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006 賭け
しおりを挟む鉄の扉にある郵便受けのフタをそっと開け、中の様子をうかがう。
あの白い腕の姿はどこにも見当たらない。
自分の考えがまちがっていたのだろうか……。
あきらめてフタを閉じようとした時、それは起きた。
何ら前触れもなく、唐突に下からあらわれた指先が、ガッと郵便受けの縁にかかる。
あまりにことにおどろいて、ボクはのけぞった。
ひょうしにバネ仕掛けとおぼしきフタがパタンと閉じる。
これに挟まれるかっこうになった白い指先。第二関節付近まで外へと出ていた人差し指と中指が苦しそうにもがく。
じきに動きが緩慢となりぐったりしてきたところで、ボクははっとして郵便受けに張りつくと、すぐさまフタを押し開けた。
郵便受けの奥から静々と這い出してきたのは、白い左腕。
肘から先の部分しかなく、整えられた指先の爪までもが白い。
指は細くしなやかにて、手の形状からして女性のもの。
大きさからして幼女と少女の中間ぐらいであろうか。
とても華奢だ。
ただし人間のものではない。
それは人形の腕であった。
◇
鉄の扉の部屋から抜け出すことに成功した白い腕は、こちらに敵意を向けることもなく、ただ周囲をもぞもぞとするばかり。
実際に対峙していみると、いっそう小さく感じられる。その気になったらたやすく踏みつぶせそうだ。
ゆえにボクの中からは、とっくにこいつへの恐怖心は失せている。
白い腕は、五指を駆使して、まるで意思があるかのごとく動く。
なぜ腕のみの存在が動くのか?
原理も理屈も理由もわからない。
もっともここはすべてがそんな調子なので、いまさらひとつぐらい怪異が増えたところで、どうということもない。
「いっしょに来るか?」
声をかけると、カサコソこちらに近づいてきた白い腕。器用にズボンをよじのぼりはじめ、腰のあたりで背中へと回ったとおもったら、そのままのぼり続けて、ついには肩までやってきた。
ボクの左肩に自身の手首をかけるようにして落ちついた白い腕。
そこを自分の定位置に決めたようだ。
結果として、ボクははじめての賭けに勝ったらしい。
奇妙な道連れができたところで、いったん自室へと戻る。
そろそろヤツが徘徊してくる頃合いだから。
◇
ぎぃいぃぃぃぃ……。
すっかり馴染みとなった音だがちっとも慣れない、影法師が金棒をひきずる音。
ボクは部屋の隅にて、いつものごとくやり過ごす。
左肩に乗っている白い腕もまた、ピタリと動きを止めていた。彼女もまたあの影法師を警戒しているというボクの予想は的中したらしい。
ぎぎぎぃいぃぃぃぃぃ……。
部屋の前へとくるほどに大きくなる音。
何度耳にしても心臓が縮みあがる。肝が冷える。
けれどもいつもほどは体が震えない。肩にいる存在のおかげだろうか。
冷たく固いばかりの白い腕だが、それでも独りよりかはずっと心強い。心理的負担が明らかに軽減されている。それはこの場所で過ごすようになってから、訪れた数少ないプラスな要因。
あいかわらず影法師は怖い。
しかし恐怖のあまりすくんでは、微動だにできなかったことからすれば、かなりの進展といえよう。
そしてこの場所からの脱出を目指すのならば、克服すべきことでもある。
廊下の先が、扉一枚を挟んだ向こう側がとてつもなく遠い。
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