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第1章 雨宮凛
束の間の幸福感
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それから凛との新しい時間が始まった。
毎朝一緒に登校して、お昼を食べて、一緒に下校して……帰りに寄り道して遊んだり、テスト期間は夜まで一緒に勉強して。
何も特別な事なんてありもしない日常。きっと、普通の高校生の男女が交際していれば、誰でも経験してそうな日常。
しかし、そこには凛が望んだ学生生活があった。そして、特別な事は何もないけれど、凛が横にいるというのは、それだけで毎日が特別なものになっていた。
彼女がそばにいて、一緒の時を過ごせるというのは、それだけで俺は幸せだったのだ。
こういった幸せを、俺は玲華と付き合っていた時に感じていただろうかと問われれば、得ていなかったのかもしれない。彼女と一緒にいると、俺は無駄に気を張っていたし、いつ無理難題を言われるかわからなくて、いつも緊張感を持っていたのだと思う。あとは、機嫌を損ねないように気遣っていたのもある。
凛と一緒にいると、気持ちがとにかく和むのだ。変に気を遣う必要もなければ、無理難題をいきなり言われる事もない。
ただ穏やかな日常と、その日常の中にちょっとしたドキドキがあって、それが何よりも幸せなのだった。
それは、きっとただ彼女が可愛いとか、綺麗だとか、そういうのではなくて……同じ傷を共有していたからなのだと思う。
お互いの挫折の本当の理由を知っているのは、俺達しかいない。俺達以外に、この挫折感はきっと理解できない。俺達だけが共有している挫折感。だから、俺達は、相手の心を思いやる事ができるのだ。
互いが互いを思いやれる関係は、とても心地が良い。お互いが自然体でいても、楽なのだから。
愛梨は、あの色んな事がありすぎた初デートの翌日、俺達を一目見て関係を悟ったらしい。朝から「よぉ色男」といきなりニヤニヤして耳元で言ってきやがった。
「お前らが付き合う事なんて、傍から見てれば判り切ってた事なんだよ、バーカ」
愛梨は可愛げもなく、そう言った。
彼女からすれば、俺たちは最初から相思相愛だったことが見え見えだったらしく、何らかのアクションを凛が起こせば付き合う事が分かっていたらしい。
ただ、俺たちの過去にどんな共通点があって、凛にどんな隠し事があったかについては、愛梨には話していない。
玲華の事まで愛梨に話す必要はないし、きっと凛にとっても、玲華への敗北を友達に知られたくないと思ったからだ。それに、わざわざ俺と玲華の事まで話さなくてはいけなくなる。そこまで愛梨に報告する必要もないだろう。
俺達が付き合っているという事実さえ伝えておけば、それで良いと判断した。
報告と言えば、純哉にも、自転車を返しに行くついでに、ちゃんと凛と付き合っている旨を伝えた。事情を全く説明していない状態で放置してしまったし、話しておく義務があると思ったからだ。
結果、一発だけ腹を殴られた。
だが、それだけだった。殴った後は笑って「凜ちゃんの事任せたぞ。幸せにしろよ」と言ってくれた。
それから後は、いつも通りだった。内心では俺に腹を立てていたかもしれないし、悔しかっただろう。しかし、純哉はそれを全く表に出さず、普段通り馬鹿をやってみせてくれるのだ。俺は、本当に良い友人を持ったと思えた。
ただ、すべてが穏便に運んだわけではなかった。
マネージャーの田中の言った通り、一部のマイナーな週刊誌では、RINが編入先の高校生と早速交際という見出しで、小さな記事が書かれていたのだ。
俺が一般人という事もあり詳細は省かれていたが、凛が俺と手を繋いでいた写真は掲載されており、見事我が半身は雑誌デビューを飾った(後ろ姿だったので顔は写っていなかった)。
その雑誌の所為もあって俺と凛の交際は瞬く間に町中に知れ渡ったが、世間を揺るがす程とはならなかった。せいぜいクラスでからかわれたり、教師からチクチク文句を言われり、商店街でヒソヒソ話をされたり……その程度だ。
ご近所から知らされて雑誌を購入した親がさっさとうちに連れてこいと鼻息荒くしていたが、それだけは少し面倒臭かった。
そう、それだけだ。
マネージャーの田中が言っていたほど、大事にすらならなかったのだ。
これの意味するところは、もうかの有名女子高生モデル・RINは、芸能界では過去の人となりつつあった、という事だ。もう夏の終わりに世間を騒がせた引退劇を覚えている人は少ない。
日々新しい情報が行き交い、日々新しいニュースが飛び出す。そんな最中、いつまでもティーンエージャーのモデルの引退劇を追いかけ続ける人もいなかった。
それについて凛がどう思っているかは知らない。凛とはそういった話を全く話さなかったからだ。
ただ、周りには誰にも俺達の邪魔はさせなかったし、部外者も入らせなかった。俺達さえ幸せなら、誰から何と言われても平気だった。
最初は社交的だった凛も、いつしか俺や純哉、愛梨としか過ごさなくなっていた。理由はおそらく、俺が純哉と愛梨としか過ごしていないからだろう。
勿論、無碍にクラスメイト達を拒否していなかった。ここでも、俺は凛の社会性とコミュニケーション能力の高さに驚かされたのだ。
彼女は、それとなく会話を終わらせて、俺達の方に混じっていた。相手に不快感を与えるでもなく、不自然でもなく、自然と会話を終わらせて、すっと気付けば俺達の会話に混じっている。そのあまりの自然っぷりに、俺は内心感服したものだ。
彼女は今まで俺と過ごせなかった時間までカバーする様に、出来る限り俺と過ごす様にしていた。そして、俺もそれを心地よく感じていた。
