160 / 214
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
第1話 異世界の魔法少女 その二
しおりを挟む
果たしてそれは、野生動物だった。
白音が神経を張り詰めて気配を探っていると、やがて姿を現す。
牛に似た四足歩行の動物。
白音は前世の記憶として知っている。『ランドルメア』と呼ばれている雑食性の大型動物だ。
肉質は非常に美味、しかし性格は荒っぽく縄張り意識が強い。
群れで行動し、時に人を襲うこともある。
そう、美味なのである。
転生後の白音の知識も合わせれば、その味は見てくれ同様牛と似ている。
白音はラッキーだと思った。
そして同時に、反射的にそんな事を思った自分に驚いてもいた。
自分はそれを狩って食べる気でいるのだ。
魔族の住む土地では比較的良く見かけ、またリンクスと共に敗残兵を率いて逃げ延びていた時にはよくお世話になった動物だ。
しかし転生してからの白音としては、さすがに野生動物を丸ごと捌いた経験などない。
ごく一般的な女子高生としての普通の気持ちと同時に、頭の中では既に目の前の美味しい食材の調理法が浮かんでいるのだ。
もちろん女子高生だろうと歴戦の近衛隊長だろうと、食べなければ死ぬのは確かだ。
何が起こるか分からない今後の事を考えれば、できるだけ食料は節約しておかなければならないだろう。
結局白音は、どちらかというと『ご馳走になります』という気持ちで夕食の調達に挑戦することにした。
そのランドルメアは、単独行動をしていた。群れからはぐれたのだろう。
本来ならこんな荒野に生息する生物ではないから、意外と人里が近いのかもしれない。
牛に似ているとは言え、雑食性である。
飢えていれば小動物どころか人でも襲って食べることがある。
体重は1トンを超えるだろう。
頭には白音よりも立派な角が生えていて力も強い。
たとえ群れからはぐれていたとしても、この強力無比な獣が他の動物に襲われることなどまずない。
しかしその強さ故に警戒心は薄い。
その戦闘力を凌駕できる狩人なら、実はたやすい獲物なのである。
白音が静かに近づいていくと、ランドルメアは白音を視界の正面に収めるように向き直り、姿勢を低くする。
地面を脚で掻いたりなどせず、蹄をぴったりと地面に付けている。
威嚇もなし、問答無用の戦闘態勢だ。
おそらくは相手も空腹なのだろう。
魔力で相手の強さを量らない獣にとっては、白音が魅力的な食材に見えているはずだ。
どちらが食材になるのかを決する戦いだった。
白音は遠慮なく体内の魔素を高め、それを右手に収束させていく。
白音の芸術的な剣技と相俟って恐るべき切れ味を誇る、光の剣が形成された。
苦痛はできるだけ少なく、一撃で屠り、そして美味しくいただくつもりだ。
荒野に、まるで闘牛場のような緊迫感が拡がっていく。
先に動いたのはランドルメアだった。多分白音の方がより食材として魅力的だったのだろう。
白音はまるでマタドールのように待ち構え、その巨大な食欲の塊を軽やかに横に飛んで躱す。
ランドルメアはその巨体故に急に進路が変更できない。
躱しざま、首筋の急所に光の剣を一撃、…………するつもりだった。
するつもりだったのだがその瞬間、白音は得体のしれない、猛烈な吐き気を覚え、そのせいで手元が狂ってしまった。
巨牛の首筋に手傷を与えたが、絶命させるには至らなかった。
「しまっ…………」
すれ違いざま巨牛は首を傾げた。
そして少しよろめいた白音の桜色の魔法少女コスチュームを、その鋭い角で引っかけた。
身体の底から沸いてくるようなよく分からない苦痛に呻きながら白音は、なすすべもなくそのまま引きずられていく。
そして巨牛が、くいっと首を振った。
僅かに振っただけなのだが、白音は軽々と10メートル以上、宙に放り上げられる。
もちろん白音はその翼で飛ぶことができるのだが、姿勢を取り戻す余裕もなくそのまま地面に叩きつけられてしまった。
「うぐっ…………」
ランドルメアが動きの止まった白音目がけて、再び角を向けている。
白音はどうにかよろよろと立ち上がったのだが、再び猛烈な吐き気に襲われた。
何度もえずくのだが、しかし少量の胃液以外は何も出てこない。
何かが喉元までせり上がってきているような感覚があって、それがそこで詰まっているのだ。
そのうち気管が狭窄し、息が吸えなくなった。
食べ物を喉に詰まらせて窒息する、そんな感覚だった。
白音が喉をかきむしるようにして苦しんでいると、ランドルメアが全速で突進してきた。
