怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

文字の大きさ
上 下
136 / 169
#9 百鬼夜行

#9-8 神に成り損なった獣

しおりを挟む
 どうにも舐められてる気がする。ムカつくけど、好都合でもある。私は霊力で身体を強化しながら、取り敢えず話し掛ける。
「前にも会ったよね。確か神域で」
「そうですね。貴女に邪魔されました」
 霊力の量だけ見るなら、この人は私の数倍の霊力を持っている。腕や足が変色しているのを見るに、多分私と同じだろう。私も、服で隠している所の色が変わっている。コンプレックスだねコレは。うん。
「八神蒼佑を私達に渡してくだされば、この場は去りますよ」
「お断りしておくよ。私、あの子が好きなんだ」
「そうですか。なら、貴女を殺して無理矢理連れて行きますかね」
 そう言って、男は霊力で身体を強化し、私の方に飛んで来た。私はそれを受け止め、反撃しようとする。
 だけど、私はそれができなかった。潰されないだけで精一杯で、反撃に意識を回せない。私は自分の術式を使い、敵の体を一瞬止める。それも一瞬に過ぎない。私の拘束は力任せに破壊され、もう一度私に拳を振るう。私はそれを間一髪で躱し、距離を取る。
「やはり、力押しなら勝てそうですね」
「私は試作品で、そっちが完成品だもんね」
 多分そうなんだろう。この人は恐らく、私よりも後に今の状態になった。それも、最初よりも改良された薬で。術式は多分、八神君を連れて行くのに適した、拘束に長けた物だろう。なら術式を使って来る事は無い。詰まり、術式を使える私が有利……とはならない。私の術式で作れる物は、この人に対して大きな効果は与えられない。力押しで負けた以上、私に勝ち目は無い。
 八神君が私に期待したのは、多分時間稼ぎか陽動だろう。なら私は、拠点から遠い場所にこの人を誘導して、そこでなるべく時間を稼ぐ。攻撃を避けるだけ時間のなら術式で作れるし、時間稼ぎはできる筈だ。
「逃げますか?そうなれば、八神蒼佑が来るでしょうから、こちらとしては好都合ですよ?」
「いや。あの子に任されたんだから、お姉ちゃんらしくしないとね」
 私は霊力で身体を強化し、敵に向かって行く。彼は私の拳を受け止め、そのまま腹を殴り飛ばす。私の体は宙に浮き、そして地面に叩き付けられる。衝撃で一瞬息が止まる。
「勝てないって分からない程、貴女は愚かなんですね」
「そうじゃないよ。勝つ見込みが無かったら、こんな無茶しないよ」
「力押しでも勝てない術式は効かない……その『奥の手』のせいですか?」
「さあね」
 八神君に渡されたこの封筒は、使えば勝てるんだろうけど、八神君に言われた通り、なるべく使わない方が良いだろう。殺される直前になるまで、使ってはいけないんだと思う。なら今は、私がやれる事を全力でやるしか無い。私は拳を構え、その拳に霊力を込める。
「さっさと諦めてくれませんか?弱い者いじめは趣味じゃないんですよ」
「やだね。私を『弱い』って決めつけるのは、まだ早いんじゃないかな?」
 術式で壁を作る。何重にも重ねて空気の壁を作り、閉じ込め、固め、動けなくする。だけどこの人には通じない。敵は壁を破壊しながら、私へ一直線に進んで来る。
「無駄だと理解していますよねぇ!?」
「無駄でも無いよりマシじゃない!?」
 敵は再び拳を振り上げる。私はそれを間一髪で避け、もう一度距離を取る。
「消耗戦ですか?術式を何度も使う以上、そっちの方が不利ですけどね」
「それはどうかな?」
 私の術式の不便な所は、武器を作れない所だ。空気を固めた物は、固めたその場から動かせない。特化してる訳じゃないから強度も低い。だから簡単な壁しか作れないし、それもある程度力がある人相手には効かない。
 お互いに出方を窺っていた私達だったが、突如、衝撃が走る。土地全てに霊力が流されたからだ。この霊力は……恐らく八神君の物だ。多分術式で、敵の状態を調べているんだと思う。
 なら多分、八神君が助けに入る事は無い。この切り札を渡された時から薄々気付いていたけど、この人は、私が倒せという事なのか。多分正気じゃない。
 何ができる?私のパワー、私の術式、その両方で何ができる?頭を回せ。考えろ。それしかやれる事は無い。考えろ。私に何が……
「考え事とは余裕ですね」
 その声が聞こえた瞬間、私の腹に拳がめり込んだ。私は吹き飛ばされ、ビルの壁をいくつも突き破って、ようやく止まった。瓦礫に身体が半分埋もれた私は、上手く思考する事もできず、今の状態を噛み締めていた。
 背中が痛い。お腹も痛い。何かが腹の底から込み上げ、私はそれを吐き出す。瓦礫の上が赤く染まり、その色が広がって行く。
 意識が朦朧とする。霞む視界の中で、私は白く、巨大な何かの姿を捉えている。敵ではない。見覚えがある。それは毛深い腕で私の顔を撫で、そのまま私に語り掛けて来る。
『いつまでそんな事をしている?いつまで、我慢するつもりだ?』
「我慢?私は我慢なんて……」
『お前は獣だ。人の枠に収まるな。人であろうともがくな』
 私は人だ。人じゃなきゃいけない。そうじゃなきゃ、きっと八神君は、私に振り向いてもくれない。
『八神蒼佑は、そんな小さい男なのか?』
 その言葉に答える事ができなかった。私は「それは……」としか言えず、ただ肩を落とした。
『抑えるな。耐えるな。解放しろ。お前の中の欲を。全てを曝け出した後のその景色は、きっと何より輝いて見える筈だぞ』
 白い獣は、私の方へ手を伸ばして来た。頭の中がハッキリとした。もう迷いも躊躇いも無くなっていた。私は獣の手を取り、そこから溶け合い、一つになる。

