ」
事情を知りたいとルナさんと楓さんに促されて、魔女とのやり取りや呪いのことを伝えた。
筆談にはまだ慣れないけれど、楓さんもルナさんも急かすことなくじっと見守ってくれる。
そして、空に浮かぶ魔女とか、呪いといった非現実的な話をあっさりと信じてくれた。
それどころか、呪いの効果や魔女が約束を守らない可能性の方を心配してくれている。
「それなら、樹を取り戻せば祓をするという清瀬の方が、呪いが解ける可能性あるわね」
「あぁ、そっちの方が安全そうだしな」
『でも、異界に奪われたというのは何の木なのでしょう?』
命の危険がある以上、呪いは早く解いた方が良いとルナさんも楓さんも言ってくれた。
でも、取り戻せと言われたものが何なのかわからなければ行動のしようもない。
第一、木なんてそこら辺にもたくさん生えているだろうに。
奪うとか、取り戻すとか異界に行ってまでする必要があるのだろうか。
首を傾げていたら、ルナさんが紙に「樹」と書き直した。
「神々というのは勝手なものでね、普段は干渉なんてしないくせに、自分のものを奪われると酷く怒るの。水神である清瀬は特にその傾向が強いわね」
「ルナはそれが何かわかるのか?」
「えぇ。樹というのは、生命の樹。生命そのもの。その中で、最近異世界に奪われ続けているものの筆頭と言ったら人間よ」
「異世界召喚か」
楓さんは苦虫を噛み砕いたような顔をした。
いや、ちょっと待って。今、おじいちゃんのことを水神って言った?
魔女とか呪いとかでもお腹いっぱいなのに、また非現実的な情報が出てきたよ?
ルナさんの怒鳴り声が響く。誰かと話しているようだ。
内容を聞くに、さっきの長瀬さんとのやり取りのことを言っているらしい。
僕を連れ帰る道中はニコニコとしていたけれど、内心は怒っていたようだ。
「あの子に対してはもっと酷いのよ! 立場上、様付けしていたみたいだけど敬う気なし! 穢れ扱い! 穢れを祓った後のこと考えないのかしら!」
「うーん、そうは言うけど、あそこは元々女人禁制だったろう? それに、呼び出したのだってその子をルナに託すつもりだったんじゃないか?」
プリプリと怒るルナさんを宥めるように、男の人の声が言う。
用意してもらった服に着替えた僕は、恐る恐るルナさんのいるリビングへと出ていく。
ルナさんと話していた男性が僕に気付き、「お」と声を上げた。
「香月の昔の服がサイズピッタリだな。お下がりで悪いが、しばらくは我慢してくれ。必要な物はおいおい揃えていこう」
「あら本当。似合うわよ。可愛い」
「可愛い、ってルナ、男の子が言われて嬉しい言葉じゃないぞ?」
柔らかそうな栗毛をきのこのような髪型にしている男性は、ルナさんを窘める。
ルナさんは先ほどまでの怒りを引っ込めて、「ごめんなさい」と言った。
僕は気にしていないと伝えたくて首を横に振る。
「あぁ、香月ってのは俺の甥でな。父子家庭だったから小さい頃よく預かってたんだ。捨てずに取っておいて正解だったな。
いやぁ、しかし、買い物に行っている間に家族が増えるなんて思わなかった! 連絡くれれば必要なもの買ってこれたのにな」
「あら、だって楓の趣味変だもの。一緒に行って選んだ方がこの子にとってもいいじゃない?」
ルナさんが結構辛辣なことを言ったような気がするのだけど、男性は気にしていないのかニコニコと笑っている。
突然僕を預かることになったのに、「家族が増えた」ととても嬉しそうに必要なものをあれこれと口に出しながら紙に書き連ねていた。
僕が戸惑っていると、気づいたのか手を止め僕に笑顔を向けた。
「俺は木下楓。パパって呼んで良いぞ! うちの子になったと思って甘えてくれ!」
「楓、この子、見た目通りの年齢じゃないわよ?」
「えっ!?」
楓さんは、子供が好きなのだろう。
デレデレした笑顔で僕をハグしようとして、ルナさんの言葉に固まった。
僕は頷いて、辺りを見回す。
ルナさんは僕の探しているものにすぐ気づき、紙とペンを渡してくれた。
『25です。大学も出てます』
短く書いた文に、楓さんが「マジで?!」と大仰に驚く。