その角で思いっきり白音の胴を突き上げる。
荒野の砂礫を巻き上げながら、白音が壊れた人形か何かのように転がっていく。
魔法少女には魔力による防御があるためどうにか角で突き通されずにはすんだのだが、息が吸えず、強烈な痛みに呻くことすら許されずにいた。
次第次第に脳へ酸素が回らなくなり、やがて白音の意識が徐々に失われ始める。
ぼやけた視界にランドルメアが近づいてくるのが見える。
そしてひと声勝利の咆哮を上げて棹立ちになると、その蹄を白音の無防備な腹部に叩きつけた。
「ぐはぁぁっ!!」
だがその一撃でようやく喉に詰まっていたものが口から吐き出された。
ただの嘔吐ではなかった。
血混じりで赤黒いが、中にふよふよとした綺麗なピンク色の肉質のものが大量に混じっている。
白音は自分の内臓を吐いているのだと思った。
体の中で何が起こっているのかは理解できない。
ただ多分目の前の牛にやられる前からの異変だろう。
これまでの戦いでの無理がたたったのか、それとも異世界転移という未知の現象が、何か体調に異変をもたらしたのか。
いずれにせよ、白音にはもう抵抗するだけの力がのこされていなかった。
(……そらちゃん……いつきちゃん……、もしひとりでこんなのに出会ったら…………。きっと、佳奈にしか止められ、ない……。一恵ちゃん、なら次元魔法で何とかしてくれる…………。莉美なら……、美味しく調理しそうよね……。みんな一緒にいてくれればいいんだ……ケド……。わたし、このまま……死ぬの……かな…………)
◇
ぬらぬらとした不定型な『それ』の調理は、実に大雑把でいい加減なやり方だった。
しかしそれでも新鮮な肉に焚き火の火が通り、食欲をそそる良い匂いが周囲に立ちこめてきた。
その時、白音の手が僅かに動いた。
「ん…………良い匂い……。莉美?」
気絶はしていたが空腹で飢えていた白音は、鼻腔を食欲に刺激されて目を覚ました。
なんとなく、莉美がそこにいるのかと思った。
ぼんやりと浮かぶ視界に、肉を焼いている人の姿が浮かぶ。
その人影がスキレットの取っ手を握ると、かなり熱かったらしく、慌てて手を引っ込めた。
(当たり前よ。莉美がそんな初歩的なミス…………)
するわけはないと思った。それで白音は慌てて体を起こす。
揺らめく焚き火の炎に照らされた『それ』はてらてらと輝いていて、まるで皮膚を全部剥がしたむき身の人間のように見えた。
「!?!!! 化け物っ!?」
白音はまだ体が上手く動かなかったので、手に光の剣を出現させて形ばかりの戦闘態勢を取る。
だが、不定形生物は無抵抗に腕を差し出して白音の正面を向いた。
「待ツ。私、敵違ウ。悪イナい」
片言だったがこの世界の言葉ではない。
それが日本語だったので白音は少し冷静になった。
「焼ケタ。食ベル。元気スル」
多分熱くて触れないのだろう、焚き火にかけられたままのスキレットを指のようなもので指し示している。
「…………」
ただ焼いただけのランドルメアの肉だったが、それはとても美味しそうに見えた。
見た目は化け物だが、その不定形生物に敵意はなさそうだった。警戒しつつも白音は光の剣を収める。
そして無言でリュックの中から軍手を取り出し、スキレットを火から下ろす。
リュックにそんな物を入れている魔法少女は白音くらいのものだろう。
「………………どうぞ」
アルミ製のトレーに肉を半分取り分けて『それ』に差し出した。
ぬらぬらとした表面にさざ波のようなものが拡がってくのが見えた。
喜んでいるのかもしれない。
『それ』はもう熱くないのを慎重に確認すると、指(だと思っていた部分)でその肉に触れた。
すると焼きたての肉はそこから体内に吸収されていった。
「うう……」
サイコロ状だった肉の塊が、徐々に体内で分解されて消えていく。
『それ』の身体は結構透明度が高いらしくよく見える。
「ナニ?」
「いや、いえ……うん。わたしもいただきます。ありがとう」
『それ』には多分、こちらを害する気はないのだろうと白音は判断した。
辺りは薄暗くなり、もうすぐ夜闇が訪れる頃合いのようだった。
どのくらいの間気を失っていたのか分からないが、牛を狩ろうとした時から数時間は経っていそうだった。
もし『それ』が白音に対して何かする気があったなら、何とでも出来ていたはずだ。
それこそ食べる気なら、丸ごと消化してしまう時間が十分あったように思う。
今こうして焚き火を囲んでいるのだから、少なくとも頭から呑み込まれたりはしないのだろう。
