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045 向日葵、百日草、桜桃
しおりを挟む生駒に「居眠りするなよ」とクギを刺されていたというのに、わたしはがっつり授業中にスヤスヤ。
するとしっかりヨーコ先生に見つかって「ダメですよぉ、奈佐原さん」とやんわり叱られ、授業中の教室を爆笑させた。
ちょうど国語の授業にて、黒板に書かれてあったのは『穴があったら入りたい』とのことわざ。
まさしくいまの心情をあらわしている。
わたしは真っ赤になって縮こまるばかり。
◇
ひょっこり戻ってきた生駒がわたしと合流したのは、給食を食べ終わる頃。
最後の楽しみにとっておいたサクランボをパクリとされて、わたしは「なーっ!」
もごもご口を動かしながら「おっ、こいつは当たりだね。甘い甘い」と喜色を浮かべる三尾の灰色子ギツネ、ぷっぷっとタネをはきだす。
それをうらめしげににらみつつ、わたしはたずねた。
「……で、どうなったの?」
「ひと言でいえば、おさまるところにおさまった、かな。えにしはきちんとつむがれた。詳しいところを話してやるから、ちょいと場所を移そうか」
生駒にうながされ、わたしたちが向かったのは校庭にある花壇のところ。
昼休憩中のグランドはにぎやかだが、この一画はひっそりしている。こそこそ話をするのに最適なのである。
ここでは各学年のクラスごとに割り振られた場所に、花やら野菜やらを好きに植えていいことになっている。でもそのせいで統一感がまるでない。
ちなみにうちの五年二組では定番のヒマワリを植えている。
夏といえばヒマワリ。いささか安直ながら、世話が楽なわりに派手に咲いて見映えもするから、これを植えているクラスは多い。
あとは黄にオレンジ、紫に白にピンクにと色とりどりの花を咲かせるジニアも人気だ。
和名で百日草と呼ばれるだけあって、とにかく開花期間が長い。これまたズブの素人にも育てやすく、そのくせポンポン景気よく咲き続ける。おかげで乙女たちが花占いと称して、いくらむしりとってもだいじょうぶ。
他にも変わり種ではネギを育てているところもある。
しかし花園にネギは微妙だ。そこだけ異空間。なかなかシュールな光景である。
あとはアロエの姿もちらほら。
「なぁ、結。あたいの気のせいかな? なんだか楽な方へ楽な方へと走っているような」
生駒からの指摘に、わたしはツイと目をそらす。
ついでに「沙耶さんと鈴の人はうまくいったの?」と話もそらした。
というかそちらが本題だもの。
「伊藤高志はいいつけを守ったよ。ちゃんと温室で白石沙耶に会った。
で、二人はいろいろ積もる話をして、彼女は勇気を出して手術を受けることに決めた」
詳しく説明するとか言っていたくせに、ずいぶんとあっさりざっくりである。
もっと感動的なやりとりがあったはずなのに。熱い抱擁とか、少女マンガばりに胸キュンな展開が。
わたしがそのことに不満をもらすと生駒が「へん」と鼻を鳴らした。
「結はバカだねえ。まとまった男と女の話をくどくどつつくのなんて、野暮天のするこったよ」
粋じゃないと一刀両断。ぐはっ。
そう切り捨てられては、こちらは何も言い返せなくなる。
でもたしかにその通りなのかもしれない。
だって二人の逢瀬の内容をあますことなく報告されても、かえって対応に困るもの。
初心な小学五年生であるお子ちゃまなわたしにはこの程度が丁度いい。
まぁ、生駒の口ぶりからして二人がうまくいったようでなによりである。がんばったかいがあったというもの。あとは沙耶さんの手術が成功すればハッピーエンド。
わたしがそう言うと「うーん」と生駒は眉間にシワを寄せる。
「それはそうなんだけどねえ。あの石頭のすっとこどっこいのこんこんちきめっ」
生駒が悪態をついている。かといって怒っているわけでもない。強めな口調には明らかにあきれの感情が混じっている。
理由は、その後の伊藤高志の行動にあった。
鈴の人として、迷える沙耶さんを後押しするという大役をきちんと果たした彼は、なんと! 彼女と別れたその足で最寄りの警察署へと自ら出頭したという。
たとえ巻き込まれて強要されていたとはいえ、悪事に加担していた以上はきちんと裁きを受けて罪を償わなければいけない。そう考えてのこと。
「そうしないと胸を張って、ふたたび彼女の前に立てないからだとさ。まったく、あのまま知らぬ存ぜぬを決め込んですっとぼけていればいいものを。どこまで底なしのお人好しなんだい、あの唐変木は」
ぶつぶつ文句を並べる生駒をわたしはなだめる。
「まあまあ、それがあの人のいいところなんだし」
そんな時のことである。
ふいに自分の胸元が熱くなって、わたしはたいそう驚く。
原因は首から下げていたお守り袋。中には願い石が入っている。
これは稲荷総会からまわされてくるお仕事を片付けるたびに幸福値が貯まって、三つのお仕事をやっつけたら、一つだけわたしの願いをかなえてくれるというシロモノ。
あわてて確認すると、願い石がより鮮明に青くなっていた。
仕事をこなすほどに色味が増すという話。最終的には夏の青空のようになるって聞いていたけど本当だった!
雲ひとつない青く晴れ渡った大空。
それはまさしく蒼天。
少々唐突ではあるが、どうやらついに満願成就のときがきたみたい。
そこでわたしが願ったのは……。
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