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047 お別れ会、宴会芸、二人の約束

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 夏休みまで残すところあと五日となった。
 そのタイミングで開催されたのが、お別れ会。
 今学期かぎりで転校する霧山くんのためのもの。
 班ごとに出し物を披露し、寄せ書きやら、花束やら、贈り物なんかを渡し、最後に霧山くんの「ありがとう」という挨拶でもって締め。
 ちなみにわたしの班は手品を披露した。
 とはいっても、がんばってくれたのは同じ班で親友でもある多恵ちゃん。
 ちょくちょく親族で集まる機会が多いという多恵ちゃんのところ。そのたびに宴会芸で酔っ払い相手に荒稼ぎをしているとふだんから豪語していたのだが、その実力をいかんなく発揮した。
 鮮やかな手並みにてカードを切り、いくつかのカードマジックにて場をしっかりあたためてからの、教室の机を使った浮遊マジックを披露。
 三つもの机を同時にフワフワさせたものだから、みな度肝を抜かれた。
 宴会芸の域を超えた本格的な出し物に、場がざわつく。
 稲荷の眷属でいろんな神通力が使えるはずの生駒ですらもが「おぉ!」と感嘆の声をあげるほど。
 なお多恵ちゃんがこうやってがんばってくれている間、わたしと他の班員たちが何をしていたのかというと、助手っぽいことをしたり、人間の壁となって隙あらば舞台裏をのぞこうとする無粋な男子どもを「しっしっ」と牽制するという任務についていた。
 それにしても気の毒だったのがわたしたちの次の班である。
 男子たちの班で内容はコント。
 しっかりと練習を積んできたであろうコントの出来はけっして悪くはなかった。
 けど、どうしたって直前のと比べられちゃうから……。

  ◇

 二次会は河川敷のグランドへと場所を移しての、サッカー大会。
 いつもはなんのかんのと女子を仲間に入れてくれない男子たち。
 しかし今日ばかりは「しょうがないなぁ」とまぜてくれるもので、いっしょになって元気よくボールを追いかけている。
 霧山くんはサッカーチームに所属していただけあって、さすがにボールさばきがウマい。
 転校した先でも続けるのかどうかはわからないって言ってたけど、このままやめてしまうのはちょっともったいない気がする。
 けど真田くんも負けてない。小さい体でじつによく動く。自分よりも大きな相手にタックルをされても、逆に相手の方がはじかれてポテンと倒れるとか。体幹が強いのかな?
 かとおもえば月野さんが男子相手に豪快にスライディングを決めて、ボールを奪取していた。
 いろいろ吹っ切れたのか、月野さんは雰囲気が少しかわったような気がする。
 なんていうか、ひと皮むけて美人がさらに美人になった。ときおり見せる素の笑顔がとってもチャーミング。同性のわたしですらもがドキリとしちゃうぐらいだから、異性の目から見たらとんでもない破壊力であろう。
 この分では近々のうちに月野愛理伝説の第二章が幕を開けそうである。
 そんな光景をわたしはコートの外からぼんやり眺めていた。
 二次会の参加は自由だったけど、ほとんどのクラスメイトたちが顔を出している。これなかった面々はどうしても外せない家の用事とかがあって、泣くなく不参加といった感じ。
 このことからも霧山くんの人気の高さがうかがえるというもの。
 丸橋小学校のキラキラ王子さま。ずっと本心を隠し仮面をかぶっていたからとて、それだけがすべてではなかったはずだと、わたしは信じたい。
 でないと、いま目の前にある景色があまりにも悲しすぎるから。

 いつのまにか隣にいた多恵ちゃんがしんみり。

「霧山くん、本当に遠くへいっちゃうんだねえ」
「……うん」

 彼は夏休みに入ったらすぐに引っ越す予定になっている。
 なにせお盆のシーズンに重なるとややこしいことになるから。
 わたしは経験したことがないけど、引っ越しってば相当にたいへんなことみたい。
 お母さんによると、こっちからあっちへと移動して「はい、おしまい」とはいかないそうな。
 ガス、水道、電気、郵便などの各種手配に、役所への届け出、ご近所への挨拶まわりに、友人知人らへのお知らせやら、とにかくやることがてんこ盛り。
 荷造りに始まり、荷ほどきが終わるまでには想像を絶する労力を必要とする。
 引っ越し業者によっては便利なおまかせパックとかもあるらしいけど、その分だけ料金は割高になる。引っ越し貧乏なんて言葉もあってとても出費がかさむそうな。そしてたとえサービスを利用したとて、結局のところ細々としたことは自分たちでやるハメになる。
 あげくに転居先にて新たな人間関係をいちから構築するという試練が待っている。
 家ごとの引っ越しともなれば、気軽な単身者の引っ越しとはわけがちがうのだ。
 うちのお母さんいわく、考えるだけで「頭がくらくらする」「ゾッとする」とのこと。
 この話題をわたしがお母さんとしていたとき、たまさかリビングにて新聞を広げていたお父さん、その肩や背中がビクビクって反応。新聞紙がクシャカサ鳴ってふるえていた。
 どうやら暗に「もしも転勤になったら単身赴任をしてよね」とお母さんからいわれているとかんちがいしたのかもしれない。

  ◇

 飛んで、跳ねて、転がって。
 あっちこっちとせわしなく動いていたサッカーボール。
 何かのはずみでこっちの方へと転々やってきた。
 わたしが拾いあげると、手を振りながら駆け寄ってきたのは霧山くん。

「ほいさっ」

 ヘンなかけ声にてわたしが投げたボール。
 華麗に胸で受け止めた霧山くんが、太腿やつま先で軽やかにリフティングをしながら「ありがとう、奈佐原さん」と爽やかな笑顔をみせる。
 が、彼はその際にこうも言った。

「あの約束、ちゃんと守ってよね」

 約束とはわたしが生駒の仕事を手伝ったおりに、霧山くんの母方の遠縁にあたる覆面作家である岬良こと渡辺和久の身辺をうろついていた件に関しての釈明。
 まえに「どういうこと?」と詰め寄られた際には「いずれちゃんと説明するから」と切り抜けたんだけど。どうやらこのままうやむやにはすませてくれそうにない。いろいろ忙しそうだし、どさくさにまぎれて忘れているのかと期待していたのに。ちぇっ。
 まぁ、いちおう準備は進めているんだけど、ちょいと手間取っているんだよねえ。
 なんぞとわたしが内心で頭を悩ませていたら、多恵ちゃんが興奮した様子にて「なに、なに、いまの意味深なやりとりは何なの? 二人だけの約束とか、きゃーっ!」とやかましい。えーい、暑いからあんまりじゃれつかないの。
 あー、今日もいい天気。
 でも見上げた先の空の青さがちょっとうとましい。


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