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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
第1話 異世界の魔法少女 その一
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※第二部『魔法少女は、ふたつの世界を天秤に掛ける』スタートです。
魔法少女たちが異世界で暴れます。
次話以降は、毎週木曜日、午後七時頃の公開を予定しています。
よろしくお願いいたします。
◇
ぶよぶよ、うねうねとした不定形の生き物が、名字川白音のリュックを漁っていた。
粘性の液体が生きて蠢いている。そんな感じだった。
『それ』は一応人の姿を取ろうとしているのだろう。幼児が落書きで書いたような不格好な人型をしている。
『手のような形をしたもの』がリュックに突っ込まれ、ごそごそと何かを探している。
日が暮れて、辺りは薄暮に染まり始めていた。
ぱちぱちと音を立てて爆ぜる焚き火が照り映えて、ぬらぬらとしたその生き物の質感を浮かび上がらせている。
白音は焚き火の側で、その華やかな桜色の魔法少女コスチュームを身にまとったまま、力なく地面に横たえられている。
無防備に四肢が投げ出され、ぴくりとも動かない。
ごすっ!!
大きな音がして、首がはね飛ばされた。
牛のような大型の四足獣の頭部が勢いで飛び跳ねる。
白音と同じく焚き火の側に横たえられていたその四足獣を、『それ』が切断したのだ。
『それ』は体を自在に変形、またその硬軟もコントロールすることが出来るらしい。
腕に相当する部分を一瞬刃物のような形に硬化させて、牛の頚部に振り下ろした。
ただ、その切れ味はあまり良くはなかった。
半ばねじ切るような格好になって獣の首が勢いよく転がり、意識のない白音の足下へと転がっていく。
『それ』は少し動きを速め、完全に意識のない白音の元へとにじり寄った。
人型をしているからには脚もあるのだが、膝をついたまま、ミミズの蠕動運動を連想させるような動きでスムーズに移動する。
『それ』は四足獣の頭部を手(?)に取ると、白音の顔と見比べるようなそぶりをした。
見たのかどうかよく分からないが、目に相当する部分が白音の方へ、ちらりと向けられた。
四足獣の頭部を少し離れたところに置くと、その不定形生物はなおも同じ要領で獣の切断を続けた。
その他の骨や臓器なども、強引に切断しては頭部と一緒にまとめていく。
解体とは言いがたい乱暴なやり方で四足獣は切り刻まれ、いくつもの肉塊へと切り分けられていった。
そしてある程度小さくなると、今度は先程白音のリュックから探し当てたらしい包丁を使い始めた。
さらにこちらも勝手に拝借した白音の鋳鉄製のフライパンを焚き火に掛け、その不格好な肉の小片を並べていく。
じゅううぅぅぅぅっ、と音を立てて辺りに香ばしい煙が拡がっていく。
見た目の異様さに反して、その生き物はどうやら調理をしているようだった。
いや、「しようとしている」と言った方が正確だろう。
その姿かたちと同じく、それはひどく見よう見まねで、本物とはかけ離れたやり方だった。
『それ』がまた、ちらりと白音の方を見た。
多分何かの感覚器官で白音の存在を知覚しているのだろう。
およそ表情に相当するようなものが存在しなかったから、その考えを窺い知ることはまったくできなかった。
◇
『それ』の解体調理ショーが始まる少し前。
異世界へと続く転移ゲートをくぐった白音は、荒野の中にただ独り、呆然と佇んでいた。
周囲には誰もいない。
吹きすさぶ乾いた風に、白音の魔法少女としてのコスチューム、桜の花びらのような艶やかな衣装が、この時ばかりは寂しげに揺れている。
ゲートをくぐる時に、手を取り合っていたはずのリンクスの姿がなかった。
手にはまだ、確かに握っていたはずのリンクスの温もりがのこっている。
先にゲートをくぐって行った莉美は? 佳奈は? そらは? どこに行ったのだろうか。
まったく誰の気配も感じられなかった。
転移ゲートは一方通行だと聞いていたから、当然こちらから現世へと帰るゲートも見当たらない。
そこはまったくの不毛の地というわけではなく、乾燥に強そうな尖った葉を持つ草本や灌木などがまばらに生えていた。
現世で言えば西部劇で見たような景色なのだが、白音には前世も含めて、このような土地を訪れた記憶はない。
生きて行くには過酷な、枯れた土地だった。
しかし何故か、白音にはそこが懐かしいと感じられた。根拠はよく分からない。
大気の成分なのか、空間に満ちている魔力の性質なのか。
