上 下
14 / 14
第一章

第13話 新たな日常から非日常へ

しおりを挟む
「部屋掃除終わりました」
「おうご苦労、じゃあ次は人参と芋の皮むきを頼む」
「はい」
 耕助が冒険者ギルドに登録して約二十日が経が過ぎようとしており、現在は定宿にしている草原の星月亭からの依頼で下働きをしていた。
 仕事内容は客室や食堂の掃除、皿洗いに野菜の皮むきや井戸からの水汲み等々の雑用で忙しく働いている。
 耕助がここの仕事で気に入っている点は、通勤時間ゼロというのと賄いとして昼飯も出してもらえるところで既に何度か受けていた。

「しっかしコースケはよく働くななあ。ベルテも助かったと言ってたぞ」
 夕食の仕込みをしながら話しかけてくるのは草原の星月亭の店主でベルテの父親であるジョナスで、笑顔が似合う娘とは真反対で厳つい顔をしており、似てない父娘だというのが耕助の感想だ。

「そうですか? 別に普通だと思いますけど」
 手際よく芋の皮を剥きながら耕助は答える。

「今まで雇った冒険者に比べりゃ天地の差だよ。コースケは仕事は早いし丁寧ってのもあるが何より真面目なのがありがたい」
「当たり前のことだと思うんですけどね」
「……その当たり前ができるやつってのが意外と少ないんだよ特に最近はな」
 ジョナスが大きくため息をつく。

「以前に雇った冒険者達はひでえもんだったんだぜ、すぐ手を抜いたりさぼろうとしたり……最悪なのは客の荷物を盗もうとした奴までいたからな」
「……冒険者の俺が言うのもどうかと思うけど、それなら地元の信頼できるのを雇った方がいいのでは?」
「国の方針という奴でな、うちみたいにある程度余裕があるところは出来る限り冒険者を雇えということで依頼を出してるんだよ。でもやっぱり五級だと駄目だな、せめてお前みたいな四級じゃないと」
 耕助は既に四級になっているが、そもそも四級への昇進条件は簡単で、五級の仕事を失敗せず十回こなせればいいだけなのだ。

(つまり今のルトリーザにはその簡単なこともできない連中が多いってことか)
 耕助は冒険者ギルドで、冒険者とは名ばかりの不穏な輩も多かったことを思い出す。
 十年前に国家間の大規模な戦争は終わったが断続的な小競り合いは続いていた。それも最近ようやく落ち着いてきたのだが今度は戦争が終わることによって職を失った者がいて、特に戦争に携わってきた末端の兵士や傭兵の中には盗賊と大差ない連中も多くそれらが職を求めてルトリーザにやってきているのだ。
 元々交易で大きな利を得ている国で交通の要所でもあるので入国を制限するのも難しく、いくら取り締まってもきりがない為治安の悪化は避けられなかった。
 その為対策として国が力を入れ始めたのが冒険者で、厄介そうなのを冒険者としてまとめてしまいとりあえず仕事を与えればある程度大人しくなるだろうというのが目論見だった。
 だが当然というべきかジョナスの言うようにまともに働かない者も多く、クレームが続出したようで五級冒険者は主に国が管理している依頼が中心になり、個人からの依頼はある程度まともに仕事を達成できる四級冒険者からにした結果、大分改善されたようだがいまだ試行錯誤の最中らしい……と、耕助はガルボから愚痴交じりに聞いていた。
 この方針だがやろうとしていることは耕助も理解できるし一定の成果を出してはいるようだが、今後どうなるかは不透明だった。

「まあそれでも戦争していた頃よりかはなんぼかマシだがな。コースケ皮むきが終わったら……」
「おおコースケ、時間はあるか? 昨日のフィライトの続きをやろう」
 ジョナスの言葉をさえぎる様に言いながら厨房に入ってきたのは初老の男性で名前はモルドバ、ジョナスの父親で草原の星月亭の先代亭主だった。
 数年前まではジョナスと同じく厨房に立っていたのだが、足を痛め立ち仕事が難しくなったので息子夫婦に店主を譲ったのだが、頭も眼もしっかりしているので暇を持て余していた。
 そんな中で趣味としてはまったのがフィライトと呼ばれるチェスに似たボードゲームで、ルールも似通っていたので耕助が興味を持って一人で指していたモルドバに話しかけたのがきっかけで勝負をするようになった。
 モルドバはお世辞にも上手いとは言えない下手の横好きで、初心者である耕助とは丁度実力が折り合い頻繁に誘われているのだ。

「親父、コースケは仕事に来てるんで、親父の遊び相手じゃ……」
「じゃあ待っておるからな」
 モルドバは口うるさい息子の追及をかわすかのようにそそくさと出て行く。

「悪いな、依頼内容に無い親父の相手までさせちまって」
「俺は構いませんよ、結構楽しいし」
 やれやれと苦笑するジョナスだが、耕助は本心で言う。
 モルドバは少し気難しいところはあるが根は結構優しく相手にするのに苦は無い。

(それにどこか爺さんに似てるんだよな……よく一緒に将棋を指したっけ)
 耕助は十年以上前に亡くなった祖父を思い出しながら皮むきを急ぎ終えようとしていた。

 このような感じで耕助はこの世界における日常を送っており、その感想は思ったよりも悪くなく何とかなっている、という感じだ。
 色々と不安はあったがやはりライバの身体は基本能力が非常に高く、純粋な腕力だけでなく体力や器用さもあがっているようで苦労を苦労として感じないのだ。
 仕事もとりあえず順調で僅かずつではあるが貯金も出来ているので労働の喜び、とまでは言わないがそこそこの充実感を感じて日々を過ごすことが出来ていた。
 時々日常の一部となっていたゲームがやりたくて仕方なかったが、無いのだからどうしようもないので慣れるしかなく、何より懸念していた人間関係も今のところ良好でこんな日常も悪くない……そう思えてきたところだった。



 フィライトを一勝一敗で終え、トータル戦績が五分のまま今日のところはお開きとなる。
 指し終えた頃には日も暮れ始めて今日の仕事も終わりかと思い、厨房に向かったところ深刻そうな顔をしたジョナスがいた。

「どうかしたんですか?」
「いや……ベルテがまだ戻って無くてな」
 看板娘であるベルテは昼過ぎに使いに出したというのだがとっくに戻ってきていいはずなのに、と心配顔なジョナス。既に日も落ちかけているので年頃の娘を持つ父としては当然の反応ではあった。

「昔に比べて治安はよくなっているんだが、やはり心配でな……」
「じゃあ俺が途中まで迎えに行きますよ。店は空けられないでしょうから」
 本来なら自分が迎えに行きたかっただろうがこれから店が忙しくなる時間だ、困り顔のジョナスに耕助がそう申し出る。
「いいのか……すまんが頼む」
 ジョナスから見て耕助が頼りになるとは思わないが、それでも娘一人よりは遥かにマシだろうという判断だ。

 この時の耕助が申し出たのはあくまで念のためと言った感じで、使いに行った問屋に向かえば途中で行き合うだろう、そんな軽い気持ちで歩いていたところに眼の前に見慣れた猫がふらりと現れる。

「おお主よ、丁度いい所で」
「いつもどこ行っているんだお前は……」
 最近のミケは一日中ほとんど出かけていて夜は寝に帰ってくるだけだ。それでいてしっかりと飯時だけには戻ってくるのだから耕助も呆れているのだ。

「遊んでいる訳ではないぞ、縄張り構築に必要なことだ……それよりも主よ、偶然見かけたのだが宿屋の娘が何者かに追われていたぞ」
 ミケのいつもの口調に一瞬聞き逃しそうになるが、耕助も目の色を変える
「……場所はどこだ」
「案内しよう」
 ミケを肩に乗せ耕助は音もなく、常人にはとても出せない速さで走り出した。

「詳細は解らぬが明らかに娘目的で追っていた。単なる物取り等ではなく、厄介ごとに巻き込まれている可能性が高いな」
「……となると大声を出して追い払う、みたいなのは難しいかもな」
 手短にことの次第を聞くと、耕助は眉をしかめる。
 助けるのは決まっているが問題はどうやって助けるかで、事情は解らないが武装した複数人に追われているとのことだし時間も無さそうなので取れる手段は少ない。
 一番無難なのは治安維持のために都市を見回っている衛兵を呼ぶことだろうが、呼びに行く時間の間ベルテが無事かどうかは解らないので論外だろう。
 ならばあとは自分の手で撃退するという手段しかなく、出来る出来ないで言えばまったく問題ないだろうがこれについては少し躊躇いがあった。
 勿論ベルテは助けたいが、せっかく安定した日常を送れそうになっているところで揉め事に巻き込まれたくないという気持ちもあるのだ。

「見つけたぞ……間に合ったがこれは追い詰められているな」
 ちょっとした葛藤をしながら日も暮れて人気のない路地を走っていると、目標を見つけたミケが冷静に指摘する。
 ベルテとそれを追う武装した集団がいてミケの言葉通りおそらくあと少しで追い詰められるところだ。そして辺りは人気が無く助けを呼べそうもない――ある意味で都合のいい区画でもあった。
「ここなら当事者以外の眼はない……ならば是非も無しというところか」
 迷う時間は無く、耕助は決断する。
「一瞬でいい、物音でも鳴き声でも気を逸らしてくれ」
 優先すべきはベルテの身の安全で戦いに巻き込んだり、人質に取られる訳にはいかない。

「心得た」
 意をくんだミケは肩から降りて走っていき、耕助は軽く深呼吸をして自分の身にかけている【偽装】を解除する。
 足元から現れた白煙に耕助の姿が一瞬見えなくなり、煙が晴れたそこに現れたのはこの世界には存在しないニンジャ姿だ。
「この姿なら何かあったとしてもライバとして押し通せる……か?」
 楽観的かもしれないがそう皮算用しながら耕助は跳躍して辺りを見下ろせる屋根の上に飛ぶ。
 そしてベルテは壁際にと追い込まれタイミングよくミケが大きな物音を出したと同時に、耕助は目にも止まらない速さで飛び込みベルテを抱えて再び跳躍し近くの建物の屋根へと着地する。
 耕助はベルテを抱えたまま追手の男達を見下ろし、この世界で二度目の実戦をすることになった。



しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。 目覚めると彼は真っ白な空間にいた。 動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。 神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。 龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。 六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。 神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。 気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...