怪しい二人

暇神

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#5 過去との対峙

#5ー12 身の上話

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 誰も居ない店の中、意味も無く、俺達はレジに立ち、無駄な話を続けている。何の為にやっているのか、きっと俺も七海先輩も分からないのだろう。
「君が居なくなって、私は胸に穴が空いた気分だったよ。君との無駄話が、結構楽しかったみたいでさ」
「それは嬉しい話ですね」
 彼女は笑っている。何が可笑しいのかは知らないが、七海先輩の言葉を真に受けるなら、今この瞬間も、彼女にとっては楽しいのだろう。
 時計の針が八時を指す。バイトの時間も終わり、俺達は着替えてから、外に出る。
「あれから、何人かの男の子から告白されたんだ」
「でも、振ったと」
 彼女は俺の方を向き、「ご名答」と笑った。彼女はいつも笑っている。顔の笑いを張り付けたような、しかしそうでもないような、少し不思議な笑みを浮かべる人だ。きっとこの辺りが、七海先輩がモテる理由なのだろう。
「そっか。やっぱり君には勝てないな」
「勝つのは好きですけど、何で勝った負けたを決めるのか分からない事は苦手ですね」
 俺達は、見覚えのある、でも上手く思い出せない河川敷を歩いている。空は夕暮れを模した赤色で、電灯の明かりはあるが、誰も歩いてはいないし、近くの民家からは、人の気配がしない。
「私ね、昔から笑う癖があったんだ。そうしていると、お母さんもお父さんも笑顔で仲良しだったから。そうじゃないと、ほらあんな風に……」
『アンタまたパチンコ行ったでしょ!』
『うっせーなー別に良いだろ仕事で疲れてんだ』
 成程。どうやら七海先輩は、結構劣悪な家庭環境で育ったらしい。それで自分が笑えば良いと思い込めば、そりゃあ笑う癖もつくな。
「意外。もっと憐れんだりするかと」
「俺も似たり寄ったりですしね。まあ、笑えばどうこうな人じゃありませんでしたけど」
 彼女は「そっか」と、少し悲しそうな表情をして、もう一度歩き出した。俺もその後を追う。この河川敷、ここまで長くなかった筈。やはり、七海先輩の主観や思い出補正も掛かっているらしい。
「あれ?そうだったっけ?」
「少なくとも、俺の主観では」
「ま、少し話を戻すけど、男の子達は振ったんだけど、少し話を聞いたんだ。それで、君が集団リンチに遭ってた事を知ったの」
 あれは七海先輩のせいではないが、彼女の影響で起きた事ではある。『自分は悪くない』と割り切るのは簡単だが、そうしない人間の方が多く存在するだろう。それも、彼女の美徳な訳だ。
「ありがと」
「それはどうも」
「そんで、私は君を探す事にしたんだ。大変だったよ~バイトで会った人程度の知識しか無い、家の場所も分からない。そもそも何で居なくなったのか分からない。手掛かりが何も無い状態からのスタートだった訳だよ」
 そこから特定、更には凸までするなんて、結構な努力を重ねたのだろう。もうその系統の仕事でも探せば良いんじゃないだろうか。俺より探偵に向いてそうだ。
「君は人を褒めるのが美味いねえ」
「自己肯定こそ、人間が生きるのに必要な要素だと考える人間なんでね」
 人間には、『三大欲求』なる物がある。『食』、『睡眠』、『性』。種がより長く生存し続ける為に必要な、三つの行動と、それをする為の『欲』だ。
 しかし、人間が最も必要とするのが、『肯定』だ。自分が生きる為に必死だった石器時代に比べ、現代は随分楽になった。言うなれば、人間が自分の欲を、より濃く出せる状態になったという訳だ。そうなった時、人間は自然と、『肯定』を求める。そうしなければ、自分の価値を見出せないから。これが無ければ、自殺する人間も居るだろう。
「ほ~う、興味深いね」
「それは何より」
「あれから、君を知る人を訪ねて回ったり、居場所を聞いたりして、数年掛けて、やっとこさ特定まで行ったんだ」
「その執念が恐ろしいよ」
「恋の力は偉大だよ?」
 はいはい恐ろしい恐ろしい。恋する乙女は無敵らしいが、まさかここまでとは、誰も思うまい。
「それからは、君の知る通りだね」
 こうして、彼女の長い身の上話は終わった。ここからは、俺の用件の話に移ろう。
「良いよ。何?」
「外で何が起こってるか、わかります?」
 彼女は、首を横に振った。どうやら、彼女の魂をここに閉じ込め、体はあの科学者が操る事で、アレは物言わぬ兵器となっていたという事か。
 俺の考えている事がイマイチ理解できない様子の彼女に、俺は現実世界で起きている事を全て話した。オオクニヌシの事、七海先輩の体が置かれた状況、そして解決策について。
「そっか……私はこの体を使えないけど、君ならいけるかもって話ね」
「はい。一応、七海先輩の体を自由にできる状況になるので、許可と、できればやり方を教えてくれれば嬉しいんですが」
 彼女は少し悩む素振りを見せた後、考え得る『可能性』を示した。
「自分の体を動かすのに、何か意識している訳じゃないでしょ?もしかしたら、少し集中すれば簡単にできるかも」
「分かりました。やってみます」
 俺は座禅を組み、瞑想をする時と同じ体制になる。集中する時はこれが一番だ。
 俺は神経を研ぎ澄ませ、オオクニヌシの体を操ろうとする。しかし、ダメだった。何かに弾かれる感覚と共に、俺の意識は、七海先輩の精神世界に戻された。
「ダメかあ……」
「何がダメなんでしょうねえ。皆目見当もつきません」
 彼女についての情報なら、彼女の身の上話からも知る事ができた。一応にも三か月程共に過ごした仲だし、同じバイト先に務めていた先輩後輩の関係でもあるのだ。親しい間柄と言うには十分の筈。体を操作できないのが不自然なのだ。
 ならば何を見落としている?精神を他者に歪められた?精神への干渉?洗脳?ならばなぜその痕跡が無い?精神への干渉や、洗脳の類であるなら、どこかで矛盾が生じる。しかしそれが無い。ならば何かを隠している?しかし、精神世界の操作は容易ではない。ならばなぜ体の操作ができない?おかしい。何があるというのか。
 他者の精神への干渉を防ぐ機能もある?いや、精神への干渉は防げない。それは教会に依る長年の研究で確かめられている。
 ここで俺は、一つの可能性に気付いた。七海先輩の術式だ。他者の干渉を防ぐ効果が存在する術式で、それを無意識に使用していたとするならば、この状況にも頷ける。この世界の管理者ならば、ここで術式を使うのも可能な筈。
 ならば、どうするか。ここで俺ができる事があるとするならば、それはたった一つ。

 ここで一度、彼女を殺すしかない。
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