想い出と君の狭間で

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第3章 大切なもの

二人の時間②

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 学校を出て、人通りのほぼない田圃道を歩く。
 すると、凛がするっと腕を絡ませてきた。
 撮影が終わるまで、これまでのように俺と過ごす時間は取れない。
 このたった数十分の下校時間すら無駄にしたくはないのだろう。

「台本のほうは覚えられた?」
「うーん、全然⋯⋯だって、昨日はさ」

 疲れてあのまま寝ちゃったから、とまた恥ずかしそうに小さな声で言った。
 そんな風に言われると、こっちまで恥ずかしくなってくる。

「大丈夫? 明後日の夕方からでしょ、撮影」
「そうなの! だから、結構ピンチなんだよねー」

 言いつつも、あっけらかんとして笑っているところを見ると、案外大丈夫そうだ。
 彼女が休み時間や昼休みに台本をずっと読んでいたは知っているし、授業中も声こそ出していなかったが、口元が動いていた。きっと、台詞の練習などをしていたのだろう。

「あ、そういえば⋯⋯聞くの忘れてたんだけど」
「なあに?」
「その、キスシーンとか、あるの?」

 すごく迷った末に聴いてみた。
 俺も台本を最後まで読んでいるわけではないので、どんな展開なのか知らない点も結構多い。

「あるよ」

 悪戯そうにこちらを見上げながら、とんでもない事を言う。

「え!? あるの!?」
「嫌?」
「⋯⋯⋯」

 そうか⋯⋯芸能人の彼氏やるってことはこういう事なのか⋯⋯。
 とんでもなく嫌な現実を見せられた。
 一般人男性は果たしてこんな事に耐えられるのだろうか?
 もしかして、昨日ああいう事に及んだのは、もしかしてそれがあるから⋯⋯とかなのだろうか。

「って言っても、私じゃないんだけどね♪」
「⋯⋯⋯」

 にこにこ嬉しそうに言う。
 いつから君は俺をからかって楽しむような遊びを覚えたんだ。いや、前から結構からかわれていたか。

「安心した?」
「⋯⋯すごく」

 安堵で体がぐったりとするほどには。

「キスするのは、”優菜”と”達也”」

 ということは、玲華と陽介さんか。

「あ。それはそれで、ちょっと嫌そう」

 目ざとく、凛が突っ込んでくる。悪戯げに微笑んで、動揺する俺を見て楽しんでいる様子だった。
 今日の凛はちょっと意地悪だ。
 もしかすると、俺の言った事は信じているのかもしれないが、俺のした事(玲華の口車に乗せられて家にまんまと行ってしまった事)に関しては根に持っているのかもしれない。いや、怒って当然か。むしろ、もっと怒ってくれた方が楽かもしれない。謝り倒すから。

「でも、本当にはしないと思うよ。寸止めとか、角度ずらして、とか。まだ玲華も高校生だしね」
「玲華ってそういうの気にしなさそうだけどな」

 言うと、凛は溜息を吐いた。

「翔くんってさ、やっぱり肝心なとこでデリカシーないよね。女心わかってないって言うか」

 なんだか知らないけど、かなり呆れられている。
 昨日に引き続きデリカシーがないと言われて、ちょっとショックだ。

「え? 俺、何か変なこと言った?」
「さあ?」

 不機嫌なときの玲華の口調を真似て言う。
 それでも、俺の腕は彼女にしっかりとホールドされているので、安心する。

「今のすげー似てた」
「これでも女優ですから♪ 明後日からだけど」

 そして、2人で笑い合う。
 いつものように、2人だけの会話。2人だけの世界。
 でも、それはすごく明るくて、こんな会話ですら楽しい。
 それは、きっと凛が前向きに、逃亡者をやめたから。
 そして、それは凛だけじゃなくて⋯⋯俺ももうやめようと、前向きになっているから。
 凛がいれば、俺だって乗り越えられる。
 一人で乗り越えられなかったなら、二人で乗り越えてしまえばいい。
 凛の家につくまで、会話が途切れることはなかった。

「翔くん」

 家の前まで送って行ってそのまま踵を返した時、名前を呼び留められた。

「ん? って、うわ」

 振り返ると、いきなり凛が飛びついてきた。
 首根っこを抱え込んで、ぎゅーっと抱き締めてくる。

「なんだよ、どうした?」
「補給中」
「なんのだよ」
「なにって、翔くんを」

 補給ってなんだよ、と思いながらも、凛のいい匂いと暖かさにつ包まれていると、俺もなんだか色々補給された気持ちになってくるから不思議だ。
 でも、足りない。
 もっともっと、欲しい。
 そう思って、俺も彼女の細い身体をぎゅっと抱き締める。
 こうして抱き締め合っているのに、補給された気持ちになっているのに、一向に満たされる気配がない。
 もしかすると、凛も同じ気持ちなのかもしれない。
 そう思うと、嬉しくて。昨日散々したはずなのに、また凛が欲しくなる。
 凛も同じ気持ちだったのか、少しだけ体を離して、その綺麗な瞳で俺を覗き込んでいる。そして、お互いに瞳を閉じて⋯⋯そっと唇を合わせた。
 彼女の体温が唇を伝って、俺の中に入ってくる。それが嬉しくて、もっと欲しくなる。
 そう思って舌を入れようとした時⋯⋯

「今日はだーめ♪」

 悪戯そうに笑って、俺をとんと押し返すのだった。
 待て、を食らった俺は、不満げに彼女を見つめた。

「だってさ、これ以上ドキドキさせられたら、セリフ覚えられなくなっちゃう」

 そう言って、はにかむのだった。
 そんな風に言われてしまえば、これ以上俺はわがままを言えない。
 だから⋯⋯ちょっとだけ強引に抱き寄せて、もう一度だけキスをした。怒られるかと思っていたが⋯⋯その予測は外れて、俺の腰あたりをぎゅっと抱き締めて、何かを補給するように、口づけを続けた。1秒でも長く繋がっていたいという気持ちは、一緒だったみたいだ。
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