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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第10話 水着で勝負 その一

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「わたしたち☆と勝負しなさい。アイドルとしてどっちが格上か見せてあげるわ」

 顔面にまだボールの跡が付いている風見詩緒かざみしおが、白音に対してびしっと言い放った。
 エレメントスケイプの面々が、詩緖を中心にして白音たちと対峙する姿勢を取っている。
 思いつきで言っているのではないだろう、初めからそういう計画をしていた感じだ。
 しかし一恵が、見せつけるようにして白音の肩に手を乗せて隣に並ぶと、四人は少し弱気になった。

「た、ただしHitoe様は別ね」

「いやいや、わたしたちアイドルなんかやらないってば」



 白音は反論を試みたが、しかし詩緒は聞く耳を持たない。

「パーソナルカラーを持って戦隊みたいにして。アイドルデビューするつもり満々でしょ?!」
「パーソナルカラーってわざとしたわけでは…………」
「うるさい、ピンクのくせに。センター取る気満々じゃないのっ?! さっき千咲さんが言ってたでしょ。コスチュームを見れば何がしたいか見当くらいつくのよ」
「うぬぬ…………」

 白音はピンクじゃなくて白だと言おうとした。
 しかし目の前の詩緒が白色のコスチュームだったから、それを言うと余計ややこしくなる気がした。

 そもそも詩緒は怒って喧嘩を売っているように見えるが、先程「作戦決行」と言っていた。
 初めからアイドルとして上か下かを決めるためにここへ来たのだろうと思う。
 勝手にアイドルにされても白音は困るのだけれど。

 そういう白音の心の逡巡など知らぬ気に、佳奈はもうストレッチを始めていた。
 エレスケが彼女に餌を与えてしまったのだ

「勝負、いいね。タイマンだな?」
「んなわけないでしょ、さっき登録証見たわよ!! あなたたちS級じゃない。殴り合いで勝てるわけないでしょ!!」
「んー、じゃまあ泳ぎか?」

 佳奈がとっても妥当な提案をしたので、白音もちょっと興味が湧いてきた。


「魔法使わずに身体能力のみでなら受けて立つわ」
「おっけー、んじゃあリレーだな」
「Hitoe様審判で丁度四対四ね」

 佳奈と詩緒がさくさくと段取りを決めていく。
 なんでかふたりとも手慣れている。

「こっちが審判やっていいのかよ。インチキするかもよ?」
「Hitoe様がそんなせこい真似するわけないでしょ。よろしくお願いしますね」


 詩緒が丁寧に頭を下げると、一恵がほぼ無感情に頷いた。
 テレビではよく見ていたものの白音の前ではあまり見せない顔だったので、白音はおや? と思った。
 なんとなくだが、それは不機嫌な時に出る表情だと受け取っていた。

 しかし実は一恵は、不機嫌というよりはいじけていた。
 自分がチームから外れることが前提で話が進んでいたからだ。
 そして人数を合わせるためにも、自分が審判をやるのが合理的なように思えて反論できない。


「頑張りますね」

 白音がそう言って一恵に微笑むと、一恵は「これは水着姿のみんなをじっくり堪能するチャンスでは?」とすぐに切り替えることにした。



 勝負は自由形、ひとり一往復の50メートル、四人で計四往復のリレー形式。
 魔法少女としての身体能力のみで勝負、魔法の使用は不可。となった。

 泳者は白音たちがそら、莉美、白音、佳奈の順。
 エレスケは紗那、千咲、いつき、詩緒の順番に決まった。

 一恵がスターターを務めてくれるのだが、もはや初めからスマホを構えている。
 本人曰くそれはあくまでも写真判定用らしいが、本当は何を判定するのか怪しいものである。


 何となく、あくまで漠然とだが、青い魔法少女はみんな泳ぎが得意という先入観を白音は持っていた。
 しかしそらはその限りではないようだった。

 一恵がスマホのレンズ越しにスタートの合図を出すと、そらが盛大に腹打ちをして飛び込んだ。
 平泳ぎだった。クロールだと息継ぎができないらしい。

 対する水尾紗那はさすが青色の魔法少女だけあって速かった。
 綺麗なストロークで差がぐんぐん広がっていく。


「毎日ダンスのレッスンやってるのよ。舐めないでよね」

 詩緒が得意げにそう言った。

 どうにかそらが25メートルを泳ぎ切ったが、続く莉美もやはり遅かった。
 ふたりとも、魔法少女でなくとも普通の女の子でも勝てるのではないかな? という速度である。
 対する土屋千咲はそつなく泳ぎ、さらに差を広げていく。


「あいつはでっかい浮き輪付けてるからなぁ」

 そう言って佳奈が苦笑いした。
 その場の全員が頷く。

 エレスケたちもずっと莉美の胸元、水着からこぼれ出そうなほどの大きな胸が気にはなっていた。
 絶対泳ぎにくいと思う。

 エレスケチームが千咲から火浦いつきにリレーされた頃には半周、25メートル以上の大差がついていた。
 しかもいつきはエレスケの最年少、十四歳だが運動能力が最も高い。
 ぐんぐん加速して勝負を決めにかかった。

 しかし莉美が白音にタッチした瞬間、いつきは背筋の凍るような感触を覚えた。
 それは多分、狙われている者の恐怖だと思った。

 魔法少女たちは魔力の流れを感知できるため、攻撃的な意思をむき出しにすると、それが敏感に相手に伝わる。
 白音としては普通に負けたくないという闘志なのだが、いつきにとっては何かやばいものに追われている感覚に近かった。


