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其の百五十 泡銭(あぶくぜに)
しおりを挟む茶屋で連日に渡って続く八文損騒動。
困っているおみつを見かねて助太刀を申し出た藤士郎は、すぐさま動く。銅鑼を連れてさっそく乗り込んだ。
藤士郎は店を手伝いながら、銅鑼は軒先で看板猫のふりをしつつ、怪しい人物がいないか目を光らせる。
たとえひとりの目は誤魔化せても、ふたりと一匹の目はさすがに誤魔化せまい。
はずであったのだが……。
◇
茜色の空、かあかあと鴉が巣へと帰っていく。
最後の客を見送ってから、手早く店じまいをした茶屋の奥にて。
「ひの、ふの、みの、よぅ……。うぅ、やっぱり今日も八文足りない」
嘆くおみつ。
何度、銭を数え直してみてもやはり合わない。
念のために藤士郎も確認してみたけれども、きっかり八文損。
帳簿をつけつつ「はぁ」と嘆息しているおみつを尻目に、藤士郎は貰った残り物にかじりついている銅鑼にこそっと「どうだった?」と訊ねる。
銅鑼はかぶりを振った。
「とくに変なのは混じっていなかったぞ。みんな、中身は知らんが外見は真っ当な人間だった」
いかに化けるのが達者でも、さすがに大妖窮奇は欺けない。
その目を持ってしても怪しい者はいなかったということは、妖の仕業という線は早々に消えたということになる。
となれば人間の下手人がいることになるのだが、犯行の手口がとんとわからない。
藤士郎はせっせと店を手伝うかたわらで、裏から不審な者が忍び込んでこないかと目を配っていた。しかし誰も来なかった。なにより奥の厨房にはずっと老店主が詰めていた。厠へ行く以外は、ほとんどそこから動いていない。休憩や食事も奥で済ましていた。いかに忙しかろうとも、そのすぐ脇をこっそり抜けて、銭箱を漁るなんて芸当は不可能であろう。
とはいえ、結果はご覧の通り。
まんまと盗まれている。
一見すると不可能と思われることを可能にしている。
そのからくりは、きっとあるはず。
「ここで尻尾を巻いて逃げ出したら武士の名折れ、男が廃るってもんだね。いいだろう、そっちがそのつもりなら、こっちも本腰を据えて相手をしてやろうじゃないか」
「よく言った藤士郎! こうなりゃ意地でも突き止めて、とっちめてやらいでか」
俄然やる気をみなぎらせる藤士郎と銅鑼。
だがしかし、そんな彼らの意気込みとは裏腹に事態はなんら好転をみせず。
無為に三日ばかり過ぎることになる。
◇
よもやの十連敗。
ついに損した額が八十文に達した。
あれやこれやと知恵を絞って対抗してみたものの、そんな努力を嘲笑うかのようにして続く犯行。
老店主は「たかが団子の二本ばかし、仏様にでもお供えしたと思えばいい」と達観しているが、若い連中はそうもいかない。
いいようにしてやられてばかりにて、がっくり。
無力感に打ちひしがれる、おみつ、藤士郎、銅鑼ら。
売上を入れている銭箱をひっくり返しては、未練がましく、とんとんとん。
だがいくら叩いても銭はない。かわりにぱらぱら落ちてきたのは枯れ葉の細かい切れ端。
あとは「はぁ」とのため息ぐらいしか出てこない。
重苦しい空気の中、藤士郎は「おや?」とあることに気がついた。
「そういえば昨日もその前も、銭箱に葉っぱの切れ端が紛れ込んでいたような」
ここは茶屋にて、頻繁に客が出入りするもので、表はいつも開けっ放し。ゆえに外から風に乗って飛んできたものが、何かの拍子にそろりと銭箱に入りこんでもおかしくはない。
けれども連日の八文損を警戒して、ここのところは店の奥の方に場所を移して保管していた。表の方ならばともかく、さすがに厨房近くにまで枯れ葉が飛んでくるであろうか? しかもそれが連日続けて?
藤士郎が眉間に皺を寄せていると、床に落ちた葉っぱの欠片に顔を近づけた銅鑼。
でっぷり猫が鼻先をすんすんさせ、藤士郎にだけ聞こえるようにぼそり。
「これは……ほんのかすかだが妖の臭いがする」
あんまりにも希薄であり微弱すぎて、銅鑼も見過ごしていた痕跡。出入りの客ばかりに注意していたのも裏目にでた。
おそらくは、この枯れ葉の欠片を術にて銭に見えるようにしての犯行であろうと、銅鑼は推察する。
ようやく手口が知れた。
あとはそんないんちきの泡銭(あぶくぜに)を使った者を特定すればいいだけのこと。
なのだけれども……。
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