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其の百六十九 土蔵の中
しおりを挟む狂骨が先手を打ってきた。
しかもまるで狙ったかのように、自分たちが滞在している村長の家にあらわれた。
「でもどうして……」
迎え討つべく急ぎ身支度を整える藤士郎。
「なに村の連中と同じよ。外からきた客がよほど珍しいのであろう。もしくは匂いに釣られたか」
巌然が口にした匂いとは自分たちのこと。
怪異にとっての敵にも等しい者たち。厭な匂いがする男たちが、いきなり狩り場にあらわれたらそりゃあ気になってもおかしくはない。
だが狂骨に標的とされたことにより、矛先が自分たちへと向けば村への被害は抑えられる。
かくしてこちらも、いざ出陣となったのだが、出がけに巌然が藤士郎に無茶を言う。
「なるべく折るな、斬るな、壊すな」
それすなわち上手く加減をしろということ。
理由は狂骨が払えば払うほどに怒りの念が重なって、より凝り固まって力を増し手に負えなくなっていく怪異だから。それは法力による調伏だけでなく、刀などの攻撃にも当てはまる。
折れた骨がさらに太く丈夫になるように、狂骨もまた強固かつ強大になっていく。
おもったよりも脆いからと調子にのれば、たちまち刃が通用しなくなる。強い力で薙ぎ払えばそれに応じて、いっきに脅威が跳ね上がる。
「銅鑼を連れてこなくてよかった」と藤士郎はぼそり。
九坂家の居候のでっぷり猫の銅鑼。その正体は伝説の大妖、四凶がひとつ窮奇(きゅうき)。いざともなればたちまち有翼の黒銀虎となり、圧倒的な力で敵を一蹴する。
何かと頼りになる相棒だが、こと狂骨が相手では相性が悪すぎる。
◇
巌然が家の者らに声をかけ土間へ集まるように指示する一方で、藤士郎は先に外へと。
とたんに夜風に混じって漂ってくる、なんともいえない臭いに顔をしかめた。
それは何かが焦げたような、それでいて濁った沼の水のようでもあり、夏の厠のようでもあり……。
続いて聞こえてきたのは、ざっ、ざっ、ざっという足音。
藤士郎が身構えていると、足音は家の敷居を囲う壁沿いに徘徊をし始めた。どうやら侵入口を探しているようだ。
御札が効いており守りに問題はない。
藤士郎は声を張り家の中にいる巌然にそのことを告げると、すぐに駆け出し向かったのは土蔵のところ。あの一画だけは狂骨を誘い込むために、わざと御札を貼っていない。
早や土蔵に到着した藤士郎。
それに遅れることほんのわずか。
あらわれたのは襤褸(ぼろ)をまとった骸骨。
「これが狂骨……」
いざ実物を目の前にして藤士郎ははっとなる。なぜなら骸骨が身につけている襤褸が、僧衣の朽ちた布きれのように見えたからだ。
けれどものんびり観察できたのはここまで。
いきなり躍りかかってくる狂骨。それまで足を引きずっていたのが嘘のように素早い。それはまるで獣じみた動き。
慌てて藤士郎は後方に跳び退ってこれを回避する。つい腰の小太刀を抜きそうになるも、先に巌然に言われたことを思い出し柄から手を離す。
かたかたかたかかた……。
狂骨が笑う。
まるで迂闊に手を出せないのを見透かし「やれるものならやってみろ」と言わんばかりに両腕を広げてみせる。
しかし藤士郎は挑発に乗らず。じりり、じりりと土蔵の方に近寄っていく。やがて開け放たれている扉を背負ったところで、ちらりとすれば物陰よりこちらの様子をうかがっている巌然と目が合った。
巌然がこくりと頷く。
だから藤士郎はあえてみずから土蔵の中という死地へと飛び込む。
それを追って狂骨も飛び込む。
が、狂骨が中へと入ったとたんにその前にあらわれたのは広げられた筵(むしろ)。やったのは藤士郎。先に土蔵に入ったところですぐさま入り口の脇へと身を潜め、後続がきたところで狂骨の視界を塞ぐ。
筵に突っ込むことになった狂骨は暴れて、これを取り除こうともがく。
それを横目に素早く外へと出た藤士郎。
間髪入れずに土蔵の扉が閉じられる。閉めたのは巌然。鍛え上げた筋肉が重たい扉をものともせず。
まんまと狂骨を土蔵に押し込めることを成功した藤士郎たち。
「やれ、うまくいった。これで今晩は無事にしのげる」
とは扉に封印を施しながらの巌然。だがそんな言葉とは裏腹に表情は険しいまま。
狂骨との戦いはまだ始まったばかり。
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