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#9 百鬼夜行
箸休め 剛腕の修司
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物心がついた時には、俺は既に自分の力を自覚していた。それは自分の感覚の話以上に、環境の要因が大きかったんだと思う。周囲に居たのは基本退魔師で、自分は次の河崎家の当主になるのだと言って聞かせられていた。
河崎家は歴史だけのハリボテで、実際の所は大した退魔師の家系じゃない。自分の事を笑う人間ばかりの協会も、周囲に自分と同じ感覚の人間が少ない学校も、口煩い大人しか居ない家でさえ、俺にとっては退屈な事だった。
「稽古をつけてくれ」
俺は強くなりたかった。特に理由は無かった。兎に角強くなろうと思った。俺は兎に角、協会の退魔師に対して、片っ端から喧嘩を売った。
「この老骨で良ければ、喜んで」「若いな。良いぜ」「胸貸してやるよ」
思えば、楽しかったのはこの時だけだった。戦って、試行錯誤して、訓練して、また戦う。この繰り返しが楽しかった。そして、やっとの思いで勝てるようになった時の達成感は、きっと何にも代えられない物だと思う。
何時の間にか、俺は協会の中でも、トップクラスの実力者になっていた。その頃には、俺を笑う連中も居なくなり、寂れていた河崎家も、ほんの少し活気を得た。
だが、俺は満たされなかった。いや、満たされなくなった。喧嘩を売る相手が居なくなった。金剛級退魔師はいつも協会に居ない。会長も神宮寺慎太郎も、俺とは会ってくれない。俺は自然と、生きる上での楽しみを失った。
「なあ爺や。相手してくれるか?」
「ご容赦ください。この老骨、もう体が思うようには……」
昔は手も足も出なかった爺やでさえ、もう相手にすらならなくなっていた。怪異や悪霊も弱い。退魔師も弱い。依頼は移動して弱い者を潰すだけの作業。俺は何の為に生きているのか分からなくなった。
それが変わったのは、多分十五の時だ。
「やっとお会い出来ましたね。カイチョーサマ?」
「おお怖い怖い。若くて血気盛んな者は嫌いではないぞ?」
そう言って、会長は愉快そうに笑った。食えない爺だ。だがようやく会えた。神宮寺慎太郎と西園寺達也。この二人は、神秘を知る者の中で知らない者は居ない程のビッグネームだ。無論最強。
胸が躍る感覚はいつ振りだろうか。霊力の圧が半端ではない。今まで見て来た中で、ここまでの奴は居なかった。
「手合わせ、してくれるんですよね?」
「そうじゃったの。移動しようか」
俺達は別の神隠しに移動し、手合わせをする事になっていた。目的地に着いた俺達は、それぞれの武器を構えた。
「なんで移動したんですか?」
「ほっほっほ。なあに。お主の選択肢を狭める事はせんよ」
舐められているな。いくら協会最強と言えど、こっちに不利なフィールドを選ばないなんて、流石にバカなんじゃないか?
「さあ、掛かって来るが良い」
「じゃあ、遠慮なく」
敵わなかった。紙一重とかあと一歩とか、そういう次元じゃない。攻撃を全て避けられ、いなされ、そして反撃を受けた。理不尽な程の強さだ。
「儂は防御がスッカスカじゃからのう。ま、悪く思わんでくれ」
楽しい。ああ楽しい。悔しいが、それ以上に胸が躍る。ここまで差があるのか。防御がスッカスカ?良く言う。一回も攻撃を正面から受けていないんだ。そんな物何の説明にもならない。単なる技量の差だった。その差が大き過ぎた。ああ楽しい。
俺は地面から飛び起きた。そして会長の後ろから殴り掛かる。会長はそれを避け、そのまま俺を投げ飛ばした。やはり違う。今まで戦って来た奴等とは何もかも。術式頼りでも強化頼りでもない、単純な技量の勝負。それでさえ、俺はこの人に勝てない。
「ほっほ。不意打ちとは、感心じゃのう。で、次は?」
「いや、今ので決めた」
俺は会長の前に跪き、頭を下げた。こんなにも楽しい人だ。きっと、俺の生きる楽しみを与えてくれる。
「俺とまた、手合わせしてくれ!」
「暇ができたらの」
信じられない程軽い返事に目を剥く俺だったが、会長は何でもない事のように、「じゃあ、こっちの用も済まそう」と言って、一つの文書を渡して来た。
「これは?」
「金剛級への推薦状、そして昇格依頼じゃ」
断る理由など無かった。俺はその依頼を難無くこなし、協会の最高戦力に名を連ねた。
それから、色んな事が変わり始めたような気がする。それも良い方向に。金剛級の退魔師と手合わせする機会が、簡単に作れるようになった。楽しかった。戦って戦って戦って、その度に負けて、考えて、また戦う。いつの間にか色褪せていた日常が、この上無く刺激的な物になって行った。
そしてまた一つ、変化が訪れた。
「八神蒼佑だ。よろしく頼む」
「ああ。よろしく」
差し出された手を握った瞬間分かった。コイツはきっと、俺よりもよっぽどバケモノじみた奴になる。楽しみだった。俺はいつか成長するソイツと手合わせする為に、八神蒼佑と名乗ったその男と交流するように心掛けた。
なあ八神。お前はどんだけ強くなれるんだ?その繭の中から、お前は何になるんだ?ああ楽しみだ。楽しみ。そう考える程、時間が流れるのが待ち遠しく感じる。