この土地が、というよりはこの世界が懐かしい、という感触だ。
白音の中にある前世の記憶――デイジーとしての記憶――が、ここは自分の生まれた世界なんだと教えてくれていた。
しばし途方に暮れた後、白音は努めて冷静に考えようとした。
自分ひとりしかここにいないのは何故だろうか。現実的な可能性を挙げてみる。
共に転移した仲間が見当たらないのは、互いの出現ポイントが空間的にずれたのか、時間的にずれたのか、あるいはその両方だろう。
周囲には白音以外の人間の足跡は見当たらない。
少なくともこの付近に、自分より先には誰も来ていないと判断できる。
そうするとここからは確認できないような遠く離れた場所に現れたのか、これから現れるのか。あるいはこの場所に白音より後に現れるのか、可能性としてはそんなところか。
時間的なずれが何万年、などとなれば絶望的だが、それは今は考えないことにする。
実際のところ異世界事案に時間的なずれが確認された例は無く、ふたつの世界は時間的にシンクロしていると結論づけられていたはずだ。
白音に限っては、『転移』ではなく『転生』などというかなり特殊な形で異世界から現世へとやって来ている。
だから前世の記憶と今の記憶とで、実に十七年ほどのずれが生じてしまっているのだが、普通はそのようなことにはならないだろう。
あとの可能性は正直考えたくもない。
転移が上手く発動せずにまだ現世にのこっていたりしたら、大変なことになる。
誰にも使われることがないよう、魔法による障壁で完璧に閉じられているはずなのだ。
これはかなり差し迫った状況だった。
元々この異世界の出身であるとは言え、白音にはここがどこなのか見当もつかなかった。
どことも知れぬ不毛の荒野に放り出されては、いずれ消耗して死を待つばかりとなってしまうだろう。
白音は京香の話を思い出していた。
チーム白音の最大の敵であった逆巻姉妹、彩子と京香。彼女たちはいい加減なやり方の英雄召喚術に引き寄せられて、この異世界に来たと言っていた。
召喚座標に大幅なずれが生じて熱夢のような砂漠に放り出され、彷徨い、消耗し、そして弟を失ったのだと。
ここは灼熱の砂漠のように過酷な環境ではなかったが、それでも白音は暗澹たる気持ちになった。
この世界の記憶を持つ白音ですらこうなのだから、もしみんながこんな見も知らぬ異世界の果てに独りで放り出されたなら、どんな思いでいることだろう。
みんなに出会えないままにそれぞれが彷徨って、餓えるようなことだけは、なんとしても避けねばならない。
こういう時、莉美ならきっとやるだろう事がある。体内の魔素を高めるのだ。
莉美は莫大な量の魔素を持つ。それを高めるだけで遠くからでも白音たちになら感知出来る。
魔力ののろしのようなものだ。
あまりに強大で、以前すぐ傍でやられた時には肌が粟立って戦慄すら覚えた。
それを多分、莉美なら大声で人を探すのとさして変わらない感覚でやる。
魔力感知能力を持った何か未知のものをおびき寄せる可能性もあるのだが、もはやそんなことは言っていられまい。
莉美ほどの大きなのろしは上げられないが、白音も試してみるべきだろうと判断した。
このままではらちが明かない。
白音は魔法少女としての力の上に、魔族としての力も解放する。
コスチュームはそのままに、頭には純白の双角、背中には白銀に輝く皮翼と尻尾が現れる。
莉美が傍にいたなら、目を輝かせて連射モードで写真を撮り始めてくれるのかもしれない。
しかしいざたった独りで変身してみると、思った以上に周りの静けさが気になった。
「………………」
現世の人間と異世界の魔族との間に生まれたデイジー――前世の白音――には、魔力の源たる『魔核』がふたつあった。
ひとつは召喚英雄だった母親譲りの『英雄核』と呼ばれるもの。
ひとつは魔族の戦士であった父親譲りのもの。
そしてデイジーは人族に討たれ、白音となって現世への転生を果たしたが、ふたつの魔核はやはり今も白音の中に居る。
一刻も早くみんなの無事な顔が見たくて、白音は魔族と人族、そのふたつの核の魔素を全開にする。
「能力強化!!」
能力強化は白音が持つ固有の魔法である。
自身や仲間の能力を大幅に引き上げることができる。
しかも体に負担が掛かることを気にしなければ、その倍率はどんどん跳ね上がる。
魔法の対象とするのは、今は自分独りだけでいい。
その反動としてのしかかるダメージも、魔族としての強靱な身体が耐えてくれる。
となれば今の白音にはかなりの無理ができた。
多分莉美を除けば、白音が一番強力なのろしを上げられるだろう。
感知能力に長けたそらがこれに気づいてくれれば、その明晰な頭脳できっと事態を好転させてくれるに違いなかった