「思ッテタ、違ウ」
『それ』がぼそりと呟いた。
「ん?」
「味、ナイ」
『それ』は焼き肉が美味しくないと言いたいようだった。
確かに調味料も何も使わず、ただ焼いただけの肉だ。
白音の基準ではそれは「美味しくない」。
しかし前世――デイジー基準では、野戦行軍中にこんなものが食べられたら大変なご馳走である。
この化け物はグルメなのかもしれない。
「分かった、ちょっと待って」
『それ』に一挙手一投足を見守られる中、白音がごそごそとリュックを漁る。
さすがに調味料は持ってきていなかったが、丁度いい物があった。
ガーリックペッパー味とかいうポテトチップスだ。
これを袋の中で細かく砕き、フレーク状になった物を肉の上からぱらぱらと振りかける。
食料は貴重なのだが、節約は、うん、明日からにしよう、と白音は思った。
何となくだが分かってきた。
先程白音を腹の足しにしようとしていたランドルメアを倒したのは、この『化け物』なのだ。
そして焚き火のそばで介抱してくれて、倒したランドルメアを白音のために調理してくれたのだ。
この恩人に報いるため、ささやかな味付けをするくらいの贅沢は許されるだろう。
即席の香辛料が振りかけられた肉を、『それ』が今度は口から摂取する。
先程から白音の食べ方をじっと観察していたようだから、その真似をしているのだろう。
じわあぁぁぁっと肉塊が消えて無くなると、ぷるぷるぷるぷる、と『それ』の表面が激しく波立った。
美味しかったらしい。
なんだか面白い。
白音が神経を張り詰めて気配を探っていると、やがて姿を現す。
牛に似た四足歩行の動物。
白音は前世の記憶として知っている。『ランドルメア』と呼ばれている雑食性の大型動物だ。
肉質は非常に美味、しかし性格は荒っぽく縄張り意識が強い。
群れで行動し、時に人を襲うこともある。
そう、美味なのである。
転生後の白音の知識も合わせれば、その味は見てくれ同様牛と似ている。
白音はラッキーだと思った。
そして同時に、反射的にそんな事を思った自分に驚いてもいた。
自分はそれを狩って食べる気でいるのだ。
魔族の住む土地では比較的良く見かけ、またリンクスと共に敗残兵を率いて逃げ延びていた時にはよくお世話になった動物だ。
しかし転生してからの白音としては、さすがに野生動物を丸ごと捌いた経験などない。
ごく一般的な女子高生としての普通の気持ちと同時に、頭の中では既に目の前の美味しい食材の調理法が浮かんでいるのだ。
もちろん女子高生だろうと歴戦の近衛隊長だろうと、食べなければ死ぬのは確かだ。
何が起こるか分からない今後の事を考えれば、できるだけ食料は節約しておかなければならないだろう。
結局白音は、どちらかというと『ご馳走になります』という気持ちで夕食の調達に挑戦することにした。
そのランドルメアは、単独行動をしていた。群れからはぐれたのだろう。
本来ならこんな荒野に生息する生物ではないから、意外と人里が近いのかもしれない。
牛に似ているとは言え、雑食性である。
飢えていれば小動物どころか人でも襲って食べることがある。
体重は1トンを超えるだろう。
頭には白音よりも立派な角が生えていて力も強い。
たとえ群れからはぐれていたとしても、この強力無比な獣が他の動物に襲われることなどまずない。
しかしその強さ故に警戒心は薄い。
その戦闘力を凌駕できる狩人なら、実はたやすい獲物なのである。
白音が静かに近づいていくと、ランドルメアは白音を視界の正面に収めるように向き直り、姿勢を低くする。
地面を脚で掻いたりなどせず、蹄をぴったりと地面に付けている。
威嚇もなし、問答無用の戦闘態勢だ。
おそらくは相手も空腹なのだろう。
魔力で相手の強さを量らない獣にとっては、白音が魅力的な食材に見えているはずだ。
どちらが食材になるのかを決する戦いだった。
白音は遠慮なく体内の魔素を高め、それを右手に収束させていく。
白音の芸術的な剣技と相俟って恐るべき切れ味を誇る、光の剣が形成された。
苦痛はできるだけ少なく、一撃で屠り、そして美味しくいただくつもりだ。
荒野に、まるで闘牛場のような緊迫感が拡がっていく。
先に動いたのはランドルメアだった。多分白音の方がより食材として魅力的だったのだろう。
白音はまるでマタドールのように待ち構え、その巨大な食欲の塊を軽やかに横に飛んで躱す。
ランドルメアはその巨体故に急に進路が変更できない。
躱しざま、首筋の急所に光の剣を一撃、…………するつもりだった。
