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其の三百六十五 牛頭馬頭、虫
しおりを挟む田んぼのあぜ道を疾駆する。
向かってきた屍蝋は田へと蹴落とし、先を急ぐ。
狙い通りにて、大半が燃える家の方へと引きつけられており、こちらはかなり手薄になっている。
銅鑼もいることだし、このままいっきに敵首魁の下へいける!
そう狐侍が考えた矢先のことであった。
雑木林へと立ち入ったところで、べきべきべき……。
生木が裂ける音がして一本の杉の木が倒れてきた。
木を掻き分けるようにして薙ぎ倒したのは巨大な影、ぬぅっとあらわれたのは牛頭の鬼のようなもの。大きい、長身である狐侍が見上げるほども背丈があり、手足が太く、胸板も厚い。巌然和尚をまんま大きくしたかのような体だ。
「ちっ、あんなもんまで用意していやがったのか。おおかた餓鬼玉の用心棒だろう。しゃーねえ、こいつはおれが引き受けてやるから、藤士郎はちゃっちゃと餓鬼玉を片付けてこい」
立ち塞がる牛頭に、銅鑼が跳びかかった。
豪腕を振るう牛頭の肩に食らいつき、黒銀虎がその身に爪を立てる。
巨漢の異形と猛獣との戦いは圧巻にて。
その脇を抜けて、狐侍は先を急ぐ。
だがある程度進んだところで――。
「牛頭とくれば、やっぱり対となるのがいたか……だろうと思ったよ」
狐侍の行く手を阻んだのは馬頭の鬼のようなもの。
牛頭馬頭(ごずめず)といえば、地獄の獄卒として有名である。
とはいえ、この地でまみえたそれらはおそらく本物ではない。
もしも地獄から彼らが現世に抜け出していたら、あちらで官吏を勤めている父平蔵が何か言ってくるはずだから。
馬頭がその辺に落ちていた倒木を手にしては、ぶん回してくる。
力任せの攻撃だが、その膂力が人外の域にてまるで暴風のごとし。
狐侍が盾にしようとした周囲の木々をも薙ぎ倒し暴れる。
あんなものをまともに食らったら、人の身に過ぎない狐侍はたちまちひしゃげて死んでしまう。
だから、ひたすらかわす、かわす、かわす。
そして隙をついて接敵しては、狐侍の小太刀が閃く。
狙ったのは左足の膝裏だ。膝の皿の骨の裏に切っ先をねじ込み、関節に沿うようにして刃を走らせる。
ぶつんとした手応え。
足の筋を斬ったことにより、膝から下が言うことを聞かなくなる。
加えて倒木片手に大振りをしたことにより、踏ん張れなくなった馬頭の腰ががくりと落ちて、体が大きく斜めに傾いだ。
それを横目に狐侍は走り出す。
もしも馬頭が屍蝋と同類だとすれば、たとえ首を落としたとて動き続ける。
そんな面倒臭い奴の相手なんぞ、まともにはしていられない。
だから狐侍はいっきに駆け抜けようとした。
けれどもそこに新手が降ってきたもので、抜けられない!
やたらと手足が長い屍蝋であった。
何やら虫っぽいとおもったら、それもそのはず。手が四本にて足の分と合わせる計六本もあった。
見た目だけでなく動きもまた虫っぽい。
ぴょんと跳躍すれば軽々と馬頭の頭をも越え、木に張り付いては、しゅたしゅた枝や木肌を足場にして、自在に動く。
馬頭やこれまで出会った屍蝋とは明らかに異なる機敏さを持つ個体……おそらくは餓鬼玉が迫る外敵を迎撃すべく送り出した刺客!
二対一の戦いは避けなければならない。
狐侍の決断は早かった。すかさず道をそれて脇の繁みへと飛び込む。
馬頭は片足を痛めているので追ってこれないので、ここへ置いていく。
そして追ってくるであろう新手の屍蝋を引きつけることて、各個撃破する。
案の定、手足の長い屍蝋が木の上を渡って追ってきた。
だが想定以上にその動きが速い!
長い手をぐんとのばしては、枝を掴み、ひょいと空中を移動する。ときに飛蝗のように跳躍しては、いっきに距離を詰めてくる。
先行する狐侍と追う屍蝋、狐侍が出足で稼いだ分はあっという間に失われた。
敵からたえず見下ろされる格好となった。ほぼ頭上をとられているようなもの。こうなると予断を許さない。
「林の中じゃ駄目だ。どこか開けた場所にでないと……」
足を止めることなく後方の上空に注意しつつ、素早く視線を動かしては、優位に戦える場所を探す。
だがそう都合よくいい場所が見つかるわけもなく、狐侍はおおいに焦る。
不意に背後から迫る圧を感じた。
狐侍はふり返り「げっ!」
いきなり丸太が飛んできた。馬頭の仕業だ。
とっさに頭から前に滑り込むことで、からくも丸太をかわした狐侍だが、そこへ屍蝋の長い魔の手が迫る。
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