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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第13話 魔法少女のお泊まり会(パジャマパーティ) その三

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 お泊まり会の初日、食事と会議をすませた白音たちは、順に風呂へと入ることにした。

 しかし、アジトに備え付けられていたのは汗を流すためのシャワールームだけであった。
 湯船のようなものはない。

「みんなシャワーだけじゃ物足りないでしょ。わたしのマンションのお風呂使ってね」

 一恵がいつの間にか作られていた転移ゲートから出てきた。
 昼間見せてもらった一恵の自宅が再び転移ゲートで繋がれている。
 風呂に湯を張ってくれたらしい。

 莉美がわーい、と喜んで真っ先にゲートに突っ込んで消えた。

「莉美ったらほんとにもう…………。わたしもお風呂使わせてね。湯船につからないと入った気がしなくて」


 白音はそう言いながら自分と莉美の分の着替えとタオルを持ってゲートをくぐろうとする。
 白音のその手をそらが掴んで、ぐっと強く引き留めた。

「莉美ちゃんと一緒に入るの?」
「え、ええ。まとめて入らないともったいないし。それに順番に入ってたら時間かかるよ?」
「じゃあ私と一緒でも問題ないと思うの」
「そ、そうね」


 横で見ていた佳奈が、白音から莉美の着替えを預かる。

「んじゃあ、一番風呂は莉美とアタシね。使わせてもらうよ、一恵」

 一恵が佳奈に親指を立てている。
 そしてさらに、自分も佳奈の配慮に乗っかることにする。

「白音ちゃん。うちのお風呂結構広いから、定員は三名なんだ」
「そっか。じゃあわたしも入ろっと」


 白音が特に深く考えることもなくゲートに向かう。
 しかしそれは、一恵の目論見とは違っていた。
 慌てて、白音の綺麗な栗色の髪を掴んで引き留める。もともと少し明るい色だったのが、魔法少女になって何故かどんどん明るい色に変化していったものだ。

「いててててて」
「白音ちゃん、時々馬鹿になるよね。2+3は5なんだって」
「ええ? あー、この三人で入ろってことね」
「うん、正解」
「わたし学園育ちだから大勢でお風呂入るの当たり前すぎて、効率よく入ることしか考えてなくて……。怒んなくたっていいじゃないのよう」
「怒ってなんかないの。つい焦っちゃって。ごめんね、髪の毛引っ張っちゃって」

 一恵が白音の頭を撫でさすっている。いや愛撫している。


 佳奈と莉美はそこそこ長風呂だったように思う。
 白音と一恵でそらの取り合いをして遊んでいるとふたりが戻ってきた。
 莉美が感動で目を輝かせている。

「ガラス張りのお風呂!! 夜景がちょーきれいなの!」
「こっち地上だから、いきなり高層マンションでびっくりしたね。どこなのあっち?」

 佳奈もかなり満喫していたようだった。

 一恵はほとんど自分で作った異空間の部屋で過ごしているが、擬装用と転移のターミナルとして利用するためにマンションを借りていた。
 しかし風呂だけは実空間の方が便利なのでマンションのものを普段から使っている。

「都内にあるわ。莉美ちゃん、素っ裸でガラスにへばりついたりしてたら、どっかから双眼鏡とかで覗かれるからね」
「えっ、うそ?! やば……」


 アイスキャンディを食べ始めた佳奈たちに見送られて、白音、そら、一恵が入れ替わりで風呂に向かう。
 脱衣所も広いスペースがあり、都内でそれは相当贅沢な作りなんだろうと白音にも分かる。

