狼王の贄神子様

だいきち

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 作戦なんて言えるかわからないから、これはきっと行動計画になるのだろう。
 まず、マチには小さな子供に化けてもらう。そうすればきっと、万が一トカゲ野郎がミツの家に来たとしてもバレないはずだ。大の大人が子供に手をあげるわけがない。二人の中の常識に一縷の望みを託したのだ。
 子供姿で、おもちゃ屋に納品する予定のぬいぐるみの山に隠れていてと念押しをした。ご自慢の猫耳は、ミツが趣味で作った毛糸の帽子を被せて誤魔化した。きっとミツが捕まったとしても、種族まではバレないと信じている。
 ミツはというと、頭にネズミの耳の飾りを受けた帽子をかぶって、城門前の兵士の詰め所まで行く。そこで事情を話して、助けてもらうのだ。怒られるのは怖いけど、身売りされるよりはマシだ。ミツは子供に間違われることが多いから、話を信じてもらうために小瓶はポシェットに入れて持っていくことにした。
 
 二人して抱き合って泣いてから、まだ数時間しか経っていない。しかし、決意の朝を迎えたのだ。ミツはご自慢のリスの尻尾をしっかりと毛繕いをして気合を入れた。ミツだって男だ。男だから、親友を守ることだってわけないんだ。怖いけど。
 ポシェットを首から下げているのに、しっかりと胸に抱き込んだ。ミツはマチを家に残して恐る恐る外へと出ると、キョロキョロと周囲を警戒した。大丈夫だ。怪しい人はいない。トカゲ獣人の男二人は二人して髪の毛がなかったから、きっと見ればすぐにわかるだろう。
 
(気をつけなきゃいけないのは、この通りにマチの家もあるってことだ……、もし家の前を張られていたら、僕はそこの前を通らなきゃいけない……)

 泣きそう。
 ミツはひん、と情けない顔をした。それでも、己が決めたことだ。ポシェットを抱きしめながら、ミツは歩き出した。マチの家の前にトカゲ獣人がいなければいいのだ。それに、きっと家の前で待ち伏せをするほど彼らも暇じゃないだろう。
 お願いです神様、そういうことにしておいてください。目を潤ませて、ぷるぷる震えながら歩く。商いをする人は、もう目覚めて準備に取り掛かっているのだろう。家から出て、市の準備をする者も見受けられた。

「ミツ、お前なんでそんな帽子かぶってんだ。ネズミに憧れてんのか」
「キャンっ! ご、ごめんなさいごめんなさいいーー‼︎」
「あ、おい!」

 ミツは脱兎の如く走り出した。小さな体が転がるように大通りを駆け抜けていくのを、アルマアジロ獣人のミツの友人はポカンとした顔で見送る。
 短い手足をたくさん動かしても、ミツはそこまで足が速くない。リスなんだからすばしっこいというのは嘘だ。運動神経という才能を授からなかったミツが代わりに得たものは、きっと危機管理能力だと信じている。それも、見事に崩れてしまったのだが。
 小柄な体躯は、パタパタと忙しなく大通りを駆ける。そのまま果物屋さんを右に曲がると、マチの家があるのだ。ミツはそのまま道へと飛び出した。何も考えていなかったわけではない、何かに急かされていたから、注意を怠ったのだ。やはり、危機管理能力もないのかもしれない。
 ミツは目の前に広がった生成色の世界に目を丸くすると、そのまま固い壁にぶつかるかのようにして道端に転がった。

「ひえっ」
「んだクソガキ‼︎ どこ見て走ってやがる‼︎」
「ご、ごめんなさ、あ」
「あ?」

 鼻の頭を赤くしたミツが、慌てて見上げる。目の前には鱗が浮かび上がった肌を晒した、目つきの悪い獣人が合っていた。パカリと空いた口、己の悪運の強さもここまでくると折り紙つきだ。
 ミツはサッと顔を青くした。神様にあれだけお願いをしたのに、昨晩知らぬ兄貴とやらに怒鳴られていた男が立っていたのだ。
 馬のつながった馬車には、布と麻紐が乱雑におかれている。マチの家の前で、待ち伏せをしようとしたのかもしれない。すぐに最悪の予測を立てると、ミツは慌てて立ち上がった。

「ご、ごめんなさい、あっ」
「あ……おま、お前それどこでっ」
「あ、あう、わ、わああん‼︎」

 ぶつかって転んだ時に、抱きしめていたポシェットから小瓶が落ちた。それを目にした男の顔が。みるみるうちに治安の悪い顔へと変化をしていく。ミツは大慌てで転がる小瓶を拾い上げると、捕えようとした男の腕の間をすり抜けるようにして走り出した。
 
「まてちび! お前それどこで拾った!」
「うわぁああ兵士さぁああん!!」
「馬鹿!! でけえ声だすんじゃねえすばしっけえな!?」

 すばしっこいのではなく、ミツは逃げ足に特化していたようだ。こんな窮地に、そんな事を知りたくはなかった。大きな声を上げながら走ったせいか、息ぎれがすごい。もうすぐ城門が見える頃だ。この坂を駆け上がれば、ミツは任務を終える。

「っ、待てって言ってんだろぉ!!」
「うきゃ、あっ」
「捕まえたァ!!」

 強い力で体が後ろに引かれた。ミツの履いていた靴が抜けて、小さな体はべシャリと転ぶ。ポシェットの中で嫌な音がして、ちくりとした痛みがお腹に走る。
 なんだ、というミツの疑問は直ぐに解消された。地面から身体が離れた時に、ガラス片が落ちる音がしたのだ。

「あーーーー!!!! てめ、っ割りやがったな!?」
「う、ぅうい、いたい、いたいようっ」
「銀貨五枚はくだらねえ薬を、っお、俺が怒られちまう!!」

 なんてことしてくれてんだ!! 苛立った男の声がして、ミツは悲鳴を上げた。鷲掴みされた尻尾が痛い、お腹も痛いのだ。怖い、怖くてどうしたら良いかわからない。ミツは世界を隔てるように小さな手で顔を隠す。その時だった。


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