「名字川さん、頑張ってー!!」

 一恵が声を張り上げた。
 Hitoeの事なら何でも知っているつもりのいつきでも、物静かな一恵が大きな声で叫ぶところを初めて聞いた。
 そしてその瞬間、もはや殺意にも似た刺すような白音の魔力がいつきに向かってきた。


「怖い、怖い、怖すぎるっす!!」

 いつきは必死で逃げたが、それでも白音は差を詰めていった。
 ふたりともクロールのお手本のような美しい泳ぎだった。

 もはや人類のレベルの戦いではなかったが、いつきが詩緒にタッチした時、白音はその真後ろにまで迫っていた。
 いつきは殺されずにすんで本気でほっとした。


「白音さん、やっぱり侮れないピンクね」

 いつきはよく頑張ったと思う。
 その思いに応えるため詩緒は絶対負けない気迫で飛び込んだ。

 だがしかし、佳奈は白音以上に速かった。
 いつ抜かれたのかさえ分からない。気がついたら佳奈は前にいた。

 白音とは対照的な力強い泳ぎだった。
 綺麗とは言えないフォームだが、力尽くで水をねじ伏せて前へと進んでいく。

 水面が激しく波立って詩緒が荒波にもまれる小舟のようになる。
 そして何を思う間もなく、もう一度激しい水流に見舞われる。
 折り返してきた佳奈とすれ違ったのだ。

 気がつけば半周に近い差をつけて佳奈がゴールしていた。

「モ、モーターボートに追い抜かれたのかと思ったわ……」


 しばしの動揺の後に立ち直ると、懲りずに詩緒がびしっと指を突きつけて宣言した。

「次は歌で勝負よ!!」
「いやかっこつけてるけど、次って。まだやんの? しかも歌って……」

 とうとうなりふり構わず自分たちの得意分野で勝負することに決めたらしい。

 実は佳奈は、人前で歌を歌ったりするのが苦手だった。
 それを知っている白音は、佳奈がどんな返事をするのだろうと、それはそれで興味が湧いた。

「う、歌なんかで勝負のつけようないじゃん」

 佳奈の様子を見て、詩緒がははーん、という顔をした。
 やはりさすがは人心掌握の達人なのだろう。
 佳奈の苦手意識に感づいて勝機を見出したようだった。


「勝ち負けはあの子たちに決めてもらうわ!」

 いつの間にか倉庫の入り口付近に人だかりができていた。
 ほとんどが小中学生だろうと思われる。

 これだけ騒げば閑静なこの場所でも人目を引くのは当然だろう。
 特に夏休みに入った子供たちには急用と遠慮は存在しない。

 エレスケたちが勝手に彼らを招き入れた。
 観客の人員整理もお手の物だ。
 招き入れ始めると、それを見た人がさらに集まってきた。


「今からお姉ちゃんたちが歌、歌うから、どっちが良かったか拍手の大きさで勝ち負け決めてね」

 突然始まった暇つぶしの余興に、子供たちは大いに盛り上がった。
 ゲリラライブを武器とするエレスケだけのことはある。
 上手に煽ってどんどん盛り上げていく。


「Hitoeさんは横で…………」

 やや暴走気味の詩緒の隣で、千咲が申し訳なさそうにしている。
 活動休止宣言をしている芸能人をこんなことに巻き込むわけにはいかない。

 休止していなくとも、歌わせるなんてとんでもないことだ。
 仮にもアイドルを目指しているエレスケのリーダーである千咲は、よくよく理解していた。


「歌う」
「え?」
「わたしも歌う」

 一恵は千咲の気遣いをよそに、そう宣言した。
 無表情だったが、その意思表示は脅迫めいて圧がすごい。
 先程の水泳勝負でいっぱいいい表情が撮れたが、やはりイベントは参加してこそだと、一恵はそう思うのだ。

 それを聞いていつきと紗那が手を取り合った。
 多分このふたりがエレスケの中でも熱烈なHitoeファンなのだろう。
 どうやら一恵が本気でそう言っているのを見て取って、ふたりはぴょんぴょん飛び跳ねて喜び始めた。

「いつき、いつき、Hitoe様の生歌が聞けるねっ!!」
「嬉しいっす!! 泣きそっす!!」


 観客が既に数十人は集まっていた。
 しかしプール前にはこの規模の人間を収容してもまだまだ余裕の広さがあった。
 さすがは莉美パパたちカーマニア|(?)の集会用に整備された場所である。


(こんなに集まって、佳奈は大丈夫なのかしら?)

と思って白音が佳奈の方を見ると、佳奈はそらとふたりして生まれたての子鹿のようにぷるぷると震えていた。

 佳奈とはカラオケなんかにはよく一緒に行く。
 結構上手に歌えるのだが、知らない人の前で歌うのは恥ずかしいらしかった。
 ましてこの大人数である。先程の水泳勝負の時とは大違いの及び腰だった。


「佳奈、そらちゃん。歌えそう?」

 白音と目が合うと、ふたりとも揃って無言で首を横に振った。
 子鹿がひよこみたいになった。なんかかわいい。

 そらも佳奈と同じタイプだろうか。
 今度一緒にカラオケに誘ってみよう、と白音は企んだ。
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