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「うおお、まだ7時40分…!俺にしては早すぎる…!」

次の日、俺は昨日と同様、一本早い電車に乗り、今は一人、教室にいる。

いつも遅刻ギリギリ、ノロノロと学校へ来る俺にしては、なかなか早い方である。

(でもいざ先輩に会いにいくとなると…昨日以上に緊張すんなあ…)

昨日のことがあったから、俺はより先輩を意識しているのだと思う。

そうして俺は、鞄を机の端にかけ、高鳴る胸の鼓動を感じながら図書室へと向かった。


(…ついた…。やけに緊張する…でもいつも通り行こう、あっちはきっと何も気にしてないだろうし)

俺は図書室の目の前で立ち止まり、心の中でそう誓った。

「先輩ー!」

俺は平然を装い、先輩の名前を呼びながら図書室へと足を踏み入れる。

「…あ、雅、おはよ」

先輩はカウンターの近くの本棚の整理をしていて、本を持ちながら俺の方を見た。

「マジで先輩リアクション薄いっすね」

連日来たと言うのにリアクションは中学の時と変わらず薄い。

中学の時から何も変わらない先輩に、つい笑みが零れてしまう。

…そんな所も好きだ。

「…来ると思ってたから」

先輩は再び本棚へ視線を戻し、作業しながらボソリと言った。

「マジすか!?」

「うん」

(先輩大好き、先輩大好きっっ…!)

俺はこの溢れ出そうになった気持ちを口には出さずに何とかぐっと堪えた。

「それと…丁度手伝って欲しいことがあって」

「何すか?」

「この本、上の棚に入れるから、踏み台押さえてて」

「あ、俺やりますか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

先輩は俺より少し小さい。

身長は多分170…とか。

小さくて細い先輩の代わりに俺がやってあげたい気持ちが山々で声をかけたが、先輩が大丈夫というなら見守っておこう、と思った。

「…雅は背高いから羨ましい。俺ももう少し背高くなりたい」

「先輩はそのままでいいんですよ、可愛いです」

「可愛いって…」

そして先輩は棚に本を入れるべく、腕を伸ばした。

「んっ…あっ」

…えっ

「…だ、大丈夫ですか」

俺はしゃがんで踏み台を押さえながら、先輩を見上げて咄嗟にこう言う。

「うん。大丈夫…。あっ、でももうちょっと奥まで入りそう…」

先輩は届きそうで届かないのか、本を入れることに苦戦しているようだ。

しかし、その時に漏れる声があまりにも…ヤバい。

(えっ待って、俺がおかしいのか…?そういう意味にしか聞こえない…っやばい…)

「あっ、入った」

「…ああ…よかったすね…」

俺はそう言って踏み台から足を下ろす先輩に、萎れるような声で言った。

「雅、協力してくれてありがとう」

「…はい…」

先輩がエロい。

エロすぎる。

(何なんだよこの人…っ、奥までとかもうそっち系にしか聞こえねえっつーのマジで…)

「…先輩」

「ん?」

先輩は俺の方を見た。

「…昨日俺に…エッチとか言って顔赤らめてじゃないですか」

「…うっ、うん」

「…先輩の方が…俺よりもずっと、エッチ、っす…」

「…は、、」

…言ってしまった。

この時はもうどうにでもなれ…!と思っていたから。

「す、すみません…!な、なんでもないです!なんか大人っぽいなって言う意味で…そんな変な意味ではなくて…!」

「雅」

先輩は俺の名前を呼ぶと、グッと俺の制服のネクタイを引っ張り体を引き寄せた。

「…変なこと、考えちゃったの?」

「っ…!い、いや…っ違く…」

「…お互いどれぐらいエッチなのか気になるね…?」

俺は先輩のこんな顔、見たことがない。

この時、いつものふわふわした優しい先輩ではなかった。

「…ダメだよ?そんな顔しちゃ」

先輩は俺の唇を人差し指で優しく、つーっと触れた後、首にも指を滑らせていく。

「っあっ…んっ」

いつもと違う先輩の表情と不意に触れられた衝撃で体がビクンと反応し、つい声が漏れてしまう。

そして、ただ触れられただけなのに、俺の下の方までも熱くなってきた。

「…そういうのは、好きな人の前でだけしないと」

「…っ、俺は…っ」

ガチャッ

図書室の扉の方で、ガチャっと扉が開く音がした。

「空~…あ、雅もいた。二人で突っ立ってなにしてんの」

ここで何も知らない零先輩が入ってきた。

「…いや。委員会の仕事、雅に手伝って貰ってた」

しかし、先輩は何事も無かったかのように答えた。

いつも通り、いつもの先輩だ。

「お前が他の人に手伝って貰うなんて珍しいじゃん?」

「別に」

先輩達が会話をしている中、俺はこの場にいることがもう既に限界である。

(ドキドキしすぎて、このままだと倒れそう…、先輩の顔…全く見れない…っ)

「お、俺そろそろ戻ります…っ」

そして俺は教室へ帰ろうと足を動かした。

「雅もう行くのか?またな」

零先輩はそう言い、手を振ってくれた。

「…じゃあね、雅」

先輩も先程の事はなかったように、いつも通り手を振ってくれた。

ほっとしたような、してないような。変な気分だ。

そして俺は廊下へ出た。

図書室の扉が閉まった。

(っああああああ!)

俺はその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。

(ほんっっと…どういうつもりなの…あの人…っ!)

あの時、俺は先輩に初めて体を触れられた。

先輩の見た事のない男らしい表情、触れられた時のゾクッとした感覚。

もっと触れて欲しい、と思った。

もっと先まで進んでみたい、と思った。

…この気持ちを抑える方法は無いと思う。

一度感じた思いはもう止めることは出来ないから。
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