狼王の贄神子様

だいきち

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 (ああ、きっと僕は尻尾を千切られて、人間の国に売り飛ばされちゃうんだ)

 嫌な予感ばかりが頭をよぎる。小柄な体に大きな衝撃を感じで、ミツは宙に浮いた。このまま地べたに落ちたら、今よりもっと痛いだろう。涙がミツの頬を撫でると、すっぽりとなにかに納まるように受け止められた。

「何をしている」
「え、ぐへぇっ!!」
「捕らえろ! 捕らえろー!!」

 べシャリと音がして、恐る恐る薄目を開ける。見れば、男は地べたと抱き合うように沈められていた。
 男の首を押さえつけている大きな手のひらには、見覚えがあった。太い血管が浮かぶ、逞しい腕。恐る恐る顔を上げれば、晴れた空を背負うようにロクがミツを見下ろしていた。

「ミツ、よく頑張った」
「あれ、ろ、ロクさ、あいた、いたたたっ」
「……わかった、後で聞く。動くな、今医務室へ運ぶ」
「ま、マチ! マチが狙われてるんだっ!」
「そのマチから、助けが入った。一人で勇気を出したな、えらいぞ」

 ロクの言葉に、ミツはポカンとした。軽い足音が聞こえて、ミツはロクに抱えられたまま振り向いた。見れば、泣き顔を晒したマチがミツへと駆け寄ってくる姿があった。

「お、おれのせいでごめんん~!!」
「な、なんで!? もう一人の男は!?」
「今ハニ達が捕まえに行ってる。ほら、マチもついてこい。ミツの傷は浅いから泣くな」

 ロクに抱えられたまま、ミツは初めて城の中に入った。道中マチから話を聞けば、ミツ一人が危険な目に合うのは絶対に違うと思ったそうだ。市の支度で人通りが増えた頃に、マチは子猫に化けてフリヤの店に行ったらしい。そこが兵士の集う飯屋だと知っていたから、ミツよりも頭を使って助けを求めに行ったのだ。
 医務室は、ニ階の渡り廊下を通った先にあった。手が塞がっているロクの代わりに、マチが扉を開ける。薬臭い白い部屋には、小柄な少年とゆったりとした服を召した青年が座っていた。


「あれどうしたの?」
「なーに、その腕の子」
「外の捕物で怪我をした、すまないが見てもらえるか」
「ん、こっちおいで」

 ミツの予想とは反対に、手招きをしたのは小柄な少年だった。おろおろするまに寝台に座らされれば、青年の方はミツが抱きしめていたポシェットを受け取ってくれた。
 着ていた白いシャツには、ポツポツと赤い血が滲んでいる。

「ああ、布突き破っちゃったんだ。なんの薬かわかんないからとりあえず洗わないと。ティティア、その子の服も脱がして」
「うわ、痛かったね。ボタン外すけどいいかな、こわかったら俺の手握っていいからね」
「う、うん……」

 甘やかされて、成人の矜持はあっけなく崩れる。近くで見ると、青年の顔は驚くほど整っていた。こんな人によしよしをされてしまったら、ミツだって気が緩んでしまう。
 
「その子は? 怪我とかしてない?」
「マチは平気だ。びっくりして泣いているだけだろう」
「お前、俺のこともちっとは心配して!」
「あはは、ホントに元気だ。さて、お名前言えるかな? お腹の破片抜く前に軽く流すから、痛かったら泣いていいよ」

 泣いていいと言われるほど痛いのか。ミツはくちゃっと顔を歪ませると、その素直な反応にマチが泣きそうな顔のまま吹き出した。現金なところは変わらないらしい。
 薄目を開いてロクを見る。顔をそらしたまま、ミツを見ようともしない。ぽこりとしたお腹を見られるのが恥ずかしいので構わないのだが、そんな様子にもちょっとだけ泣きそうになった。

「ミツ、痛いのがんばれ!」
「え? 君がミツなの?」
「いっ、いたたたっ、う、ぅわぁんっミツですう!!」

 消毒液を腹にかけられて洗浄される。情けない声を上げているうちに、カチャカチャと耳を塞ぎたくなるような音が聞こえた。怖くて下を向けない。怯えていれば、ミツの髪を撫でるように頭を撫でられた。

「ミツ、そっか君がロクの」
「ティティア様、今その話は」
「あ、ごめん」

 何の話ですか! ミツが思わず手から顔を離すと、少年の手が温めるように傷を塞いだ。
 じんわりとした温もりが腹に伝わり気持ちがいい。たった数十秒程度の触れ合いは、治癒術の行使だったらしい。見れば、ミツのお腹は瘡蓋を待つだけの状態であった。

「なんでも治癒術つかうの良くないからね、あとは自然治癒で治して。多分痕は残んないよ」
「あ、ありがとうございます」
「僕はウメノ、君には親近感湧いちゃうな!」
「え? あ、え、えへへ」

 ニッコリと微笑まれて、ミツは思わず照れた。真っ直ぐに微笑みかけられると弱い。
 同じ体躯くらいだろう。もしかしたらマチ以外にも友達が出来るかもしれないと、少しばかり期待する。

「とりあえず、今回の報告は後程。まだもう一人の捕縛の情報は来てません」
「あ、うん。で、なんの薬なんだっけ?」
「ああ、増毛剤」
「ぞ?」

 ウメノの言葉に、マチもミツぽかんとした顔をした。ああそうだ、そんな間抜けなやつだった。ティティアまでもがカラカラ笑って宣うので、どうやら聞き間違えではないらしい。

「成分的に同じ魔物素材使ってるから、液体がピンクになっちゃったんだよ」

 呆れた声色でウメノが語る。どうやらこの増毛剤が惚れ薬と同じ見た目だったこともあり、改良をしようとしたところでトカゲ獣人の男たちに奪われたらしい。
 アキレイアスの辺境と言っても過言ではない場所に住む地方領主が、毛の薄い獣人の為に作っていたものらしい。改良まえのそれをトカゲ獣人の二人組が盗み、売りつけて稼ごうとしたようだ。
 そもそもトカゲに毛が生えるわけもないのだ。己の身体で実験をして、効果が得られないとわかった瞬間売り捌こうとしたらしい。
 したたかだが、頭は悪い。それをタイミング悪くマチが買い、今回の騒動が起こった。

「じ、じゃあ……僕がロクさんにつくったクッキーって……」
「た、ただの毛生え薬クッキーってこと……?」
「ぶふっ、そ、それちょっとみてみたいかも。もさもさのロク」
「おい。おもしろがるな」

 渋い顔をしてウメノを見る。ロクの隣のマチはというと、ウメノから次は妙な薬を買わないことと窘められていた。
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