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第一章

第12話 冒険者ギルド

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 翌日の朝食はパンにスープだった。
 だが普通のパンではなく揚げパンと肉の入った蒸しパン、どちらかと言えば中華まんでやはり中華っぽい印象を受ける耕助。
「でもスープは洋風なんだよな……どっちも美味いんだけど」
 ちなみにベルテに米はあるか聞いてみたが全く知らないようだった。

「期待していたんだが……いや、米が大好きという訳じゃないんだが、食べれないとなると食べたくなるな……」
 ちぐはぐな食生活に慣れていくしかないな、と耕助は自分に言い聞かせ食事を終えた。

「さてそれじゃあ冒険者ギルドに行くか」
 この世界において冒険者は職業の一つで制度として存在しており、自称すればなれるというものでもなく冒険者ギルドに登録する必要があるので、その手続きに向かうのだ。

「都市を散策してくる。主も吾輩から離れ一人で行動できるようになった方が良いだろう」
 冒険者ギルドに向かうのは耕助一人で、ミケは完全に保護者の目線から別行動をとった。



 中央から外れた通りを行くが、近づくにつれ少し人通りが減って活気が無いような印象を耕助は受けた。
 正確には閑散としているという訳ではなく人通りもそれなりにあるのだが、どこか地方のシャッター商店街思わせる雰囲気で、偏見かも知れないが道行く人々もどこか胡乱な者が多そうに思え、中には早い時間だというのに酔っているのか座り込んで放心したような視線で宙を見ている者もいるくらいだ。
 そんな通りの中で比較的大きく新しい建物の冒険者ギルドの支部があった。
 大都市であるルトリーザには冒険者ギルド本部の他に支部が複数あり、ここはその一つでそこそこ規模が大きい様で中にも人は多いのだが、耕助には気になる点があった。

 耕助がギルドに対してイメージしていたのはゲーム『エターナルワールド』内においてのクエストを受ける為の集会場で、プレイヤー達が集まり情報交換を行ったり野良パーティ募集をしたりと非常に活気づいていた場所だ。

 しかしここは確かに武装して明らかに冒険者らしき者もいるのだが、ただの普段着で明らかに争いごとには向いていないような老人や子供に主婦と思しき人までいる。冒険者と言っても下位の仕事は力仕事や雑用と変わらないとは聞いていたので不思議ではないのだが、事前にイメージしていたのとどうも噛み合わない。

「あれ? コースケじゃない。こんなところで何やってるの?」
 そんな少し戸惑っている耕助にかかる聞き覚えのある声、この都市での知り合い等限られているので直ぐにその正体は解る。

「キャレーこそ何でここに、冒険者だったのか?」
 昨日会った個人新聞を作っているキャレーだ。

「いや、あたしは依頼をする方なんだよね、人手が必要な時に雇ったりするから……コースケ、ひょっとして冒険者になりにきたの?」
「ああ、この都市で仕事をするなら冒険者がいいと勧められてね」
「あ~……そうなんだ……」
 ここでキャレーは何というか微妙な顔をしている。
「何か問題でもあるのか?」
「いや問題って訳でもなくて……まあコースケなら大丈夫かな? ガルボさん、これコースケって言うんだけど冒険者になりに来たんだって。人柄は良いから期待できるよ」
 
「そんなに俺のこと知らないだろ」
 昨日あったばかりでそれほど会話をしたわけでもないというのに、言い切っていいのかと心配になる耕助。
「人を見る目はあるつもり、少なくとも悪人って訳でもないし、約束も守るようだしね」
 どうやら昨日草原の星月亭に泊まったことは知っているようで、耳が早く新聞記者らしいなと耕助は思った。

「じゃ頑張ってね。精々稼いでまた新聞買ってね」
 そう言い残しキャレーは早足でギルドから出て行き、耕助はその背を見送るしかない。

「人の話を聞かない奴だな……」
「えっとコースケさんですね。手続きをしますのでこちらにどうぞ」
 ガルボと呼ばれた受付は人のよさそうな二十代半ばくらいの青年で、苦笑しながら耕助に話しかけてくる。

「では証明書を見せてください。そのあとこの書類にサインお願いします」
 手続きは身分証明書である金属のカードを見せて、書類にサインをしてそれで終わりだ。非常に簡単で資格も必要ないし試験などもない。

「はい、これでコースケさんは五級冒険者です」
 冒険者としての身分を表す等級は五級から一級まであり、他には例外ともいうべき特級がある。
「簡単ですね……」
「冒険者は誰でもなれますからね。勿論昇格には条件があって上になれば厳しくなっていきます。五級から四級になるには依頼を受けて一定数成功させてください」
 仕事内容はあちらです、と一面掲示板になっている壁を指さした。

