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其の百四十九 八文損
しおりを挟む「あれ? また勘定が合わない」
一日の商いを終えて暖簾を降ろす。戸締りをした後、明日の分の仕込みをする祖父を横目に、帳簿とにらめっこしながら「うーん」と眉根を寄せたのは、茶屋の看板娘のおみつ。
つり銭の渡し間違いや、うっかり落としてどこぞに紛れ込んだり、代金を誤魔化しては足早に立ち去る者などなど。
そこそこ賑やかな知念寺の門前通り。こんな場所で商いをしていれば、いろんな客がやってくる。その大半は参拝や市目当ての善男善女ながらも、ごく稀に質が悪いのが混じるのはご愛敬。
茶屋で出している自慢のみたらし団子は、ひと串四文。利ざやはわずか、数をさばいてこその商い。
その分、店表にて客あしらいを任されているおみつは、ひがな一日をせせこましく働いている。ゆえに少しぐらい帳尻が合わなくとも誤差の範囲。さほど気にすることはないのだが……。
「きっかり八文、串二本分か……。一度や二度ぐらいならたまたまかと思うけど、さすがに同じことが五日も続くのは、ちょっと薄気味が悪いかも」
どうにも気になったおみつ。
だから明日はいつもよりもより注意深くあろうと決意する。
そしていざ当日を向かえ、その日はいつも以上に客との銭のやりとりに気をつけていたのだけれども。
「うっ、やっぱり八文足りない。でもなんで? 特に怪しい人はいなかったはずなのに」
六日続けて八文損という珍事に見舞われ、おみつは頭を抱えた。
◇
書物問屋の銀花堂へ、次の写本仕事の打ち合わせに行った帰り。
いつものごとく馴染みの茶屋に立ち寄った九坂藤士郎。しかしおみつの顔を見るなり、ぎょっ!
愛らしくて気立てが良くて働き者と評判の看板娘、その目の下には大きな隈が出来ていたからである。心なしか目つきも悪く、いつもより声に張りもない。ちょっとやつれているような気もする。
見かねた藤士郎は「どうしたんだい? おみつちゃん。ひょっとしてどこか具合でも悪いんじゃあ」と心配するも、「ううん、大丈夫。ただの寝不足だから。いろいろ考えていたら、なんだか妙に目が冴えちゃって。気がついたら朝になってました」とおみつは照れ笑い。
単なる寝不足とわかって、藤士郎もひと安心。
で、余計なおせっかいとは思いつつも。
「いったい何をそんなに思い悩んでいたんだい?」
するとずっと誰かに相談したかったおみつは、「じつは」と例の珍事について洗いざらい吐き出した。
話を聞いた藤士郎も腕組みにて「う~ん」
「ここのところ毎日、きっかり八文損か。それが六日も続けてだなんて、たしかに変だよね」
「はい、そうなんです、藤士郎さま。昨日なんてわざわざ間に精算を挟んで、念入りに確認までしたっていうのに」
怪しい客の出入りはないかだけでなく、忙しい合間に売上の確認までし、あれこれ工夫をし用心を重ねたというのに、またもやしてやられた。
その悔しさもあっての、おみつの目の下の隈なのである。
「たった八文、されど八文。塵も積もればなんです。とくにうちみたいな、利ざやの薄い商売には、こういうのって地味に堪えるんですよ」
原因がわからないことには対処のしようもないし、何よりどうにも気になって気になって。
顔を曇らせるおみつ。
この状態があまり長いこと続くのは好ましくない。病は気からとも言うし。あともしも彼女の身に何かあったら、団子が食べられなくなる。すると銅鑼がきっと不貞腐れる。銅鑼の正体は伝説の大妖である四凶がうちのひとつ窮奇。それが駄々をこねたら目も当てられやしないよ、何げに江戸の危機かもしれない。
よって藤士郎はおみつに事態究明への協力を申し出た。
◇
「……というわけだから、銅鑼も手伝いよろしく」
「ちっ、しゃあねえな。まぁ、いいだろう。で、おれは何をすればいい?」
「私は店の手伝いをしながら見張るから、銅鑼は表に陣取って出入りする客の様子を見張って欲しい」
「ふーん、ひょっとして藤士郎は妖の線を疑っているのか」
「いちおうね。ほら、子育て幽霊の話もあるから、もしかしたらと。その辺、銅鑼ならば見極めがつくでしょう」
「それはそうだが、真っ昼間っから団子を買いに来る幽霊がいるのかねえ」
「でも我が家には朝から元気な幽霊がいることだし、活きのいいのがいないとは言い切れないかと」
「あー、たしかに」
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