ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

文字の大きさ
上 下
44 / 214
第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第14話 さくら、散る その一

しおりを挟む
 チーム白音の魔法少女たちが布団を並べて眠ったその翌朝。
 白音が目覚めると、何故かそらを抱きかかえていた。
 抱き枕にはちょうどいいサイズだった。
 温度設定が高めとは言え、エアコンの効いた部屋で寝るのは白音には少々肌寒い。
 おかげでそらを快適に抱きしめて目覚められたのだが、いつ潜り込んできたのかまったく気づかなかった。
 神がかりのフィット感である。

 昼の間はみんなで買い物に出かけたり、勉強会などをして過ごす。
 勉強会の方は露骨に嫌がる者が若干名いたが、「この任務が終わったらみんなで羽目を外しましょう」「そのために今のうちに宿題を片付けましょう」と人参をぶら下げると、素直に頑張っていた。

 日中はそらも予測したとおり、特には何も起こらなかった。
 念のため魔法少女ギルドのギルドマスター、リンクスとビデオ通話で状況の確認をしておく。
 しかしそちらにも何も情報は入っておらず、事件も起きてはいないとのことだった。
 リンクスはアジトに『チーム白音』が五人とも揃っていることに少々驚いていた。

「君たちの行動力にはいつも感服させられるよ。心強い。よろしく頼む」



 その日の夜は、そらがクリームシチューを作ってくれた。
 そらが莉美に料理の手ほどきを頼んだので、つきっきりの料理教室が開催されていた。
 そらが「基礎から技術を向上させたい」と言うので、白音、佳奈、一恵の三人もほとんど手を出していない。

「これをクリアすると、カレーの段もクリアしたことになるらしいの」

 そんな風に言いながら、そらができあがった夕食を食卓に並べていく。
 なるほど確かにルゥや香辛料、調味料をアレンジすればカレーやビーフシチュー、肉じゃがも作れるようになるだろう。
 どうやら莉美はいい先生だったようだ。

 シチューの他にも付け合わせの野菜やスープも用意されている。
 野菜の切り方がやや不格好だったりもするが、そらがほとんどひとりで作ったものだと、何故か自慢げに莉美が言った。

 食欲をそそる香りに期待感を煽られ、そらの初めての料理をみんなでわくわくして待っていた。
 そしてひと口食べて、白音たちは感動した。
 とても初めて作ったとは思えないほどの美味しさだった。

 そらのような学究肌の人間にとって料理は理科実験のようなもの、と聞いたことがある。
 変な自己流アレンジを加えて失敗しないので味が安定している。
 さらに家庭料理を母親から叩き込まれている莉美の指導も相まって、初めてにしてもはや完成形と呼べる出来だ。


「パンで食べるシチューも美味しいね」

 莉美がすました顔でシチューを味わっている。

「シチューにご飯なのはあんたとわたしだけでしょ。炊き忘れたくせに……。まあでも佳奈んちのバゲットはホント良く合うわ」
「白音、それバゲットじゃなくてパリジャンだよ。攻撃力150しかないだろ。バゲットは200くらいある」

 パン屋の娘から訂正が入った。
 なるほどそれは、剣術の得意な白音にとって有益な情報かもしれないと思う。
 そして白音は、新たなパンの魅力を発見させてくれたことを莉美にも一応感謝する。



 夕食を食べ終えて待機任務という名の女子会をしていると、白音のスマホにリンクスから連絡が入った。
 緊急時はいつでも出られるように、そちらに連絡して欲しいとお願いしてある。
 スピーカーモードに切り替えて全員に聞かせるようにする。

「白音君、出動を要請する。ギルドメンバーの魔法少女から救援要請が来た。要請者は佐々木咲沙ささきささ。しのび装束のくノ一だ」
「くノ一!」

 思わずみんなで声を揃えてオウム返しする。

「みんな、そこ引っかかってる場合じゃない!」

 だが白音が急かすまでもなく、全員が次々に魔法少女へと変身していく。
 アジトが色とりどりの魔法の輝きに包まれた。

「他の行方不明事件との関連はまだ不明だが、何者かに襲撃されているらしい。位置情報を送った」
「了解しました。一恵ちゃん、行ける?」

 一恵が転移ゲートで繋げられるのは、自身が知っていて認識できる場所に限られている。
 もし事件の発生した場所が一恵の行けないような場所であれば、一旦もうひとりの転移能力者である桃澤千尋ももさわちひろと合流して送ってもらわなければならない。
 彼女ならば転移距離は短いものの、位置情報さえあれば転移することが可能だった。