戦う事でしか快楽を得られない俺にとって、それは生に意味を与える行為だ。俺はそれを続ける。死ぬまで、いや死んでも続ける。少しも苦じゃない。骨が折れても肉が抉れても、俺は少しも苦に感じなかった。
だけどコレは、戦いですらない。
河崎家は歴史だけのハリボテで、実際の所は大した退魔師の家系じゃない。自分の事を笑う人間ばかりの協会も、周囲に自分と同じ感覚の人間が少ない学校も、口煩い大人しか居ない家でさえ、俺にとっては退屈な事だった。
「稽古をつけてくれ」
俺は強くなりたかった。特に理由は無かった。兎に角強くなろうと思った。俺は兎に角、協会の退魔師に対して、片っ端から喧嘩を売った。
「この老骨で良ければ、喜んで」「若いな。良いぜ」「胸貸してやるよ」
思えば、楽しかったのはこの時だけだった。戦って、試行錯誤して、訓練して、また戦う。この繰り返しが楽しかった。そして、やっとの思いで勝てるようになった時の達成感は、きっと何にも代えられない物だと思う。
何時の間にか、俺は協会の中でも、トップクラスの実力者になっていた。その頃には、俺を笑う連中も居なくなり、寂れていた河崎家も、ほんの少し活気を得た。
だが、俺は満たされなかった。いや、満たされなくなった。喧嘩を売る相手が居なくなった。金剛級退魔師はいつも協会に居ない。会長も神宮寺慎太郎も、俺とは会ってくれない。俺は自然と、生きる上での楽しみを失った。
「なあ爺や。相手してくれるか?」
「ご容赦ください。この老骨、もう体が思うようには……」
昔は手も足も出なかった爺やでさえ、もう相手にすらならなくなっていた。怪異や悪霊も弱い。退魔師も弱い。依頼は移動して弱い者を潰すだけの作業。俺は何の為に生きているのか分からなくなった。
それが変わったのは、多分十五の時だ。
「やっとお会い出来ましたね。カイチョーサマ?」
「おお怖い怖い。若くて血気盛んな者は嫌いではないぞ?」
そう言って、会長は愉快そうに笑った。食えない爺だ。だがようやく会えた。神宮寺慎太郎と西園寺達也。この二人は、神秘を知る者の中で知らない者は居ない程のビッグネームだ。無論最強。
胸が躍る感覚はいつ振りだろうか。霊力の圧が半端ではない。今まで見て来た中で、ここまでの奴は居なかった。
「手合わせ、してくれるんですよね?」
「そうじゃったの。移動しようか」
俺達は別の神隠しに移動し、手合わせをする事になっていた。目的地に着いた俺達は、それぞれの武器を構えた。
「なんで移動したんですか?」
「ほっほっほ。なあに。お主の選択肢を狭める事はせんよ」
舐められているな。いくら協会最強と言えど、こっちに不利なフィールドを選ばないなんて、流石にバカなんじゃないか?
「さあ、掛かって来るが良い」
「じゃあ、遠慮なく」
敵わなかった。紙一重とかあと一歩とか、そういう次元じゃない。攻撃を全て避けられ、いなされ、そして反撃を受けた。理不尽な程の強さだ。
「儂は防御がスッカスカじゃからのう。ま、悪く思わんでくれ」
楽しい。ああ楽しい。悔しいが、それ以上に胸が躍る。ここまで差があるのか。防御がスッカスカ?良く言う。一回も攻撃を正面から受けていないんだ。そんな物何の説明にもならない。単なる技量の差だった。その差が大き過ぎた。ああ楽しい。
俺は地面から飛び起きた。そして会長の後ろから殴り掛かる。会長はそれを避け、そのまま俺を投げ飛ばした。やはり違う。今まで戦って来た奴等とは何もかも。術式頼りでも強化頼りでもない、単純な技量の勝負。それでさえ、俺はこの人に勝てない。
「ほっほ。不意打ちとは、感心じゃのう。で、次は?」
「いや、今ので決めた」
俺は会長の前に跪き、頭を下げた。こんなにも楽しい人だ。きっと、俺の生きる楽しみを与えてくれる。
「俺とまた、手合わせしてくれ!」
「暇ができたらの」
信じられない程軽い返事に目を剥く俺だったが、会長は何でもない事のように、「じゃあ、こっちの用も済まそう」と言って、一つの文書を渡して来た。
「これは?」
「金剛級への推薦状、そして昇格依頼じゃ」
断る理由など無かった。俺はその依頼を難無くこなし、協会の最高戦力に名を連ねた。
それから、色んな事が変わり始めたような気がする。それも良い方向に。金剛級の退魔師と手合わせする機会が、簡単に作れるようになった。楽しかった。戦って戦って戦って、その度に負けて、考えて、また戦う。いつの間にか色褪せていた日常が、この上無く刺激的な物になって行った。
そしてまた一つ、変化が訪れた。
「八神蒼佑だ。よろしく頼む」
「ああ。よろしく」
差し出された手を握った瞬間分かった。コイツはきっと、俺よりもよっぽどバケモノじみた奴になる。楽しみだった。俺はいつか成長するソイツと手合わせする為に、八神蒼佑と名乗ったその男と交流するように心掛けた。
なあ八神。お前はどんだけ強くなれるんだ?その繭の中から、お前は何になるんだ?ああ楽しみだ。楽しみ。そう考える程、時間が流れるのが待ち遠しく感じる。
戦う事でしか快楽を得られない俺にとって、それは生に意味を与える行為だ。俺はそれを続ける。死ぬまで、いや死んでも続ける。少しも苦じゃない。骨が折れても肉が抉れても、俺は少しも苦に感じなかった。
だけどコレは、戦いですらない。
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