 掲示板には仕事内容が書かれた紙が張り出され冒険者の等級ごとに分かれていて、五級の仕事が一番多く級が上がるにつれて数は少なくなっていく。
 五級の仕事は公共工事の手伝いや、街路の清掃活動、下水掃除に衛兵の夜警の手伝いなどがあり多くが公共の仕事に関係するもので日給は大銅貨六~八枚といったところだ。
 四級は仕事内容は大きく変わらないが商店の下働きや畑を荒らす猪から畑の警護、引っ越しの手伝いなど個人からの依頼が多くなっている。
 三級からようやく隊商の護衛や特定のモンスターを狩ってほしいなど戦いを前提としたものが増えてきて、二級はただ戦うだけでなく貴族の身辺護衛や子弟への武技師範といった貴人に関わるものもある。
 そして一級となるとほとんど依頼は無く、何年も前から張り出されているような古代遺跡の発掘や神話時代の武器の捜索、ドラゴン退治などがあるだけだ。

(五級や四級は子供や老人などでも問題ない仕事だな。上級はともかく、下級となると人材派遣会社みたいだ)
 そんな印象を持つ耕助だった。

「何か質問はありますか?」
「質問というか……ちょっと事前の想像と違うと思いまして」
 聞かれた耕助が冒険者ギルドに抱いていたイメージの違いを口にした。
「ああ、その反応は解りますよ。冒険者と聞くと直ぐに吟遊詩人が語るような英雄譚を想像しがちですからね。勿論英雄と呼ばれるに相応しい冒険者もいますがそれは一級や例外とも言うべき特級の方の本当に一握りで、五級や四級の方はほとんどがごく普通の方ですよ。あとここ数年で少しずつですが路線変更していましてね、仕事内容もそういった方たちが受けられるようなものが増えていますからね」
 ここでガルボが少し顔を曇らせる。

「ただやはり色々と弊害も増えまして……注意してほしいのは一つ一つ依頼を確実に完了させて信用と信頼を積み重ねてください。それが冒険者にとって一番大事なんです」
「……それはどんな仕事にでも言えるのでは?」
「その通りです。そしてそれが解らない人も多いんですよ……そもそもこの助言だって言う相手を選んでますから」
 言っても解らない人はいる、と妙に疲れた様子のガルボに対して耕助は既視感を覚える。それは日本でクレーマーに対処している店員や役人と一緒だった。

「幸い陛下主導で国が力を入れてくれているので、予算はありますし人員も不足しているという訳ではないので何とかなっていますが……」
 ストレスがたまってるのかガルボの口調が愚痴に近くなったところで、ギルド内の空気が変るのを感じる。
 原因は外から入ってきた数人の男達だったのだが、一斉に視線を集めているのは先頭を歩く男で耕助も眼を奪われる。
 精悍な顔立ちの四十くらいの男で、革鎧で武装しているのだが変わった点として腰に下げているのが剣ではなくハチェットと呼ばれる手斧で、二つ下げているところから両手に持って戦うスタイルだと想像できる。
 何より印象的なのは鋭く貫くかのような眼つきで、何気なく歩いているかのようだが時折周りに向けられるその視線は斬り付けるかのようで、騒めく野次馬を寄せ付けず一定の距離を保たざるを得ないくらいだ。

「あの人がさっき言った英雄ともいうべき一級冒険者の方で、名前をレスタールさんと言います。元は傭兵団を率いておられて戦争でも活躍された方です。数年前に冒険者に転身されましたがあっという間に一級になられたんですよ」
 先ほどまでとは打って変わり、ガルボが小声ながらどこか興奮した顔で耕助に説明する。その言いぶりからしておそらくガルボもファンなのだろう。
 そして耕助もレスタールという名には覚えがあった。

(新聞の人気投票で七位か八位くらいだったはず……あれが上位の冒険者か、確かに強そうだ)
 昨日見たキャレーの新聞を思いだす耕助、要するにバルナルドや国王のイージウス王と同じということだ。

(……だからか、バルナルドと似た印象なのは)
 口ではうまく説明できないが、何というかその身に纏っている空気がバルナルドと同質なのだ。
 ただ同質ではあるがその強さというか圧力というかは雲泥の差で、耕助の主観ではあるが火山とたき火くらいの差があり、だからこそ観察する余裕がありレスタールの強さが解ったのだ。
 レスタール達はまっすぐ階段を上り二階へと向かっていき、姿が見えなくなると引き締まっていた周りの空気が弛緩するのを感じる。

「二階の個室で依頼人と打ち合わせの様ですね。彼みたいな一級冒険者になるとそのほとんどが指名依頼、直接名指しでの依頼です。今回は長期の護衛になるでしょうね……おっと失礼しました。どの依頼を受けるか決まりましたか?」
 人は好きなものを語る時饒舌になりがちだが、仕事内容を語るのは職員としてまずいと気付いたようでガルボは気を取り直して耕助に向き直る。
 耕助もレスタールを眼で追っていたが、少なくとも今は関係ないとかぶりを振って気を取り直した。

「じゃあこの下水掃除を受けます」
「はい解りました……この仕事は人気が無いので受けてくれるのは助かります」
 同じ掃除でも街路掃除など比較的楽なものは募集が開始される早朝から列になりすぐに定員になるとのことだ。

「こういう仕事を地道にやることが評価につながるのでしょう?」
 人の嫌がる仕事をやる、簡単な処世術の一つだがよそ者である耕助には必要なことだと自覚していた。
「……ええ、そうですね。頑張ってください」
 ガルボの声に送られて仕事を開始することになり、こうして耕助の異世界での新たな生活が始まった。

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