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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第10話 水着で勝負 その二

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 ぷるぷると震えている佳奈とそらをあまりいじめるのもなんなので、白音、莉美、一恵の三人で歌ってもいいかとエレスケたちに申し入れてみた。

 白音は詩緒あたりが、全員でちゃんと歌えと文句を言うかと思っていたのだが、

「Hitoeさんの足を引っ張らないようにしてくれればそれでいいわよ」

とあっさり受け容れてくれた。
 もうステージの準備に集中し始めている。

 特に決めたわけではないが、エレスケが先に歌うつもりのようだった。
 詩緒も詩緒とて勝負は勝負である。

 しかしHitoeが出るのなら自分たちは前座になるだろうと認識していた。
 でも意地は見せなければならない。
 そしてHitoeにしっかりとバトンを繋ぐのだ。

 それが今回エレスケの果たすべき役割なのだと四人ともが認識しているはずだ。
 それでこそ、Hitoeの生歌をスペシャルシートで楽しめるのだから。

 真剣な顔をしてはいたが、詩緒も心なしかうきうきしているように見える。
 なんだ、かわいいとこあるんじゃないかと白音は思った。


「音…………とか風を操るのがわたしの魔法よ」

 多分白音たちに向かって、詩緒がぼそっと呟いた。
 地水火風の四大元素を操るというエレメントスケイプの風使い、詩緒の能力の事なのだろう。

 そして観客たちが少し落ち着くのを待ってプール前のスペースにエレスケの四人が立った。
 拍手喝采を送ってくれる子供たちを少し煽ってから詩緒が説明する。

「これからわたしたち☆エレメントスケイプと、Hitoeさん率いる魔法少女隊が一曲ずつ歌を披露するよ☆」


 多分詩緒の風魔法で声の音量を大きくしてあるのだろう。
 マイクもないのにクリアな声がしっかりと観客に届いている。

 白音は詩緒が『魔法少女隊』と言い放ったことに驚いた。
『そういう設定』ということであれば自称する分にはいいのかもしれない。
 そういうぎりぎりのところを突いてくるのが詩緒たちのやり口なのだろう。

 一恵が白音の方を向いて何故か手を合わせた。
 口が「ごめんなさい」の形に動いている。
 初めは意味が分からなかったのだが、どうやら詩緒が勝手に「Hitoeさん率いる」と言ったことを謝っているらしい。

「白音を差し置いて勝手にリーダーを名乗ってごめんなさい」というところだろうか。
 白音としてはそのまま一恵がリーダーでもいいんじゃないかと思うのだが、どうやらチームの総意はそうではないらしい。


「あとでどっちがよかったか拍手の大きさで決めてもらうからよろしくね☆」

 エレスケが配置につくと、詩緒がスマートフォンで持ち歌の音源を再生した。
 タイトルは『Wanna bet?』。自分たちで作詞作曲した力作だ。

 詩緒の魔法で同じく拡声されているが、イントロ部分は比較的小さな音で流し、まずは観客を静まらせる。
 そして徐々に大きくしていって歌とダンスが始まる。
 音響設備いらずだ。


  ワタシたちが新しい世界へ連れて
  行ってあげる
  (Wanna bet? Wanna bet?)
  ワタシたちが見たこともない天国へ
  イカせてあげる
  (Wanna bet? Wanna bet?)


  ワタシたちいつから止まってるの?
  どこにも行けないこの世界
  こんなのホントつまらない
  なんだか息が詰まらない?

  でもね、
  ワタシたちはもう決めたから


  大地を揺るがしその名を
  轟かせてみせる
  目指すは地の果てだろうとも
  必ず辿り着いてやる

  嵐を起こして見る者
  すべてを振り回す
  吹き荒れる旋風はやがて
  世界を席巻するのよ


  本当にいいの?
  このままでいいの?

  ワタシたちにあなたのすべて
  賭けてみない?
  ノッてみない?

  ワタシたちとずっと一緒に
  駆けていかない?
  ノリで行かない?

  Do You wanna bet on me?


 いつも動画に上げているような音や光を使っての派手な演出はしなかった。
 純粋なパフォーマンスのみでの勝負を挑む。

 実は会場の人間はあずかり知らぬことだが、突然始まったこのミニコンサートの大音声だいおんじょうは一切外には聞こえていない。
 敷地を越えて漏れる音は、詩緒がすべて魔法で消しているのだ。
 エレスケの音響責任者の詩緒にとっては、周囲に迷惑をかけないところまでが仕事なのだ。
 一切手抜きのない『エレメントスケイプ』を見せる。


 エレスケのパフォーマンスの間に白音たちは曲目を決めた。
 タイトルは『To be for You』。

 生放送でこの曲を歌った際に、Hitoeが突然泣き出したことで有名になった歌だ。
 無表情、無感情で知られたHitoeだったので、大粒の涙を流しながら歌う姿は当時随分話題になった。

