魔王でした。自分を殺した勇者な婚約者などお断りです。

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閑散話 聖女と魔王・アイーシャとリヨネッタ

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閑散話・アイーシャとリヨネッタ


 アイーシャとリヨネッタが出会って1年が経過していた。その間にリヨネッタはアイーシャを聖女の生まれ変わりではなく、アイーシャ個人として認識するほど友好な感情を抱いていた。
 アイーシャもリヨネッタを悪役令嬢とは呼ばなくなり、2人で画期的な道具を作っては国内の文明開化に協力していた。

 アイーシャとのんびりお茶をしながら、あーでもないこーでもないと新しい道具を作る時間をリヨネッタは気に入っていた。
 最近少し短くなってしまった髪の先を揺らして、彼女は穏やかに笑っている。

「爪をナイフで切ることによって今まで指の先を切る事故が多発しておったからな。そなたの考えた爪切りと言うものはきっとまた流行るじゃろう。楽しみじゃな。」
「ありがと、あんたにそう言ってもらえるなら流行は確実ね…。」

 ふと悩んだ顔のアイーシャは紅茶を飲み干したカップを下ろして押し黙った。

「ねぇ、あたし…リヨネッタに謝らなきゃいけないことがあるの。」
「む?どうした?」

 作成中の爪切りの作成図を置いて、リヨネッタはアイーシャに向き直った。
 アイーシャはグリーンの髪を揺らして、青空のような瞳を隠すようにまぶたをきつく閉じる。

「あのね、あたしちょっとリヨネッタと距離をとりたいの…」
「…どうしたぇ、妾が気に障ることをしてしまったか…?」

(それとも聖女だった頃の記憶から嫌悪でも湧いたかぇ…?)

 言いづらそうに眼を閉じてこちらを見なくなったアイーシャの返事を待つ。そんな彼女の視線を感じたのかぶんぶんと強く首を振って、アイーシャは否定した。

「ちがうの、リヨネッタは悪くないの。ただ、最近思い出したバッドエンドのことで…その…」
「バッドエンド…何か選択肢?とやらがでたのか?」
「…り、エンドがあったの…」
「む?」

 小さな声で言われ、つい聞き返すようにアイーシャの口元に耳元を寄せる。

「だ、だから…そのぅ…ゆ…ん、エンドが…」
「すまぬ、もっと大きゅう声で頼む。」
「ゆっゆ、友情エンドと百合監禁エンドがあることを思い出したの!!リヨネッタは攻略対象じゃないけど、サブストーリーがあるの!!ゲーム完全攻略後にサービスでリヨネッタとの短いサブストーリーが付いていること思い出したの!!」

 
 腹をくくったアイーシャは息をすって大きな声でしゃべりだす。耳元で叫ばれたリヨネッタはあっけにとられて何も言えない。

「ゲーム完全攻略後に二週目をやると、少ないけどリヨネッタにも好感度をあげる選択肢が出るようになるの!!リヨネッタとのサブストーリーは、他と比べて好感度メーター自体が短いし、一つ間違えたらただの乙女ゲームに戻るしょぼいものだけどエンドが二つあるのよー!!」
「待て待て、王妃様からよくきく話と合わせるなら妾とそなたが恋愛関係になる可能性があるということかぇ…?」
「ちょっと、違う…いえ、合っているのかしら?…あたしが1ゲームやりこみガチ勢だったから覚えていただけで、王妃様は全シリーズ制覇タイプだから多分、覚えていないストーリーだと思う。じゃなくて…」

 どう言おうか悩んでいるのか、アイーシャはうろうろと視線をそらしたまま声を落とした。

「信じられないかもしれないけど、リヨネッタは魔王と関りがある人物なの…」
「…、ふむ?」

(関りがあるどころか、本人なんじゃが…)

 普段からスティーブに魔王呼ばわりされているので、彼女は周囲が自分をそこまで警戒しているとは考えていなかった。

「ゲーム内では過去の伝説にあこがれた攻略対象たちと伝説を探す中で仲良くなって、色々あってハッピーエンドになるだけで魔王も勇者も聖女もフレーバーにおわせなだけなんだけど、サブストーリーだけはリヨネッタ自身が魔王、アイーシャ自身が聖女と関りがあるみたいなギャグテイストになって、その…」
「そもそもユリ監禁エンドとは…??いや待て…」

(こやつ、自身が前世で聖女であるはずなのに、他人事のように言ったな??)

