怪しい二人

暇神

文字の大きさ
上 下
135 / 155
#9 百鬼夜行

#9-7 人ならざる者

しおりを挟む
 敵意は感じない。殺気は感じるが、殺意は無い。本当に俺を連れて行きたいだけなのか?ならまあ、俺は何もしないで良いか。
「何か考え事ですか?」
「ああ。ギエルはどこに居る?」
「この世界には居ませんよ」
「神隠しか」
「さあね」
 なら、俺が直接叩くのは諦めた方が良いな。神隠しの位置の特定は面倒なんだ。事前に位置が知らされていない以上、一から探す羽目になる。会長か慎太郎さんと戦っているんだろうが、どこに居たか、正確な位置が分からない以上は辿りようも無い。
 コイツから直接記憶を引き摺り出すか。いや無理だな。どうせ対策されている。ここは会長と慎太郎さんを信用して、俺はコイツを叩き潰す事を……
 いや、それなら俺がやらなくても良い。俺は軽く息を吸い込み、腹の底から叫ぶ。
「お姉ちゃあぁああぁぁぁぁぁああぁあぁぁあん!」
「何かな八神君!?」
 うん。便利。て言うかなんで分かるんだ。いや来てくれるだろうとは思ってたけど。声の届く範囲の外に行ってた筈だろ。どうなってんだ。
 まあここは任せよう。七海さんなら勝てるだろう。俺は七海さんに一つの封筒を渡しながら伝えた。
「奴は連盟の退魔師です。お願いしますよ」
「分かった。これは?」
「切り札です。霊力を流すだけで発動します。なるべく、使わないでください」
 七海さんは首を傾げながらも、それを受け取る。これをこれを使えば確実に勝てるが、そうなったらまあ、ここに込めた霊力だけじゃ足りないだろう。最悪、ここに居る全ての退魔師と妖怪の霊力が、この封筒一つに吸い取られる。そうなったら、多分百鬼夜行は乗り切れない。
「逃げるんですか?」
「『ここは任せた』って奴だ。じゃあな」
 俺は霊力で身体を強化し、拠点へ向かう。小さなテントの中には、大量の退魔師がすし詰め状態になっていた。
「八神金剛級退魔師!大変です!巨大な霊力の反応が……」
「知ってる。岩手F地区南東推定金剛級。連盟の退魔師だ。高橋七海白金級退魔師が応戦する」
「正気ですか!?」
「問題無い。俺は彼女なら勝てると考えてる」
 俺は何も、根性論だけで勝てると言っている訳じゃない。七海さんに期待しているのは、時間稼ぎとか誤魔化しとか、生きるか死ぬかのギャンブルのような物ではない。たった一度、勝てば良い。どんな手を使ってでも勝てば。
「それより、会長か慎太郎さんはどうしている?」
「両者『消えた』としかありません」
 やはり神隠しか。いや、相当離れていただろう二人を一息に引き込める辺り、神域と呼んだ方が良さそうだ。ギエルがあの二人に勝つ可能性があるとしたら、神その物になる他に無い。
 だが俺の術式であれば、十分に時間を使えれば、その位置が分かる。俺は懐から原稿用紙を取り出し、テントを出て、それを円形に広げる。
「俺は日本全土を調べる。位置が分かったら……そうだな。最初に神宮寺幸子金剛級退魔師に知らせろ。その後は、手が空いてる金剛級退魔師に片っ端かた伝えれば良い」
「何故一番最初に彼女に?」
 何故?何故?なんでそんな事を聞く?俺は顔に笑顔を浮かべながら、はっきりと答えた。

「アイツなら、連盟の退魔師を即座に倒して、その後も戦い続けられる」

 儂らはただ、目の前の敵に対して、攻めあぐねている。切り落とした腕は即座に生え、攻撃の一つ一つが、儂らの体を捉える。どう避けても攻撃を食らう。これではまるで……
「怪異」
「正解でぇえぇぇすぅぅうぅ少しも考える必要は無あぁあぁいいぃぃいヒヒヒヒぃぃいぃ」
「やはり、『神になる』とはそういう意味か……」
 達也の言葉の意味は明らかじゃった。儂ら退魔師の通常の感覚で捉えられる中で、最も神に近いとされている怪異。それと、完全な形で融合する。それが叶った人間は、自身の存在を自身で確認できる限り、死なず、霊力も尽きず、生き続ける事ができる。詰まり、ほぼ神に近しい存在となれる。
 オオクニヌシはその試作段階じゃった。怪異と人間の緩衝材として、霊や妖怪を挟んだ。結果がアレじゃ。人の形を保てなくなる。だが目の前のコイツは、人の形を保った状態で、怪異としての力を得ている。今のコイツは、地上で最も、『神』と呼ぶに相応しい。
「脆弱うぅぅう脆弱ううぅう最強も所詮はこんな物おぉぉぉ」
 奴は歌うようにそう喋る。確かに、これは不味い。もしコイツをここで倒せなければ、コイツを倒せる者は存在しない。最後の砦と言える物があるとすれば、それが儂らなのじゃろう。
 じゃがどうする?儂らの攻撃では、コイツは倒す所か、足止めすらできない可能性がある。霊力……いや、もう神通力と呼ぶべきその力が、最初に比べて消耗しているのかすら分からない。
「神となった私はあぁあぁ無敵いいいぃヒヒヒヒヒヒヒヒ……」
「その気色悪い笑い方を止めたらどうじゃ?」
「気が散って仕方が無い」
「ならああぁぁ私が持てる力を全て使いぃぃぃい二度と気にしなくて良いようにしましょううぅぅぅ」
 ギエルは手を振り上げ、神通力をその腕の上の空間に集める。回避しようとした儂らじゃったが、ギエルの術式で動きが止まる。逃げる事もできないまま、儂らはその攻撃が飛んで来るのを待つしか無い。
 じゃが、その攻撃が飛んで来る事は無かった。ギエルが腕を振り下ろそうとしたその瞬間、空間に亀裂が入り、その亀裂から神宮寺幸子が入って来た。彼女はギエルの顔を蹴り飛ばし、そのまま着地した。
「お爺様!会長!ご無事ですわね!?」
「ああ……助かったわい」
「孫に助けられるとは、面目無いのう」
 しかし、やはりギエルにはダメージが無かった。奴は幸子の顔を睨みながら、額に血管を浮かばせた。
「何故……お前にも私の部下は向かわせた筈……」
「部下?あああの、霊力の消し方がド下手くそな輩共ですの?残念でしたわね」

「私、目が良いので」

 幸子は確かな笑みを浮かべながら、その千里眼を見せつけた。
しおりを挟む

処理中です...