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046 乙女の願い、シロネコ、一石四鳥

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「本当にあれでよかったのかい?」

 首輪に化けている生駒から問われてわたしはコクリ、ネコ頭を上下させる。
 ここはすっかりお馴染みになった紅葉路。
 現在は用件をすませて出先からの帰るところである。
 ついさっきまでわたしたちは白石沙耶さんのところにいた。
 目的は願い石を渡すこと。
 三つのお仕事をこなして幸福値が貯まった願い石。
 お仕事を手伝った報酬として、なんでも一つだけわたしの願いをかなえてくれるという約束。
 当初はみんなの憧れであるキラキラ王子さま、霧山くんとラブラブに……。
 とかをぼんやり夢見ていたんだけど、やめた。
 理由は彼の内面や抱えている苦悩を色々と知っちゃったことと、自分の気持ちが勝手なイメージの上にちょこんとのっかった軽薄なものだと気がついたから。
 わたしのあれは愛や恋じゃない。ただの淡い羨望。
 ショーウインドーのマネキンに飾られたかっこいい服を、ガラス越しに「いいなぁ」と眺めているようなもの。いざ、手に入ったとて着こなせずにきっと持て余すのがオチだろう。

 三つのお仕事。
 最初のお仕事を通じて、薮田敏樹くんと愛猫まりもの絆の深さを知り、想いのすごさ、愛情というものの意味を、その本質を、わたしはおぼろげながらにも学ぶことができた。
 二番目のお仕事。
 渡辺和久、柴咲隆、仁科由香里ら三人の四十年来の鬼がらみの古えにし。
 ほんの些細なことが、時に大切なえにしを断ち、複雑にからませ、本来ならば満ち足りたであろう時間を歪め消失し、ついには自分ではどうしようもなくなって数多の後悔を産むことがある。
 それを抱えて生きていくことのつらさ、切なさを、わたしは垣間見た。
 そして知った。
 大人たちはみんな、大なり小なり似たようなしこりを持っていることも。
 最後のお仕事。
 事故で目が不自由になった白石沙耶さん。彼女の心の支えであった鈴の人こと伊藤高志を見つけ出して会わせるというもの。
 手がかりは鈴の音だけ。
 か細い手がかりを探っていけば、山村でのキナ臭い因縁話にぶち当たり、人間の業の数々を見ることになったり、やさしい人ばかりが損をして傷ついている現実をまのあたりにする。
 ぶっちゃけ人間が怖くなった。
 悪辣な行動をヒドイと非難するのは簡単だ。
 けれども、もしも自分だって立場がちがえばどうなるかわからない。どちら側に立つかわからない。
 そう考えると体の芯がサーッと冷たくなってくる。
 でも、世の中そう捨てたものじゃない。
 そんなイヤなことだらけの泥の中でも、懸命にがんばって花を咲かせようとしている人たちがいる。

 たくさんの想いがあった。
 たくさんのえにしに触れた。
 結んで、切って、ほどいて、つないで、笑って、泣いて……。
 人の数だけえにしがある。
 ううん、そうじゃない。
 きっとすべてだ。
 この世に存在するありとあらゆるもの、すべてのものの数だけえにしはある。
 そればかりか過去と現在、そして未来にも、えにしはつむがれてゆく。
 わたしが目にしたものなんて、膨大なえにしの中のほんの一部にしかすぎない。
 それでもすごかった。
 すごくてすばらしかった。
 みんなキラキラしていた。
 みんなみんなステキだった。
 だからこそわたしは思った。
 強く、強く、こう思ったんだ。

「ズルをして望みどおりのえにしを手に入れても、きっとわたしは心の底からよろこべない、笑えない」

 ゆえにわたしは願い石にてこう願った。

「どうか沙耶さんの目が治りますように」と。

 だって、やっぱり物語はハッピーエンドじゃないとね。

  ◇

 いつきても紅葉路は夜。
 稲荷総会のお仕事もすんだことだし、ここを歩くのもこれで最後になるのかな。
 たまさか家の近所にあった石の祠を拝んだら、三尾の灰色子ギツネの生駒から相棒に任命されて、西へ東へと奔走する忙しい日々がはじまった。
 いろいろたいへんだったけど、終わってみればなんだかんだで楽しかったかも。
 別れの予感と重なって、いつしか口数も減りがちに。
 そんな時のことである。
 わたしたちは雪色をしたネコとすれちがった。
 これまでに見たどのシロネコよりも、うつくしい白。白銀や新雪とか、そんな表現を用いるのがかえって失礼なほどにキレイな子だった。
 向こうから軽く会釈をされたもので、わたしもあわてて会釈を返す。
 こんなことは紅葉路を使うようになってからはじめてのこと。
 おかげでわたしはすっかりドギマギしてしまう。
 ふり返ったときには、すでに雪色のネコの姿はどこにもなかった。

「びっくりしたー。ねえ、生駒、いまのは?」
「あー、あれは結と同じだよ。稲荷総会の手伝いをしている子さ」
「えっ! わたし以外にもいたの」
「そりゃそうさ。なにせ人の数だけ願い事があるからねえ。稲荷総会にて厳選してもかなりの量になる。そいつをすべてさばくのはたいへんだからこそ、相棒なんてシロモノを導入しているのさ」

 稲荷総会としては抱えている大量の仕事が片づき、なおかつ労動力と人界の協力者の確保、および手間賃として願いを一つかなえることで、近い将来発生するであろう新たなお悩みごとを先まわりして解消するという狙いがある。
 一石二鳥どころか三鳥も四鳥をも目論んでいると聞かされて、わたしはあきれた。
 そんなわたしに生駒が告げる。

「でもってお仕事は終わったけど、あたいはもうしばらく居候させてもらうよ。なにせ物語の結末をちゃんと見届けないといけないからねえ」
「物語の結末?」
「そうだよ。奈佐原結という少女の、ね」

 ふっと微笑んだ生駒。
 いつになくやさしい声音に、わたしの胸の奥がトクンと小さく跳ねた。


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