 服を脱ぎ始めると、そらが白音と一恵の体を交互に見ている。女の子同士だからと白音は別に気にしていなかったのだが、さすがに比べられているようで恥ずかしい。

「そ、そらちゃんも早く脱ごうよ。お風呂、入ろ?」

 そらがややもすると手を止めてこちらを凝視しているので、白音が手伝ってそらの服を脱がせてしまった。一恵とふたりして覗き犯を連行する。

 浴室は、脱衣所に増して広々としていた。定員は三人どころではないだろう。

「すごい…………。莉美が言ってたとおり大きな窓で夜景も綺麗。でもこれホントに外から覗けるんじゃ…………」

 都内だけあって、周囲にもこの高層マンションと同じくらいの高さの建物が多数見える。白音はちょっと不安になった。


「その窓ね、わたしの魔法で一方向にしかエネルギーが伝達しないから向こうからは覗けないのよ。莉美ちゃんをからかっただけ。」

 隣室なども多分外からは覗きにくく造られているんだろうが、一恵の部屋は本当に完璧なマジックミラーになっているらしい。


「それにほら、こうすれば中からも見えない」

 一恵が壁のスイッチに触れると窓が不透明になって外が見えなくなった。
 液晶でそういうことができるらしい。

「!! テレビで見たことある!」

と白音が感動していると、室内の明かりに反射して窓に人の跡がうっすらと付いているのが浮かび上がった。
 形から推察するに、どうやら本当に莉美が張り付いていたらしい。


「お、大きいね……」

 その人型を見て一恵が感想を漏らす。

「ほんと大きいよね……」

 莉美がヤモリの如くにガラスに張り付いている様子を外から見たら、それはそれで面白かったかも知れないと白音は思う。


 そらが体を洗い始めたのを見て白音が声をかける。

「髪、洗ってあげよっか?」

 若葉学園での白音は年長者であり、入浴時はいつも弟妹たちの髪を洗ってやっている。
 風呂桶を伏せて椅子代わりにすると、そらの背後に陣取る。

 髪の毛を濡らし、手慣れた手つきで洗い始めると、そらはうっとりと気持ちよさそうにする。

「こ、これは常習性があるの……」

 白音も髪を洗い慣れてはいるが、ブロンドの髪を洗うのは初めてである。
 そらの髪は一般的な日本人よりも細くその分痛みやすいのだが、多分星石の力でダメージからは完全に守られている。
 すすぐと蜂蜜のようになるその髪を堪能していると、背後から一恵が白音の髪を洗い始めた。
 膝立ちでシャワーヘッドを白音から受け取ると、白音の栗色の髪を濡らしていく。

「あはっ。ありがとう一恵ちゃん。なんか子供の頃思い出しちゃう。あとで一恵ちゃんも洗ったげるね」
「うん。………………あのね、白音ちゃん」
「ん?」

 笑っている白音に対して、一恵の声はいつになく真剣なトーンだった。少し躊躇った後、訥々と語り出した。
 初めからそうしようと、決めていたみたいだった。

「わたし、隠してることあるんだ」
「うん」
「わたし、人じゃないんだ」
「うん」
「偽物の魂を、仮初めの器に入れただけの存在」
「うん」
「もう二十年くらいこの姿のまま」
「うん」
「自分では本物の人間との違いが分からないんだけど、魔法少女になれた時はちょっと驚いたの。もしかして本物の人間になれるのかなって」
「そっか」
「…………驚かないんだ?」
「だって、そらちゃんがその形の良い綺麗なおっぱいに興味ないわけないもんね。絶対触ってると思ってた。なのに何も言わないってことは、そらちゃんは何かに気づいて、それでも黙ってることにしたんでしょ?」

 そらが黙って頷く。

「確かに、いきなり揉まれたね。それでばれちゃった」
「だったらわたしは、言ってくれる気になるまで待ってればいいやって思ってた。打ち明けてくれて嬉しい」


 一恵は、背後から白音のことを抱きしめたいという衝動を抑えて、白音の髪を洗うことに専念する。

「それに佳奈と莉美も、あいつらいつもふざけてるけど意外と鋭いのよ。多分一恵ちゃんとそらちゃんが何かを黙ってるってことには気づいてると思う」
「ふたりにもちゃんと言わないとね」
「まあどうせ普通に受け容れるのよ、あいつらは」