その反応に、僕はまたかと思った。
僕の実年齢を知った人は、みんな驚いて、子供の姿のままの僕を気味悪がって去っていく。
しかし、楓さんの態度はこれまでの人たちと違っていた。
「あ~、それじゃ、これまで苦労しただろう? 子供扱いしてしまってすまん。困っていることがあれば何でも言ってくれ。できる範囲で力になる。この家も、自分の家だと思って遠慮なく過ごしてくれ」
僕のこれまでの苦労を慮る、温かい言葉。
それが上辺だけではない本心だというのは、まっすぐに見つめてくる視線でわかった。
僕の実年齢を知っても変わらずに優しさをもらったのは生まれて初めてだった。
僕の実年齢を知っている人は、誰も僕に寄り添ってはくれなかった。
村木さんはどこか腫れものに触れるような接し方で、距離を感じていた。育て親であるおじいちゃんや長瀬さんは僕を出来損ないだと言い、嫌われていた。
寄り添ってくれたのは、動物たちだけ。言葉の通じない彼らだけがいつだって温かく、変わらない愛情を寄せてくれた。
親に捨てられ、おじいちゃんにも疎まれ、僕が家族と思えるのは動物たちだけだった。
「……っ!」
不意に涙が滂沱となって頬を伝う。
僕は自分で思っている以上に辛かったようだ。
学校では体が成長しないのは「そういう障害」で通じたけれど、やはり気味悪がる人は少なからずいた。
卒業後は幼児にしか見えない外見のせいでどこにも就職できなかった。
外見通りの子供のフリをして過ごすことの方が傷つくことが少ないから、ずっとそうしてきたんだ。
「うんうん、頑張ってきたんだな。よしよし、いいこいいこ」
「楓、言ったそばから子供扱いしているわよ」
「あっ! す、すまん。つい……」
泣く僕を抱きしめて頭を撫でていた楓さんは、ルナさんに窘められて慌てて離れた。
楓さんは謝ってくれたけど、撫でてくれる手はとても優しくて、全然嫌じゃなかった。
そして、ルナさんと楓さんが顔を見合わせて笑うのにつられて、僕も笑った。
「魔女の呪い、かぁ。それは厄介だな。そこまで残虐な性格じゃ、見つけたところで約束通り解除してくれるとも限らんしなぁ」
『信じてくれるの?』
「あぁ。俺も別の奴からだが呪いをかけられたことがあったからな。異世界だって行ったこともある。第一、俺の妻は女神だぜ? 神秘を信じないってほうが無理さ」
事情を知りたいとルナさんと楓さんに促されて、魔女とのやり取りや呪いのことを伝えた。
筆談にはまだ慣れないけれど、楓さんもルナさんも急かすことなくじっと見守ってくれる。
そして、空に浮かぶ魔女とか、呪いといった非現実的な話をあっさりと信じてくれた。
それどころか、呪いの効果や魔女が約束を守らない可能性の方を心配してくれている。
「それなら、樹を取り戻せば祓をするという清瀬の方が、呪いが解ける可能性あるわね」
「あぁ、そっちの方が安全そうだしな」
『でも、異界に奪われたというのは何の木なのでしょう?』
命の危険がある以上、呪いは早く解いた方が良いとルナさんも楓さんも言ってくれた。
でも、取り戻せと言われたものが何なのかわからなければ行動のしようもない。
第一、木なんてそこら辺にもたくさん生えているだろうに。
奪うとか、取り戻すとか異界に行ってまでする必要があるのだろうか。
首を傾げていたら、ルナさんが紙に「樹」と書き直した。
「神々というのは勝手なものでね、普段は干渉なんてしないくせに、自分のものを奪われると酷く怒るの。水神である清瀬は特にその傾向が強いわね」
「ルナはそれが何かわかるのか?」
「えぇ。樹というのは、生命の樹。生命そのもの。その中で、最近異世界に奪われ続けているものの筆頭と言ったら人間よ」
「異世界召喚か」
楓さんは苦虫を噛み砕いたような顔をした。
いや、ちょっと待って。今、おじいちゃんのことを水神って言った?
魔女とか呪いとかでもお腹いっぱいなのに、また非現実的な情報が出てきたよ?
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