 目を覚ました。目の前には、私を殴り飛ばした敵が居る。まるで『いつでも殺せる』と言うように、余裕のある表情で私を見ている。
「目を覚ましたんですね」
 敵は私の頭を掴み、そのまま揺さぶる。私は俯き、表情を隠す。
「貴女を殺すと脅せば、八神蒼佑は来てくれますかね」
 余裕を持っている。油断している。これなら、私が何かしても、きっと避けはしないだろう。私は敵の腕を掴む。
「何ですかこの腕は?」
 私はその手に、段々と力を込め始める。力が身体の底から溢れて来るようだ。私が手に込める力は、再現無く増えて行く。
「う……く……」
 敵は私の手を振り解こうと力を込める。だが私はそれ以上に力を込め、敵を逃がさないように掴み続ける。
「ああぁぁああぁあぁあぁぁぁぁ!」
 そう叫ぶ敵の腕はとうに限界だった。敵の腕の骨が折れる音と共に、私は更に力を込めた。敵の腕は鋏に切られる針金のように千切れる。鮮やかな赤色が周囲に撒き散らされ、私はそれと同時に、瓦礫の中から立ち上がった。
「貴様ぁ……」
 駄目だ。顔を上げるな。ああでも無理だ。私は顔を空に向け、腹の奥から込み上げるそれを、この上無く最適な形で表現する。
「あはハはははハハハはハハははハはハハハは!」
 ああ楽しい。楽しい。腹の底から快楽が沸き上がる。目に写る全てが、この上無く色鮮やかに、見た事も無い程に輝いて見える。自分勝手に生きる事が、ここまで楽しいとは思わなかった。私の体には、次第に変化が訪れる。胸から腕にかけて銀色の体毛が生え始め、肌は白色へ変色し始める。
「知らないけどさあ!今なら負ける気がしないよお!」
 私は敵を見下しながら、快楽と歓喜に手を握り締めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

闇に蠢く

野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
 関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。  響紀は女の手にかかり、命を落とす。  さらに奈央も狙われて…… イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様 ※無断転載等不可

戦国姫 (せんごくき)

メマリー
キャラ文芸
戦国最強の武将と謳われた上杉謙信は女の子だった⁈ 不思議な力をもって生まれた虎千代(のちの上杉謙信)は鬼の子として忌み嫌われて育った。 虎千代の師である天室光育の勧めにより、虎千代の中に巣食う悪鬼を払わんと妖刀「鬼斬り丸」の力を借りようする。 鬼斬り丸を手に入れるために困難な旅が始まる。 虎千代の旅のお供に選ばれたのが天才忍者と名高い加当段蔵だった。 旅を通して虎千代に魅かれていく段蔵。 天界を揺るがす戦話(いくさばなし)が今ここに降臨せしめん!!

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

夜鴉

都貴
キャラ文芸
妖怪の出る町六堂市。 行方不明に怪死が頻発するこの町には市民を守る公組織、夜鴉が存在する。 夜鴉に在籍する高校生、水瀬光季を取り巻く数々の怪事件。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

【全64話完結済】彼女ノ怪異談ハ不気味ナ野薔薇ヲ鳴カセルPrologue

野花マリオ
ホラー
石山県野薔薇市に住む彼女達は新たなホラーを広めようと仲間を増やしてそこで怪異談を語る。 前作から20年前の200X年の舞台となってます。 ※この作品はフィクションです。実在する人物、事件、団体、企業、名称などは一切関係ありません。 完結しました。 表紙イラストは生成AI

処理中です...