31 / 47
第二部・スノーフレークを探して
1-3
しおりを挟む
道の駅は、真新しい建物と広い駐車場に車が集結していた。サイトでの紹介記事のせいか、車中泊キャンパーがあちこちに見うけられる。火の扱いがOKなのか知らないが、派手にバーベキューを行っている集団もある。
「ミツハル君。一度荷物を出して、下に降ろしてくれる?」
「あ、はい」
止めた軽のハッチバックを開け、お互いに大きな荷物を地面へ降ろした。美子はリアシートを一杯に倒して平らにする。それから大きなシートを開けたままのリアへかけてプライベートスペースを確保した。
「足は曲げて寝ることになるけど、我慢してね。少しむくむけど、朝からほぐせばイケるイケる」
すると満陽が驚く。
「え、一緒に寝るんですか」
「だって、どちらかが外で寝るとかできないでしょ。車中泊ってそういうものよ」
「いえ――僕は寝袋があるんで」
大きな荷物はそのためか、と思いながら、
「この夏のさなかに寝袋なんて暑苦しくて眠れないわよ。素直にこっちへ来なさい」
「その……相米さんは平気なんですか」
「やだな。美子でいいのに。ていうか、私も名前変えようかな。夏の雪って書いて、『ナユキ』。小説のね、ヒロインの名前なの。ミツハル君も、『ナユキ』って呼んでくれる?」
「ナユキ、ですか」
時刻は午後八時五十分。寝るにはまだ惜しい時間だと、彼女は言った。
「コーラ、飲む? 買ってくるから見張ってて――」
数分後に戻った彼女の手にはコーラが二本。一本を受け取り、リアシートへ移った。
「あとでね、電池式のランタンつけるから。意外と明るいのよ。それにしても男の子がいるって安心。昨日はコインパーキングで寝たの。それでも時々車の出入りがあって、ちょっと怖かったわ」
お互いにコーラを口に含み、
「ナユキ、さんは――あと何日で広島まで行くんですか」
彼女は一度ボトルのキャップを閉めて、
「そうね。軽く八百キロはあるみたいから、あと三日くらいかなあ。そういえば、ミツハ君はどこまで行きたい?」
と、彼は表情を曇らせ、
「ミツハ、ですか――」
「ああ、どっちも小説に合わせようかなって。嫌だったわよね。ゴメンゴメン」
しかし満陽は考える素振りを見せたあと、
「いいですよ。ミツハで。『かいぜる』じゃなかったら何でもいいんです」
「そっか。よし、それじゃミツハル君はミツハ、私もナユキ」
満陽はコーラをひと口ふた口飲むと、
「ナユキさん、僕も――広島まで連れて行ってもらっていいですか」
「え、広島まで? 帰りはどうするの?」
「帰りは、ちゃんと自分でなんとかします。とにかく今は、どこに行きたいのか分からないんです。だからもしナユキさんの邪魔にならなかったら――」
「そう……。けど、それは明日まで考えさせて。とりあえず都合のいいとこまでは連れてくって約束するから――」
夜は当然、朝と共に明ける。リアと窓を少し開けているせいで、多少ひんやりとした空気が車内に満ちている。
「痛たた――でも運転席で寝るよりぐっすり眠れたかも。あれ、ミツハ君?」
美子が隣りを見ると、少しだけ跡のついたシートは空っぽだった。
目隠しのシートを取り払って昨夜の残りのコーラを甘ったるく喉へ流していると、彼が戻ってきた。手には缶がふたつ。
「コーヒーって飲みますか。甘いのと甘くないのがありますけど」
彼女は少し考えて、
「甘くないのくれる?」
ハッチバックのリアに腰かけて、美子は煙草を吹かす。
「あのね、小説のミツハ君はブラックコーヒーが苦手なの。でもね、ナユキさんの前でカッコつけてそれを飲むのよね。男の子って、そういうのあるの?」
「僕は名前がカッコ悪かったから、それ以外は何も」
「うーん。カッコ悪い訳じゃないと思うのよね。ただ、仰々しいというか、芸能人だったら普通みたいな」
「芸能人ですか。なりたくないですけど。それで――」
口を閉ざした彼に、彼女は昨夜のひと言を思い出す。携帯灰皿に吸い殻を入れると、
「いいわよ。広島まで。その代りヒッチハイカーは楽しい話題を提供するものよ。それだけ頼むから」
「あの……ありがとうございます。頑張ります」