「大丈夫、すぐ近くに飛べるわ!」



 一恵は普段からいろんな場所を積極的に歩き、ゲートでカバーできる範囲を増やしている。
 送られてきた座標は関東地方のもので、それは一恵のテリトリーとも言えた。

「なお襲撃時、もうひとり魔法少女がいて現在応戦している模様。詳細は不明だが、協力して当たってくれ。……気を付けてな」
「はい!」


 現場は東京湾内の埋め立て地、そこにある海浜公園だった。
 一恵はそこで野外コンサートをやったことがあるらしい。
 さすがはHitoe、というところか。
 緊急事態ゆえに目撃者が出ることはやむなし、という方針だった。
 夜中に人通りがあまりない場所とは言え、もしゲート付近に誰かいたらさぞや驚いたことだろう。
 突然開いた銀色の円盤から、あでやかなコスチュームに身を包んだ五人の魔法少女たちが飛び出して来る。

 移動の間にそらが、精神連携マインドリンクで情報を共有してくれた。
 佐々木咲沙ささきささは隠密行動に特化した能力を持つ魔法少女である。
 姿を隠しての戦闘も得意で、A級の判定を受けている。
 彼女はその特性を生かして調査、潜入任務を得意としている。
 今回はコンテナターミナルでの調査をしていたらしい。

 よく短時間でそれだけの情報を引き出してくるものだと白音は感服する。
 それにマインドリンクを使うので情報の伝達にも時間は掛からない。
 報せを受けて、変身して、海浜公園へ到達する、五分もかかっていないと思うのだが、そらはその間にすべてのことをやってのけていた。


[状況から考えれば、海外への異世界関連技術の持ち出しを調査していたのかも]

 そらの言葉が、白音の頭の中へと送り込まれてくる。

[計画的に襲っていたとして、隠密調査してる人の居場所突き止めるなんてどうやって……]

 白音の言葉も思考するだけで瞬時にそらへと届いている。

[私が今やったようにやれば、簡単に調べられるの]
[それは……そう、なんだけどね?]

 確かにそらには簡単かもしれない。
 他にも同じようなことができる魔法少女がいるのだろうか。
 情報が漏れているのは確かなようだが、魔法や特殊な能力を勘案すれば、あまり常識に基づいた推理の仕方は意味をなさないのかもしれないと白音は思った。


 海浜公園は『公園』と名がつくものの、まだ開発の進んでいない埋め立て地である。
 深夜のそんな場所に、人気ひとけは皆無だった。
 やはり襲撃者のがわも、人目を避けられる場所、タイミングを選んで襲っているのだろうと感じられる。

 五人で夜の遊歩道を駆けていく。
 速度はそらと莉美の全力に合わせている。
 相変わらず莉美が黄金こがね色に輝いているので、足下がよく見えて走りやすい。
 しかしその分目立ってしょうがない。
 誰も見ていないことを願うばかりだ。

 救援要請が発信された地点へと近づくと、上空に飛んでいる人影が見えた。
 フード付きの黒いローブを身に纏い、ほうきに跨がった魔女が飛んでいる。
 羽多瑠奏はたるかなだった。
 人形遣いパペットマスターの時に共闘した魔法少女だ。
 襲撃者に応戦している、とリンクスが言っていたのが彼女だろう。

 彼女を目印にして駆け寄ると、その直下に人が倒れているのを発見した。
 時代劇や漫画で見るような黒い忍び装束を身につけている。
 装束のせいで性別までは確認できないが、それが『くノ一』で間違いないだろう。
 大量に出血しているらしく周囲には血溜まりができていて、身動きする様子もない。

 そのくノ一に巫女装束の魔法少女が近づこうとしていた。
 瑠奏るかなはそれを阻止すべく、上空からふたりの間に石弾のようなものを振らせているのだ。
 ふと、巫女が立ち止まると、上空を見上げた。
 彼女はやはり狐面を付けているので顔を覗うことはできないのだが、瑠奏は不穏な空気を察知したらしく少し高度を上げた。

 巫女は、先に邪魔な障害を排除することに決めたようだった。
 自分の周囲に氷柱つららのようなものを大量に発生させ、それを瑠奏目がけて射出した。

「無理無理無理…………!」

 自分に迫り来る氷柱の大群を見て、瑠奏は叫び声を上げた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...