 白音には佳奈と莉美が「へー」と平然としているのが目に浮かんだ。
 質問攻めにすることはあっても、黙っていたのを責めることは無いと断言できる。

 そらが一恵の方を振り向いて、両手で何かを掴むようなポーズをしてみせる。

「一恵ちゃんの髪は私が洗う。これでウロボロスの円環完成」
「呪いの儀式みたいに言わないでよ。何か出てきそうじゃないの」

 白音が苦笑する。『悪の天才科学者』だけではすまなくなりそうだ。

「呪いじゃない。永遠に仲間っていう契りの儀式なの」
「そらちゃん、私の育て方間違ってなかったわ!!」

 そう言って白音は、洗い終わったそらの髪をシャワーですすぐ。
 いたずらに下から水流を当てると、繊細な金糸がさわさわっと舞い上がってちょっと面白い。

「契りが破られたら、何か出てくるの」
「出てくるんならかわいい魔法少女にして下さいっ! 化け物は嫌ですっ!」

 くすくすと笑い合う白音とそら。
 一恵はここがお風呂で良かったと思う。二度も泣いているところを見られるのは嫌だった。


「まだ全部は話してないって、分かっててもそんな風に言ってくれるのね。白音ちゃん、お礼に体も洗っちゃう!!」
「ふああぁぁぁぁ! や、やめっ……、んあっ…………」

 結局一恵は、衝動を抑えきれなかった。



 風呂から上がると、順番に一恵の部屋の洗面台を借りて髪を乾かしていく。
 白音は佳奈と莉美のふたりが長風呂だったなと思っていたのだが、自分たちの方こそつい楽しくてめちゃくちゃ時間をかけてしまった。

 最後になった白音が転移ゲートをくぐると、既に布団が敷かれていた。
 誰がどれを使うのか、場所も決めてあるらしい。

 布団は四組用意してある。
 しかし寝る時は帰る約束のはずのそらも、そのうちのひとつに陣取っているので空きがない。

「さて、誰と同衾する?」

 莉美がにやりとそう言った。

「莉美、同衾って意味、今教えてもらったでしょ」
「な、なんのことかなぁ?」

 白音はぐるっと見回すと、そらに目標を定めてその布団に潜り込んだ。

「首謀者はこいつか!」


 そらと同衾して体をくすぐる。

「あ、あははは。く、くすぐったい。やめて、やめて、やめてなの……」

 あれ、これなんか楽しいな、と白音は加速しそうになった。
 しかしそこはやむなく、ぐっと堪える。
 そろそろいい時間になってしまっている。
 白音はリーダーとしてそらに帰るように促さなければならない。


「ゲートは繋ぎっぱなしにしてもらうから、通報があったらこっちに来てね」
「大人の階段は飛び級なしなの」

 そらはかなり渋ったが、それ以上粘ると白音に怒られそうだと察知して帰ることにした。
 一恵がアジトとそらの部屋を転移ゲートで繋いでくれる。
 当たり前のように一恵は既にそらの部屋にゲートを出せるようになっていた。
 手慣れた感じでゲートを設置すると、繋ぎっぱなしにしたまま戻ってきてくれた。


 白音は、そらのいた布団でそのまま寝ることにする。
 両隣には一恵と莉美がいる。
 ひとつ向こうの佳奈は、とっくに寝息を立てているらしかった。

 全員一番リラックスできる格好になっていた。
 非常時には変身するから特に問題は無いだろう。
 白音と莉美はパジャマを着ている。

 別に意識したつもりは無かったのだが、しっかりピンクと黄色のパジャマになっている。
 結局そういうことだったのだろうと納得せざるを得ない。

 佳奈は確認していないがいつものTシャツにショートパンツだろう。
 飾り気が一切無いのになんだか妙に色気のある奴だ。

 一恵は下着だけで寝ている。
 いつもそうだと言っていた。

 白音は一恵の布団に手を伸ばして手を取る。
 白音より少し大きいがほっそりとした手だ。

「温かい手」


 すると反対側から莉美が足を伸ばしてきて、白音の足に絡める。

「あったかい脚」

 莉美は白音の方を向いている。顔は笑っているが、それ以上は言葉を発しない。
 まだ一恵は先程のことを打ち明けてはいないはずだが、一恵に何か変化があったのを感じ取っているのだろう。
 じっと見ているだけだ。相変わらずの莉美っぷりだと思う。

 一恵がぼそっと呟く

「楽しい……」
「でしょっ? 解決したら、またみんなでお泊まり会しようね」


 一恵が白音の手を握り返す。

「独りが寂しいって思うようになったら…………責任取ってね」
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