「二重増幅強化!!」
リーパーをリーパーで強化して、さらにそのリーパーでリーパーを強化する。
『正帰還増幅』
制御回路などでこれをやると、普通は出力が制御不能になって焼き切れてしまうものだ。
白音はこれを自分の身体で限界を探りながらやっている。
……………、
……………、
……………。
しばらく静かにして感覚を研ぎ澄ます。
しかしかなり強力な魔力波発生したはずなのだが、悲しいくらいにどこからも何の反応もなかった。
その後も白音は定期的に魔力波を発振し、転移の出現位置を中心にできる限り細やかに探索を行ったが、結局何も発見できなかった。
後続の一恵やいつき、ちびそらたちが転移してくる気配もない。
やがて白音の焦りをよそに日は傾き初め、辺りが黄昏れに染まり始める。
異世界だとて何ら変わりのない自然の営みだ。
そして白音のおなかは、こんな大変な時でももうすぐ夕飯時だということを空腹の音で教えてくれた。
その辺りも、異世界だとて何ら変わりはない。
白音は、他のみんなも空腹で困っているのではないかと心配になった。
白音のリュックには数日なら野宿できる程度の食料や装備が入っている。
そらや一恵も当然そうだろう。
いつきもしっかりした子だったから、ちゃんとした準備はしていそうだった。
佳奈のリュックには、みんなで食べるためにと色んな種類のパンがたくさん入っているかもしれない。
「…………」
白音は詳しく想像してしまったせいで佳奈の家、ヤヌルベーカリーのパンが恋しくなってしまった。
慌てて頭の中からおいしそうなパンの映像を追い出す。
そして……。
莉美のリュックにはおやつしか入っていそうにない。
せめて行動食にヨウカンくらい入れていて欲しいものだとは思う。
しかしまあ、菓子類には炭水化物や糖分が多いので意外と何とかなるのかもしれない。
ただし、だ。それらを無計画に食べ尽くさなければの話だ。
白音は莉美のにこやかな笑顔を想い出して頭を抱えた。
謎生物であるちびそらのことは正直よく分からない。
電力と魔力のハイブリッド駆動と聞いていたが、エネルギーが切れたらどうなるのだろうか。
スマホのように再充電するだけで問題がなければ良いのだが。
リンクスは自分たちのようにキャンプ装備や食料を何も持っていない。
何しろ海に沈んだ白音を助けるために着の身着のままで飛び出し…………。
そこまで考えて白音は勝手に照れた。
誰も見ていないのに照れた。
白音は、自分が寂しすぎてやや情緒不安定になっているのかもしれない、と思った。
今心配したところでどうしようもない事を、くどくどと考えすぎている。
リンクスに関しては白音と同様、この世界の動植物の知識がある。
そしてこの世界で人族に追われ、共に落ち延びた際は、野宿など当たり前の生活をしていた。
ふたりで野生動物を狩り、捌いて食べた経験もある。
当時はふたりともまともに調理などできなかったので酷い出来栄えだったが、今の彼なら何の問題もないだろう。
『今の彼』…………。
白音はまたいらないことを考えそうになった。
しかし照れる前にその雑念は中断させられた。
何者かの気配を微かに感じて、白音の体が自然と臨戦態勢になる
戦士として、魔法少女として研ぎ澄まされた感覚が、遠方に動くものがあることを捉えていた。
すうっと目を細めて薄暗くなりつつあった周囲を探る。
何度か大きな魔力波を放出していたから、仲間の誰かならもっと分かりやすく近づいてくるだろう。
また、並みの魔物ならその魔力波を恐れてこちらには近づいてこないだろう。
従って。白音は予測した。
こんな風にして近づいてくるのは、白音の魔力を恐れることのない魔王か、勇者か、それとも魔力をあまり感じることのできない野生動物か、それとも莉美だ。
魔法少女たちが異世界で暴れます。
次話以降は、毎週木曜日、午後七時頃の公開を予定しています。
よろしくお願いいたします。
◇
ぶよぶよ、うねうねとした不定形の生き物が、名字川白音のリュックを漁っていた。
粘性の液体が生きて蠢いている。そんな感じだった。
『それ』は一応人の姿を取ろうとしているのだろう。幼児が落書きで書いたような不格好な人型をしている。
『手のような形をしたもの』がリュックに突っ込まれ、ごそごそと何かを探している。
日が暮れて、辺りは薄暮に染まり始めていた。
ぱちぱちと音を立てて爆ぜる焚き火が照り映えて、ぬらぬらとしたその生き物の質感を浮かび上がらせている。
白音は焚き火の側で、その華やかな桜色の魔法少女コスチュームを身にまとったまま、力なく地面に横たえられている。
無防備に四肢が投げ出され、ぴくりとも動かない。
ごすっ!!