 気になる言い方に首を傾げるリヨネッタに、更にアイーシャはまくしたてる。

「だ、だからぁ!!好感度が半分でエンドを迎えるとリヨネッタとも和解した友情エンドが出てくるけど、好感度マックスだとリヨネッタが魔法を全部駆使して魔王化?してアイーシャを魔力の檻に閉じ込めて、これでずーと一緒だよ、友達だもんね?みたいなエンドになるのよ!!何でマックスがほんのり恋愛テイストになるのかあたしもわからな…乙女ゲームだからですね、わかりますん!!」
「落ち着け…ほら、お茶を飲むがよい。」
「ありがと…」

 長い溜息をついて、新たに注がれるお茶を待つアイーシャに、リヨネッタは質問を向けた。

「妾はてっきりそなたに聖女の前世があって、妾を魔王と認識しているから‟悪役“令嬢と呼んだのだと思っていた。」
「っ…は?」

 ちょうど口に含んだお茶を吹き出し、むせる彼女を観察する。何を言っているかわからないと言った顔でアイーシャは彼女を見ている。

「王妃様はニホンジンだった記憶があるとおっしゃっていた。そなたは王妃様と同じ世界から来た人間で、聖女にそっくりなだけの別人なのじゃな…?」

(もしそうなら、懸念すべきは勇者だけになる…聖なる光をたまに出しているから、意外と聖女の親戚の子孫とかやも…)

 しばらくアイーシャは考えごとをするように、口を拭きながら黙った。何か思いついたようにリヨネッタを見る。

「たまーに会話がかみ合わないのに、ストーリーの中の魔王と勇者の伝説に詳しくて物語の主軸がわかっていたのってもしかして…」
「うむ、7歳の頃から王妃様に耳にタコができるくらい聞かされたのと、妾自身が魔…この世界ですごした前世の記憶をもっているからじゃな…」

 パクパクと口を動かし、アイーシャは絶句していた。

「もう妾とは友達でいたくないか?」
「ううん、友達でいたい、けど…あれ…ちょっと待ってどういうこと??もしかして、ギャグテイストなサブストーリーこそが真実ってこと??ゲーム内でアイーシャが聖なる光で攻略対象を助けられるのって前世が聖女だったから??」
「うむ?やはり前世は聖女なのか??」
「えっと…多分、この体のアイーシャは前世が聖女で合っていると思う…ただ魂はあたしで…ん??いや、確かに聖女として勇者と結婚した記憶もあるけどこれはゲーム内の…え??」

 混乱したアイーシャから、今まで見た中でひと際大きな光が零れ出す。
 リヨネッタはあまりの眩しさに目をつぶった。


「アイーシャ??」

 リヨネッタがそっと伸ばした手を、アイーシャに両手で包むように掴まれた。
 今までの少し庶民よりな動きでなく、洗練された動きだった。

「リヨネッタ様、今までのご無礼お許しください。」
「…?」

 青空のような瞳から涙が零れる。

「魔王である貴方もまた、醜い人間に巻き込まれた被害者だったのに…あたくしたちはよってたかって貴方を…これだから人間なんて嫌いなのよぅ…」
「どうしたのじゃ、らしくないぞぇ…」

 戸惑ったリヨネッタがハンカチを差し出してその目元を拭けば、さらに涙をこぼして手に頬ずりをされた。

「勇者以外の全ての人が望んでいたから勇者と結婚したけれど、誰とも結婚なんかしたくなかった…争いの無い世界に、自由に恋愛できる世界に、食に困らない世界にいくことを望んであの世界に生まれ変わったのに…あたくし…あたしは忘れてまたこの世界にいくことを望んでしまった…きてしまった…」
「アイーシャ??」

 その日以降、記憶が混乱したアイーシャとは、リヨネッタは入学する日まで会うことができなくなってしまった。


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