狼王の贄神子様

だいきち

文字の大きさ
上 下
87 / 111

12

しおりを挟む
「やっぱりそうじゃん!」
「え?」

 そんなくだらないやり取りを前に、嬉しそうに声を上げたのはティティアであった。夕焼けの瞳は、陽光を反射する海のように輝いている。己がそんな目を向けられることに戸惑うように、ミツはえへへ、と戸惑いがちに笑う。
 滑らかな小麦色の手が、ミツの手を握る。ぎょっとしたのも束の間で、ティティアはミツに爆弾を落とした。

「好きじゃない相手に、惚れ薬入のクッキーは渡さないよね!!」
「ひぇ……」
「あ。え、なにそういうこと?」

 ティティアの言葉に、ウメノは感心するように相槌を打つ。まさか、初対面の麗人にそんなことを暴露されるとは思わない。ミツはぶんぶんと首を振って否定をしようと思った。しかし、それをやめたのは先日の記憶があったからだ。

「ぼ、ぼくは……」

 ミツは、ロクに不義理をしてしまったのだ。結果的にクッキーはロクのもとに渡らなかったことは幸いだったが、あの時の、味見だから! という言葉。今思い返しても、他に言い方はあっただろうと思う。
 謝らなくてはいけない。謝って、もう一度ロクに気持ちを伝えよう。ミツはティティアの手を握り返すと、ガバリと顔を上げた。榛色の瞳にロクを映す。頑なに顔を逸らし続ける姿を前にめげそうになりながら、それでもミツは勇気を振り絞った。

「ロロ、ロクさん‼︎」
「なんだ」
「ぼ、僕を見て下さいっ! なんでこっち向いてくれないんですかっ」
「服を着たら見る」
「ぬ、濡れた服をまた着ろっていうんですかあっぅぶ、っ」

 振り絞った声は震えていた。意識していないと、今にも涙が出てしまいそうだった。バサリと音がして、ミツの顔に布が被せられる。一体なんだと慌てて布をどければ、それは温もりの残ったロクの服であった。ギョッとして顔を上げる。ミツとは逆に、今度はロクが服を脱いでいた。要するにこれを着ろということか。

「ロク、ちょっと不器用すぎ」
「ティティア様……あまりからかわないでください」
「っティティア様ってあのティティア様ですか⁉︎」
「いや、今は俺のことはいいから」

 苦笑いを浮かべるティティアの存在にようやく合点がいったらしい。マチが声をあげる。ミツはというと、ロクの服を抱きしめたまま硬直をしていた。ミツよりも背が高いが、よくよく見れば下腹部は少し丸みを帯びている。国王カエレスの番いである青年が妊娠をしているという話は耳にしていた。これで国も安泰だとみんな喜んだ、雲の上の存在がミツの隣にいた青年の正体だったのだ。
 背後に稲妻を走らせるように硬直をしたミツの前で、ティティアがキョトンと首を傾げている。まさかの王妃を前に、ミツは酸素を失ったかのようにはくはくと口を震わせた。

「あー……、うん、とりあえず僕とティティアはマチと用事があるから部屋を出ようかな」
「え? 俺は何もな」
「いいからはやく、ウメノの中庭にいこ。美味しいクッキーがあるから」
「え⁉︎ 王室御用達のクッキーが食べれるんですか⁉︎」
「残念、アモンが趣味で焼いたクッキーだ」

 アモンって誰ですか⁉︎ そんな呑気なマチの声が遠ざかっていく。医務室の扉が無常にも閉まり、目の前には顔を背けたままのロクが一人。気を使わせてしまったのだろう、間違いなく出ていくべきはマチとミツだっただろうにと、ミツは頭を抱えそうになった。
 両手で顔を覆うように、ロクを見る。扉の背にもたれかかる姿を前に、ミツはどうしても気になっていたことを口にした。

「あ、あの……ロクさんとて、ティティア様の御関係って」
「ん、ああ……。俺はあの方の侍従件護衛でもある」
「あそ、……そうですか……」
「服を着てくれ……」

 なんだ、あんな綺麗な人の隣にいたら、きっとミツなんかお眼鏡に叶うことはないだろう。まだ始まってもいないのに、最悪を考える。己の悪い癖が顔を出した。
 言われるがままに、ロクの着ていた服に袖を通す。このお洋服を、このままくれたりしないだろうか。ロクへの恋心はちょとやそっとじゃ忘れられそうにないし。
 しょも、と落ち込んだ空気をまといながら服を被ったミツを、ロクが瞳に映す。
 落ち込むミツとは逆に、ロクの方は少しだけ参っていた。ミツは危ない目に遭ったのだ。フリヤから一報が入ったのが早かったおかげで、ロクはすぐに動くことができた。それでも、ドジを踏んだとはいえミツは血を流したのだ。
 治癒をした傷は大丈夫なのだろうか。小さな体でここまで走って、疲れてはいないだろうか。何より、どうやったら元気を出してくれるのだろうかなど。静かな表情からは読み取れない様々な思考がロクの頭を支配する。
 