大きな音がして、首がはね飛ばされた。
牛のような大型の四足獣の頭部が勢いで飛び跳ねる。
白音と同じく焚き火の側に横たえられていたその四足獣を、『それ』が切断したのだ。
『それ』は体を自在に変形、またその硬軟もコントロールすることが出来るらしい。
腕に相当する部分を一瞬刃物のような形に硬化させて、牛の頚部に振り下ろした。
ただ、その切れ味はあまり良くはなかった。
半ばねじ切るような格好になって獣の首が勢いよく転がり、意識のない白音の足下へと転がっていく。
『それ』は少し動きを速め、完全に意識のない白音の元へとにじり寄った。
人型をしているからには脚もあるのだが、膝をついたまま、ミミズの蠕動運動を連想させるような動きでスムーズに移動する。
『それ』は四足獣の頭部を手(?)に取ると、白音の顔と見比べるようなそぶりをした。
見たのかどうかよく分からないが、目に相当する部分が白音の方へ、ちらりと向けられた。
四足獣の頭部を少し離れたところに置くと、その不定形生物はなおも同じ要領で獣の切断を続けた。
その他の骨や臓器なども、強引に切断しては頭部と一緒にまとめていく。
解体とは言いがたい乱暴なやり方で四足獣は切り刻まれ、いくつもの肉塊へと切り分けられていった。
そしてある程度小さくなると、今度は先程白音のリュックから探し当てたらしい包丁を使い始めた。
さらにこちらも勝手に拝借した白音の鋳鉄製のフライパンを焚き火に掛け、その不格好な肉の小片を並べていく。
じゅううぅぅぅぅっ、と音を立てて辺りに香ばしい煙が拡がっていく。
見た目の異様さに反して、その生き物はどうやら調理をしているようだった。
いや、「しようとしている」と言った方が正確だろう。
その姿かたちと同じく、それはひどく見よう見まねで、本物とはかけ離れたやり方だった。
『それ』がまた、ちらりと白音の方を見た。
多分何かの感覚器官で白音の存在を知覚しているのだろう。
およそ表情に相当するようなものが存在しなかったから、その考えを窺い知ることはまったくできなかった。
◇
『それ』の解体調理ショーが始まる少し前。
異世界へと続く転移ゲートをくぐった白音は、荒野の中にただ独り、呆然と佇んでいた。
周囲には誰もいない。
吹きすさぶ乾いた風に、白音の魔法少女としてのコスチューム、桜の花びらのような艶やかな衣装が、この時ばかりは寂しげに揺れている。
ゲートをくぐる時に、手を取り合っていたはずのリンクスの姿がなかった。
手にはまだ、確かに握っていたはずのリンクスの温もりがのこっている。
先にゲートをくぐって行った莉美は? 佳奈は? そらは? どこに行ったのだろうか。
まったく誰の気配も感じられなかった。
転移ゲートは一方通行だと聞いていたから、当然こちらから現世へと帰るゲートも見当たらない。
そこはまったくの不毛の地というわけではなく、乾燥に強そうな尖った葉を持つ草本や灌木などがまばらに生えていた。
現世で言えば西部劇で見たような景色なのだが、白音には前世も含めて、このような土地を訪れた記憶はない。
生きて行くには過酷な、枯れた土地だった。
しかし何故か、白音にはそこが懐かしいと感じられた。根拠はよく分からない。
大気の成分なのか、空間に満ちている魔力の性質なのか。
この土地が、というよりはこの世界が懐かしい、という感触だ。
白音の中にある前世の記憶――デイジーとしての記憶――が、ここは自分の生まれた世界なんだと教えてくれていた。
しばし途方に暮れた後、白音は努めて冷静に考えようとした。
自分ひとりしかここにいないのは何故だろうか。現実的な可能性を挙げてみる。
共に転移した仲間が見当たらないのは、互いの出現ポイントが空間的にずれたのか、時間的にずれたのか、あるいはその両方だろう。
周囲には白音以外の人間の足跡は見当たらない。
少なくともこの付近に、自分より先には誰も来ていないと判断できる。