一緒に居て心が和む──これが幸福感である事を、俺は凛に教えられた。
毎朝一緒に登校して、お昼を食べて、一緒に下校して……帰りに寄り道して遊んだり、テスト期間は夜まで一緒に勉強して。
何も特別な事なんてありもしない日常。きっと、普通の高校生の男女が交際していれば、誰でも経験してそうな日常。
しかし、そこには凛が望んだ学生生活があった。そして、特別な事は何もないけれど、凛が横にいるというのは、それだけで毎日が特別なものになっていた。
彼女がそばにいて、一緒の時を過ごせるというのは、それだけで俺は幸せだったのだ。
こういった幸せを、俺は玲華と付き合っていた時に感じていただろうかと問われれば、得ていなかったのかもしれない。彼女と一緒にいると、俺は無駄に気を張っていたし、いつ無理難題を言われるかわからなくて、いつも緊張感を持っていたのだと思う。あとは、機嫌を損ねないように気遣っていたのもある。
凛と一緒にいると、気持ちがとにかく和むのだ。変に気を遣う必要もなければ、無理難題をいきなり言われる事もない。
ただ穏やかな日常と、その日常の中にちょっとしたドキドキがあって、それが何よりも幸せなのだった。
それは、きっとただ彼女が可愛いとか、綺麗だとか、そういうのではなくて……同じ傷を共有していたからなのだと思う。
お互いの挫折の本当の理由を知っているのは、俺達しかいない。俺達以外に、この挫折感はきっと理解できない。俺達だけが共有している挫折感。だから、俺達は、相手の心を思いやる事ができるのだ。
互いが互いを思いやれる関係は、とても心地が良い。お互いが自然体でいても、楽なのだから。
愛梨は、あの色んな事がありすぎた初デートの翌日、俺達を一目見て関係を悟ったらしい。朝から「よぉ色男」といきなりニヤニヤして耳元で言ってきやがった。
「お前らが付き合う事なんて、傍から見てれば判り切ってた事なんだよ、バーカ」
愛梨は可愛げもなく、そう言った。
彼女からすれば、俺たちは最初から相思相愛だったことが見え見えだったらしく、何らかのアクションを凛が起こせば付き合う事が分かっていたらしい。
ただ、俺たちの過去にどんな共通点があって、凛にどんな隠し事があったかについては、愛梨には話していない。
玲華の事まで愛梨に話す必要はないし、きっと凛にとっても、玲華への敗北を友達に知られたくないと思ったからだ。それに、わざわざ俺と玲華の事まで話さなくてはいけなくなる。そこまで愛梨に報告する必要もないだろう。
俺達が付き合っているという事実さえ伝えておけば、それで良いと判断した。
報告と言えば、純哉にも、自転車を返しに行くついでに、ちゃんと凛と付き合っている旨を伝えた。事情を全く説明していない状態で放置してしまったし、話しておく義務があると思ったからだ。
結果、一発だけ腹を殴られた。
だが、それだけだった。殴った後は笑って「凜ちゃんの事任せたぞ。幸せにしろよ」と言ってくれた。
それから後は、いつも通りだった。内心では俺に腹を立てていたかもしれないし、悔しかっただろう。しかし、純哉はそれを全く表に出さず、普段通り馬鹿をやってみせてくれるのだ。俺は、本当に良い友人を持ったと思えた。
ただ、すべてが穏便に運んだわけではなかった。
マネージャーの田中の言った通り、一部のマイナーな週刊誌では、RINが編入先の高校生と早速交際という見出しで、小さな記事が書かれていたのだ。
俺が一般人という事もあり詳細は省かれていたが、凛が俺と手を繋いでいた写真は掲載されており、見事我が半身は雑誌デビューを飾った(後ろ姿だったので顔は写っていなかった)。
その雑誌の所為もあって俺と凛の交際は瞬く間に町中に知れ渡ったが、世間を揺るがす程とはならなかった。せいぜいクラスでからかわれたり、教師からチクチク文句を言われり、商店街でヒソヒソ話をされたり……その程度だ。
ご近所から知らされて雑誌を購入した親がさっさとうちに連れてこいと鼻息荒くしていたが、それだけは少し面倒臭かった。
そう、それだけだ。
マネージャーの田中が言っていたほど、大事にすらならなかったのだ。
これの意味するところは、もうかの有名女子高生モデル・RINは、芸能界では過去の人となりつつあった、という事だ。もう夏の終わりに世間を騒がせた引退劇を覚えている人は少ない。
日々新しい情報が行き交い、日々新しいニュースが飛び出す。そんな最中、いつまでもティーンエージャーのモデルの引退劇を追いかけ続ける人もいなかった。
それについて凛がどう思っているかは知らない。凛とはそういった話を全く話さなかったからだ。
ただ、周りには誰にも俺達の邪魔はさせなかったし、部外者も入らせなかった。俺達さえ幸せなら、誰から何と言われても平気だった。
最初は社交的だった凛も、いつしか俺や純哉、愛梨としか過ごさなくなっていた。理由はおそらく、俺が純哉と愛梨としか過ごしていないからだろう。
勿論、無碍にクラスメイト達を拒否していなかった。ここでも、俺は凛の社会性とコミュニケーション能力の高さに驚かされたのだ。
彼女は、それとなく会話を終わらせて、俺達の方に混じっていた。相手に不快感を与えるでもなく、不自然でもなく、自然と会話を終わらせて、すっと気付けば俺達の会話に混じっている。そのあまりの自然っぷりに、俺は内心感服したものだ。
彼女は今まで俺と過ごせなかった時間までカバーする様に、出来る限り俺と過ごす様にしていた。そして、俺もそれを心地よく感じていた。
一緒に居て心が和む──これが幸福感である事を、俺は凛に教えられた。
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