怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#5 過去との対峙

#5-11 追憶の旅

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 目が覚めると、俺は地下室に居た。どうやら、しっかり縛り上げられているらしい。
 俺は目の前に立つ先生に、もう一度抗議をした。
「嫌です誰か他の人でやってください」
「無理だね。彼の説明では、近しい間柄の人間の間でしか、意識の移動はできないらしい」
 マジか。なら俺以外にやれる人間は居ないのも納得できる。
 いやしかし、それでもやりたくないのだ。どうしよう。何か良い言い訳は……ねえな。諦めよう。
 諦めの表情をした俺の肩を、先生が優しく叩く。
「私も心苦しいんだ。君が頑張っている間、ただソファでポテチを食べるしかできない無力さが嫌になる」
「先生思いっきり暇を楽しもうとしてません?」
 それに今も楽しんでるよな?ちょっと笑いを押し殺そうと頑張ってる人の顔だぞそれ。誤魔化されねえぞ。ポテチ食べる気か?おいふざけるなよ?俺の分も残しといてくださいよ?
「兎に角、頑張ってくれ。健闘を祈る」
「おい待てふざけん……」
 そこで、俺の意識は途切れた。

 次に起きると、俺は見知らぬ、何とも形容しがたい場所に居た。
 しかし、今日はよく気絶する日だな。それに何だここ?体は元々の八神蒼佑のままだし。まさか、オオクニヌシ……いや、七海先輩の精神世界か?結構とんでもない奴だなあの呪術師は。
 精神世界とは、その人間の心の持ちようが反映された、現世とは隔絶された、それぞれの人間が持つ、小さな世界の事だ。出入りする手段は確立されておらず、一部の退魔師や呪術師が持つ術式に依って、偶に出入りする事が可能となり、その術式を持つ人間は、その希少性から、全員白金級の立場を与えられる。
 しかし、ここで何をすれば良いのだろう。まさか、この広そうな空間の中で、七海先輩一人を見つけろとか?そんな無茶な。それに、ここでは霊力も使えないらしい。体の中の霊力を感じない。目的が分からない以上、もうどうしようもない。
 取り敢えず、俺はここを歩いてみる事にした。コンパスやゲーム機、本など、共通点の見当たらない物が、そこら中に散らばっている。なんなら浮いてる。これら全てが、七海先輩の人格を形成している物という事か。
 少し歩くと、一人の少女を見つけた。
「どうしたの?」
 少女は答えない。どうやら、七海先輩の記憶が作り出した、幻のような物らしい。こちらから観測する事はできても、干渉する事はできない。これは恐らく、幼少期の七海先輩だろう。何故泣いている?
『おとーさん、おかーさん。どこお?』
 頭の中に声が響く。この声は、この少女から発せられた物だろう。これが本当に彼女の言葉なのかも分からないが、彼女の精神を形作る為の要素として、『幼少期』が大きな役割を果たしている事は確からしい。当たり前と言えば当たり前の事だ。この様子では、トラウマに近い何かがあるらしい。さあて何が見えるかな?
 すると、彼女に近づく、一つの影があった。親か?いや、そんな雰囲気じゃないな。不審者、または怪異だろう。子供は感受性が豊かなので、怪異と接触する事がよくある。それがトラウマになる事も。
 どうやら後者が正解だったらしい。ソレは彼女に腕を伸ばし、どこかに連れて行こうとする。この行為に意味は無い。怪異は、都市伝説になっている範囲での行動しかしない。そう、意味など無い。落ち着け。干渉できない存在に怒ってどうする。
 目の前で人が襲われている。それなのに、何もできない自分が腹立たしい。どうする事もできない現状が、無慈悲に俺を突き放す。
 しかし、怪異の手が彼女に届く事は無かった。どうやら、彼女は昔、退魔師を見た事があるらしい。それを言わなかったのは、忘れていたからか、わざとなのか。

「わざとだよ」

 声がした方向を見ると、七海先輩が立っていた。
「こんな事言ったって、どうせ誰も理解してくれない。親でさえ、恐怖から来る幻覚だと思った位だよ。だけど、そんな事は無かったらしいね」
「ええ。俺は結構信心深いので」
 そう言うと、彼女は少し笑って、俺に手を伸ばした。
「ささ、ここだけ見ててもダメだよ。八神君には、もっと私の事を知ってほしいんだ」
 ここに来た目的も果たせないまま、俺は彼女について行く事にした。いや、目的の達成の手順が分からないから、彼女について行く方が良いと考えたからだ。彼女のからだを動かす為には、もっと彼女を知る必要がありそうだ。
 俺は彼女に手を引かれるまま、一歩一歩前へ歩き出した。

「あれからね。ああいうのを見る事も無くて、私は普通に生活してたんだ。それに、私は性格が良いからね。クラスじゃ人気者だったんだ」
「貴女はそういうのに向いてそうだ。納得ですよ」
 あれから、俺達は歩き続けている。彼女の記憶の片鱗を見る度に、その時の話を聞かされる。
 これは、彼女の自己紹介なのだろう。自分を知ってもらうという、たったそれだけの、自己紹介。しかし、今はそれ位しか手掛かりが無い。もう少し、彼女について行こう。
 そして、俺達は見覚えのある光景まで辿り着いた。
「ここは……」
「そう。私達が行ってたバイト先。私達が初めて会った、私にとっての大事な場所」
 見慣れたという程ではないが、これを見ると思い出す。あの日々を。クソみたいなオヤジの世話をしてた、あの二年と少しの時間を。
 彼女は何時の間にか、この店の制服に着替えていた。
「さあ。少し休憩しよう。バイトの内容、覚えてる?」
 俺達はレジに立つ。レジ打ちだけの、簡単な仕事だったという事は、今でも覚えている。当時はここの給料に助けられた物だ。
「あの時はさ、君が珍しくて、結構絡みに行ってたんだ。だって私、自分で言うのもアレだけど、結構な美形じゃない?」
「ま、顔とスタイルは良いと思いますよ」
 そう言うと、彼女は「ホント?やった」と言って、小さくガッツポーズをした。こんな言葉で良かったのか。
「それに、君は顔もスタイルも良くて、おまけに高身長だよ?ここだけの話、狙ってた女子多かったんだよ?」
「それは光栄。で、貴女もその一人だったんでしょう?」
「そうだよ。こんな美形、逃がす訳が無いじゃん」
 悪びれもせずに言う人だなあ。それで、あの時はキャラまで作って近づいた訳か。
「いや?アレは素。初めての後輩だったからね。お姉さんぶりたかったの」
 そんな子供みたいな理由だったんかアレは。
「子供みたいとは失礼だなあ」
「心を読むの、止めてくれません?」
「頭の中に流れ込んで来るから無理」
 この世界の『管理者』は彼女なので、彼女はこの世界に存在する、全ての存在を操る事が可能である。だから、俺の考えている事も分かる。全く便利な物だよ。
 それから彼女は、俺が居なくなってから、何をしていたのかを、少しずつ話し始めた。

 それは、聞いただけで悲しくなるような話だった。
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