 何かHitoeの実体験を元にしているのではないかと、ネット上には今でも様々な仮説を唱える人たちがいる。
 実は白音もこっそりと、「あれはなんだったのか?」とそのうち聞いてみたいと思っていた歌だった。


 莉美はもともと、Hitoeの歌なら大抵のものは完コピできる。
 歌もダンスも小さい頃からレッスンを受けていて得意だった。

 白音もよく知っている歌ではあったが、ダンスで足を引っ張りそうだった。
 だからエレスケが歌う間に動画を見て必死で覚えた。

 自分たちが出番を終えた幕間に、エレスケたちが観客を巻き込んでおしゃべりを始めた。
 少し間延びしているようにも感じられるそれは、多分白音たちの準備が整うのを待ってくれているのだろう。 ズルはしない、という心意気を感じた。

 だから白音も真剣になった。
 一恵や莉美のようにはいかないが、せめて振り付けは完璧に覚えて邪魔にならないようにしたい。

 詩緒に呼び込まれて白音、莉美、一恵の三人がステージに立つと、再び拍手が湧き起こった。
『魔法少女隊』のサポートもしっかりと詩緒がやってくれるようだった。
 エレスケの時と同じように魔法で音響効果を付け、リクエストした一恵の曲を会場に響き渡らせる。

 出番を終えたエレスケはさて、勝ち負けは置いておいてHitoeの生歌を堪能しようと考えていた。

 白音と莉美も当然自分たちは一恵のバックを固めるものと思っていたのだが、一恵は莉美をセンターに据えて白音とふたりで脇についた。

 一恵がメインボーカルでないのならばエレスケにも勝機がありそうだったが、もうそういうことではなかった。
 ただ、一恵がメインボーカルを任せても良いと思った少女、大空莉美にエレスケたちは興味を持った。

 一恵はソロの歌手である。
 白音と一恵の立ち位置は普段バックダンサーにお願いしているものなのだが、一恵は白音とふたりでシンクロダンスを踊ろうと考えていた。
 ただもちろん、勝負をいい加減にしているつもりはない。

 莉美は小さな頃から歌とダンスが大好きで、驚くほど上手いことを白音と佳奈はよくよく知っている。
 一恵も多分それを目にする機会があったのだろう。
 白音はそんな話は少しも知らないが、多分どこかでそういう機会があったのだ。

 莉美の実力はエレスケに少しも引けを取らないと、白音も確信している。

 莉美の小さい頃の夢はアイドル歌手になること、だった。
 途中から白音たちみたいな『立派なならず者』になることに変わってしまったが、一恵の新しい曲でもしっかり踊れるところを見ると、今でもレッスンは続けているらしい。


  私あなたを見てるだけで良かった
  傍にいられるだけで良かった
  恋人ができたって、幸せそうな横顔が
  見ていられればそれで良かった


  私に優しくしないで
  私に話しかけないで
  私を気に掛けないでよ
  あなたのその手が温かいから
  私有頂天になる


  To be for You
  あなたをずっと
  To be for You
  見つめていたい

  私の身体が幸せに満たされていく
  だからあなた、私だけのものにしたくなる
  欲しくなる
  もう、私の方だけ見ててくれませんか

  ごめんね


 最初は、有名タレントのHitoeが歌っているということでそちらに注目が集まっていたが、やがて徐々に観客の目は莉美の方へと吸い寄せられていった。

 初めは、莉美なのにこんなしっとりとしたメロディの歌で上手くいくのかと白音は思っていた。
 しかしイントロが流れると、急に莉美の雰囲気が変わった。



 グラマラスな身体を官能的にスイングさせると、いつもの騒々しい莉美はなりを潜めてしまった。
 大人の色香すら感じる。

 ちょっと意味深な目線を客席に送ると、思春期の男子の視線が泳いでいるのが傍目にもはっきりと分かる。
 これはオリジナルにもなかった魅力だ。
 なるほどそんな色気の出し方もあるのかと一恵の方が勉強になったくらいだった。

 白音もその名前の由来である澄んだ声色、透明感のあるコーラスで一恵と共に莉美を支える。
 ちょっと不安だった振り付けも、一恵が完璧にリードして白音に合わせてくれた。




 ゆったりとしたリズムではあるが、その中で一糸乱れぬ連携を見せる。
 この前ふたりで軍曹と模擬戦をした時を思い出させるような、以心伝心のダンスだった。

 観客も、エレスケも、佳奈やそらさえも、しばし時が経つのを忘れてしまった。
 莉美たちが歌い終えると、少しの間静寂が訪れたあと、やがてふた組に対して盛大な拍手が送られた。


「みんな、聞いてくれてありがとう☆。それじゃ良かったと思う方に拍手ちょうだいね。わたしたち☆エレメントスケイプ☆が良かったと思う人っ!!」

 興奮が冷めやらぬ間に、詩緒が再び登場してマイクパフォーマンスで判定を促す。

 エレスケたちにも盛大な拍手があったが、『魔法少女隊』には割れんばかりの拍手と歓声が上がった。
 結果は誰の目にも明らかだった。
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