するつもりだったのだがその瞬間、白音は得体のしれない、猛烈な吐き気を覚え、そのせいで手元が狂ってしまった。
巨牛の首筋に手傷を与えたが、絶命させるには至らなかった。
「しまっ…………」
すれ違いざま巨牛は首を傾げた。
そして少しよろめいた白音の桜色の魔法少女コスチュームを、その鋭い角で引っかけた。
身体の底から沸いてくるようなよく分からない苦痛に呻きながら白音は、なすすべもなくそのまま引きずられていく。
そして巨牛が、くいっと首を振った。
僅かに振っただけなのだが、白音は軽々と10メートル以上、宙に放り上げられる。
もちろん白音はその翼で飛ぶことができるのだが、姿勢を取り戻す余裕もなくそのまま地面に叩きつけられてしまった。
「うぐっ…………」
ランドルメアが動きの止まった白音目がけて、再び角を向けている。
白音はどうにかよろよろと立ち上がったのだが、再び猛烈な吐き気に襲われた。
何度もえずくのだが、しかし少量の胃液以外は何も出てこない。
何かが喉元までせり上がってきているような感覚があって、それがそこで詰まっているのだ。
そのうち気管が狭窄し、息が吸えなくなった。
食べ物を喉に詰まらせて窒息する、そんな感覚だった。
白音が喉をかきむしるようにして苦しんでいると、ランドルメアが全速で突進してきた。
その角で思いっきり白音の胴を突き上げる。
荒野の砂礫を巻き上げながら、白音が壊れた人形か何かのように転がっていく。
魔法少女には魔力による防御があるためどうにか角で突き通されずにはすんだのだが、息が吸えず、強烈な痛みに呻くことすら許されずにいた。
次第次第に脳へ酸素が回らなくなり、やがて白音の意識が徐々に失われ始める。
ぼやけた視界にランドルメアが近づいてくるのが見える。
そしてひと声勝利の咆哮を上げて棹立ちになると、その蹄を白音の無防備な腹部に叩きつけた。
「ぐはぁぁっ!!」
だがその一撃でようやく喉に詰まっていたものが口から吐き出された。
ただの嘔吐ではなかった。
血混じりで赤黒いが、中にふよふよとした綺麗なピンク色の肉質のものが大量に混じっている。
白音は自分の内臓を吐いているのだと思った。
体の中で何が起こっているのかは理解できない。
ただ多分目の前の牛にやられる前からの異変だろう。
これまでの戦いでの無理がたたったのか、それとも異世界転移という未知の現象が、何か体調に異変をもたらしたのか。
いずれにせよ、白音にはもう抵抗するだけの力がのこされていなかった。
(……そらちゃん……いつきちゃん……、もしひとりでこんなのに出会ったら…………。きっと、佳奈にしか止められ、ない……。一恵ちゃん、なら次元魔法で何とかしてくれる…………。莉美なら……、美味しく調理しそうよね……。みんな一緒にいてくれればいいんだ……ケド……。わたし、このまま……死ぬの……かな…………)
◇
ぬらぬらとした不定型な『それ』の調理は、実に大雑把でいい加減なやり方だった。
しかしそれでも新鮮な肉に焚き火の火が通り、食欲をそそる良い匂いが周囲に立ちこめてきた。
その時、白音の手が僅かに動いた。
「ん…………良い匂い……。莉美?」
気絶はしていたが空腹で飢えていた白音は、鼻腔を食欲に刺激されて目を覚ました。
なんとなく、莉美がそこにいるのかと思った。
ぼんやりと浮かぶ視界に、肉を焼いている人の姿が浮かぶ。
その人影がスキレットの取っ手を握ると、かなり熱かったらしく、慌てて手を引っ込めた。
(当たり前よ。莉美がそんな初歩的なミス…………)
するわけはないと思った。それで白音は慌てて体を起こす。
揺らめく焚き火の炎に照らされた『それ』はてらてらと輝いていて、まるで皮膚を全部剥がしたむき身の人間のように見えた。
「!?!!! 化け物っ!?」
白音はまだ体が上手く動かなかったので、手に光の剣を出現させて形ばかりの戦闘態勢を取る。
だが、不定形生物は無抵抗に腕を差し出して白音の正面を向いた。
「待ツ。私、敵違ウ。悪イナい」
片言だったがこの世界の言葉ではない。
それが日本語だったので白音は少し冷静になった。
「焼ケタ。食ベル。元気スル」
多分熱くて触れないのだろう、焚き火にかけられたままのスキレットを指のようなもので指し示している。
「…………」
ただ焼いただけのランドルメアの肉だったが、それはとても美味しそうに見えた。
見た目は化け物だが、その不定形生物に敵意はなさそうだった。警戒しつつも白音は光の剣を収める。
そして無言でリュックの中から軍手を取り出し、スキレットを火から下ろす。