そうするとここからは確認できないような遠く離れた場所に現れたのか、これから現れるのか。あるいはこの場所に白音より後に現れるのか、可能性としてはそんなところか。
時間的なずれが何万年、などとなれば絶望的だが、それは今は考えないことにする。
実際のところ異世界事案に時間的なずれが確認された例は無く、ふたつの世界は時間的にシンクロしていると結論づけられていたはずだ。
白音に限っては、『転移』ではなく『転生』などというかなり特殊な形で異世界から現世へとやって来ている。
だから前世の記憶と今の記憶とで、実に十七年ほどのずれが生じてしまっているのだが、普通はそのようなことにはならないだろう。
あとの可能性は正直考えたくもない。
転移が上手く発動せずにまだ現世にのこっていたりしたら、大変なことになる。
誰にも使われることがないよう、魔法による障壁で完璧に閉じられているはずなのだ。
これはかなり差し迫った状況だった。
元々この異世界の出身であるとは言え、白音にはここがどこなのか見当もつかなかった。
どことも知れぬ不毛の荒野に放り出されては、いずれ消耗して死を待つばかりとなってしまうだろう。
白音は京香の話を思い出していた。
チーム白音の最大の敵であった逆巻姉妹、彩子と京香。彼女たちはいい加減なやり方の英雄召喚術に引き寄せられて、この異世界に来たと言っていた。
召喚座標に大幅なずれが生じて熱夢のような砂漠に放り出され、彷徨い、消耗し、そして弟を失ったのだと。
ここは灼熱の砂漠のように過酷な環境ではなかったが、それでも白音は暗澹たる気持ちになった。
この世界の記憶を持つ白音ですらこうなのだから、もしみんながこんな見も知らぬ異世界の果てに独りで放り出されたなら、どんな思いでいることだろう。
みんなに出会えないままにそれぞれが彷徨って、餓えるようなことだけは、なんとしても避けねばならない。
こういう時、莉美ならきっとやるだろう事がある。体内の魔素を高めるのだ。
莉美は莫大な量の魔素を持つ。それを高めるだけで遠くからでも白音たちになら感知出来る。
魔力ののろしのようなものだ。
あまりに強大で、以前すぐ傍でやられた時には肌が粟立って戦慄すら覚えた。
それを多分、莉美なら大声で人を探すのとさして変わらない感覚でやる。
魔力感知能力を持った何か未知のものをおびき寄せる可能性もあるのだが、もはやそんなことは言っていられまい。
莉美ほどの大きなのろしは上げられないが、白音も試してみるべきだろうと判断した。
このままではらちが明かない。
白音は魔法少女としての力の上に、魔族としての力も解放する。
コスチュームはそのままに、頭には純白の双角、背中には白銀に輝く皮翼と尻尾が現れる。
莉美が傍にいたなら、目を輝かせて連射モードで写真を撮り始めてくれるのかもしれない。
しかしいざたった独りで変身してみると、思った以上に周りの静けさが気になった。
「………………」
現世の人間と異世界の魔族との間に生まれたデイジー――前世の白音――には、魔力の源たる『魔核』がふたつあった。
ひとつは召喚英雄だった母親譲りの『英雄核』と呼ばれるもの。
ひとつは魔族の戦士であった父親譲りのもの。
そしてデイジーは人族に討たれ、白音となって現世への転生を果たしたが、ふたつの魔核はやはり今も白音の中に居る。
一刻も早くみんなの無事な顔が見たくて、白音は魔族と人族、そのふたつの核の魔素を全開にする。
「能力強化!!」
能力強化は白音が持つ固有の魔法である。
自身や仲間の能力を大幅に引き上げることができる。
しかも体に負担が掛かることを気にしなければ、その倍率はどんどん跳ね上がる。
魔法の対象とするのは、今は自分独りだけでいい。
その反動としてのしかかるダメージも、魔族としての強靱な身体が耐えてくれる。
となれば今の白音にはかなりの無理ができた。
多分莉美を除けば、白音が一番強力なのろしを上げられるだろう。
