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「やっぱりそうじゃん!」
「え?」
そんなくだらないやり取りを前に、嬉しそうに声を上げたのはティティアであった。夕焼けの瞳は、陽光を反射する海のように輝いている。己がそんな目を向けられることに戸惑うように、ミツはえへへ、と戸惑いがちに笑う。
滑らかな小麦色の手が、ミツの手を握る。ぎょっとしたのも束の間で、ティティアはミツに爆弾を落とした。
「好きじゃない相手に、惚れ薬入のクッキーは渡さないよね!!」
「ひぇ……」
「あ。え、なにそういうこと?」
ティティアの言葉に、ウメノは感心するように相槌を打つ。まさか、初対面の麗人にそんなことを暴露されるとは思わない。ミツはぶんぶんと首を振って否定をしようと思った。しかし、それをやめたのは先日の記憶があったからだ。
「ぼ、ぼくは……」
ミツは、ロクに不義理をしてしまったのだ。結果的にクッキーはロクのもとに渡らなかったことは幸いだったが、あの時の、味見だから! という言葉。今思い返しても、他に言い方はあっただろうと思う。
謝らなくてはいけない。謝って、もう一度ロクに気持ちを伝えよう。ミツはティティアの手を握り返すと、ガバリと顔を上げた。榛色の瞳にロクを映す。頑なに顔を逸らし続ける姿を前にめげそうになりながら、それでもミツは勇気を振り絞った。
「ロロ、ロクさん‼︎」
「なんだ」
「ぼ、僕を見て下さいっ! なんでこっち向いてくれないんですかっ」
「服を着たら見る」
「ぬ、濡れた服をまた着ろっていうんですかあっぅぶ、っ」
振り絞った声は震えていた。意識していないと、今にも涙が出てしまいそうだった。バサリと音がして、ミツの顔に布が被せられる。一体なんだと慌てて布をどければ、それは温もりの残ったロクの服であった。ギョッとして顔を上げる。ミツとは逆に、今度はロクが服を脱いでいた。要するにこれを着ろということか。
「ロク、ちょっと不器用すぎ」
「ティティア様……あまりからかわないでください」
「っティティア様ってあのティティア様ですか⁉︎」
「いや、今は俺のことはいいから」
苦笑いを浮かべるティティアの存在にようやく合点がいったらしい。マチが声をあげる。ミツはというと、ロクの服を抱きしめたまま硬直をしていた。ミツよりも背が高いが、よくよく見れば下腹部は少し丸みを帯びている。国王カエレスの番いである青年が妊娠をしているという話は耳にしていた。これで国も安泰だとみんな喜んだ、雲の上の存在がミツの隣にいた青年の正体だったのだ。
背後に稲妻を走らせるように硬直をしたミツの前で、ティティアがキョトンと首を傾げている。まさかの王妃を前に、ミツは酸素を失ったかのようにはくはくと口を震わせた。
「あー……、うん、とりあえず僕とティティアはマチと用事があるから部屋を出ようかな」
「え? 俺は何もな」
「いいからはやく、ウメノの中庭にいこ。美味しいクッキーがあるから」
「え⁉︎ 王室御用達のクッキーが食べれるんですか⁉︎」
「残念、アモンが趣味で焼いたクッキーだ」
アモンって誰ですか⁉︎ そんな呑気なマチの声が遠ざかっていく。医務室の扉が無常にも閉まり、目の前には顔を背けたままのロクが一人。気を使わせてしまったのだろう、間違いなく出ていくべきはマチとミツだっただろうにと、ミツは頭を抱えそうになった。
両手で顔を覆うように、ロクを見る。扉の背にもたれかかる姿を前に、ミツはどうしても気になっていたことを口にした。
「あ、あの……ロクさんとて、ティティア様の御関係って」
「ん、ああ……。俺はあの方の侍従件護衛でもある」
「あそ、……そうですか……」
「服を着てくれ……」
なんだ、あんな綺麗な人の隣にいたら、きっとミツなんかお眼鏡に叶うことはないだろう。まだ始まってもいないのに、最悪を考える。己の悪い癖が顔を出した。
言われるがままに、ロクの着ていた服に袖を通す。このお洋服を、このままくれたりしないだろうか。ロクへの恋心はちょとやそっとじゃ忘れられそうにないし。
しょも、と落ち込んだ空気をまといながら服を被ったミツを、ロクが瞳に映す。
落ち込むミツとは逆に、ロクの方は少しだけ参っていた。ミツは危ない目に遭ったのだ。フリヤから一報が入ったのが早かったおかげで、ロクはすぐに動くことができた。それでも、ドジを踏んだとはいえミツは血を流したのだ。
治癒をした傷は大丈夫なのだろうか。小さな体でここまで走って、疲れてはいないだろうか。何より、どうやったら元気を出してくれるのだろうかなど。静かな表情からは読み取れない様々な思考がロクの頭を支配する。
「……あ、あの」
「なんだ」
「あの時……、えっと、ほ、本当は味見なんかじゃなくて……あ、でも、ロクさんがフサフサにならなくてよかったんですけど……」
「クッキーの話か?」
しどろもどろのミツに、ロクはティティアの言葉を思い返す。そういえば、何かを楽しげに口にしていたなと思ったのだ。まるで、ほらいった通りだ! と言わんばかりの様子は、おそらく己に向けられていたのだろう。
ミツを見下ろす。貸した服の襟元から、薄い胸が見えそうになって眉間を押さえた。
「……惚れ薬かと、思ったんです」
「ああ」
「それで、あ、あれは味見じゃなくて……本当はロクさんに渡すやつだったんです……」
「そうか……」
やはり、ミツは鬼族に状態異常が効かないことを理解していなかったのだなと思った。榛色の瞳が、ロクを瞳に閉じ込める。首が疲れそうなほど見上げるミツが可愛くて、ロクは戒めるように己の唇を噛んだ。
無意識に難しい顔になる。ロクのそんな様子を前に、ミツはヒックと喉を震わせた。
ああ、不器用だ。不器用ここに極まれりだ。気持ちの言語化が難しい。それはミツに勇気が足りないからだ。
二人きりのこの空間は、ミツにとってのチャンスでもあるのだ。
ロクがこの気持ちに気が付いている様子は見受けられない。ならば、玉砕覚悟で口にするのも一つの戦法であると踏んだ。たとえダメでも、ロクの記憶には残るかもしれない。
決意をしたように顔を上げる。ミツのいつになく真剣な顔に、ロクは思わず居住まいを正した。
「え?」
そんなくだらないやり取りを前に、嬉しそうに声を上げたのはティティアであった。夕焼けの瞳は、陽光を反射する海のように輝いている。己がそんな目を向けられることに戸惑うように、ミツはえへへ、と戸惑いがちに笑う。
滑らかな小麦色の手が、ミツの手を握る。ぎょっとしたのも束の間で、ティティアはミツに爆弾を落とした。
「好きじゃない相手に、惚れ薬入のクッキーは渡さないよね!!」
「ひぇ……」
「あ。え、なにそういうこと?」
ティティアの言葉に、ウメノは感心するように相槌を打つ。まさか、初対面の麗人にそんなことを暴露されるとは思わない。ミツはぶんぶんと首を振って否定をしようと思った。しかし、それをやめたのは先日の記憶があったからだ。
「ぼ、ぼくは……」
ミツは、ロクに不義理をしてしまったのだ。結果的にクッキーはロクのもとに渡らなかったことは幸いだったが、あの時の、味見だから! という言葉。今思い返しても、他に言い方はあっただろうと思う。
謝らなくてはいけない。謝って、もう一度ロクに気持ちを伝えよう。ミツはティティアの手を握り返すと、ガバリと顔を上げた。榛色の瞳にロクを映す。頑なに顔を逸らし続ける姿を前にめげそうになりながら、それでもミツは勇気を振り絞った。
「ロロ、ロクさん‼︎」
「なんだ」
「ぼ、僕を見て下さいっ! なんでこっち向いてくれないんですかっ」
「服を着たら見る」
「ぬ、濡れた服をまた着ろっていうんですかあっぅぶ、っ」
振り絞った声は震えていた。意識していないと、今にも涙が出てしまいそうだった。バサリと音がして、ミツの顔に布が被せられる。一体なんだと慌てて布をどければ、それは温もりの残ったロクの服であった。ギョッとして顔を上げる。ミツとは逆に、今度はロクが服を脱いでいた。要するにこれを着ろということか。
「ロク、ちょっと不器用すぎ」
「ティティア様……あまりからかわないでください」
「っティティア様ってあのティティア様ですか⁉︎」
「いや、今は俺のことはいいから」
苦笑いを浮かべるティティアの存在にようやく合点がいったらしい。マチが声をあげる。ミツはというと、ロクの服を抱きしめたまま硬直をしていた。ミツよりも背が高いが、よくよく見れば下腹部は少し丸みを帯びている。国王カエレスの番いである青年が妊娠をしているという話は耳にしていた。これで国も安泰だとみんな喜んだ、雲の上の存在がミツの隣にいた青年の正体だったのだ。
背後に稲妻を走らせるように硬直をしたミツの前で、ティティアがキョトンと首を傾げている。まさかの王妃を前に、ミツは酸素を失ったかのようにはくはくと口を震わせた。
「あー……、うん、とりあえず僕とティティアはマチと用事があるから部屋を出ようかな」
「え? 俺は何もな」
「いいからはやく、ウメノの中庭にいこ。美味しいクッキーがあるから」
「え⁉︎ 王室御用達のクッキーが食べれるんですか⁉︎」
「残念、アモンが趣味で焼いたクッキーだ」
アモンって誰ですか⁉︎ そんな呑気なマチの声が遠ざかっていく。医務室の扉が無常にも閉まり、目の前には顔を背けたままのロクが一人。気を使わせてしまったのだろう、間違いなく出ていくべきはマチとミツだっただろうにと、ミツは頭を抱えそうになった。
両手で顔を覆うように、ロクを見る。扉の背にもたれかかる姿を前に、ミツはどうしても気になっていたことを口にした。
「あ、あの……ロクさんとて、ティティア様の御関係って」
「ん、ああ……。俺はあの方の侍従件護衛でもある」
「あそ、……そうですか……」
「服を着てくれ……」
なんだ、あんな綺麗な人の隣にいたら、きっとミツなんかお眼鏡に叶うことはないだろう。まだ始まってもいないのに、最悪を考える。己の悪い癖が顔を出した。
言われるがままに、ロクの着ていた服に袖を通す。このお洋服を、このままくれたりしないだろうか。ロクへの恋心はちょとやそっとじゃ忘れられそうにないし。
しょも、と落ち込んだ空気をまといながら服を被ったミツを、ロクが瞳に映す。
落ち込むミツとは逆に、ロクの方は少しだけ参っていた。ミツは危ない目に遭ったのだ。フリヤから一報が入ったのが早かったおかげで、ロクはすぐに動くことができた。それでも、ドジを踏んだとはいえミツは血を流したのだ。
治癒をした傷は大丈夫なのだろうか。小さな体でここまで走って、疲れてはいないだろうか。何より、どうやったら元気を出してくれるのだろうかなど。静かな表情からは読み取れない様々な思考がロクの頭を支配する。
「……あ、あの」
「なんだ」
「あの時……、えっと、ほ、本当は味見なんかじゃなくて……あ、でも、ロクさんがフサフサにならなくてよかったんですけど……」
「クッキーの話か?」
しどろもどろのミツに、ロクはティティアの言葉を思い返す。そういえば、何かを楽しげに口にしていたなと思ったのだ。まるで、ほらいった通りだ! と言わんばかりの様子は、おそらく己に向けられていたのだろう。
ミツを見下ろす。貸した服の襟元から、薄い胸が見えそうになって眉間を押さえた。
「……惚れ薬かと、思ったんです」
「ああ」
「それで、あ、あれは味見じゃなくて……本当はロクさんに渡すやつだったんです……」
「そうか……」
やはり、ミツは鬼族に状態異常が効かないことを理解していなかったのだなと思った。榛色の瞳が、ロクを瞳に閉じ込める。首が疲れそうなほど見上げるミツが可愛くて、ロクは戒めるように己の唇を噛んだ。
無意識に難しい顔になる。ロクのそんな様子を前に、ミツはヒックと喉を震わせた。
ああ、不器用だ。不器用ここに極まれりだ。気持ちの言語化が難しい。それはミツに勇気が足りないからだ。
二人きりのこの空間は、ミツにとってのチャンスでもあるのだ。
ロクがこの気持ちに気が付いている様子は見受けられない。ならば、玉砕覚悟で口にするのも一つの戦法であると踏んだ。たとえダメでも、ロクの記憶には残るかもしれない。
決意をしたように顔を上げる。ミツのいつになく真剣な顔に、ロクは思わず居住まいを正した。
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