リュックにそんな物を入れている魔法少女は白音くらいのものだろう。
「………………どうぞ」
アルミ製のトレーに肉を半分取り分けて『それ』に差し出した。
ぬらぬらとした表面にさざ波のようなものが拡がってくのが見えた。
喜んでいるのかもしれない。
『それ』はもう熱くないのを慎重に確認すると、指(だと思っていた部分)でその肉に触れた。
すると焼きたての肉はそこから体内に吸収されていった。
「うう……」
サイコロ状だった肉の塊が、徐々に体内で分解されて消えていく。
『それ』の身体は結構透明度が高いらしくよく見える。
「ナニ?」
「いや、いえ……うん。わたしもいただきます。ありがとう」
『それ』には多分、こちらを害する気はないのだろうと白音は判断した。
辺りは薄暗くなり、もうすぐ夜闇が訪れる頃合いのようだった。
どのくらいの間気を失っていたのか分からないが、牛を狩ろうとした時から数時間は経っていそうだった。
もし『それ』が白音に対して何かする気があったなら、何とでも出来ていたはずだ。
それこそ食べる気なら、丸ごと消化してしまう時間が十分あったように思う。
今こうして焚き火を囲んでいるのだから、少なくとも頭から呑み込まれたりはしないのだろう。
「思ッテタ、違ウ」
『それ』がぼそりと呟いた。
「ん?」
「味、ナイ」
『それ』は焼き肉が美味しくないと言いたいようだった。
確かに調味料も何も使わず、ただ焼いただけの肉だ。
白音の基準ではそれは「美味しくない」。
しかし前世――デイジー基準では、野戦行軍中にこんなものが食べられたら大変なご馳走である。
この化け物はグルメなのかもしれない。
「分かった、ちょっと待って」
『それ』に一挙手一投足を見守られる中、白音がごそごそとリュックを漁る。
さすがに調味料は持ってきていなかったが、丁度いい物があった。
ガーリックペッパー味とかいうポテトチップスだ。
これを袋の中で細かく砕き、フレーク状になった物を肉の上からぱらぱらと振りかける。
食料は貴重なのだが、節約は、うん、明日からにしよう、と白音は思った。
何となくだが分かってきた。
先程白音を腹の足しにしようとしていたランドルメアを倒したのは、この『化け物』なのだ。
そして焚き火のそばで介抱してくれて、倒したランドルメアを白音のために調理してくれたのだ。
この恩人に報いるため、ささやかな味付けをするくらいの贅沢は許されるだろう。
即席の香辛料が振りかけられた肉を、『それ』が今度は口から摂取する。
先程から白音の食べ方をじっと観察していたようだから、その真似をしているのだろう。
じわあぁぁぁっと肉塊が消えて無くなると、ぷるぷるぷるぷる、と『それ』の表面が激しく波立った。
美味しかったらしい。
なんだか面白い。
10
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説


悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話
カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。
チートなんてない。
日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。
自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。
魔法?生活魔法しか使えませんけど。
物作り?こんな田舎で何ができるんだ。
狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。
そんな僕も15歳。成人の年になる。
何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。
女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。
になればいいと思っています。
皆様の感想。いただけたら嬉しいです。
面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。
よろしくお願いします!
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。
続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる