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第一章

第11話 人生の目標

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 キャレーから紹介された『草原の星月亭』は全石造りで三階建てになっているかなり大きな建物だ。
 既に食事時のせいか中の騒がしい声が外に漏れ出ており、耕助が少し重い木の扉を開けると一気に喧騒が大きくなると共に、食欲を刺激する匂いが鼻孔を直撃する。
 一階は食堂兼酒場でいくつもの長机と長椅子にカウンター席、中央には簡易ながら見世物用の舞台がある。そして二階と三階が宿の部屋になっているようだ。
 食堂の席は八割がた埋まっていて、給仕が忙しく働いているところを見ると繁盛しているのが見て取れた。

「副業で吟遊詩人やってると言っていたからキャレーもここで謡ってるのか?」
 耕助がそんなことを考えていると明るく元気な声がかかる。

「いらっしゃいませ! お食事ですか? それともお泊りで?」
 手にトレイを持った十代半ばくらいの器量よしで愛嬌のある笑顔の娘だった。
 いかにも看板娘といった感じから、彼女がキャレーの言っていたベルテだろうと当たりをつけて話しかける。
「ベルテさん? キャレーの紹介で来たのだけど、泊まりで部屋はあるかな?」
 自分に損があるわけではないのでキャレーの名を出すことにする耕助。

「ああキャレーさんの……ええ、勿論空いてますよ。お一人様ですか?」
 ベルテはキャレーの名を聞くと一瞬だけ微妙な顔になるが、すぐに笑顔になって接客に戻る。

「一人なんだけど……正確にはこれも一緒なんだ、大丈夫かな?」
 肩のミケを見せる耕助。
「構いませんよ、狩ってくれなくても猫はいるだけでネズミよけにはなりますから。流行り病も怖いですし」
 ここのような飲食を扱う店にとってネズミは厄介な存在だし、病気を運んでくるという知識もあるようだ。

「ただその場合大部屋ですと他のお客さんに迷惑がかかってしまうかもしれませんので……」
「ああ、だから個室がいいんだけどあるかな?」
「そうですね……今空いている個室は手狭ですし大部屋よりちょっと割高になってしまいますけどいいですか?」
「構わないよ」
 耕助からしても見知らぬ大勢とプライバシー無しで暮らすのは相当なストレスになる、出費はかさんでも避けたかった。

「では朝と夕の食事二回つきで大銅貨六枚です。食事をとらなくても値段は変わりませんのでご注意ください。食事内容はその日によって変わります。追加で料理を頼んだりお酒を飲むのでしたら別途代金がかかりますのでお気を付けください」
「解った、じゃあまずは五日分で」
「毎度ありがとうございます! では部屋の方にご案内しますか? それとも先にお食事にしますか?」
 前払いが基本なので銀貨を三枚払うとベルテは今まで以上の満面の営業スマイルになり、耕助は食事を先にしてカウンター席についた。



 耕助が割り当てられた部屋は三階の廊下の突き当たりにある部屋だ。
 部屋の広さは三畳よりは少し広いといった感じで、ベッドの他には物を入れる木製の収納箱があり元々物置だったところを無理に部屋とした印象だ。
 木窓を開けると小道を挟んだ対面の建物の壁が見えるだけで、眺望は無きに等しい。

「さて、どうするかな……」
 食事を終えてベッドに腰掛け人心地つき、色々とあった今日を思いだしながら耕助はこれからどうすべきかを考え始める。

「お前はこの都市の感想はどうだ?」
「中々良い都市だと思うし住みやすそうではあるな。特に飯がいい、屋台もそうであったしこの宿も当たりであろう」
 同じようにベッドの上でくつろいでいたミケが満足そうに答える。
 これは耕助も同じ感想で、思いの外インフラもしっかりしているし、日本で慣れていた自分でもそう不自由を感じず暮らしていけそうだった。

「ああ旨かったな。メニューは意外だったが……まさか中華風とは」
 先ほど食べた料理を思いだすが麦粥に肉野菜炒めと鶏がらスープらしきもので、味付けも耕助の知る中華に近かった。
 見たところラーメンに似た麺類もあるようで、まさかファンタジー世界で……と思ったものだ。

「治安もよさそうであったが……ただあくまで見た目、表向きの話だがな。どうも都市全体がキナ臭そうでな……吾輩の直感ではあるが」
 ミケが眉をひそめるかのように言う。
「それも同意するが……少なくとも何か問題が起きるまではここで暮らしてみるつもりだ。他にあてがあるわけでもないしな」
「……まあそれで良かろう。だがそうなると問題は生活費か」
「ああ、どうやって稼ぐかだな」
 暮らしていくには当然金が必要だ。
 当座の生活資金としてバルナルドから渡された銀貨は残りは全部で三百枚弱といったところで、一年は問題なく暮らせるだろうし節約すればもっともつだろうが、いずれにせよその間に生活基盤を築き上げなければならない。

「お前の食費も馬鹿にならないしな」
 先ほどの食事で夕食は出たがそれは耕助の分だけで、「サービスです」と笑いながらベルテが余り物でつくったミケの分を用意してくれたのだがそれでも足りず、結局一品追加することになったのだ。

「主よ、贅沢は言わないが、吾輩には一日に三度の食事、そのうち一回は魚か肉などがほしい」
「贅沢だ……でもどうやって稼ぐかだな、少なくともマヨネーズを作って楽に金稼ぎ何てのは無理そうだ」
 昼の屋台や一階の食堂でマヨネーズそのものではないが似た感じのソースが使われていたのを思いだしながらそんな感想を漏らす。
 この都市では様々な食材や香辛料の類も手に入れやすいようなので、食べ物全体が思いの外洗練されているのだ。
 これは良い意味でも予想外だが、同時に現代知識によって改善する余地があまりないことでもあった。
「他にも広場でオセロに似たようなゲームで遊んでもいたし、洗濯板といった定番もこの世界では必要とはあまり思えないしなあ……」
 一応社会人で働いてきた経験はあるので簿記も少しは出来るが、ちらりと見たが商店の中で算盤のようなもので計算をしている店員もいたぐらいだからこちらも望み薄だろう。

「文明、文化が発達しているのはありがたいがこういう所は残念だ……となると他に金になりそうなのは作成スキルのほうだがこれも難しいな」
 次に考えたのは作った物を売るという手段だが、やはり問題はある。
 回復薬が作れたようにまだ試していないが武器の類や装飾品も作れるので、これを売ることは出来る。
 問題は定期的な収入を得るとするならば当然どうやって売っていくかで、一回ぐらいなら偶然手に入ったとかで誤魔化せるかもしれないが、持続的に売るとなればどうやって入手しているかということになる。
 おそらくこの世界の常識を無視してるだろう作成スキルを知られるのは避けたい。

「……仕方ない、こうなったらまともに働くか」
 色々と考えた結果、一攫千金をあきらめ無難なところに落ち着いた。
 ただ働くと言っても難しいものがある。
 コネも技術もなく基本的なこの世界の常識が怪しい状態ではまともな仕事につけるとは思わないし、そもそも正規の住人ではない耕助では働ける種類も限られているだろう。

「やっぱ冒険者か。バルナルドも勧めてくれたし……地道に肉体労働だな」
 冒険者は前歴などは問わず誰でもなれる為に耕助と同じ立場の者の多くが就いている。
 その代わり危険な仕事や力仕事などが多いらしいが、今の耕助は素の身体能力も比べ物にならないほど向上しているので、きつい肉体労働でも苦も無くこなせるだろう。

「戦うのではなく、肉体労働か?」
「ああ、そのつもりだ」
「……先ほどからどうも目立たずに稼ぐことばかり考えているようだが、今の主は英雄であるバルナルドほどではないにしろ、それに互する力を持っているのであろう? ならばそれを活かせばいいではないか」
 ミケの当然ともいうべき疑問。
 あの姉妹の反応からも耕助の戦闘力は相当なもので、活かせばそれこそ一攫千金も夢ではなく地位も名声も思いのままだというのに耕助はとにかく目立たないのを心掛けている。

「正直気が進まない。戦闘力を活かせば確かに大金は入るかもしれないが、強さで稼げば同時に名声や地位とかも付随することになる」
「良いことではないのか?」
「偉くなれば義務や責任やしがらみ……人間関係が生まれる、そういったものに縛られたくない」
 実生活でもゲーム世界でも人間関係で失敗した耕助だ、あまり目立つ真似はしたくない。

「ふむ、要するに怖いのか?」
「……否定はしない」
「なるほど、主の孤独癖、ボッチ気質、コミュ障……これらを鑑みれば仕方ないことか」
「うん、否定はしないがお前はもう少し加減ってものを覚えろ」
「しかしそれでは呼ばれた役目を果たせないのではないか?」
「役目? 何のことだ?」
「ほれ世界をかき回すとかいう……」
「ああ、そんなのもあったな」
 すっかり忘れていたとばかりの耕助。
 停滞を防ぐために刺激を与えるというのがこの世界に呼ばれた理由であるが、目立ちたくないというのもあるし、何より耕助と同じ立場でありながら現在の世捨て人のようなバルナルドを見ると気が進まないのだ。

「気にしないで好きに生きていいとも言っていたからな。とりあえずは後回しで、当面の人生の目標は『生きる』だ」
「基本だが大切だな」
 この世界における目標が決まった耕助だった。

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