想い出と君の狭間で

九条蓮@㊗再重版㊗書籍発売中

文字の大きさ
60 / 192
第1章 雨宮凛

束の間の幸福感

しおりを挟む
 それから凛との新しい時間が始まった。
 毎朝一緒に登校して、お昼を食べて、一緒に下校して……帰りに寄り道して遊んだり、テスト期間は夜まで一緒に勉強して。
 何も特別な事なんてありもしない日常。きっと、普通の高校生の男女が交際していれば、誰でも経験してそうな日常。
 しかし、そこには凛が望んだ学生生活があった。そして、特別な事は何もないけれど、凛が横にいるというのは、それだけで毎日が特別なものになっていた。
 彼女がそばにいて、一緒の時を過ごせるというのは、それだけで俺は幸せだったのだ。
 こういった幸せを、俺は玲華と付き合っていた時に感じていただろうかと問われれば、得ていなかったのかもしれない。彼女と一緒にいると、俺は無駄に気を張っていたし、いつ無理難題を言われるかわからなくて、いつも緊張感を持っていたのだと思う。あとは、機嫌を損ねないように気遣っていたのもある。
 凛と一緒にいると、気持ちがとにかく和むのだ。変に気を遣う必要もなければ、無理難題をいきなり言われる事もない。
 ただ穏やかな日常と、その日常の中にちょっとしたドキドキがあって、それが何よりも幸せなのだった。
 それは、きっとただ彼女が可愛いとか、綺麗だとか、そういうのではなくて……同じ傷を共有していたからなのだと思う。
 お互いの挫折の本当の理由を知っているのは、俺達しかいない。俺達以外に、この挫折感はきっと理解できない。俺達だけが共有している挫折感。だから、俺達は、相手の心を思いやる事ができるのだ。
 互いが互いを思いやれる関係は、とても心地が良い。お互いが自然体でいても、楽なのだから。
 愛梨は、あの色んな事がありすぎた初デートの翌日、俺達を一目見て関係を悟ったらしい。朝から「よぉ色男」といきなりニヤニヤして耳元で言ってきやがった。

「お前らが付き合う事なんて、傍から見てれば判り切ってた事なんだよ、バーカ」

 愛梨は可愛げもなく、そう言った。
 彼女からすれば、俺たちは最初から相思相愛だったことが見え見えだったらしく、何らかのアクションを凛が起こせば付き合う事が分かっていたらしい。
 ただ、俺たちの過去にどんな共通点があって、凛にどんな隠し事があったかについては、愛梨には話していない。
 玲華の事まで愛梨に話す必要はないし、きっと凛にとっても、玲華への敗北を友達に知られたくないと思ったからだ。それに、わざわざ俺と玲華の事まで話さなくてはいけなくなる。そこまで愛梨に報告する必要もないだろう。
 俺達が付き合っているという事実さえ伝えておけば、それで良いと判断した。
 報告と言えば、純哉にも、自転車を返しに行くついでに、ちゃんと凛と付き合っている旨を伝えた。事情を全く説明していない状態で放置してしまったし、話しておく義務があると思ったからだ。
 結果、一発だけ腹を殴られた。
 だが、それだけだった。殴った後は笑って「凜ちゃんの事任せたぞ。幸せにしろよ」と言ってくれた。
 それから後は、いつも通りだった。内心では俺に腹を立てていたかもしれないし、悔しかっただろう。しかし、純哉はそれを全く表に出さず、普段通り馬鹿をやってみせてくれるのだ。俺は、本当に良い友人を持ったと思えた。
 ただ、すべてが穏便に運んだわけではなかった。
 マネージャーの田中の言った通り、一部のマイナーな週刊誌では、RINが編入先の高校生と早速交際という見出しで、小さな記事が書かれていたのだ。
 俺が一般人という事もあり詳細は省かれていたが、凛が俺と手を繋いでいた写真は掲載されており、見事我が半身は雑誌デビューを飾った(後ろ姿だったので顔は写っていなかった)。
 その雑誌の所為もあって俺と凛の交際は瞬く間に町中に知れ渡ったが、世間を揺るがす程とはならなかった。せいぜいクラスでからかわれたり、教師からチクチク文句を言われり、商店街でヒソヒソ話をされたり……その程度だ。
 ご近所から知らされて雑誌を購入した親がさっさとうちに連れてこいと鼻息荒くしていたが、それだけは少し面倒臭かった。
 そう、それだけだ。
 マネージャーの田中が言っていたほど、大事にすらならなかったのだ。
 これの意味するところは、もうかの有名女子高生モデル・RINは、芸能界では過去の人となりつつあった、という事だ。もう夏の終わりに世間を騒がせた引退劇を覚えている人は少ない。
 日々新しい情報が行き交い、日々新しいニュースが飛び出す。そんな最中、いつまでもティーンエージャーのモデルの引退劇を追いかけ続ける人もいなかった。
 それについて凛がどう思っているかは知らない。凛とはそういった話を全く話さなかったからだ。
 ただ、周りには誰にも俺達の邪魔はさせなかったし、部外者も入らせなかった。俺達さえ幸せなら、誰から何と言われても平気だった。
 最初は社交的だった凛も、いつしか俺や純哉、愛梨としか過ごさなくなっていた。理由はおそらく、俺が純哉と愛梨としか過ごしていないからだろう。
 勿論、無碍にクラスメイト達を拒否していなかった。ここでも、俺は凛の社会性とコミュニケーション能力の高さに驚かされたのだ。
 彼女は、それとなく会話を終わらせて、俺達の方に混じっていた。相手に不快感を与えるでもなく、不自然でもなく、自然と会話を終わらせて、すっと気付けば俺達の会話に混じっている。そのあまりの自然っぷりに、俺は内心感服したものだ。
 彼女は今まで俺と過ごせなかった時間までカバーする様に、出来る限り俺と過ごす様にしていた。そして、俺もそれを心地よく感じていた。
 一緒に居て心が和む──これが幸福感である事を、俺は凛に教えられた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

処理中です...