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第二部・スノーフレークを探して

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 道の駅は、真新しい建物と広い駐車場に車が集結していた。サイトでの紹介記事のせいか、車中泊キャンパーがあちこちに見うけられる。火の扱いがOKなのか知らないが、派手にバーベキューを行っている集団もある。

「ミツハル君。一度荷物を出して、下に降ろしてくれる?」

「あ、はい」

 止めた軽のハッチバックを開け、お互いに大きな荷物を地面へ降ろした。美子はリアシートを一杯に倒して平らにする。それから大きなシートを開けたままのリアへかけてプライベートスペースを確保した。

「足は曲げて寝ることになるけど、我慢してね。少しむくむけど、朝からほぐせばイケるイケる」

 すると満陽が驚く。

「え、一緒に寝るんですか」

「だって、どちらかが外で寝るとかできないでしょ。車中泊ってそういうものよ」

「いえ――僕は寝袋があるんで」

 大きな荷物はそのためか、と思いながら、

「この夏のさなかに寝袋なんて暑苦しくて眠れないわよ。素直にこっちへ来なさい」

「その……相米さんは平気なんですか」

「やだな。美子でいいのに。ていうか、私も名前変えようかな。夏の雪って書いて、『ナユキ』。小説のね、ヒロインの名前なの。ミツハル君も、『ナユキ』って呼んでくれる?」

「ナユキ、ですか」

 時刻は午後八時五十分。寝るにはまだ惜しい時間だと、彼女は言った。

「コーラ、飲む? 買ってくるから見張ってて――」

 数分後に戻った彼女の手にはコーラが二本。一本を受け取り、リアシートへ移った。

「あとでね、電池式のランタンつけるから。意外と明るいのよ。それにしても男の子がいるって安心。昨日はコインパーキングで寝たの。それでも時々車の出入りがあって、ちょっと怖かったわ」

 お互いにコーラを口に含み、

「ナユキ、さんは――あと何日で広島まで行くんですか」

 彼女は一度ボトルのキャップを閉めて、

「そうね。軽く八百キロはあるみたいから、あと三日くらいかなあ。そういえば、ミツハ君はどこまで行きたい?」

 と、彼は表情を曇らせ、

「ミツハ、ですか――」

「ああ、どっちも小説に合わせようかなって。嫌だったわよね。ゴメンゴメン」

 しかし満陽は考える素振りを見せたあと、

「いいですよ。ミツハで。『かいぜる』じゃなかったら何でもいいんです」

「そっか。よし、それじゃミツハル君はミツハ、私もナユキ」

 満陽はコーラをひと口ふた口飲むと、

「ナユキさん、僕も――広島まで連れて行ってもらっていいですか」

「え、広島まで? 帰りはどうするの?」

「帰りは、ちゃんと自分でなんとかします。とにかく今は、どこに行きたいのか分からないんです。だからもしナユキさんの邪魔にならなかったら――」

「そう……。けど、それは明日まで考えさせて。とりあえず都合のいいとこまでは連れてくって約束するから――」



 夜は当然、朝と共に明ける。リアと窓を少し開けているせいで、多少ひんやりとした空気が車内に満ちている。

「痛たた――でも運転席で寝るよりぐっすり眠れたかも。あれ、ミツハ君?」

 美子が隣りを見ると、少しだけ跡のついたシートは空っぽだった。

 目隠しのシートを取り払って昨夜の残りのコーラを甘ったるく喉へ流していると、彼が戻ってきた。手には缶がふたつ。

「コーヒーって飲みますか。甘いのと甘くないのがありますけど」

 彼女は少し考えて、

「甘くないのくれる?」

 ハッチバックのリアに腰かけて、美子は煙草を吹かす。

「あのね、小説のミツハ君はブラックコーヒーが苦手なの。でもね、ナユキさんの前でカッコつけてそれを飲むのよね。男の子って、そういうのあるの?」

「僕は名前がカッコ悪かったから、それ以外は何も」

「うーん。カッコ悪い訳じゃないと思うのよね。ただ、仰々しいというか、芸能人だったら普通みたいな」

「芸能人ですか。なりたくないですけど。それで――」

 口を閉ざした彼に、彼女は昨夜のひと言を思い出す。携帯灰皿に吸い殻を入れると、

「いいわよ。広島まで。その代りヒッチハイカーは楽しい話題を提供するものよ。それだけ頼むから」

「あの……ありがとうございます。頑張ります」

「頑張らなくていいの。せっかくだから楽しく旅をしたいだけ。いいわね」

「……はい」
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