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第3章 大切なもの

二人の時間

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 凛と心を重ね合わせた日の翌日の放課後、教室でダラダラ1人で過ごしながら、凛を待っていた。
 今、凛は職員室で映画の撮影に関する事の相談に行っている。撮影は今月いっぱい。その間、撮影を優先して学校を早退したり欠席したりすることの許可をもらいに行く、という内容だ。
 今はREIKAのマネージャーをやっている田中も、今日は学校に来て一緒に説明をするらしい。
 凛は今回フリーの女優として撮影に参加するとの事だが、このあたりは彼女の事についてもよく知る田中が気を利かせたのだろう。
 田中の事務所にとっても、この映画の完成度はREIKAの今後ないし事務所の今後にも大きく関わる。凛への協力も惜しまない、というスタイルのようだ。
 まあ、大人の田中がいれば安心だろう。

 俺はというと、凛が終わるまで、ダラダラするしかない。
 いや、実際にはニヤニヤしているらしい。さっきまで愛梨も暇つぶしに付き合ってくれようとしたが、『ニヤニヤ顔がキモい』と言って帰ってしまった。
 ニヤニヤしてるつもりはないのだが、純哉にも今朝同じ事を言われたので、きっとだらしない顔をしているのだろう。
 それも仕方ない。目をつぶって昨晩のことを思い出しているだけで顔が緩む。彼女の肌、髪、唇、柔らかいところ⋯⋯全てを思い出せてしまう。
 そして、何より⋯⋯心が一つになったあの感覚。足りないもの、隙間全て埋めてもらえた幸福感は、もう忘れられない。
 実際に今も机に突っ伏して顔を隠しながら、ニヤニヤしている。
 さっき『今日RINちゃんの撮影ないけど来る?』と陽介さんからLIMEがきたが、凛がいないなら見に行く必要性がないので、お断りした。
 今はこんな、彼女を待っているだけの無駄な時間ですら、愛おしく感じる。
 凛が職員室に向かってから1時間ほど経った頃だろうか? 誰もいなくなった教室の引き戸がガラガラっと開かれた。

「翔くん、お待たせっ」

 現れたのは、もちろん凛だった。
 声を弾ませているところを見ると、どうやら話はうまくまとまったらしい。

「長かったな」
「半世紀くらい?」
「俺はもうこんなに年老いてしまったよ」
「私だけあの頃のままなんだね⋯⋯」
「凛は、こんな年老いた俺といてくれるか?」
「ええ、もちろん。その為に私はこうして、時を超えてきたのだから」

 どや顔である。
 そんなくだらない三文芝居を二人でして、同時に噴き出す。
 最後の凛のどや顔が可愛くて、油断しているとこんなバカバカしいやり取りでも、愛おしさが込み上げてくる。
 昨日のあのひと時があまりにも幸せすぎて、それが尾を引いて、ついついこんなやり取りにも乗っかってしまうのだ。
 今日はずっとこんな感じだから、純哉は「なんだお前ら」と呆れていた。愛梨に関しては察したようで、「ほぉ、なるほどねぇ」などとにやにや笑って、凛に小声で「痛かった?」と訊いて彼女を赤くさせていた。

「待たせてごめんね。帰ろ?」
「おう」

 自分のカバンと、凛の机に引っ掛けてあった彼女のカバンも取って、凛に渡した。

「ありがとう」
「どういたしまして」
「⋯⋯⋯」

 凛はこちらの顔をじーっと見てくる。

「なに?」
「翔くん、何かいい事あった?」
「え? なんで?」
「なんか、嬉しそう」
「あー⋯⋯凛のこと待ってたからじゃないかな」
「あはっ、なにそれ。私も翔くんが待っててくれて嬉しいよ」

 そう言って、彼女もはにかんだ。
 すごく頭の悪い会話なような気がするが、そこはもう放っておいてほしい。誰も聞いてないのだから。

「あと、あれ」
「ん?」
「昨日のこと思い出してた」
「⋯⋯⋯」

 凛も思い出したのか、顔が赤くなって、照れ隠しなのか、すたすたと1人で先に歩いていってしまった。
 ああ、可愛いな。ほんとに。
 そう思いながら、彼女のあとを追った。

「それで、学校側は容認してくれたの?」

 昇降口に着くと、訊いてみた。

「うん。田中さんがうまく話してくれたこともあって、大丈夫だって」
「そっか、よかった」
「でも、期末テストでちゃんと良い点取らないと、欠席日数によっては補習になるかも」
「じゃあ、頑張らないとな」
「まあ、翔くんが教えてくれるから平気だよね?」

 彼女が悪戯な笑みを向けてくる。

「⋯⋯頑張ります」

 凛は基本的に飲み込みが早いし、地頭も良いから、教えればすぐに覚えられる。
 それに、暗記力が悪ければ台本を覚えるのも不可能なわけで⋯きっと、凛なら大丈夫だろう。
 俺がちゃんと授業を聴いて、ポイントを聞き逃していなければ、の話だが。居眠りしないように注意しよう⋯⋯。

「ところで、今日はどうする?」
「家帰って台本覚えるかなぁ⋯」

 凛は夕日を眺めつつ、ため息を吐いた。

「ごめんね? 撮影終わるまであんまり時間取れないかも」

 彼女が芸能界から離れて数ヶ月経つ。
 その間、もちろん演技のレッスンなどは何も受けていない。やはり、いきなり復帰戦は不安が大きいのだろう。

「いいよ。そんなの。どうせ俺も撮影現場にはいるし」
「山梨さんのスタッフとしてでしょ?」
「スタッフっていうより話し相手になってくれって。別に何をどう手伝うのかって事は指示されてないんだ。凛の事手伝ってもいいって言ってたよ」
「そうなの? 何のためのスタッフなんだろうね」
「なんか気に入られちゃったみたい」

 凛はおかしそうに笑った。
 陽介さんの狙いは、俺がいることで凛と玲華がどうなるのか、はたまた間に挟まれている俺がどういう態度を取るのかの観察なのだと思う。
 ただ、こんな事を凛に話しても、変なプレッシャーを与えてしまうだけなので、敢えて言う必要はない。
 それに、俺自身合法的に凛や玲華の側で2人のやり取りを見れる。少なくとも、前みたいに俺の知らない間に話が進んでいることはない。
 それならば、俺も罠に飛び込んでやろうではないか。
 それで、少しでも凛の背中を押せるなら。
 これは俺一人の戦いではない。凛と二人で、過去を乗り越えるんだ。
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