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其の三百六十四 高跳び
しおりを挟む藁ぶき屋根の上から周囲を睥睨すると、村をとりまく状況の歪さがさらに浮き彫りとなった。
夜陰に垂れ込める霧なのだが、おもいのほかに高さがない。重たい性質なのか、それこそ濃いのは家々の軒先程度まで。それから上になるととたんに薄くなっている。だから屋根の上に登ってみると、眼下が雲海のように見える。
雲海の中では複数の蠢く気配がある。どれほどの数の屍蝋が放たれているのかはわからない。
取り立てて騒ぎが起きていないところを見るに、銅鑼と長七郎もまだ発見されていないのだろう。うまいこと隠れているようだ。
あの屍蝋とやらは、動きだけでなく鼻もかなり鈍い。不気味な見た目と挙動に惑わされることなく冷静に対処すれば、やり過ごせる。
ただしここは閉じた村だ。敵勢はひたすら増殖するから、一定数を超えれば逃げ場のないこちらは囲まれ押し潰される。
「まるで目隠しをして鬼ごっこをしているようなものだね。さてと、ではそろそろ始めるか」
しゃがんだ狐侍は手にした火打ち石にて、かちりかちり。
飛び散る火花たち。
ここのところ雨が降っていなかったらしく、よく乾いた藁屋根はたちまち白煙をあげながら焦げた匂いを漂わせ始めた。
◇
燃える屋根は闇夜の松明のようなもの。
火勢が強まるのに合わせて、周囲の雲海が波打ち動く。中にて蠢く屍蝋らがこちらへと向かっているのだ。
火により風の流れが生じる。
熱波が轟っと吹いては、霧が散らされ薄れた。
赤々とした灯りに照らされあらわとなったのは、家の周囲にひしめく屍蝋たちの姿である。すでに幾重にも囲まれている。
おもっていたよりも多い!
ざっと数えただけでもすでに百近くもいる。さらにぞろぞろと集まってくる。
これには狐侍も顔を引きつらせつつ……。
「これだけ派手に松明を焚けば、銅鑼たちにもきっと見えているはず。っと、そろそろこっちも逃げないと煙に巻かれてしまう」
というわけで、狐侍が手にしたのは青竹である。
民家の裏手に束にして置いてあったうちの中から一番長い物を拝借して、事前に屋根へと立て掛けておいた。竹はいろいろと使えるので、取っておくのは農家の知恵だ。かくいう九坂家でも家の裏の竹林から回収したものを取り置きしてある。
青竹を両手でしっかり握った狐侍が、勢いをつけては地面に向け竹を突き入れ、やにわに「えいっ」
屋根から飛び出し、その身が宙を舞う。
忍びなどがお堀や壁などを超える際に使う術を真似た。狐侍が空を駆ける。
押し寄せる屍蝋たちの頭上をひと息に越えて、辿り着いたのは通りを挟んだ向かい側の家の屋根である。
届くかどうか微妙な距離にて、実際には届かなかったけれども、あわやというところで青竹を手放しみずから跳んだことで、狐侍はどうにか到達できた。
ちらりと背後をふり返れば、屍蝋たちはまだ狐侍が燃え盛る家から逃げ出したことに気がついていない。
屋根伝いに狐侍は駆け出す。
目指すのは村の北部だ。
先ほど、上から屍蝋たちの動きを観察していたところ、個々の動きに明確な差が見受けられた。
餓鬼玉とやらから産み出された屍蝋と、それに噛まれて伝染して屍蝋に成り果てた者とでは、動きがまるで異なる。伝染者の方が明らかに動きが鈍い。それに見た目の肌艶が違った。餓鬼玉産の方が白さが勝っているようだ。
ゆえに餓鬼玉産とおぼしき個体が集まっている方角に、狐侍は狙いを定めた。
これを遡ればきっと親元に辿りつけるはず。
屍蝋たちの大半があちらに引きつけられている今が好機。
四軒ばかり屋根を渡ってから、狐侍はひらりと地上へと降り、なおも駆け続ける。
するといつのまにか並走する者があった。
銅鑼だ。本来の姿である有翼の黒銀虎となっている。
「銅鑼、長七郎殿は?」
「邪魔だから置いてきた。家の梁の上にしがみつかせてある。あそこでじっとしておれば連中に見つからんだろう。手を貸してやるから、この胸糞の悪いものをとっとと片付けるぞ」
銅鑼の助勢があれば百人力である。
狐侍はうなづく。その視線の先には雑木林があった。
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