感知能力に長けたそらがこれに気づいてくれれば、その明晰な頭脳できっと事態を好転させてくれるに違いなかった
「二重増幅強化!!」
リーパーをリーパーで強化して、さらにそのリーパーでリーパーを強化する。
『正帰還増幅』
制御回路などでこれをやると、普通は出力が制御不能になって焼き切れてしまうものだ。
白音はこれを自分の身体で限界を探りながらやっている。
……………、
……………、
……………。
しばらく静かにして感覚を研ぎ澄ます。
しかしかなり強力な魔力波発生したはずなのだが、悲しいくらいにどこからも何の反応もなかった。
その後も白音は定期的に魔力波を発振し、転移の出現位置を中心にできる限り細やかに探索を行ったが、結局何も発見できなかった。
後続の一恵やいつき、ちびそらたちが転移してくる気配もない。
やがて白音の焦りをよそに日は傾き初め、辺りが黄昏れに染まり始める。
異世界だとて何ら変わりのない自然の営みだ。
そして白音のおなかは、こんな大変な時でももうすぐ夕飯時だということを空腹の音で教えてくれた。
その辺りも、異世界だとて何ら変わりはない。
白音は、他のみんなも空腹で困っているのではないかと心配になった。
白音のリュックには数日なら野宿できる程度の食料や装備が入っている。
そらや一恵も当然そうだろう。
いつきもしっかりした子だったから、ちゃんとした準備はしていそうだった。
佳奈のリュックには、みんなで食べるためにと色んな種類のパンがたくさん入っているかもしれない。
「…………」
白音は詳しく想像してしまったせいで佳奈の家、ヤヌルベーカリーのパンが恋しくなってしまった。
慌てて頭の中からおいしそうなパンの映像を追い出す。
そして……。
莉美のリュックにはおやつしか入っていそうにない。
せめて行動食にヨウカンくらい入れていて欲しいものだとは思う。
しかしまあ、菓子類には炭水化物や糖分が多いので意外と何とかなるのかもしれない。
ただし、だ。それらを無計画に食べ尽くさなければの話だ。
白音は莉美のにこやかな笑顔を想い出して頭を抱えた。
謎生物であるちびそらのことは正直よく分からない。
電力と魔力のハイブリッド駆動と聞いていたが、エネルギーが切れたらどうなるのだろうか。
スマホのように再充電するだけで問題がなければ良いのだが。
リンクスは自分たちのようにキャンプ装備や食料を何も持っていない。
何しろ海に沈んだ白音を助けるために着の身着のままで飛び出し…………。
そこまで考えて白音は勝手に照れた。
誰も見ていないのに照れた。
白音は、自分が寂しすぎてやや情緒不安定になっているのかもしれない、と思った。
今心配したところでどうしようもない事を、くどくどと考えすぎている。
リンクスに関しては白音と同様、この世界の動植物の知識がある。
そしてこの世界で人族に追われ、共に落ち延びた際は、野宿など当たり前の生活をしていた。
ふたりで野生動物を狩り、捌いて食べた経験もある。
当時はふたりともまともに調理などできなかったので酷い出来栄えだったが、今の彼なら何の問題もないだろう。
『今の彼』…………。
白音はまたいらないことを考えそうになった。
しかし照れる前にその雑念は中断させられた。
何者かの気配を微かに感じて、白音の体が自然と臨戦態勢になる
戦士として、魔法少女として研ぎ澄まされた感覚が、遠方に動くものがあることを捉えていた。
すうっと目を細めて薄暗くなりつつあった周囲を探る。
何度か大きな魔力波を放出していたから、仲間の誰かならもっと分かりやすく近づいてくるだろう。
また、並みの魔物ならその魔力波を恐れてこちらには近づいてこないだろう。
従って。白音は予測した。
こんな風にして近づいてくるのは、白音の魔力を恐れることのない魔王か、勇者か、それとも魔力をあまり感じることのできない野生動物か、それとも莉美だ。
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