「……あ、あの」
「なんだ」
「あの時……、えっと、ほ、本当は味見なんかじゃなくて……あ、でも、ロクさんがフサフサにならなくてよかったんですけど……」
「クッキーの話か?」

 しどろもどろのミツに、ロクはティティアの言葉を思い返す。そういえば、何かを楽しげに口にしていたなと思ったのだ。まるで、ほらいった通りだ! と言わんばかりの様子は、おそらく己に向けられていたのだろう。
 ミツを見下ろす。貸した服の襟元から、薄い胸が見えそうになって眉間を押さえた。

「……惚れ薬かと、思ったんです」
「ああ」
「それで、あ、あれは味見じゃなくて……本当はロクさんに渡すやつだったんです……」
「そうか……」

 やはり、ミツは鬼族に状態異常が効かないことを理解していなかったのだなと思った。榛色の瞳が、ロクを瞳に閉じ込める。首が疲れそうなほど見上げるミツが可愛くて、ロクは戒めるように己の唇を噛んだ。
 無意識に難しい顔になる。ロクのそんな様子を前に、ミツはヒックと喉を震わせた。
 ああ、不器用だ。不器用ここに極まれりだ。気持ちの言語化が難しい。それはミツに勇気が足りないからだ。
 二人きりのこの空間は、ミツにとってのチャンスでもあるのだ。
 ロクがこの気持ちに気が付いている様子は見受けられない。ならば、玉砕覚悟で口にするのも一つの戦法であると踏んだ。たとえダメでも、ロクの記憶には残るかもしれない。
 決意をしたように顔を上げる。ミツのいつになく真剣な顔に、ロクは思わず居住まいを正した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉

あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた! 弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?

邪神入れ食い♡生け贄の森

トマトふぁ之助
BL
邪神(大蛸)に魅入られた男ばかりの村人5人。異教の神が支配する美しい地下の物語。

《本編 完結 続編開始》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

狂宴〜接待させられる美少年〜

はる
BL
アイドル級に可愛い18歳の美少年、空。ある日、空は何者かに拉致監禁され、ありとあらゆる"性接待"を強いられる事となる。 ※めちゃくちゃ可愛い男の子がひたすらエロい目に合うお話です。8割エロです。予告なく性描写入ります。 ※この辺のキーワードがお好きな方にオススメです ⇒「美少年受け」「エロエロ」「総受け」「複数」「調教」「監禁」「触手」「衆人環視」「羞恥」「視姦」「モブ攻め」「オークション」「快楽地獄」「男体盛り」etc ※痛い系の描写はありません(可哀想なので) ※ピーナッツバター、永遠の夏に出てくる空のパラレル話です。この話だけ別物と考えて下さい。

【完結】祝福をもたらす聖獣と彼の愛する宝もの

BL
「おまえは私の宝だから」 そう言って前世、まだ幼い少年にお守りの指輪をくれた男がいた。 少年は家庭に恵まれず学校にも馴染めず、男の言葉が唯一の拠り所に。 でもその数年後、少年は母の新しい恋人に殺されてしまう。「宝もの」を守れなかったことを後悔しながら。 前世を思い出したヨアンは魔法名門侯爵家の子でありながら魔法が使えず、「紋なし」と呼ばれ誰からも疎まれていた。 名門家だからこそ劣等感が強かった以前と違い、前世を思い出したヨアンは開き直って周りを黙らせることに。勘当されるなら願ったり。そう思っていたのに告げられた進路は「聖獣の世話役」。 名誉に聞こえて実は入れ替わりの激しい危険な役目、実質の死刑宣告だった。 逃げるつもりだったヨアンは、聖獣の正体が前世で「宝」と言ってくれた男だと知る。 「本日からお世話役を…」 「祝福を拒絶した者が?」 男はヨアンを覚えていない。当然だ、前世とは姿が違うし自分は彼の宝を守れなかった。 失望するのはお門違い。今世こそは彼の役に立とう。 ☆神の子である聖獣×聖獣の祝福が受け取れない騎士 ☆R18はタイトルに※をつけます

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

処理中です...