「頑張らなくていいの。せっかくだから楽しく旅をしたいだけ。いいわね」
「……はい」
「ミツハル君。一度荷物を出して、下に降ろしてくれる?」
「あ、はい」
止めた軽のハッチバックを開け、お互いに大きな荷物を地面へ降ろした。美子はリアシートを一杯に倒して平らにする。それから大きなシートを開けたままのリアへかけてプライベートスペースを確保した。
「足は曲げて寝ることになるけど、我慢してね。少しむくむけど、朝からほぐせばイケるイケる」
すると満陽が驚く。
「え、一緒に寝るんですか」
「だって、どちらかが外で寝るとかできないでしょ。車中泊ってそういうものよ」
「いえ――僕は寝袋があるんで」
大きな荷物はそのためか、と思いながら、
「この夏のさなかに寝袋なんて暑苦しくて眠れないわよ。素直にこっちへ来なさい」
「その……相米さんは平気なんですか」
「やだな。美子でいいのに。ていうか、私も名前変えようかな。夏の雪って書いて、『ナユキ』。小説のね、ヒロインの名前なの。ミツハル君も、『ナユキ』って呼んでくれる?」
「ナユキ、ですか」
時刻は午後八時五十分。寝るにはまだ惜しい時間だと、彼女は言った。
「コーラ、飲む? 買ってくるから見張ってて――」
数分後に戻った彼女の手にはコーラが二本。一本を受け取り、リアシートへ移った。
「あとでね、電池式のランタンつけるから。意外と明るいのよ。それにしても男の子がいるって安心。昨日はコインパーキングで寝たの。それでも時々車の出入りがあって、ちょっと怖かったわ」
お互いにコーラを口に含み、
「ナユキ、さんは――あと何日で広島まで行くんですか」
彼女は一度ボトルのキャップを閉めて、
「そうね。軽く八百キロはあるみたいから、あと三日くらいかなあ。そういえば、ミツハ君はどこまで行きたい?」
と、彼は表情を曇らせ、
「ミツハ、ですか――」
「ああ、どっちも小説に合わせようかなって。嫌だったわよね。ゴメンゴメン」
しかし満陽は考える素振りを見せたあと、
「いいですよ。ミツハで。『かいぜる』じゃなかったら何でもいいんです」
「そっか。よし、それじゃミツハル君はミツハ、私もナユキ」
満陽はコーラをひと口ふた口飲むと、
「ナユキさん、僕も――広島まで連れて行ってもらっていいですか」
「え、広島まで? 帰りはどうするの?」
「帰りは、ちゃんと自分でなんとかします。とにかく今は、どこに行きたいのか分からないんです。だからもしナユキさんの邪魔にならなかったら――」
「そう……。けど、それは明日まで考えさせて。とりあえず都合のいいとこまでは連れてくって約束するから――」
夜は当然、朝と共に明ける。リアと窓を少し開けているせいで、多少ひんやりとした空気が車内に満ちている。
「痛たた――でも運転席で寝るよりぐっすり眠れたかも。あれ、ミツハ君?」
美子が隣りを見ると、少しだけ跡のついたシートは空っぽだった。
目隠しのシートを取り払って昨夜の残りのコーラを甘ったるく喉へ流していると、彼が戻ってきた。手には缶がふたつ。
「コーヒーって飲みますか。甘いのと甘くないのがありますけど」
彼女は少し考えて、
「甘くないのくれる?」
ハッチバックのリアに腰かけて、美子は煙草を吹かす。
「あのね、小説のミツハ君はブラックコーヒーが苦手なの。でもね、ナユキさんの前でカッコつけてそれを飲むのよね。男の子って、そういうのあるの?」
「僕は名前がカッコ悪かったから、それ以外は何も」
「うーん。カッコ悪い訳じゃないと思うのよね。ただ、仰々しいというか、芸能人だったら普通みたいな」
「芸能人ですか。なりたくないですけど。それで――」
口を閉ざした彼に、彼女は昨夜のひと言を思い出す。携帯灰皿に吸い殻を入れると、
「いいわよ。広島まで。その代りヒッチハイカーは楽しい話題を提供するものよ。それだけ頼むから」
「あの……ありがとうございます。頑張ります」
「頑張らなくていいの。せっかくだから楽しく旅をしたいだけ。いいわね」
「……はい」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる